声も匂いも息こらえも―喉頭全摘術で「残るもの」を見抜く
第120回医師国家試験 A問題 第29問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。喉頭癌に対し放射線治療を受けたが,その後,局所再発を認めたため喉頭全摘術を受けた。術後の頸部の写真を下に示す。 手術によって影響を受けないのはどれか。

- a.声を出す。
- b.舌を出す。
- c.臭いをかぐ。
- d.麺をすする。
- e.息をこらえる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
喉頭全摘術では喉頭を切除して永久気管孔を造設するため、空気の通り道(気管孔→気管→肺)と食物の通り道(口→咽頭→食道)が完全に分離されます。その結果、声帯と呼気を失うことによる失声、鼻を通る気流の消失による嗅覚低下、口腔に陰圧を作れないためのすする・吹く動作の困難、声門閉鎖ができないための息こらえ・いきみの困難が生じます。一方、舌の運動はオトガイ舌筋などの舌筋群と舌下神経によるもので、喉頭とは独立しているため保たれます。術後は吸気の加湿不足、入浴時の気管孔への浸水、救急時の気管孔からの酸素投与など生活と医療の両面で注意が必要で、代用音声には食道発声・気管食道シャント発声・電気式人工喉頭があります。喉頭の機能を「気流」と「声門の開閉」という視点で整理すると、術後の変化を論理的に予測できるようになります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・72歳男性。喉頭癌に対して放射線治療を行ったが局所再発したため、救済手術として喉頭全摘術を受けた。 ・術後の頸部写真では前頸部に永久気管孔(気管の断端を頸部の皮膚に縫い付けて作った呼吸のための孔)が開いている。
喉頭全摘術で何が変わるか
喉頭は「発声」「気道の確保」「誤嚥の防止(嚥下時の気道の閉鎖)」を担う器官である。喉頭全摘術では声帯を含む喉頭を丸ごと切除し、気管の断端を前頸部に永久気管孔として開口させる。咽頭は縫い閉じられて食道へとつながり、食物の通り道(口→咽頭→食道)と空気の通り道(気管孔→気管→肺)が完全に分けられる。 その結果、以下の変化が起こる。 ・肺からの呼気が声帯や口・鼻を通らなくなる → 声が出ない(失声)。 ・吸気が鼻を通らなくなる → 嗅上皮に匂い分子が届かず、嗅覚が低下する。 ・口腔と肺がつながらないため、口から空気を吸い込んで口腔内に陰圧を作れない → 麺をすする、熱いものを吹いて冷ます、ストローで吸うといった動作が難しくなる。 ・声門を閉じて胸腔内圧を高める(息こらえ)ができない → 排便時のいきみ、重い物を持ち上げる動作に力が入りにくい。 一方、舌の運動は舌筋群(内舌筋と、オトガイ舌筋などの外舌筋)とそれを支配する舌下神経によって行われ、喉頭とは別の構造である。舌を突き出す主な筋はオトガイ舌筋であり、下顎骨に起始する。喉頭全摘術ではこれらの筋や神経は温存されるため、舌を出す動作は影響を受けない。
設問への考え方
「影響を受けないもの」を問う設問である。各動作が喉頭(声門)による気道の開閉や、口・鼻を通る気流を必要とするかどうかを考えると、気流と関係しない舌の運動だけが保たれることがわかる。
選択肢考察
- ×a. 声を出す。
通常の発声は、肺からの呼気が閉じた声帯を振動させて音を作り、それを咽頭・口腔・鼻腔で共鳴・構音して声とする。喉頭全摘術では声帯を含む喉頭が切除され、呼気は永久気管孔から外へ出るため、声帯音源も口への気流も失われて失声となる。手術の影響を受ける動作である。代用音声として食道発声、気管食道シャント発声(ボイスプロテーゼ)、電気式人工喉頭がある。音声機能の喪失は身体障害者手帳(3級)の対象となる。
- ○b. 舌を出す。
舌の突出は主にオトガイ舌筋の働きで、舌下神経(第Ⅻ脳神経)が支配する。これらは喉頭とは独立した構造であり、喉頭全摘術で切除されることはない。また舌を出す動作には口や鼻を通る気流も声門の閉鎖も必要ない。したがって喉頭全摘術によって影響を受けない。
- ×c. 臭いをかぐ。
においは、鼻から吸い込んだ空気に含まれる匂い分子が鼻腔上部の嗅上皮に届くことで感じられる。喉頭全摘後は呼吸が永久気管孔を通じて行われ、鼻を通る気流がなくなるため、嗅神経そのものは正常でも匂い分子が嗅上皮に届かず、嗅覚が低下する。手術の影響を受ける。ガス漏れや火災、食品の腐敗に気付きにくくなる点に注意が必要である。
- ×d. 麺をすする。
麺をすするには口から息を吸い込み、口腔内に陰圧を作って麺を引き込む必要がある。喉頭全摘後は口腔・咽頭と気管がつながっていないため、口から空気を吸い込むことができず、すする動作が難しくなる。手術の影響を受ける。
- ×e. 息をこらえる。
息こらえは、声門を閉じて肺内の空気を閉じ込め、胸腔内圧・腹腔内圧を高める動作である。喉頭全摘後は声門がなく、気管孔が常に開いているため、空気を閉じ込めることができない。手術の影響を受ける。排便時にいきめず便秘になりやすい、重い物を持つときに力が入りにくいといった問題が生じる。
喉頭の機能
①発声:声帯の振動による音源の生成。 ②呼吸:気道の一部として空気の通路となる。 ③嚥下時の気道防御:喉頭蓋や声門の閉鎖により食物が気管に入るのを防ぐ。 ④息こらえ(声門閉鎖による胸腔内圧の上昇):いきみ、咳嗽などに関与する。
喉頭全摘術
・適応:進行喉頭癌、放射線治療(化学放射線療法)後の再発・残存癌(救済手術)、喉頭温存手術が困難な例、重度の誤嚥で他の治療が無効な例など。 ・術後は呼吸路(気管孔→気管→肺)と食物路(口→咽頭→食道)が完全に分離される。そのため誤嚥性肺炎は起こらなくなるが、気管孔から異物や水が入る危険がある。
喉頭全摘後の生活上の注意
・入浴・洗髪・水泳:気管孔に水が入ると窒息や肺炎の危険があるため、気管孔を覆うなどの対策が必要である。 ・加湿:吸気が鼻腔で加温・加湿・除塵されずに直接気管に入るため、気管が乾燥して痰が増えやすい。エプロンガーゼや人工鼻(熱湿交換器)で気管孔を保護する。 ・嗅覚・味覚の低下:鼻を通る気流がなくなるため嗅覚が低下し、風味の感じ方も弱まる。ガス漏れ・火災に気付きにくい。 ・いきみ困難:便秘対策が必要になることがある。 ・すする・吹く動作の困難:熱い汁物を吹いて冷ます、麺やストローを吸うことが難しい。 ・救急時の対応:呼吸は気管孔から行われるため、人工呼吸や酸素投与は口・鼻ではなく気管孔に対して行う。
代用音声
・食道発声:食道内に空気を取り込み、それを逆流させて咽頭食道粘膜を振動させる。器具は不要だが習得に訓練を要する。 ・気管食道シャント発声:気管と食道の間にボイスプロテーゼ(一方弁)を留置し、気管孔を指でふさいで呼気を食道へ送り、咽頭食道粘膜を振動させる。習得しやすく自然に近い声が得られる。 ・電気式人工喉頭:振動器を頸部などに当てて音源とし、口で構音する。
舌の運動と神経支配
舌の運動は舌下神経(第Ⅻ脳神経)が支配する(口蓋舌筋のみ迷走神経系)。舌の突出はオトガイ舌筋による。一側の舌下神経麻痺では、挺舌時に舌が麻痺側へ偏位する。
POINT
・喉頭全摘術では喉頭を切除し永久気管孔を造設するため、呼吸路と食物路が完全に分離される。 ・失われる・障害される機能:発声(失声)、嗅覚(鼻を通る気流の消失)、すする・吹く動作(口腔の陰圧・陽圧が作れない)、息こらえ・いきみ(声門閉鎖ができない)、吸気の加温・加湿。 ・保たれる機能:舌の運動(舌下神経・舌筋群は温存)、経口摂取・嚥下(誤嚥は起こらなくなる)。 ・代用音声:食道発声、気管食道シャント発声、電気式人工喉頭。
