泣いて、息が止まって、意識が消える―憤怒けいれんに必要なのは「薬」より「説明」
第120回医師国家試験 F問題 第52問
国試問題にチャレンジ
11か月の女児。意識消失と顔面蒼白とを主訴に救急車で搬入された。既往歴に特記すべきことはない。発育と発達は正常である。手におもちゃをもって遊んでいたところ,3歳の兄が急にそれを取り上げた。児は激しく泣き,呼気のまま呼吸を停止し,顔面が蒼白となり意識が消失したという。意識は10秒程度で回復し,来院時は四肢を活発に動かし顔色は良好になっている。体温37.0℃。心拍数128/分,整。呼吸数28/分。SpO2 98%(room air)。 適切な対応はどれか。
- a.経過観察
- b.酸素投与
- c.鎮静薬投与
- d.鎮痛薬投与
- e.抗けいれん薬投与
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
怒りや欲求不満、痛みなどの情動を誘因に、激しい啼泣から呼気での呼吸停止、チアノーゼまたは顔面蒼白、短時間の意識消失へと進む乳幼児の発作は憤怒けいれん(泣き入りひきつけ)が典型です。生後6〜18か月ごろに好発し、多くは就学前までに自然消失する良性の反射性発作で、てんかんではないため抗けいれん薬は不要であり、回復して全身状態が安定していれば経過観察と保護者への丁寧な説明が対応の中心となります。酸素投与や鎮静薬・鎮痛薬も適応はありません。鉄欠乏性貧血の合併が多く鉄剤で発作が減ることがあり、蒼白が目立つ発作を繰り返す例や非典型例では心電図でQT延長症候群などの不整脈を、必要に応じて脳波でてんかんを鑑別します。誘因と発作の順序から良性疾患を見抜き、不要な治療を避けて家族の不安に応える姿勢は、小児救急の基本です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・11か月の女児。既往歴に特記事項はなく、発育・発達は正常である。 ・3歳の兄におもちゃを取り上げられたことをきっかけに激しく泣き、息を吐いたまま呼吸が止まり、顔面蒼白となって意識を失った。 ・意識は約10秒で自然に回復した。 ・来院時は四肢を活発に動かし、顔色も良好である。体温37.0℃で発熱はなく、心拍数128/分・呼吸数28/分は11か月児として正常範囲、SpO2 98%と酸素化も保たれている。
診断に至るプロセス
乳児の一過性意識消失では、憤怒けいれん(泣き入りひきつけ、breath-holding spell)のほか、てんかん発作、熱性けいれん、不整脈(QT延長症候群など)による失神、チアノーゼ性心疾患の低酸素発作(Fallot四徴症など)、窒息・異物誤嚥などを考える。 本例では、①怒り・欲求不満という明らかな情動の誘因がある、②激しい啼泣→呼気での呼吸停止→顔色不良→意識消失という決まった順序で起こっている、③短時間で自然に回復し、発作後のもうろう状態や神経学的異常がない、④発熱がない、⑤発育・発達が正常で基礎疾患がない、という点がそろっている。てんかん発作は誘因なく始まり、啼泣が先行しないのが普通である点で区別できる。以上から憤怒けいれんと診断できる。
設問の考え方
憤怒けいれんは乳幼児期に特有の良性の反射性発作で、てんかんではなく、脳に後遺症を残さず、成長とともに自然に消失する。発作から回復し全身状態が安定している本例では、特別な治療は不要であり、経過観察が適切な対応となる。その際、保護者は「死んでしまうのではないか」と強い不安を抱いていることが多いため、病気の性質と予後をよく説明して安心させることが大切である。
選択肢考察
- ○a. 経過観察
憤怒けいれんは自然に回復し、予後良好で、多くは就学前までに消失する。本例はすでに意識が戻り、バイタルサインも正常で神経学的異常もないため、治療は必要ない。保護者には、良性の発作であること、発作で脳に障害が残ることはないこと、発作時は安全な場所で横向きに寝かせて見守ればよいことを説明する。発作を恐れて子どもの要求をすべて受け入れるような過度の対応は避け、普段どおりに養育するよう伝える。発作を繰り返す場合には鉄欠乏性貧血の有無を確認し、あれば鉄剤投与で発作が減ることがある。顔面蒼白型で発作を繰り返す例や非典型例では、心電図で不整脈(QT延長症候群など)を除外し、必要に応じて脳波でてんかんと区別する。
- ×b. 酸素投与
発作中には一時的な脳への酸素供給低下が起こるが、呼吸が再開すれば速やかに回復する。本例は来院時すでに顔色良好でSpO2 98%と低酸素血症はなく、酸素投与の必要はない。
- ×c. 鎮静薬投与
発作は情動による一時的な反応であり、すぐに落ち着く。来院時は活発で興奮状態が続いているわけでもない。乳児に鎮静薬を使うと呼吸抑制などの危険があり、発作予防の効果もないため適応はない。
- ×d. 鎮痛薬投与
本例の誘因はおもちゃを取り上げられたことによる怒りであり、外傷や疼痛を示す所見はない。鎮痛薬を投与する理由はない。なお、転倒などの軽い痛みが誘因で蒼白型の発作が起こることはあるが、その場合も発作自体の治療に鎮痛薬は用いない。
- ×e. 抗けいれん薬投与
憤怒けいれんはてんかん発作ではなく、啼泣・呼吸停止や迷走神経反射による一過性の脳の酸素不足・血流低下によって起こる反射性の発作である。発作中に四肢の硬直やけいれん様の動きを伴うことはあるが、抗けいれん薬(抗てんかん薬)で予防する対象ではない。誘因のない発作や発作後の意識回復遅延など、てんかんを疑う所見があれば脳波で評価する。
憤怒けいれん(泣き入りひきつけ、breath-holding spell)の概要
・好発年齢:生後6~18か月ごろに始まることが多く、多くは5~6歳までに自然に消失する。 ・誘因:怒り、欲求不満、驚き、恐怖、軽い痛みなどの情動・侵害刺激。 ・家族歴を有することが多い(約3割前後)。 ・鉄欠乏性貧血の児に多く、鉄剤投与で発作頻度が減ることがある。自律神経の調節の未熟さが関与すると考えられている。 ・発達は正常で、知的障害やてんかんへの移行は基本的にない。
病型
・チアノーゼ型(約6割):激しく泣いた後、息を吐いたまま呼吸が止まり、チアノーゼ・意識消失をきたす。過換気後の無呼吸による低酸素血症と、いきみ(Valsalva様の胸腔内圧上昇)による心拍出量低下・脳血流低下が関与する。怒りや欲求不満が誘因となりやすい。 ・蒼白型(約2割):軽い痛みや驚きをきっかけに、啼泣が短いかほとんどないまま顔面蒼白となり意識を失う。迷走神経反射による高度の徐脈・一時的な心停止が原因で、脳の血流が低下する。 ・混合型(約2割):両者の要素をもつ。 重い発作では意識消失後に全身の脱力や硬直、短いけいれん様の動きを伴うことがあり、てんかんとの鑑別が問題になる。
鑑別のポイント
・てんかん発作:誘因なく突然始まり、啼泣が先行しない。睡眠中にも起こりうる。発作後にもうろう状態が続くことがある。発作間欠期の脳波異常が参考になる。 ・熱性けいれん:38℃以上の発熱に伴う。 ・不整脈(QT延長症候群など):運動・驚愕・啼泣が誘因となることがあり、蒼白型と紛らわしい。心電図で評価する。 ・チアノーゼ性心疾患の低酸素発作:啼泣や排便を契機にチアノーゼが増悪する。心雑音や基礎心疾患の存在で区別する。
対応
・保護者への説明と安心の提供が中心である。 ・発作時は安全を確保し、横向きに寝かせて見守る。揺さぶったり口に物を入れたりしない。 ・鉄欠乏があれば鉄剤を投与する。 ・蒼白型で発作が頻回・重症な場合には、まれに心臓ペースメーカーが検討された報告もある。
POINT
・情動(怒り・痛み・驚き)を誘因とした啼泣→呼気での呼吸停止→チアノーゼまたは蒼白→短時間の意識消失、は憤怒けいれんの典型である。 ・生後6~18か月に好発し、多くは就学前に自然消失する良性の反射性発作である。 ・てんかんではないので抗てんかん薬は不要。回復後は経過観察と保護者への説明が基本。 ・鉄欠乏性貧血の合併に注意し、あれば鉄剤投与を考える。 ・蒼白型や非典型例では心電図(QT延長症候群など)や脳波で鑑別する。
