「認知症にならないか心配です」―不安の訴えに医師はどう応えるか
第120回医師国家試験 B問題 第27問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。「認知症にならないか心配だ」と言って来院した。仕事を含めて日常生活に支障はなく,周囲から間違いを指摘されることはない。喫煙歴はない。飲酒は機会飲酒。母親が45歳時にAlzheimer型認知症を発症し,63歳で死亡したが,他の家族に同病発症者はいない。身長172cm,体重68kg。脈拍80/分,整。血圧168/104mmHg。Mini-Mental State Examination〈MMSE〉は30点(30点満点)であった。他の神経診察で異常を認めない。尿所見:蛋白(-),糖(-)。血液生化学所見:尿酸6.2mg/dL,空腹時血糖98mg/dL,トリグリセリド68mg/dL,HDLコレステロール56mg/dL,LDLコレステロール120mg/dL。心電図に異常を認めない。 患者への説明で適切なのはどれか。
- a.「家族性のAlzheimer型認知症が疑われます。遺伝子検査を行いましょう」
- b.「高血圧はAlzheimer型認知症のリスクファクターです。対策を始めましょう」
- c.「将来にわたってAlzheimer型認知症の心配はありません。様子をみましょう」
- d.「頭部MRIでAlzheimer型認知症を診断することができます。予約しましょう」
- e.「現時点でAlzheimer型認知症の治療法はありません。気にしないことにしましょう」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
認知機能が正常な中年者が認知症への不安を訴えて受診した場合、根拠なく「心配ない」と保証したり、「治療法はないから気にしないで」と突き放したりせず、不安を受け止めたうえで正確な情報と具体的な予防策を示すことが大切です。中年期の高血圧はAlzheimer型認知症を含む認知症の修正可能な危険因子であり、本例では未治療の高血圧への対策を勧める説明が最も適切です。家族性Alzheimer病はAPP、PSEN1、PSEN2変異による常染色体顕性遺伝でまれであり、発症前遺伝子検査は遺伝カウンセリングを経て本人の意思で慎重に行います。また、Alzheimer型認知症は頭部MRIだけでは診断できず、診断は臨床症状が基本で画像は補助と除外に用います。修正可能な危険因子への介入という視点は、認知症予防だけでなく生活習慣病診療全般に通じる重要な考え方です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・45歳の男性が「認知症にならないか心配だ」という不安を主訴に受診している。 ・仕事を含め日常生活に支障はなく、周囲から間違いを指摘されることもない。MMSE(Mini-Mental State Examination:見当識、記憶、計算、言語などを評価する認知機能のスクリーニング検査で、30点満点、一般に23点以下で認知症を疑う)は満点の30点で、神経診察にも異常がない。認知症の定義(いったん正常に発達した認知機能が後天的に低下し、日常生活や社会生活に支障を来した状態)を満たさず、現時点で認知症や認知機能低下を示す所見はない。 ・家族歴として、母親が45歳でAlzheimer型認知症を発症している(65歳未満発症の若年性認知症)。ただし他の家族に同病の発症者はいない。 ・血圧168/104mmHgと明らかな高血圧(Ⅱ度高血圧に相当)を認める。BMIは約23で肥満はなく、空腹時血糖、脂質、尿酸、尿所見、心電図に異常はない。喫煙歴はなく、飲酒は機会飲酒である。
病態の捉え方
本例は認知症を発症しておらず、身近な家族(母親)の若年発症を経験したことを背景に、自分も将来認知症になるのではないかと強く心配している状態である。このように、認知機能が正常であるにもかかわらず認知症になることへの過剰な不安・恐怖を抱く状態は「認知症恐怖症(dementia worry、dementia phobiaとも呼ばれる)」と表現される。正式な精神疾患の診断名ではないが、中高年者にしばしばみられ、生活の質(QOL)を損なうことがある概念である。
考え方
医師に求められるのは、根拠なく安心させたり突き放したりすることではなく、不安を受け止めたうえで、正確な情報を提供し、今できる具体的な予防策を示すことである。 本例で唯一明らかな異常は未治療の高血圧である。中年期の高血圧はAlzheimer型認知症を含む認知症の修正可能な危険因子として確立しており、その管理は認知症予防の観点からも、脳卒中・心血管疾患予防の観点からも重要である。したがって、高血圧がリスクファクターであることを説明し、対策を始めるよう促す説明が最も適切である。
選択肢考察
- ×a. 「家族性のAlzheimer型認知症が疑われます。遺伝子検査を行いましょう」
家族性Alzheimer病はAPP、PSEN1、PSEN2などの遺伝子変異による常染色体顕性(優性)遺伝で、若年発症し、複数世代に発症者がみられるのが典型である。本例の母親は若年発症であるが他の家族に発症者はなく、家族歴の情報だけで家族性と断定することはできない。また本人は発症しておらず、発症前遺伝子検査は、結果が本人や血縁者の人生に重大な影響を及ぼす一方で発症を確実に防ぐ手段がまだないことから、十分な遺伝カウンセリングを経て本人の自発的な意思で慎重に検討すべきものである。不安を訴えて来院した段階で、医師側から安易に勧める説明は不適切である。
- ○b. 「高血圧はAlzheimer型認知症のリスクファクターです。対策を始めましょう」
中年期の高血圧は、脳血管性認知症だけでなくAlzheimer型認知症の発症リスクも高めることが疫学研究で示されている。脳の小血管障害や脳血流低下が、アミロイドβの蓄積や神経変性を促進すると考えられている。本例は血圧168/104mmHgと明らかな高血圧を認めるため、減塩・運動などの生活習慣改善や必要に応じた降圧薬による治療を始めることは、認知症予防に加えて脳卒中や心血管疾患の予防にもつながる。患者の不安に対して、自分で取り組める具体的な行動を示す点でも適切な説明である。
- ×c. 「将来にわたってAlzheimer型認知症の心配はありません。様子をみましょう」
現時点のMMSEが満点で症状がなくても、将来の発症を否定することはできない。Alzheimer型認知症では、症状が出現する十数年以上前から脳内でアミロイドβの蓄積が始まるとされ、現在の認知機能が正常であることは将来の安全を保証しない。さらに本例には若年発症の家族歴と高血圧という危険因子がある。根拠のない保証は誤った説明であり、リスク因子への介入の機会も失わせるため不適切である。
- ×d. 「頭部MRIでAlzheimer型認知症を診断することができます。予約しましょう」
Alzheimer型認知症の診断は、認知機能低下と生活障害という臨床症状に基づいて行うのが基本であり、頭部MRIだけで診断できるわけではない。MRIでみられる海馬・側頭葉内側部や頭頂葉の萎縮は補助的な所見にすぎず、発症前には萎縮がないことも多いため、萎縮がないことで将来の発症を否定することもできない。MRIは主に他の原因(脳血管障害、正常圧水頭症、腫瘍など)の除外に用いられる。症状のない本例に「MRIで診断できる」と説明するのは誤りである。
- ×e. 「現時点でAlzheimer型認知症の治療法はありません。気にしないことにしましょう」
根治療法はまだ確立していないが、コリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬による対症療法があり、さらに近年は軽度認知障害(MCI)〜軽度認知症の段階でアミロイドβの蓄積が確認された患者を対象に、抗アミロイドβ抗体薬(レカネマブ、ドナネマブ)が進行抑制を目的として使われるようになった。「治療法はない」という説明は不正確である。また、修正可能な危険因子への介入で発症リスクを下げられる可能性があるにもかかわらず、それを示さずに「気にしないように」と突き放すことは、患者の不安を軽減せずむしろ強めかねず、医師の対応として不適切である。認知症恐怖症の状態にある人に「治療法はない」と告げることは、恐怖をいっそう強める結果になりやすい。
認知症の修正可能な危険因子
認知症の発症には加齢や遺伝的素因など変えられない要因のほか、生活習慣など修正可能な要因が関与する。国際的な専門家委員会(Lancet委員会)の報告では、以下のような因子が修正可能な危険因子として挙げられており、これらへの対策で認知症の相当な割合を予防または発症を遅らせられる可能性があるとされている。 ・若年期:教育歴の短さ ・中年期:高血圧、LDLコレステロール高値、肥満、過度の飲酒、難聴、頭部外傷、運動不足、喫煙、糖尿病、うつ病 ・高齢期:社会的孤立、大気汚染、視力障害 特に中年期の高血圧管理は、認知症予防策の中心の一つとされる。
Alzheimer型認知症と遺伝
・家族性(遺伝性)Alzheimer病:APP(アミロイド前駆体蛋白)、PSEN1(プレセニリン1)、PSEN2の変異による常染色体顕性遺伝。多くは65歳未満で発症するが、Alzheimer型認知症全体のごく一部にすぎない。 ・孤発性Alzheimer病:大多数を占める。APOE ε4は発症リスクを高める感受性遺伝子であるが、保有していても必ず発症するわけではなく、保有していなくても発症しうる。 ・発症前遺伝学的検査は、検査前後の遺伝カウンセリングを前提に、本人の自己決定に基づいて慎重に行う。結果は本人だけでなく血縁者にも影響することに留意する。
Alzheimer型認知症の診断と治療の概要
・診断は臨床症状(記憶障害を中心とした認知機能低下と生活障害)が基本で、神経心理検査、画像検査(MRIで海馬・側頭葉内側の萎縮、脳血流SPECTで後部帯状回・楔前部・頭頂葉の血流低下)、バイオマーカー(アミロイドPET、脳脊髄液中のアミロイドβ・リン酸化タウ)を補助的に用いる。 ・治療:コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)、NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)による対症療法。MCIおよび軽度認知症でアミロイド病理が確認された例には抗アミロイドβ抗体薬(レカネマブ、ドナネマブ)が用いられるが、アミロイド関連画像異常(ARIA:脳浮腫や微小出血)などの副作用に注意が必要である。
認知症恐怖症(dementia worry / phobia)と対応
認知症恐怖症とは、認知機能が保たれているにもかかわらず、将来認知症になることを強く恐れ、不安にとらわれている状態をいう。幸福感の低下と関連し、生活の質を下げることがある。次のような特徴をもつ中高年者に多いとされる。 ・認知症についての知識を多く持っている(情報に触れる機会が多いほど不安が強まりやすい) ・最近(おおむね1年以内)に頭痛や倦怠感などの身体的不調に悩まされている ・中等度以上の抑うつ傾向がある ・両親や兄弟姉妹など第一度近親者に認知症の患者がいる 本例は、母親が若年発症のAlzheimer型認知症であったという家族歴がこの背景に当てはまる。なお、第一度近親者にAlzheimer型認知症患者がいると、本人の発症リスクは一般人口より高くなることが知られており、不安そのものには一定の根拠がある。 対応の原則は次のとおりである。・不安を否定したり、根拠なく「心配ない」と保証したり、「気にするな」と突き放したりしない。 ・現在の認知機能が正常であることを伝えたうえで、認知症の危険因子や予防についての正確な知識・情報を提供する。 ・高血圧などの修正可能な危険因子や、頭痛・倦怠感・不眠などの身体的不調、抑うつがあればそれを評価・管理する。身体的な不調が整うこと自体が不安の軽減に役立つ。 ・運動・社会参加など、本人が自ら取り組める具体的な行動を提案する。 こうした対応は、不安の軽減と認知症の予防の両面で有用である。本問で高血圧への対策を提案する説明が適切とされるのも、この原則に合致するためである。
POINT
・認知機能が正常なのに認知症になることを強く恐れる状態を認知症恐怖症(dementia worry/phobia)という。認知症の知識が多い、最近の身体的不調、抑うつ、第一度近親者の認知症歴をもつ中高年者に多い ・現時点で認知機能正常(MMSE 30点、生活支障なし)の人の認知症への不安には、根拠のない保証も突き放しもせず、具体的な予防策を示す ・中年期の高血圧はAlzheimer型認知症を含む認知症の修正可能な危険因子である ・家族性Alzheimer病(APP、PSEN1、PSEN2)は常染色体顕性遺伝でまれ。発症前遺伝子検査は遺伝カウンセリングを経て慎重に ・Alzheimer型認知症は頭部MRIのみでは診断できない(診断は臨床症状が基本、画像は補助と除外) ・抗アミロイドβ抗体薬などの治療選択肢が登場しており、「治療法がない」という説明は不正確
