StudyMed医師国家試験

吐き続ける妊婦に糖を入れる前に―重症妊娠悪阻とビタミンB1の鉄則

第99回医師国家試験 D問題 第106問

国試問題にチャレンジ

第99回 D問題 第106問

ブドウ糖輸液が第一選択となるのはどれか。

  1. a.重症妊娠悪阻
  2. b.妊娠高血圧症候群
  3. c.HELLP症候群
  4. d.妊娠糖尿病
  5. e.子宮内発育不全

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、妊娠に関連する5つの病態のうち、ブドウ糖輸液が治療の主役になるものを選ぶ問題だ。考えるポイントは「ブドウ糖を補う必要があるのはどんな状態か」ということ。病名を覚えるより、病態から考えると迷わないよ。
医学生医学生
ブドウ糖が必要なのは、エネルギーが足りていないとき、つまり食べられない状態でしょうか。
ドクタードクター
その通り。口から食べたり飲んだりできず、脱水と飢餓に陥っている状態だ。飢餓になると体は脂肪を分解してエネルギーをまかなおうとするから、ケトン体が増えて尿中ケトン体が陽性になる。ここにブドウ糖を補えば、ケトーシスも脱水も改善していく。
医学生医学生
それなら、つわりがひどくて食べられない重症妊娠悪阻ですね。
ドクタードクター
正解。妊娠悪阻は、つわりが悪化して嘔吐を繰り返し、脱水、体重減少、電解質異常、尿中ケトン体陽性などをきたした状態だ。治療の基本は入院して、ブドウ糖を含む輸液で水分・電解質・エネルギーを補うことになる。
医学生医学生
産婦人科の実習で、点滴につながれて安静にしている妊娠初期の患者さんを受け持ちました。点滴のボトルにビタミン剤が混注されていたのを覚えています。
ドクタードクター
いいところを見ていたね。それがこの問題でいちばん大事なポイントだ。重症妊娠悪阻にブドウ糖を入れるときは、必ずビタミンB1を一緒に投与する。なぜだと思う?
医学生医学生
ビタミンB1が欠乏するとWernicke脳症になるから、ですよね。でも、ブドウ糖とどう関係するのかがよくわかっていません。
ドクタードクター
生化学で習ったピルビン酸脱水素酵素を思い出してほしい。ビタミンB1、つまりチアミンは糖代謝に欠かせない補酵素なんだ。長く嘔吐が続いてもともと不足しているところにブドウ糖だけを入れると、糖を代謝するためにビタミンB1がさらに消費されて枯渇し、Wernicke脳症を起こしたり悪化させたりするおそれがある。
医学生医学生
糖を入れることで、かえってB1を使い切ってしまうんですね。三徴は意識障害、眼球運動障害、失調性歩行でした。
ドクタードクター
そう。治療が遅れるとKorsakoff症候群として記憶障害や作話が残ることもあるから、ブドウ糖より先に、あるいは同時にビタミンB1を入れるのが鉄則だ。では、ほかの選択肢も見ていこう。妊娠高血圧症候群はどうかな。
医学生医学生
降圧と、子癇予防の硫酸マグネシウムですよね。根本的な治療は分娩だったと思います。
ドクタードクター
その通り。この病態では血管内脱水になっていることもあるけれど、血管透過性が亢進しているので、輸液が多すぎると肺水腫を起こしやすい。輸液はむしろ慎重に行う病態だ。HELLP症候群も、溶血、肝逸脱酵素上昇、血小板減少を特徴とし、多くは妊娠高血圧症候群に伴って起こる。母体を安定させたうえで速やかに分娩させるのが原則だ。
医学生医学生
妊娠糖尿病でブドウ糖を入れたら、血糖が上がって逆効果ですよね。
ドクタードクター
そういうこと。妊娠糖尿病は巨大児や新生児低血糖を防ぐために血糖を厳密に管理するのが目的で、まず食事療法、必要なら分割食、それでも届かなければインスリンを使う。最後の子宮内発育不全は、今は胎児発育不全と呼ぶ。
医学生医学生
胎児に栄養を届けるために、お母さんにブドウ糖を入れる、という発想はないんですか。
ドクタードクター
実はかつてそういう試みがあったんだけれど、有効性は示されておらず、現在は行われていない。胎盤機能不全や妊娠高血圧症候群、染色体異常などの原因を探り、超音波検査やNSTで胎児の状態を評価して、最適な時期に分娩させることが中心になる。
医学生医学生
ブドウ糖輸液が主役になるのは、食べられないことが病態の中心にある重症妊娠悪阻だけ、ということですね。
ドクタードクター
その理解でいい。発展として、妊娠悪阻の合併症も押さえておこう。胃酸を失うことによる代謝性アルカローシスと低カリウム血症、脱水と安静による深部静脈血栓症、激しい嘔吐によるMallory-Weiss症候群などがある。また、hCGが高くなる多胎妊娠や胞状奇胎では悪阻が重くなりやすいので、超音波で確認することも大切だ。
医学生医学生
Wernicke脳症はアルコール依存症のイメージが強かったですが、妊婦さんでも起こるんですね。
ドクタードクター
そう、長期の絶食やビタミンB1を含まない高カロリー輸液でも起こりうる。臨床では「食べられない人にブドウ糖を入れるときはまずB1」と、診療科を問わず意識しておこう。

まとめ

ブドウ糖輸液が治療の中心になるのは、経口摂取ができず脱水と飢餓によるケトーシスに陥った重症妊娠悪阻です。治療は入院のうえで糖・電解質を含む輸液を行いますが、ビタミンB1が欠乏した状態でブドウ糖だけを投与すると糖代謝でB1が枯渇し、意識障害・眼球運動障害・失調性歩行を三徴とするWernicke脳症を招くため、必ずビタミンB1を併用します。妊娠高血圧症候群とHELLP症候群は降圧や硫酸マグネシウムで母体を安定させつつ分娩が根本治療、妊娠糖尿病は食事療法とインスリンによる血糖管理、胎児発育不全は原因検索と胎児評価が中心で、いずれもブドウ糖輸液が第一選択ではありません。妊娠悪阻では代謝性アルカローシスや低カリウム血症、深部静脈血栓症などの合併症にも注意が必要です。「食べられない患者にブドウ糖を入れる前にビタミンB1」という原則は、産科に限らずあらゆる診療科で役立つ重要な知識です。

解答・解説

正解はaです

本問は、妊娠に関連する病気のうち、ブドウ糖を含む輸液が治療の中心(第一選択)となるものを選ぶ問題である。

考え方

ブドウ糖輸液が治療の主役になるのは、口から食べたり飲んだりできず、脱水と飢餓状態(エネルギー不足)に陥っている場合である。飢餓状態では、体は脂肪を分解してエネルギーを得ようとし、その結果ケトン体が増える(尿中ケトン体陽性)。ブドウ糖を補うとこの状態が改善する。 選択肢の中でこれに当てはまるのは重症妊娠悪阻である。妊娠悪阻は、つわりが重くなり、嘔吐を繰り返して食事や水分がとれなくなった状態である。脱水、電解質異常、体重減少、尿中ケトン体陽性などがみられる。治療の基本は、入院のうえで輸液により水分・電解質・糖を補うことである。 そのほかの選択肢は、治療の中心が降圧・分娩(妊娠高血圧症候群、HELLP症候群)、血糖管理(妊娠糖尿病)、原因の検索と胎児の評価(胎児発育不全)にあり、ブドウ糖輸液が第一選択となる状況ではない。 重症妊娠悪阻にブドウ糖を投与するときは、同時にビタミンB1を補う必要がある。この点は国家試験で繰り返し問われる重要事項である。

選択肢考察

  1. ○a.  重症妊娠悪阻

    重症妊娠悪阻では、嘔吐が続いて経口摂取ができないため、脱水と飢餓によるケトーシスが起こる。そこで5%または10%のブドウ糖液を含む輸液で、水分・電解質とともにエネルギーを補うのが治療の中心となる。このとき必ずビタミンB1(チアミン)を一緒に投与する。ビタミンB1は糖代謝(ピルビン酸脱水素酵素など)に欠かせない補酵素である。長く続く嘔吐でもともと不足しているところにブドウ糖だけを入れると、糖代謝でビタミンB1がさらに消費されて枯渇し、Wernicke脳症(意識障害、眼球運動障害、運動失調が三徴)を引き起こすおそれがあるためである。

  2. ×b.  妊娠高血圧症候群

    妊娠高血圧症候群の治療の中心は、安静、降圧薬による血圧管理、子癇(けいれん発作)の予防のための硫酸マグネシウム投与、そして根本的な治療である妊娠の終了(分娩)である。本症では血管内の水分が少ない状態(血管内脱水)になっていることがあり、輸液を行う場合もある。しかし血管の透過性が高まっているため、輸液が多すぎると肺水腫を起こしやすい。ブドウ糖輸液が第一選択となる病気ではない。

  3. ×c.  HELLP症候群

    HELLP症候群は、溶血(Hemolysis)、肝逸脱酵素の上昇(Elevated Liver enzymes)、血小板減少(Low Platelets)を特徴とする病気で、多くは妊娠高血圧症候群に伴って起こる。母体の状態を安定させたうえで速やかに妊娠を終わらせること(分娩)が治療の原則であり、必要に応じて血小板輸血や降圧、硫酸マグネシウム投与を行う。ブドウ糖輸液は第一選択ではない。

  4. ×d.  妊娠糖尿病

    妊娠糖尿病は、妊娠中に初めて見つかった、糖尿病に至っていない糖代謝異常である。治療の目的は血糖を厳密に管理して、巨大児や新生児低血糖などの合併症を防ぐことにある。まず食事療法(必要に応じて分割食)を行い、それでも目標の血糖値に届かなければインスリンを使う。ブドウ糖輸液は血糖を上げてしまうため、治療の第一選択にはならない。

  5. ×e.  子宮内発育不全

    子宮内発育不全は、現在は胎児発育不全(FGR: fetal growth restriction)と呼ぶ。治療の中心は、原因(胎盤機能不全、妊娠高血圧症候群、胎児の染色体異常、感染症など)を探ることと、超音波検査やNSTなどで胎児の状態を定期的に評価し、最も適切な時期に分娩させることである。かつては、ブドウ糖などを母体に投与して胎児の発育を促そうとする試みがあった。しかし有効性は示されておらず、現在は行われていない。

妊娠悪阻の要点

・つわり(悪心・嘔吐)は妊娠5〜6週ごろに始まり、妊娠12〜16週ごろまでにおさまることが多い。 ・妊娠悪阻は、つわりが重くなり、脱水、体重減少(非妊時より5%以上が目安)、電解質異常、尿中ケトン体陽性などをきたした状態である。hCGの値が高い多胎妊娠や胞状奇胎では起こりやすい。 ・治療: 入院による安静、食事の工夫、輸液(ブドウ糖を含む糖・電解質液)、ビタミンB1の補充、必要に応じて制吐薬を使う。 ・合併症: Wernicke脳症(ビタミンB1欠乏)、低カリウム血症、代謝性アルカローシス(嘔吐で胃酸が失われるため)、深部静脈血栓症(脱水と安静のため)、Mallory-Weiss症候群など。

Wernicke脳症

ビタミンB1欠乏で起こる急性の脳症で、意識障害、眼球運動障害(眼振、外眼筋麻痺)、失調性歩行が三徴である。アルコール依存症、重症妊娠悪阻、長期の絶食、ビタミンB1を含まない高カロリー輸液などが原因となる。ビタミンB1が不足した状態でブドウ糖を投与すると発症したり悪化したりするので、ブドウ糖より先に、または同時にビタミンB1を投与する。治療が遅れるとKorsakoff症候群(記憶障害、作話)が残ることがある。

POINT

・重症妊娠悪阻の治療の基本は、ブドウ糖を含む輸液とビタミンB1の補充である。 ・ビタミンB1なしでブドウ糖を投与すると、Wernicke脳症(意識障害、眼球運動障害、失調性歩行)を起こすおそれがある。 ・妊娠高血圧症候群とHELLP症候群の根本的な治療は分娩である。 ・妊娠糖尿病は食事療法とインスリンで血糖を管理する。 ・胎児発育不全に対するブドウ糖輸液は、有効性が示されておらず現在は行われていない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。