食事を始めたらドレーンが白く濁った―肺癌術後の乳び胸、最初の一手は「脂肪を減らす」
第120回医師国家試験 A問題 第41問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。右上葉肺癌に対して右上葉切除とリンパ節郭清術を施行された。手術翌日の昼から食事を開始した。手術翌日の夕方に胸腔ドレーンから白濁した排液を認めた。体温36.8℃。心拍数64/分,整。血圧124/68mmHg。呼吸数16/分。SpO2 98%(room air)。 適切な対応はどれか。
- a.緊急手術
- b.経過観察
- c.低脂肪食
- d.抗菌薬投与
- e.完全静脈栄養
対話形式の解説
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ドクターまとめ
肺癌手術の縦隔リンパ節郭清などで胸管やその分枝が損傷すると、食事開始後にカイロミクロンを含む乳びが漏れ出し、胸腔ドレーン排液が白濁する乳び胸を生じます。診断は排液中の中性脂肪が110mg/dLを超えることやカイロミクロンの検出で行い、発熱やバイタル異常がなければ膿胸や出血は考えにくくなります。治療は保存的治療が原則で、ドレナージを続けながら長鎖脂肪酸を制限した低脂肪食とし、門脈経由で吸収される中鎖脂肪酸で熱量を補います。改善しなければ絶食・完全静脈栄養やオクトレオチド、さらに胸管結紮術や胸管塞栓術へと段階的に進みます。脂肪吸収とリンパの解剖を理解しておくことが、術後ドレーン管理で適切な一手を選ぶ土台になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・72歳男性。右上葉肺癌に対し、右上葉切除とリンパ節郭清(縦隔リンパ節郭清を含む)が行われた。 ・手術翌日の昼に経口摂取を始め、同じ日の夕方から胸腔ドレーンの排液が白く濁ってきた。 ・体温は36.8℃で発熱はなく、脈拍・血圧・呼吸数・SpO2はいずれも正常である。
診断に至る考え方
術後の胸腔ドレーン排液が乳白色に濁った場合は、乳び胸を考える。乳びとは、小腸で吸収された脂肪が、カイロミクロン(中性脂肪を多く含むリポ蛋白)としてリンパ液に溶け込み、白く濁った液のことである。乳びは腸リンパ本幹から乳び槽を経て胸管に集まり、左静脈角(左内頸静脈と左鎖骨下静脈の合流部)で静脈に注ぐ。胸管は下〜中縦隔では大動脈の右後方・食道の背側を上行し、第4〜6胸椎付近で左側へ移る。このため、右側の縦隔リンパ節郭清(気管傍リンパ節や気管分岐下リンパ節)では、胸管本幹やその分枝を損傷しやすい。 絶食中はリンパ流量が少なく、排液は透明〜淡黄色のことが多い。食事(特に脂肪)を摂り始めるとカイロミクロンを多く含むリンパ液が急に増え、損傷部から漏れ出して排液が白濁する。本例で「食事開始の数時間後に白濁」という経過をとったのはこのためで、乳び胸に典型的である。 鑑別として膿胸(感染)や術後出血が挙がるが、発熱がなくバイタルサインも安定しているため考えにくい。乳び胸の確定には排液の検査を行う。排液中の中性脂肪(トリグリセリド)が110mg/dLを超えていること、またはカイロミクロンが検出されることで診断できる。
対応の考え方
術後乳び胸の治療は、保存的治療から始めるのが原則である。ドレナージを続けながら、乳びの産生(腸管リンパ流)を減らすため、食事中の脂肪を制限する。長鎖脂肪酸は小腸でカイロミクロンに組み込まれてリンパ管を流れる。一方、中鎖脂肪酸(MCT)は門脈を通って直接肝臓へ運ばれるので、リンパ流を増やさない。そこで、低脂肪食(中鎖脂肪酸で熱量を補う食事)を選ぶ。排液量が多い場合や改善しない場合は、絶食と完全静脈栄養、ソマトスタチンアナログ(オクトレオチド)の投与へと進む。それでも改善しなければ、胸管結紮術などの手術や、胸管塞栓術を検討する。本例は全身状態が安定した発症初期であり、まず低脂肪食で対応するのが適切である。
選択肢考察
- ×a. 緊急手術
術後乳び胸は、保存的治療で多くが改善する。手術(胸管結紮術や漏出部の閉鎖)は、脂肪制限・絶食などを行っても排液量が多いまま続く場合や、長引く場合に検討する二次的な治療である。本例はバイタルサインが安定していて出血の徴候もなく、発症直後に緊急手術を行う理由はない。
- ×b. 経過観察
普通の食事を続けて様子を見るだけでは、長鎖脂肪酸の摂取によって乳びの漏出が続き、量も増えるおそれがある。乳びには蛋白・脂肪・脂溶性ビタミン・リンパ球が多く含まれる。このため漏出が続くと、低栄養や低蛋白血症、リンパ球減少による免疫能の低下、電解質異常を招く。また、胸水が増えて肺を圧迫すれば、呼吸状態も悪くなる。乳びの産生を減らす積極的な対応が必要であり、何もしないのは不適切である。
- ○c. 低脂肪食
乳びの主成分であるカイロミクロンは、食事中の長鎖脂肪酸が小腸で吸収されてつくられ、リンパ管を通って胸管へ流れる。食事中の脂肪、特に長鎖脂肪酸を制限すれば、胸管を流れる乳びの量が減り、損傷部からの漏出が減って自然に閉じやすくなる。熱量は、リンパ管を通らず門脈から吸収される中鎖脂肪酸(MCT)で補うことができる。全身状態が安定した術後早期の乳び胸に対し、まず行う治療として最も適切である。
- ×d. 抗菌薬投与
白濁した排液は感染による膿と紛らわしいが、本例は食事開始との時間的な関係がはっきりしており、発熱もなく、乳び胸と考えられる。乳びそのものには殺菌作用があり、感染を起こしにくい。膿胸を示す所見(発熱、炎症反応の上昇、排液の悪臭、グラム染色・培養での細菌の検出)がない段階で、治療として抗菌薬を投与する意義はない。
- ×e. 完全静脈栄養
絶食と完全静脈栄養(TPN)は腸管のリンパ流を最も強く抑える方法であり、乳び胸の保存的治療の選択肢の一つである。しかし、中心静脈カテーテルによる感染、腸管粘膜の萎縮、代謝合併症などの負担がある。このため、低脂肪食を試しても排液量が多い場合や改善しない場合に行う次の段階の治療である。発症直後でバイタルサインが安定している本例で、最初から選ぶ対応ではない。
乳び胸(chylothorax)
・胸管やその分枝が損傷したり閉塞したりして、乳びが胸腔内にたまった状態である。 ・原因 外傷性:手術(食道癌手術、肺癌手術の縦隔リンパ節郭清、心臓・大血管手術など)、胸部外傷。 非外傷性:悪性リンパ腫などの腫瘍による胸管の圧迫・浸潤、リンパ脈管筋腫症(LAM)、先天性(新生児の乳び胸)など。 ・肺癌手術後の乳び胸の頻度は数%程度で、右側の縦隔リンパ節郭清の後に多い。
胸管の走行
・乳び槽(第1〜2腰椎の前方)から始まり、横隔膜の大動脈裂孔を通って胸腔に入る。下〜中縦隔では、大動脈と奇静脈の間、食道の背側を上行する。 ・第4〜6胸椎の高さで左側へ移り、食道の左側を上行して、左静脈角に注ぐ。 ・このため、胸管の下部が損傷すると右側の乳び胸、上部が損傷すると左側の乳び胸が起こりやすい。
診断
・排液の外観:乳白色に濁る(ただし絶食中は透明なことがある)。 ・排液中の中性脂肪が110mg/dLを超えれば、乳び胸の可能性が高い。50mg/dL未満なら否定的で、その中間ではリポ蛋白電気泳動でカイロミクロンを確認する。 ・排液中のリンパ球が多い。 ・偽性乳び胸(コレステロール胸水)との鑑別:長く続く結核性胸膜炎や関節リウマチなどで、コレステロールが高い濁った胸水がたまる状態であり、カイロミクロンは含まない。
治療の段階
1.保存的治療:胸腔ドレナージ、低脂肪食(中鎖脂肪酸を中心とした食事)。 2.排液量が多い場合や改善しない場合:絶食と完全静脈栄養、オクトレオチドの投与を考慮する。 3.保存的治療が効かない場合(排液量が多いまま続く、長引く、栄養状態が悪化する):胸管結紮術、漏出部の閉鎖、胸膜癒着術、リンパ管造影や胸管塞栓術。なお、リンパ管造影(リピオドール)そのものに漏出部を閉じる効果がみられることもある。 ・経過中は、栄養状態(アルブミン)、リンパ球数、電解質、体液量を管理する。
中鎖脂肪酸(MCT)が使われる理由
・長鎖脂肪酸:小腸上皮でカイロミクロンに再合成され、リンパ管から胸管を通って静脈に入る。 ・中鎖脂肪酸:水に溶けやすく、カイロミクロンを形成せずに門脈から直接肝臓へ運ばれる。このため、乳びの量を増やさずにエネルギーを補給できる。
POINT
・肺癌・食道癌の術後、食事を始めてから胸腔ドレーンの排液が白濁 → 乳び胸 ・診断:排液中の中性脂肪が110mg/dLを超える、またはカイロミクロンが検出される ・治療はまず保存的治療(ドレナージ+低脂肪食・中鎖脂肪酸食) ・改善しなければ、絶食・完全静脈栄養、オクトレオチドを使い、それでも効かなければ胸管結紮術や胸管塞栓術を行う ・感染徴候がなければ抗菌薬は不要。バイタルサインが安定していれば緊急手術も不要
