「もの忘れ」の正体は発作だった―高齢発症の側頭葉てんかんを見抜く
第119回医師国家試験 D問題 第65問
国試問題にチャレンジ
69歳の男性。もの忘れを主訴に来院した。3か月前に昼食中に急に声を上げたため家族が様子を見に行ったところ,座ったまま動かなかった。約3分経過して「大丈夫」だと返答するようになったが,その後もしばらく反応が鈍かった。翌日以降は以前と変わりがなかったが,1週間前から最近の出来事を家族が質問しても正しく答えることができないことが複数回あったため家族とともに受診した。意識は清明。改訂長谷川式簡易知能評価スケールは正常であったが,3か月前のエピソードの記憶は全くないという。神経診察で異常を認めない。頭部MRIで異常所見は認めない。脳波検査で左側頭部に鋭波を認める。 この患者で認めるのはどれか。
- a.音過敏
- b.閃輝暗点
- c.口部自動症
- d.静止時振戦
- e.線維束性収縮
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
突然の動作停止と意識減損、数分の持続、発作後のもうろう状態、発作中の健忘がそろい、脳波で側頭部に鋭波を認めれば、側頭葉てんかんの焦点意識減損発作を考えます。この発作では口をもぐもぐさせる、舌なめずり、咀嚼様運動といった口部自動症が特徴的で、とくに内側側頭葉起源の発作に多くみられます。閃輝暗点や音過敏は片頭痛、静止時振戦はParkinson病、線維束性収縮はALSなどの下位運動ニューロン障害の所見であり、本例とは結びつきません。高齢発症のてんかんはけいれんを欠き、間欠的な「もの忘れ」として現れて認知症と誤認されやすい一方、抗てんかん薬で改善が期待できます。記憶障害の時間経過に注目し、発作性の病態を見逃さない姿勢は、高齢者診療の重要な基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・69歳の男性。主訴は「もの忘れ」。 ・3か月前のエピソード:昼食中に突然声を上げ、座ったまま動かなくなった(動作停止)。約3分で返答できるようになったが、その後もしばらく反応が鈍かった。発作後のもうろう状態に当たる。本人にはこのエピソードの記憶がまったくなく、発作中に意識が減損していたことを示す。 ・翌日以降は元どおりで、症状は一過性である。 ・1週間前から、最近の出来事を家族に尋ねられても正しく答えられないことが「複数回」あった。いつも答えられないのではなく、答えられない時期が間欠的に現れている。 ・意識清明。改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は正常で、持続的な認知機能低下はない。神経診察と頭部MRIにも異常はない。 ・脳波で左側頭部に鋭波を認める。鋭波はてんかん性放電の一種である。
診断への道筋
「もの忘れ」が主訴の高齢者では、まずAlzheimer型認知症などの認知症を考える。しかし本例では認知機能検査が正常で、記憶障害は持続的ではなく、エピソードとして間欠的に起きている。突然始まる数分間の動作停止と意識減損、発作後のもうろう状態、発作中の健忘、左側頭部の鋭波を合わせると、側頭葉てんかんの焦点意識減損発作(旧称:複雑部分発作)と考えられる。1週間前からの間欠的なもの忘れも、発作の反復や発作に伴う健忘で説明できる。高齢発症のてんかんでは、本例のように健忘エピソードが主症状となる型(一過性てんかん性健忘)があり、認知症と誤認されやすい。 鑑別として、一過性脳虚血発作(TIA)が挙がる。しかしTIAで意識障害を起こすには脳幹や両側大脳半球など広い範囲の虚血が必要で、その場合は麻痺などの局所神経症状を伴うはずであり、本例には合わない。低血糖や失神も一過性の意識障害の原因となるが、左側頭部の鋭波はてんかんを強く支持する。
設問の考え方
側頭葉てんかんの焦点意識減損発作では、動作停止・凝視とともに自動症(意識減損下で無目的に繰り返す半ば自動的な動作)がみられることが多い。とくに口をもぐもぐさせる、舌なめずり、咀嚼・嚥下様の動作などの口部自動症は、内側側頭葉起源の発作に特徴的である。
選択肢考察
- ×a. 音過敏
音過敏は、通常なら不快に感じない程度の音を苦痛に感じる状態である。片頭痛の発作中にみられる症状として知られる(光過敏・音過敏は片頭痛の診断基準の項目)。ほかに、顔面神経麻痺によるアブミ骨筋麻痺、外リンパ瘻などの内耳障害、うつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)でもみられる。側頭葉てんかんでは、発作の前兆として幻聴などの聴覚性の症状が起こることはあるが、音過敏は典型的な症状ではない。
- ×b. 閃輝暗点
閃輝暗点は、視野の中心付近にジグザグの光(キラキラした城壁のような模様)が現れて周辺に広がり、その後に見えない部分(暗点)を残す視覚症状である。典型的には片頭痛の前兆(視覚性前兆)で、5〜60分ほど続く。後頭葉が関与する現象であり、後頭葉てんかんや後頭葉の虚血でもまれにみられるが、側頭葉てんかんの症状ではない。また、本例は意識減損を伴っており、片頭痛の前兆とは合わない。
- ○c. 口部自動症
自動症は、焦点意識減損発作の際に、本人の自覚がないまま行われる無目的な動作である。口をもぐもぐさせる、舌なめずり、舌打ち、咀嚼する、飲み込む、唇をすぼめるといった口部自動症(口部・食行動自動症)は、側頭葉内側部(海馬・扁桃体)を起源とする発作で特に多く、側頭葉てんかんを示唆する重要な所見である。ほかに、手をもぞもぞさせる、衣服をいじるなどの身振り自動症(手の自動症)、歩き回る歩行自動症もある。本例は、突然の動作停止、意識減損、発作中の健忘、発作後のもうろう状態、左側頭部の鋭波から側頭葉てんかんと考えられ、口部自動症を伴うことが予想される。
- ×d. 静止時振戦
静止時振戦は、安静時に出現し、動かそうとすると減弱する4〜6Hz程度のふるえである。手指が丸薬を丸めるように動くもの(pill-rolling)が代表例で、Parkinson病の代表的な運動症状である。本例は神経診察で異常がなく、症状も発作性のエピソードであり、静止時振戦を示唆する所見はない。
- ×e. 線維束性収縮
線維束性収縮は、1つの運動単位が自発的に収縮することで、皮膚の上から筋肉がピクピクと細かく動くのが見える現象である。関節は動かない。下位運動ニューロンの障害を示し、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、球脊髄性筋萎縮症(SBMA)、頸椎症性筋萎縮症などでみられる。健常者でもまれに散発的にみられる。広い範囲に頻繁に出現する場合はALSを考える。てんかんとは関係がない。
てんかん発作の分類(国際抗てんかん連盟〈ILAE〉2017年分類)
・焦点起始発作:発作が一側半球の限られた部位から始まるもの。意識が保たれるかどうかで「焦点意識保持発作」(旧:単純部分発作)と「焦点意識減損発作」(旧:複雑部分発作)に分ける。焦点起始発作が全般化したものは「焦点起始両側強直間代発作」(旧:二次性全般化発作)という。 ・全般起始発作:はじめから両側の大脳半球が巻き込まれるもの(欠神発作、ミオクロニー発作、強直間代発作など)。
側頭葉てんかんの特徴
・成人の焦点てんかんで最も多い。内側側頭葉てんかんでは、海馬硬化を伴うことが多い。 ・前兆(焦点意識保持発作):上腹部から込み上げてくる不快感、既視感(デジャヴ)、未視感(ジャメヴ)、恐怖感、嗅覚・味覚の異常など。 ・焦点意識減損発作:動作が止まって一点を凝視し、呼びかけに反応しない。口部自動症や手の自動症を伴う。持続はおおむね1〜数分で、発作後にもうろう状態が残り、発作中のことは覚えていない。 ・脳波:側頭部に棘波・鋭波がみられる。 ・治療:焦点てんかんには、カルバマゼピン、ラモトリギン、レベチラセタムなどを用いる。薬剤抵抗性の内側側頭葉てんかんには外科治療(前側頭葉切除術・選択的扁桃体海馬切除術)が有効である。
高齢者のてんかん
・てんかんの発症率は小児期と高齢期に高く、高齢化に伴って高齢発症のてんかんが増えている。原因は脳血管障害、神経変性疾患、脳腫瘍などのほか、原因不明のものも多い。 ・高齢者では、けいれんを伴わない焦点意識減損発作が多い。ぼんやりする、もの忘れが目立つといった症状が中心となるため、認知症や一過性脳虚血発作、失神と誤認されやすい。 ・一過性てんかん性健忘(transient epileptic amnesia):中高年に多い側頭葉てんかんの一型で、反復する短時間の健忘発作を主症状とする。少量の抗てんかん薬がよく効くため、「治療可能な認知症様症状」として見逃さないことが重要である。
選択肢に挙がった症状と代表疾患
・音過敏・閃輝暗点:片頭痛 ・口部自動症:側頭葉てんかん ・静止時振戦:Parkinson病 ・線維束性収縮:筋萎縮性側索硬化症などの下位運動ニューロン障害
POINT
・突然の動作停止・凝視、意識減損(発作中の健忘)、数分の持続、発作後のもうろう状態 → 焦点意識減損発作(旧:複雑部分発作)。 ・側頭部の棘波・鋭波があれば側頭葉てんかんを考える。 ・側頭葉てんかんの特徴的な所見:口部自動症(口をもぐもぐ、舌なめずり、咀嚼様運動)、上腹部不快感、既視感などの前兆。 ・高齢者の間欠的な「もの忘れ」は、てんかん(一過性てんかん性健忘を含む)で起こることがあり、認知症と誤認しないよう注意する。 ・閃輝暗点・音過敏は片頭痛、静止時振戦はParkinson病、線維束性収縮はALSなどの下位運動ニューロン障害でみられる。
