PSA 470と両下肢のしびれ―転移性前立腺癌は「全身」と「局所」の二正面作戦で
第99回医師国家試験 A問題 第38問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。数か月前から両下肢のしびれと排尿困難とが出現し,徐々に症状が悪化してきたため来院した。神経学的所見では両下肢に筋力低下と表在感覚鈍麻とを認める。導尿で300mLの残尿を認めたが尿所見に異常はなかった。血液所見:赤血球360万,白血球6,300,血小板20万。血液生化学所見:尿素窒素35mg/dL,クレアチニン1.5mg/dL,Na 141mEq/L,K 5.0mEq/L,Cl 119mEq/L,ALP 610U/L(基準260以下)。PSA 470ng/mL(基準4.0以下)。腰椎エックス線単純撮影で第4腰椎に圧迫骨折を認める。骨シンチグラフィで第4腰椎と左右の肋骨の数か所とにhot spotを認める。前立腺生検の結果は,低分化腺癌であった。 優先すべき治療はどれか。3つ選べ。
- a.エストロゲン薬投与
- b.第4腰椎放射線照射
- c.去勢術
- d.椎弓切除術
- e.前立腺全摘除術
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
PSAの著明高値、ALP上昇、骨シンチグラフィでの多発集積がそろえば、造骨性の多発骨転移を伴う前立腺癌(病期D2)と判断できます。転移癌の治療の中心はアンドロゲンを抑える内分泌療法で、去勢術やエストロゲン薬が該当し、エストロゲン薬は現在では副作用のため主に去勢抵抗性の段階で用いられます。脊椎転移による神経症状は時間との勝負であり、放射線感受性の比較的高い前立腺癌では転移巣への放射線照射で圧迫の解除を急ぎます。LH-RHアゴニストのフレア現象による症状悪化に注意し、前立腺全摘除術は限局癌、椎弓切除術は脊柱管狭窄症などが主な対象であることも整理しておきましょう。病期の判断と緊急病態への局所対応を並行して考える姿勢は、骨転移を伴うあらゆる癌の診療に通じる基本です。
解答・解説
正解はa, b, cです
所見の整理
・72歳男性。数か月前からの両下肢のしびれと排尿困難が徐々に悪化している。 ・両下肢の筋力低下と表在感覚鈍麻があり、導尿で残尿300mLを認める。 ・PSA(前立腺特異抗原)470ng/mLと著明高値(基準4.0以下)。 ・ALP 610U/Lと上昇。骨芽細胞が活発に働く造骨性骨転移を示唆する。 ・腰椎エックス線で第4腰椎の圧迫骨折、骨シンチグラフィで第4腰椎と左右複数の肋骨にhot spot(集積)。 ・前立腺生検で低分化腺癌。 ・尿素窒素35mg/dL、クレアチニン1.5mg/dLと軽度の腎機能低下、赤血球360万と軽度の貧血がある。
診断へのプロセス
前立腺生検で腺癌が証明され、PSAが著明に高いことから前立腺癌と確定する。骨シンチグラフィで多発性の集積があり、ALPも上昇していることから、多発骨転移を伴う進行前立腺癌(Jewett分類で病期D2、TNM分類でM1b)である。前立腺癌の骨転移は骨硬化を伴う造骨性が典型で、ALP上昇はこれを反映している。 両下肢の筋力低下・感覚鈍麻と排尿障害(残尿300mL)は、第4腰椎への転移とそれに伴う圧迫骨折によって脊柱管内の神経(腰椎レベルでは脊髄より下方の馬尾が主体)が圧迫されたことによる神経症状と考えられる。残尿の増加には、前立腺腫瘍による下部尿路の閉塞も関与している可能性がある。腎機能低下は、残尿に伴う尿の通過障害などが一因として考えられる。
治療の考え方
遠隔転移のある前立腺癌は根治手術の対象ではなく、全身治療が中心となる。前立腺癌はアンドロゲン(男性ホルモン)に依存して増殖するため、アンドロゲンを抑える内分泌療法(ホルモン療法)が第一の治療である。方法には、精巣摘除による外科的去勢、LH-RH(GnRH)アゴニスト/アンタゴニストによる内科的去勢、抗アンドロゲン薬、エストロゲン薬などがある。 さらに本例では、脊椎転移によって神経症状が進行しており、放置すると麻痺や膀胱直腸障害が固定するおそれがある。そのため全身療法と並行して、局所の神経圧迫を早急に解除する治療として、第4腰椎への放射線照射を優先する。前立腺癌は放射線感受性が比較的高く、照射で腫瘍の縮小と除痛が期待できる。 したがって、優先すべき治療はエストロゲン薬投与、第4腰椎への放射線照射、去勢術の3つである。
選択肢考察
- ○a. エストロゲン薬投与
エストロゲン薬は視床下部-下垂体に負のフィードバックをかけてLH(黄体形成ホルモン)の分泌を抑え、精巣からのテストステロン産生を去勢レベルまで低下させる。さらに前立腺癌細胞に対する直接的な抑制作用もあるとされ、内分泌療法の一つとして用いられてきた。効果の発現が速く、転移により神経症状が進行している本例のように、早急に癌の勢いを抑える必要がある場合の選択肢となる。ただし、血栓塞栓症や心血管系合併症、女性化乳房などの副作用が多いため、現在では初回治療で用いられることは少なく、去勢抵抗性となった後の二次・三次治療として使われることが多い。
- ○b. 第4腰椎放射線照射
第4腰椎の転移巣と圧迫骨折による神経圧迫で、両下肢の筋力低下・感覚鈍麻や排尿障害が進行している。神経症状は圧迫が長く続くほど回復しにくくなるため、転移巣に直接放射線を照射して腫瘍を縮小させ、神経の圧迫を解除することを急ぐ必要がある。前立腺癌の骨転移は放射線の効果が得られやすく、骨転移に伴う疼痛の緩和にも有効である。内分泌療法と並行して行う、優先度の高い局所治療である。
- ○c. 去勢術
前立腺癌はアンドロゲンに依存して増殖するため、アンドロゲン遮断療法(ADT)が転移性前立腺癌の基本治療である。精巣の摘除(外科的去勢)により、体内のテストステロンの大部分を占める精巣由来分を速やかに、かつ確実に除去できる。内科的去勢としてLH-RHアゴニストの注射も広く用いられるが、アゴニストは投与初期に一過性にテストステロンを上昇させ(フレア現象)、本例のような脊椎転移では神経症状を悪化させる危険がある。そのため脊髄・馬尾圧迫の危険がある症例では、外科的去勢、LH-RHアンタゴニスト(デガレリクス)、あるいは抗アンドロゲン薬を先行・併用したうえでのアゴニスト投与が選ばれる。
- ×d. 椎弓切除術
椎弓切除術は椎弓を切除して脊柱管を後方から広げる手術で、腰部脊柱管狭窄症などに行われる。しかし転移性の脊椎腫瘍では、腫瘍は主に前方の椎体にあるため、後方から椎弓を切除するだけでは圧迫が十分に解除されず、脊椎の不安定性を悪化させるおそれもある。放射線感受性が比較的高い前立腺癌の脊椎転移では、まず放射線照射と内分泌療法を行うのが原則であり、本例で椎弓切除術を優先する理由はない。
- ×e. 前立腺全摘除術
前立腺全摘除術は、癌が前立腺内にとどまる限局性前立腺癌(おおむね病期T1〜T2、N0M0)で、期待余命が十分に長い患者に対し根治を目的として行う手術である。本例のように多発骨転移がある場合は、原発巣を摘除しても予後の改善が期待できないため、適応とならない。
前立腺癌の病期(Jewett分類)と治療の目安
・病期A:臨床的に癌が疑われず、前立腺肥大症の手術標本などで偶然発見された癌。 ・病期B:前立腺内に限局する癌。 ・病期C:前立腺被膜を越えて周囲へ浸潤するが転移のない癌。 ・病期D:転移を有する癌。D1は所属リンパ節転移、D2は遠隔リンパ節・骨・他臓器への転移。 限局癌(A・B)では監視療法、前立腺全摘除術、放射線療法(外照射、密封小線源療法)などが選択される。局所進行癌(C)では放射線療法と内分泌療法の併用などが行われる。転移癌(D)では内分泌療法が中心となる。
内分泌療法の主な方法
・外科的去勢:両側精巣摘除術。 ・内科的去勢:LH-RHアゴニスト(リュープロレリン、ゴセレリン)、LH-RHアンタゴニスト(デガレリクス)。アゴニストは初期にフレア現象を起こすが、アンタゴニストは起こさない。 ・抗アンドロゲン薬:ビカルタミド、フルタミドなど。さらに新規のアンドロゲン受容体阻害薬(エンザルタミド、アパルタミド、ダロルタミド)や、アンドロゲン合成阻害薬(アビラテロン)がある。 ・エストロゲン薬:現在は副作用のため主に去勢抵抗性の段階で用いられる。 近年では、転移性前立腺癌の初回治療として、去勢に新規ホルモン薬やドセタキセルを併用する治療強化が行われるようになっている。内分泌療法が効かなくなった状態を去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)という。
骨転移と転移性脊髄圧迫への対応
前立腺癌は骨転移をきたしやすく、造骨性転移が多いためALPが上昇する。腫瘍マーカーとしてはPSAが極めて有用である。骨転移による脊髄・馬尾圧迫は腫瘍学的緊急症であり、疑ったら速やかにMRIで評価し、ステロイド投与、放射線照射を行う。脊椎の不安定性がある場合や、放射線感受性の低い腫瘍、急速に進行する麻痺などでは、全身状態を考慮したうえで除圧固定術が検討される。骨関連事象の予防にはゾレドロン酸やデノスマブを用いる。
POINT
・PSA著明高値+ALP上昇+骨シンチで多発集積 → 前立腺癌の多発骨転移(病期D2)。 ・転移性前立腺癌の治療の中心は内分泌療法(去勢術、LH-RHアゴニスト/アンタゴニスト、抗アンドロゲン薬、エストロゲン薬)。 ・脊椎転移による神経症状は緊急に対応し、放射線照射で神経圧迫の解除を図る。 ・LH-RHアゴニストは初期のフレア現象で症状を悪化させうるため、脊椎転移例では注意する。 ・前立腺全摘除術は限局癌が対象で、遠隔転移例には行わない。
