男性の胸がふくらむとき―「エストロゲン/アンドロゲン比」で読み解く女性化乳房
第99回医師国家試験 D問題 第86問
国試問題にチャレンジ
女性化乳房をきたすのはどれか。2つ選べ。
- a.肝硬変
- b.心不全
- c.Addison病
- d.Bartter症候群
- e.Klinefelter症候群
対話形式の解説
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ドクターまとめ
女性化乳房は男性の乳腺組織が良性に増殖する状態で、エストロゲン/アンドロゲン比の上昇によって生じます。肝硬変ではエストロゲンの分解低下やSHBG増加による遊離テストステロン低下が起こり、くも状血管腫や手掌紅斑、精巣萎縮とともに女性化乳房をきたします。Klinefelter症候群(47,XXY)では高ゴナドトロピン性性腺機能低下症によりテストステロンが低下し、LH上昇によってエストロゲンが相対的に増えるため女性化乳房がみられます。心不全、Addison病、Bartter症候群は病態自体が性ホルモンバランスを変えませんが、心不全治療薬のスピロノラクトンやジギタリスは原因となる点に注意が必要です。ホルモンバランスの4方向から原因を整理し、薬歴・精巣所見の確認や男性乳癌の鑑別まで意識することが、臨床での的確な評価につながります。
解答・解説
正解はa, eです
女性化乳房とは
女性化乳房(gynecomastia)は、男性の乳腺組織(乳管と間質)が良性に増殖し、乳房が腫大する状態である。乳輪下にゴム様〜硬い円板状のしこりとして触れ、片側性のことも両側性のこともある。脂肪沈着のみで乳腺の増殖を伴わない偽性女性化乳房(肥満による脂肪乳房)とは区別される。
発生機序の基本
乳腺組織はエストロゲンによって増殖が促され、アンドロゲンによって抑制される。したがって女性化乳房は、「エストロゲン作用が相対的にアンドロゲン作用を上回る」状態、すなわちエストロゲン/アンドロゲン比の上昇によって生じると理解すればよい。具体的には次の4つの方向から考える。 1. エストロゲンの産生増加(精巣・副腎腫瘍、hCG産生腫瘍、末梢でのアロマターゼによる変換亢進など) 2. エストロゲンの分解低下(肝硬変など) 3. アンドロゲンの産生低下(原発性・続発性性腺機能低下症。Klinefelter症候群など) 4. アンドロゲン作用の阻害(抗アンドロゲン薬、スピロノラクトン、アンドロゲン不応症など)
本問の考え方
各選択肢の疾患が性ホルモンのバランスに影響するかどうかを考える。肝硬変はエストロゲンの過剰(2と1)、Klinefelter症候群はアンドロゲンの低下とエストロゲンの相対的増加(3と1)により女性化乳房の代表的な原因となる。心不全、Addison病、Bartter症候群は病態そのものとしては性ホルモンバランスを大きく変えず、女性化乳房の原因とはならない(ただし心不全の治療薬には原因となるものがある)。
選択肢考察
- ○a. 肝硬変
エストロゲンは主に肝臓で代謝・不活化されるため、肝硬変では肝機能低下によりエストロゲンの分解が遅れて血中濃度が高まる。加えて、肝での性ホルモン結合グロブリン(SHBG)の産生が増えてテストステロンが結合型となり、遊離(活性型)テストステロンが減少すること、副腎由来のアンドロゲン(アンドロステンジオン)が末梢組織のアロマターゼによってエストロゲンへ変換される量が増えること、慢性肝疾患やアルコールによる精巣機能低下も加わることなどが、エストロゲン優位の状態をつくる。この高エストロゲン状態は、女性化乳房のほか、くも状血管腫、手掌紅斑、精巣萎縮、体毛の減少などの肝硬変に特徴的な身体所見の原因でもある。なお、肝硬変の腹水治療で用いるスピロノラクトンも女性化乳房を助長する。正しい。
- ×b. 心不全
心不全という病態そのものはエストロゲン/アンドロゲン比を変化させず、女性化乳房の直接の原因とはならない。ただし心不全の治療薬には女性化乳房を起こすものがあり、臨床上注意が必要である。代表はスピロノラクトン(アンドロゲン受容体の阻害やテストステロン合成の抑制による)で、女性化乳房が問題となる場合はより選択性の高いエプレレノンへの変更が検討される。ジギタリス(ジゴキシン)もエストロゲン様作用により女性化乳房をきたしうる。また、重い慢性疾患からの回復期に栄養状態が改善すると、性腺機能の回復過程で一過性に女性化乳房がみられることがある。いずれも心不全自体が原因ではないため、誤りである。
- ×c. Addison病
Addison病(原発性慢性副腎皮質機能低下症)は、自己免疫や結核などにより副腎皮質が破壊され、コルチゾールとアルドステロン、副腎アンドロゲン(DHEA、DHEA-Sなど)が低下する疾患である。コルチゾール低下のフィードバックでACTHとその前駆体に由来するメラニン細胞刺激作用が増し、皮膚・粘膜の色素沈着をきたす。副腎アンドロゲンが減少しても、男性ではアンドロゲンの大部分を精巣由来のテストステロンが担っているため、アンドロゲン作用は保たれ、女性化乳房は生じない(女性では腋毛・恥毛の脱落がみられる)。誤りである。
- ×d. Bartter症候群
Bartter症候群は、ヘンレループの太い上行脚におけるNa-K-2Cl共輸送体などの遺伝子異常により、ループ利尿薬を常に服用しているのと似た状態になる常染色体劣性遺伝の疾患である。食塩喪失による循環血液量の減少からレニン活性とアルドステロンが高値となり、低カリウム血症、代謝性アルカローシスを呈するが、血圧は正常〜低めである。高カルシウム尿症や多尿を伴うことも多い。レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系には異常が生じるが性ホルモンへの影響はなく、女性化乳房の原因とはならない。誤りである。
- ○e. Klinefelter症候群
Klinefelter症候群は、性染色体にX染色体が過剰にある男性(代表的な核型は47,XXY)で、男性の性腺機能低下症の原因として最も多い染色体異常である。精巣が小さく硬く(精細管の硝子化)、テストステロン分泌が低下する原発性性腺機能低下症(高ゴナドトロピン性性腺機能低下症)を示す。テストステロン低下のフィードバックによってLH・FSHが上昇し、LHはライディッヒ細胞でのアロマターゼ活性を刺激してテストステロンからエストラジオールへの変換を促進する。さらに脂肪組織などでも副腎アンドロゲンやテストステロンがエストロゲンに変換されるため、エストロゲン/テストステロン比が上昇し、思春期以降に女性化乳房をきたす。そのほか無精子症による男性不妊、高身長(とくに下肢が長い類宦官体型)、体毛の減少などが特徴であり、乳癌の発生リスクも一般男性より高い。正しい。
女性化乳房の主な原因
・生理的:新生児期(母体エストロゲンの影響)、思春期(一過性で多くは1〜2年で自然消退)、高齢期(テストステロン低下と脂肪組織でのアロマターゼ増加) ・薬剤性:スピロノラクトン、ジギタリス、シメチジン、ケトコナゾール、抗アンドロゲン薬(前立腺癌治療薬)、GnRHアゴニスト、エストロゲン製剤、5α還元酵素阻害薬、一部の抗精神病薬(高プロラクチン血症を介する)、アルコール、マリファナなど ・内分泌・代謝疾患:肝硬変、甲状腺機能亢進症(SHBG増加とアロマターゼ活性亢進)、慢性腎不全・透析、栄養障害からの回復期 ・性腺機能低下:Klinefelter症候群、精巣炎後の精巣萎縮、下垂体機能低下症 ・腫瘍:精巣腫瘍(ライディッヒ細胞腫、セルトリ細胞腫、hCG産生胚細胞腫瘍)、エストロゲン産生副腎腫瘍、hCG産生肺癌など ・特発性:原因が特定できないものも少なくない
Klinefelter症候群の要点
核型47,XXY(モザイクや48,XXXYなどもある)。小さく硬い精巣、無精子症、テストステロン低値、LH・FSH高値、女性化乳房、高身長・類宦官体型。X染色体の数が増えるほど知的障害の程度が強くなる傾向がある。バー小体(X染色質)が陽性となる。乳癌、縦隔胚細胞腫瘍、自己免疫疾患のリスクが上昇する。治療はテストステロン補充療法である。
鑑別の注意
男性の片側性で硬い、乳頭から外れた位置の腫瘤、乳頭陥凹・血性乳頭分泌・腋窩リンパ節腫大を伴う場合は、男性乳癌を鑑別しなければならない。
POINT
・女性化乳房はエストロゲン/アンドロゲン比の上昇で生じる。 ・肝硬変:エストロゲン分解低下+SHBG増加による遊離テストステロン低下 → 女性化乳房、くも状血管腫、手掌紅斑、精巣萎縮 ・Klinefelter症候群(47,XXY):高ゴナドトロピン性性腺機能低下症 → テストステロン低下、LH上昇によるエストロゲン相対的増加 → 女性化乳房 ・心不全そのものは原因でないが、治療薬のスピロノラクトン、ジギタリスは女性化乳房の原因となる。 ・Addison病、Bartter症候群は性ホルモンバランスに影響せず、女性化乳房の原因とはならない。
