「心臓が悪いとは知らなかった」―責める前にまず聴く、病識に乏しい患者への第一声
第120回医師国家試験 E問題 第13問
国試問題にチャレンジ
心不全の増悪予防のための生活習慣改善指導を遵守できておらず,入退院を繰り返している患者本人から,「心臓が悪いとは知らなかった」との発言があった。 適切な医師の返答はどれか。
- a.「これまでに何度も説明してきたはずです」
- b.「左室駆出率が全周性に高度低下しています」
- c.「ご家族に説明しますから,連れてきてください」
- d.「一生懸命に治療しているのですが,病気の進行は仕方ありません。心臓が悪いのです」
- e.「ご自分の病状についてどのように理解されているのか,わかる範囲で教えてください」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
病識に乏しく見える患者さんに対しては、まず開かれた質問で本人の病状理解(解釈モデル)を確認することが出発点となります。「何度も説明したはず」という非難、専門用語の羅列、本人を飛ばした家族への説明、あきらめを示す発言は、いずれも信頼関係や自己管理の意欲を損なうため不適切です。理解の確認にはティーチバック法、行動変容の支援には動機づけ面接が有用であり、高齢者では認知機能低下や難聴が背景にないかにも配慮が必要です。心不全のように自己管理が予後を左右する疾患では、患者本人を主体として扱い、理解と納得を得ることが再入院予防の土台になります。
解答・解説
正解はeです
状況の整理
心不全で入退院を繰り返している患者が、生活習慣改善(塩分・水分制限、服薬遵守、体重測定など)を守れておらず、「心臓が悪いとは知らなかった」と述べている。医師の側からすれば何度も説明してきたつもりでも、患者の中には病気の理解が根づいていない。説明した内容と患者が実際に理解・記憶している内容との間にずれ(情報の非対称性)がある状態である。
何が問われているか
この場面で医師がまず行うべきことは、新たな情報を一方的に伝えることでも、患者を責めることでもない。患者が自分の病気をどのように捉えているか(解釈モデル:病気の原因・重さ・経過・治療についての患者自身の考え方)を、開かれた質問(open-ended question:「はい/いいえ」では答えられない質問)で引き出すことである。 患者の理解の程度や誤解の内容、知らなかったと感じる背景(説明が難しすぎた、受け入れたくない気持ち、認知機能の低下、聴力・視力の問題など)が分かって初めて、その人に合った説明や動機づけが可能になる。また、非難せずに話を聴く姿勢そのものが信頼関係を築き、行動変容の出発点となる。
考え方
選択肢を見るときは、①患者を非難していないか、②専門用語で一方的に話していないか、③患者本人を意思決定と自己管理の主体として扱っているか、④患者の理解を確認・引き出そうとしているか、という観点で評価するとよい。これらをすべて満たす返答が正解となる。
選択肢考察
- ×a. 「これまでに何度も説明してきたはずです」
患者の発言を否定し、理解できていないことを責める返答である。たとえ事実として説明済みであっても、叱責は患者の防衛的な反応や反発を招き、本音を話しにくくさせる。説明が伝わらなかった原因は医療者側の説明方法にある可能性もあり、なぜ理解が定着しなかったのかを探る姿勢が求められる。不適切である。
- ×b. 「左室駆出率が全周性に高度低下しています」
左室駆出率(LVEF:心臓が1回の収縮で左室内の血液をどれだけの割合で送り出せるかを示す指標)や「全周性」といった専門用語を並べても、一般の患者にはほとんど伝わらない。また、患者が現在どう理解しているかを確認しないまま情報を一方的に追加しており、理解のずれは解消されない。説明は平易な言葉で、患者の理解度に合わせて行うべきである。不適切である。
- ×c. 「ご家族に説明しますから,連れてきてください」
家族の協力は心不全の自己管理を支えるうえで有用であり、家族への説明自体は否定されるものではない。しかし、患者本人が目の前で病気について話しているこの場面で、本人との対話を打ち切り家族に話を移すのは、本人を自己管理と意思決定の主体として扱っていないことになる。減塩・服薬・体重管理などを実行するのは患者本人であり、本人の理解と納得がなければ行動は変わらない。まず本人の認識を確認すべきであり、不適切である。
- ×d. 「一生懸命に治療しているのですが,病気の進行は仕方ありません。心臓が悪いのです」
医療者側の努力を強調したうえで、病状の進行をあきらめるような言い方で事実だけを突きつけている。患者の理解や気持ちを知ろうとする姿勢がなく、生活習慣改善により増悪を予防できるという前向きな動機づけにもつながらない。むしろ患者に無力感を与え、自己管理への意欲をさらに低下させかねない。不適切である。
- ○e. 「ご自分の病状についてどのように理解されているのか,わかる範囲で教えてください」
開かれた質問によって患者自身の病状理解(解釈モデル)を引き出す返答である。患者がどこまで理解しているか、どこに誤解や抜けがあるのか、なぜ「知らなかった」と感じているのかを把握でき、それに基づいて説明の内容や方法を調整できる。「わかる範囲で」という言葉は、正確に答えられなくても構わないという安心感を与え、答えやすくする配慮にもなっている。非難せずに傾聴する姿勢は信頼関係を深め、行動変容への動機づけの土台となる。最も適切である。
解釈モデル
患者が自分の病気について持っている考え方(何が原因か、どのくらい重いか、今後どうなるか、どんな治療を望むか、何が不安か)をいう。医学的な説明と患者の解釈が食い違っていると、説明しても行動は変わりにくい。医療面接では解釈モデルを確認し、そのずれを埋める形で説明することが重要である。
患者の理解を確かめる・行動変容を促す主な手法
・ティーチバック法:説明した内容を患者自身の言葉で説明し返してもらい、理解できた点とできていない点を確認する方法。「わかりましたか?」「はい」というやりとりでは理解度は確認できないため、具体的に言い直してもらうことが大切である。理解不十分な部分は説明方法を変えて再度伝える。 ・動機づけ面接(motivational interviewing):患者自身の中にある「変わりたい」という気持ちや両価的な感情(変わりたいが変われない)を引き出し、自発的な行動変容を支援する対話法。非難や説得ではなく、共感と傾聴を基本とする。 ・共同意思決定(shared decision making:SDM):医療者が医学的情報を、患者が自身の価値観や生活状況を持ち寄り、両者で話し合って治療方針を決めるプロセス。
心不全の自己管理と患者教育
心不全の増悪因子には、塩分・水分の過剰摂取、服薬の中断、感染、過労、不整脈、血圧管理の不良などがあり、生活習慣や服薬の自己管理不良は再入院の主な原因の一つである。毎日の体重測定(短期間での体重増加は体液貯留のサイン)、減塩、服薬継続、症状悪化時の早期受診などを患者が理解し実践できるよう、医師・看護師・薬剤師・管理栄養士などの多職種で継続的に教育・支援することが推奨されている。その際も、まず患者本人の理解の程度を確認することが出発点となる。また、高齢の心不全患者では認知機能低下や難聴が理解不足の背景にあることも少なくないため、その評価や、本人の同意を得たうえでの家族の協力も考慮する。
POINT
・病識が乏しく見える患者には、まず開かれた質問で本人の病状理解(解釈モデル)を確認する。 ・非難(「何度も説明したはず」)、専門用語の羅列、本人を飛ばした家族への説明、あきらめを示す発言は不適切。 ・自己管理の主体は患者本人であり、本人の理解と納得が行動変容の前提となる。 ・理解の確認にはティーチバック法、行動変容の支援には動機づけ面接が有用である。
