抗菌薬が効かない虫垂炎―「待つ」から「切る」へ切り替える判断
第99回医師国家試験 C問題 第50問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,49と50の問いに答えよ。 20歳の男性。右下腹部痛を主訴に夕方来院した。 現病歴:朝から心窩部痛と悪心とがあった。市販の胃腸薬を内服したが軽快せず,午後になって痛みが右下腹部に限局してきた。朝から排便はない。 既往歴・家族歴:特記すべきことはない。 現症:意識は清明。身長171 cm,体重65 kg。体温37.8℃。脈拍76/分,整。血圧102/60 mmHg。腹部は平坦で,腸雑音は減弱している。肝・脾は触知しない。右下腹部に圧痛を認め,Blumberg徴候が陽性である。 検査所見:尿所見:蛋白(-),糖(-),ウロビリノゲン(±),ビリルビン(-),潜血(-)。 血液所見:赤血球510万,Hb 17.0 g/dL,Ht 48%,白血球18,000(桿状核好中球20%,分葉核好中球49%,好酸球1%,単球2%,リンパ球28%),血小板30万。プロトロンビン時間12秒(基準10〜14)。血液生化学所見:総蛋白7.5 g/dL,尿素窒素11 mg/dL,クレアチニン1.0 mg/dL,AST 20 IU/L,ALT 18 IU/L,LD 230 IU/L(基準176〜353),アミラーゼ150 IU/L(基準37〜160),CK 18 IU/L(基準10〜40)。CRP 8.3 mg/dL。
翌日まで抗菌薬を投与したが改善がみられなかった。 次に行う治療はどれか。
- a.制酸薬投与
- b.抗コリン薬投与
- c.浣腸
- d.イレウス管挿入
- e.手術
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
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ドクターまとめ
急性虫垂炎の根治的治療は虫垂切除術で、現在は腹腔鏡下手術が主流です。単純性虫垂炎では抗菌薬による保存的治療も選択肢ですが、改善しなければ壊疽・穿孔・膿瘍形成を疑い、汎発性腹膜炎や敗血症に至る前に速やかに手術へ移行します。制酸薬は病態に無関係で、抗コリン薬は腸管麻痺の悪化や所見の隠蔽を招くおそれがあり、浣腸・下剤は穿孔を誘発するため禁忌、イレウス管は機械的腸閉塞の減圧用で適応になりません。膿瘍形成例ではドレナージと抗菌薬で炎症を鎮めてから待機的に切除する方法もあります。保存的治療の限界を見極め、手術へ切り替える時機を判断する力は、急性腹症の診療で欠かせない臨床能力です。
解答・解説
正解はeです
症例の整理
20歳の男性で、心窩部痛と悪心で始まり、半日のうちに痛みが右下腹部へ移動・限局した。右下腹部の圧痛と Blumberg徴候(反跳痛)陽性という腹膜刺激症状があり、白血球18,000/μL(桿状核好中球20%と左方移動)、CRP 8.3 mg/dLと強い炎症反応を示す。アミラーゼ正常、尿潜血陰性で、膵炎や尿路結石は否定的である。腸雑音の減弱と排便停止は、虫垂の炎症が周囲に及んで生じた局所的な腸管麻痺と解釈できる。以上から急性虫垂炎と診断される。
設問の考え方
本問は「抗菌薬を翌日まで投与したが改善しない」という状況で次に何をするかを問うている。 急性虫垂炎の治療の基本は虫垂切除術である。穿孔や膿瘍を伴わない軽症例(単純性虫垂炎)では抗菌薬のみで治療する保存的治療も選択肢となるが、これは経過を慎重に観察し、改善しなければ速やかに手術へ移行することが前提である。 本例はもともと腹膜刺激症状を伴い、炎症反応も強い。そのうえ抗菌薬に反応しないということは、虫垂の炎症が壊疽性へ進行している、あるいは穿孔して腹膜炎・膿瘍を形成しつつある可能性を示す。穿孔して汎発性腹膜炎に至ると、敗血症の危険が高まり治療も難しくなるため、時機を逃さず手術(虫垂切除術、腹膜炎があれば腹腔内の洗浄・ドレナージを追加)に踏み切るべきである。 他の選択肢は、胃十二指腸の治療薬、症状を隠したり悪化させたりする処置、あるいは病態に合わない処置であり、いずれも本例の根本的な治療にはならない。
選択肢考察
- ×a. 制酸薬投与
制酸薬は胃酸を中和・抑制する薬で、胃・十二指腸潰瘍や胃炎、逆流性食道炎などに用いる。本例は虫垂の細菌性炎症が病態の中心であり、胃酸は関与しない。来院前に市販の胃腸薬が効かなかったことからもわかるように、制酸薬では改善は期待できない。治療の遅れにつながるだけである。
- ×b. 抗コリン薬投与
抗コリン薬(ブチルスコポラミンなど)は消化管平滑筋のけいれんを抑える鎮痙薬で、疝痛の対症療法として使われる。しかし虫垂炎の原因である炎症そのものには効かない。むしろ腸管の動きをさらに抑えて、炎症の波及による腸管麻痺(イレウス様症状)を悪化させるおそれがあり、痛みや所見を覆い隠して手術のタイミングの判断を誤らせる危険もある。
- ×c. 浣腸
本例の排便停止は便秘によるものではなく、虫垂の炎症が周囲の腸管に及んで起こった局所的な腸管麻痺の結果であり、浣腸で解決するものではない。さらに、浣腸は腸管内圧を上げて腸の動きを刺激するため、炎症を起こしてもろくなった虫垂の穿孔を誘発し、腹膜炎を広げる危険がある。急性虫垂炎を疑う患者への浣腸(および下剤投与)は禁忌とされる。
- ×d. イレウス管挿入
イレウス管は経鼻的に小腸まで進めて腸管内の内容物やガスを吸引し、腸管の減圧を図るもので、主に癒着性の機械的腸閉塞に用いる。本例の腸雑音減弱・排便停止は、虫垂の炎症の波及による局所的な腸管麻痺が主体であり、腸管の拡張・閉塞が病態の中心ではない。減圧をしても原因である虫垂の炎症は解決しないため、適応はない。
- ○e. 手術
腹膜刺激症状と強い炎症反応を伴う急性虫垂炎で、抗菌薬を投与しても改善しない場合は、炎症が壊疽性へ進行している、または穿孔・膿瘍形成を起こしている可能性がある。放置すれば汎発性腹膜炎から敗血症に至る危険があるため、速やかに手術(虫垂切除術)を行う。現在は腹腔鏡下虫垂切除術が広く行われており、穿孔による腹膜炎があれば腹腔内洗浄とドレナージを併せて行う。
急性虫垂炎の治療方針
・手術療法:根治的治療は虫垂切除術である。開腹(右下腹部の小切開)または腹腔鏡下で行い、現在は腹腔鏡下手術が主流となっている。腹腔鏡下手術は創が小さく、創感染が少ない、腹腔内全体を観察・洗浄しやすいなどの利点がある。 ・保存的治療(抗菌薬):穿孔・膿瘍・糞石を伴わない単純性虫垂炎では、抗菌薬のみで治療する選択肢もある。ただし、一定の割合で治療に反応しない例や、後に再発する例があり、効果不十分なら手術に移行する。 ・膿瘍を形成した例:急いで手術するとかえって周囲臓器の損傷が起こりやすいため、抗菌薬と経皮的ドレナージでまず炎症を鎮め、数か月後に待機的に虫垂を切除する方法(interval appendectomy)が選ばれることがある。
手術を急ぐべき状況
・汎発性腹膜炎(腹部全体の圧痛・筋性防御・反跳痛) ・抗菌薬投与でも症状・炎症反応が改善しない、または悪化する ・画像で穿孔(遊離ガス、虫垂周囲の液体・膿瘍)や壊疽が疑われる ・小児・高齢者・妊婦など、進行が速い、あるいは症状が出にくく重症化しやすい患者
急性虫垂炎で避けるべき処置
・浣腸・下剤:腸管内圧上昇や蠕動促進による穿孔の危険があり禁忌である。 ・安易な鎮痙薬・鎮痛薬の使用:腹部所見を修飾し、判断を誤らせることがある(現在は、診断の過程で適切な鎮痛薬を用いても診断精度は大きく損なわれないとされ、痛みを我慢させる必要はない。ただし所見の経時的変化には注意する)。
合併症
穿孔による汎発性腹膜炎、腹腔内膿瘍(ダグラス窩膿瘍など)、術後の創感染、癒着性腸閉塞などがある。
POINT
・急性虫垂炎の根治的治療は虫垂切除術(現在は腹腔鏡下手術が主流)である。 ・抗菌薬による保存的治療で改善しない場合は、壊疽・穿孔・膿瘍形成を疑い、速やかに手術を行う。 ・急性虫垂炎を疑う患者への浣腸・下剤は穿孔を誘発するため禁忌である。 ・虫垂炎に伴う腸雑音減弱・排便停止は炎症波及による局所の腸管麻痺であり、イレウス管や浣腸の適応ではない。 ・膿瘍を形成した例ではドレナージと抗菌薬で炎症を落ち着かせ、後日に待機的虫垂切除を行うことがある。
