息を吸うと痛む胸―発熱が先行した胸痛は「胸膜」を疑え
第120回医師国家試験 B問題 第26問
国試問題にチャレンジ
73歳の男性。胸痛,発熱および呼吸困難を主訴に来院した。3日前から咳,倦怠感,胸痛および発熱が出現した。今朝から胸痛が悪化し,呼吸困難も出現したため受診した。痛みは左側胸部から背部に自覚し,咳や深呼吸で増悪する。意識は清明。体温38.5℃。脈拍108/分,整。血圧132/68mmHg。呼吸数24/分。SpO2 92%(room air)。心音に異常を認めない。左下肺野の聴診で呼吸音は減弱し,打診で濁音を認める。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。下肢に浮腫は認めない。心電図に異常を認めない。胸部エックス線写真を下に示す。 最も考えられる疾患はどれか。

- a.気胸
- b.胸膜炎
- c.肺塞栓症
- d.急性心筋梗塞
- e.急性大動脈解離
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
咳や深呼吸で増悪する胸痛は胸膜性胸痛と呼ばれ、痛覚神経をもつ壁側胸膜の炎症を示唆します。患側の呼吸音減弱に打診濁音を伴えば胸水、鼓音なら気胸と区別でき、胸部エックス線写真では肋骨横隔膜角の消失、外側が高い弧状の上縁(meniscus sign)、シルエットサインが胸水の手がかりです。発熱や咳が先行し、胸膜性胸痛と胸水が出現した経過は、肺炎に伴う胸膜炎を最も考えさせ、突然発症ではない経過や正常心電図から肺塞栓症・心筋梗塞・大動脈解離は否定的になります。診断後は胸腔穿刺で胸水を評価し、Lightの基準や pH・糖・培養から膿胸の有無を判断してドレナージの要否を決めます。胸痛の鑑別では、痛みの性質・発症様式・身体所見を組み合わせて考える姿勢が、緊急疾患を見逃さない臨床推論の基本になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・73歳の男性。3日前から咳、倦怠感、発熱、胸痛が先行し、今朝から胸痛が悪化して呼吸困難が加わった(数日の経過で進行する亜急性の発症)。 ・胸痛は左側胸部から背部にあり、咳や深呼吸で増悪する。呼吸運動に伴って強くなる痛みは胸膜性胸痛と呼ばれ、壁側胸膜(痛覚神経が分布する)の炎症を示唆する。 ・体温38.5℃の発熱、脈拍108/分の頻脈、呼吸数24/分の頻呼吸、SpO2 92%(room air)の低酸素血症を認める。 ・左下肺野で呼吸音減弱と打診上の濁音を認める。呼吸音減弱は空気または液体が肺と胸壁の間に介在すると生じるが、打診で濁音となるのは液体(または含気のない組織)の存在を意味する。 ・心音異常なし、下肢浮腫なし、心電図異常なし。 ・胸部エックス線写真(立位)では、左下肺野から中肺野にかけて広範な均一の透過性低下があり、左横隔膜と左第4弓(左心縁)の輪郭が追えない(シルエットサイン陽性)。陰影の上縁は外側(側胸壁側)で高く内側へ向かって低くなる弧状の境界(meniscus sign、いわゆる Ellis-Damoiseau 線)を示し、左肋骨横隔膜角は消失している。多量の左胸水貯留の所見である。気胸を示す胸膜線や肺紋理の消失はない。
診断へのプロセス
発熱と咳が先行し、その後に胸膜性胸痛と呼吸困難が出現した経過、左下肺の呼吸音減弱と濁音、画像上の多量の左胸水を総合すると、感染(肺炎など)に伴う胸膜の炎症、すなわち胸膜炎(肺炎随伴性胸水の可能性が高い)と考えるのが最も自然である。 胸痛と呼吸困難を呈する緊急疾患として、気胸、肺塞栓症、急性冠症候群、急性大動脈解離を鑑別する必要があるが、打診濁音と胸水所見は気胸に合わず、発熱・咳が先行する数日の経過は肺塞栓症や大動脈解離の典型像(突然発症)と異なり、心電図正常は急性心筋梗塞を否定的にする。 設問は最も考えられる疾患を問うており、胸膜炎が正解となる。実臨床では次に胸腔穿刺を行い、胸水の性状(滲出性か漏出性か、pH、糖、細胞数、培養など)から原因と膿胸の有無を評価する。
選択肢考察
- ×a. 気胸
気胸は胸腔内に空気が入り肺が虚脱する病態で、突然の胸痛と呼吸困難、患側の呼吸音減弱を呈する点は本例と共通する。しかし胸腔内にあるのは空気であるため、打診では濁音ではなく鼓音となる。胸部エックス線写真では虚脱した肺の辺縁(胸膜線)とその外側の肺紋理の消失がみられるはずだが、本例では下肺野の均一な透過性低下(胸水)がみられ、合致しない。また発熱が先行する経過も典型的ではない。
- ○b. 胸膜炎
発熱・咳が数日先行したのちに出現した、咳や深呼吸で増悪する片側の胸痛(胸膜性胸痛)は、胸膜の炎症に特徴的である。左下肺野の呼吸音減弱と打診濁音は胸水の存在を示し、胸部エックス線写真でも左肋骨横隔膜角の消失、左横隔膜・左心縁のシルエットサイン陽性、外側が高い弧状の上縁を伴う多量の左胸水を認める。呼吸困難と低酸素血症は多量胸水による肺の圧排で説明できる。経過からは肺炎に伴う胸膜炎(肺炎随伴性胸水、さらに進行すれば膿胸)が最も疑われる。
- ×c. 肺塞栓症
肺塞栓症も胸膜性胸痛、頻脈、頻呼吸、低酸素血症を来し、肺梗塞を伴えば発熱や少量の胸水がみられることもある。しかし典型的には突然発症の呼吸困難で始まり、長期臥床や深部静脈血栓症(下肢の腫脹・浮腫)などの背景を伴うことが多い。本例は咳・発熱が先行する数日単位の経過で下肢浮腫もなく、また本例のような多量の胸水は肺塞栓症ではまれである。確定にはDダイマー、造影CTなどが用いられる。
- ×d. 急性心筋梗塞
急性心筋梗塞の胸痛は前胸部の圧迫感・絞扼感が典型的で、呼吸や咳で強さが変わることは少ない。通常、咳や発熱が先行することもない。本例では心電図に異常がなく(ST上昇や異常Q波などがない)、胸水による打診濁音や画像所見も心筋梗塞では説明できないため否定的である。
- ×e. 急性大動脈解離
急性大動脈解離は「引き裂かれるような」激烈な胸背部痛が突然生じるのが特徴で、痛みが解離の進展とともに移動することもある。高血圧の既往、血圧の左右差、胸部エックス線写真での上縦隔拡大などが手がかりとなる。左胸水(血胸)を伴うこともあるが、本例は発熱・咳が先行した数日の経過であり、呼吸で増悪する痛みや縦隔拡大がみられない点からも合致しない。
胸膜炎とは
胸膜(肺表面を覆う臓側胸膜と胸壁内面を覆う壁側胸膜)の炎症である。炎症初期には胸水がほとんどなく、胸膜同士が擦れて聴診で胸膜摩擦音が聴取されることがある(乾性胸膜炎)。胸水が貯留すると(湿性胸膜炎)、胸膜同士が離れるため胸痛はむしろ軽くなることがあり、代わって呼吸困難が目立つようになる。
主な原因
・感染性:細菌性肺炎に伴う胸膜炎(肺炎随伴性胸水、膿胸)、結核性胸膜炎 ・悪性:癌性胸膜炎(肺癌、乳癌の転移など)、悪性胸膜中皮腫 ・膠原病:全身性エリテマトーデス、関節リウマチ ・その他:肺塞栓症(肺梗塞)、膵炎など
胸水の身体所見と画像所見
・聴診:呼吸音減弱、声音振盪(触覚振盪)の減弱 ・打診:濁音(胸水の上縁で濁音界が外側で高くなる) ・胸部エックス線(立位):肋骨横隔膜角の鈍化(立位正面像では一般に200〜300mL程度以上の貯留で現れる)、外側が高い弧状の上縁(meniscus sign)、シルエットサイン。多量になると縦隔が健側へ偏位する。 ・側臥位撮影、超音波検査、CTはより少量の胸水の検出や穿刺部位の決定に有用である。
胸水検査(胸腔穿刺)
Light の基準(胸水/血清総蛋白比>0.5、胸水/血清LD比>0.6、胸水LDが血清LD基準値上限の2/3を超える、のいずれかを満たせば滲出性)で滲出性か漏出性かを区別する。胸膜炎による胸水は滲出性である。 肺炎随伴性胸水では、肉眼的に膿性、グラム染色・培養陽性、pH<7.2、糖低値などがあれば複雑性肺炎随伴性胸水・膿胸と考え、抗菌薬に加えて胸腔ドレナージが必要となる。結核性胸膜炎ではADA(アデノシンデアミナーゼ)高値とリンパ球優位が手がかりとなる。
胸痛を来す緊急疾患の鑑別の手がかり
・気胸:突然発症、患側の鼓音・呼吸音減弱、胸膜線 ・肺塞栓症:突然の呼吸困難、深部静脈血栓症の背景、Dダイマー上昇、造影CTで血栓 ・急性冠症候群:圧迫感、心電図変化、心筋トロポニン上昇 ・急性大動脈解離:引き裂かれる痛み、移動する痛み、血圧左右差、縦隔拡大 ・胸膜炎:発熱などの先行、呼吸で増悪する痛み、濁音、胸水
POINT
・咳や深呼吸で増悪する胸痛=胸膜性胸痛で、胸膜の炎症を示唆する ・呼吸音減弱+打診濁音=胸水、呼吸音減弱+鼓音=気胸 ・胸水のエックス線所見:肋骨横隔膜角の鈍化、外側が高い弧状の上縁、シルエットサイン ・発熱・咳の先行+胸膜性胸痛+胸水=肺炎に伴う胸膜炎を考え、胸腔穿刺で胸水の性状を評価する ・心電図正常、突然発症でない経過、縦隔拡大なしで、心筋梗塞・肺塞栓症・大動脈解離は考えにくい
