「オットセイの咳」の夜―クループ症候群に効く吸入薬はどれか
第119回医師国家試験 A問題 第65問
国試問題にチャレンジ
救急外来で小児を診察した研修医から指導医への報告を以下に示す。 研修医:「1歳の男児です。3日前から37℃台の発熱,咳嗽,鼻汁が出現し,夜中に咳嗽が増強したため来院しました。身長80.0cm,体重11kg。体温37.8℃。脈拍124/分,整。血圧88/56mmHg。呼吸数28/分。SpO2がroom airで95%です」 指導医:「どんな感じの咳ですか」 研修医:「オットセイが鳴くような咳です」 指導医:「呼吸状態はどうですか」 研修医:「胸骨上窩,鎖骨上窩に陥没呼吸がみられます」 指導医:「胸部の聴診所見はどうですか」 研修医:「吸気時に喘鳴を聴取します」 指導医:「治療はどうしますか」 これに続く研修医の返答で適切なのはどれか。
- a.「人工呼吸管理を行います」
- b.「β2刺激薬吸入を行います」
- c.「アドレナリン吸入を行います」
- d.「抗ヒスタミン薬静注を行います」
- e.「副腎皮質ステロイド吸入を行います」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
犬吠様咳嗽、嗄声、吸気性喘鳴は声門下の狭窄を示す所見で、感冒症状に続いて夜間に悪化する乳幼児ではクループ症候群(主にパラインフルエンザウイルスによる急性喉頭気管炎)を考えます。安静時の吸気性喘鳴や陥没呼吸を伴う中等症以上では、α1作用で声門下浮腫を速やかに改善するアドレナリン吸入を行い、リバウンドに備えて経過を観察しつつ、デキサメタゾンなどの副腎皮質ステロイドを全身投与で併用します。β2刺激薬吸入や吸入ステロイドは主に気管支喘息で使う治療で、抗ヒスタミン薬はウイルス性の浮腫には効果がありません。吸気性か呼気性かという喘鳴の違いから狭窄部位を推定し、病態に合った治療を選ぶ考え方は、小児の呼吸困難を安全に評価するうえでの基本になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・1歳男児。3日前から37℃台の発熱、咳、鼻汁があり、上気道のウイルス感染が先行している。 ・夜間に咳が強くなって受診した。 ・咳は「オットセイが鳴くような」咳(犬吠様咳嗽)である。 ・吸気時に喘鳴(吸気性喘鳴、stridor)が聴取される。 ・胸骨上窩・鎖骨上窩に陥没呼吸があり、空気を吸い込むのに努力を要している。 ・SpO2 95%(room air)と軽度の低下がある一方、意識障害やチアノーゼの記載はなく、呼吸数28/分は1歳児としてほぼ正常範囲である。
診断へのプロセス
犬吠様咳嗽、嗄声、吸気性喘鳴の3つは、喉頭から声門下の気道が腫れて狭くなったことを示す症状で、クループ症候群(主にパラインフルエンザウイルスによる急性喉頭気管炎)の典型像である。生後6か月〜3歳ごろに多く、上気道炎症状に続いて夜間に急に悪化しやすい。 鑑別として、気管支喘息は呼気時の喘鳴(wheeze)と呼気の延長が主体で、吸気性喘鳴とは異なる。急性喉頭蓋炎は高熱、強い咽頭痛、嚥下困難・流涎、前かがみの座位(三脚位)を呈し、犬吠様咳嗽は目立たない。気道異物は突然発症のむせこみが特徴で、発熱や先行する感冒症状は通常ない。本例はクループ症候群と考えられる。
設問の考え方
クループ症候群の重症度は、安静時の吸気性喘鳴、陥没呼吸、チアノーゼ、意識状態などで評価する(Westleyクループスコアなど)。本例は安静時にも吸気性喘鳴と陥没呼吸を認め、SpO2もやや低下しており、中等症以上と考えられる。この場合、腫れた声門下の粘膜を速やかに収縮させるアドレナリン吸入を行い、あわせて副腎皮質ステロイドを全身投与(内服など)する。設問の選択肢のうち、クループ症候群の急性期の治療として適切なのはアドレナリン吸入である。
選択肢考察
- ×a. 「人工呼吸管理を行います」
現時点では不要である。SpO2は95%を保っており、意識障害、チアノーゼ、呼吸努力の低下(疲弊)といった切迫した呼吸不全の徴候はない。まずはアドレナリン吸入と副腎皮質ステロイドの全身投与を行い、反応をみる。これらの治療に反応せず、低酸素血症の進行、意識レベルの低下、喘鳴や陥没呼吸がかえって弱くなる(呼吸が浅くなり、空気の出入りが減っている)などの重篤な徴候が現れた場合に、気管挿管・人工呼吸管理を検討する。なお、腫れた声門下に挿管する際には通常より細い気管チューブを用いる。
- ×b. 「β2刺激薬吸入を行います」
β2刺激薬は気管支平滑筋を弛緩させる薬で、気管支喘息発作など、下気道(気管支)の収縮による呼気性喘鳴に用いる。クループ症候群の気道狭窄は声門下の粘膜のむくみ(浮腫)によるもので、気管支平滑筋の収縮が主体ではないため、β2刺激薬では改善が期待できない。
- ○c. 「アドレナリン吸入を行います」
アドレナリンを吸入すると、α1受容体刺激作用によって声門下粘膜の血管が収縮し、粘膜の浮腫が軽くなって気道が広がる。効果は吸入後10〜30分ほどで現れ、吸気性喘鳴や陥没呼吸を速やかに改善させる。安静時にも吸気性喘鳴や陥没呼吸がみられる中等症〜重症のクループ症候群がよい適応であり、本例はこれに当たる。ただし効果は2時間程度で切れ、症状が再び悪化すること(リバウンド)があるため、吸入後は数時間程度の経過観察が必要である。また作用時間が短いため、根本的な炎症を抑える副腎皮質ステロイドの全身投与(デキサメタゾン内服など)を併用する。
- ×d. 「抗ヒスタミン薬静注を行います」
抗ヒスタミン薬はヒスタミンH1受容体を遮断する薬で、蕁麻疹や、アナフィラキシーに伴う皮膚症状の補助治療などに用いる。本例には蕁麻疹や瘙痒などアレルギー反応を示す所見はなく、クループ症候群のウイルス感染による声門下浮腫には効果がない。また乳幼児では鎮静や痙攣誘発などの副作用もあり、使用は適切でない。
- ×e. 「副腎皮質ステロイド吸入を行います」
吸入ステロイドは主に気管支喘息の長期管理(発作予防)に用いる薬である。クループ症候群でも副腎皮質ステロイドは重要な治療薬だが、標準的なのはデキサメタゾンなどの内服(または注射)による全身投与である。ブデソニドの吸入にも一定の効果が報告されているものの、効果発現に数時間かかり、陥没呼吸を伴う呼吸困難を速やかに改善させる手段にはならない。本例の急性期治療として選ぶべきなのはアドレナリン吸入である。
クループ症候群(急性喉頭気管炎)
・原因:パラインフルエンザウイルス(特に1型)が最多。そのほかRSウイルス、インフルエンザウイルス、アデノウイルス、ヒトメタニューモウイルス、新型コロナウイルスなど。 ・好発:生後6か月〜3歳。秋から冬に多い。 ・症状:感冒症状に続いて、犬吠様咳嗽(オットセイ様の咳)、嗄声、吸気性喘鳴が出現する。夜間に悪化しやすい。 ・画像:頸部X線正面像で、声門下が先細りに狭くなる「尖塔徴候(steeple sign)」がみられる。
重症度と治療
・軽症(安静時に喘鳴なし、陥没呼吸なし〜軽度):デキサメタゾン単回内服(0.15〜0.6mg/kg程度)で帰宅可能なことが多い。 ・中等症〜重症(安静時の吸気性喘鳴、明らかな陥没呼吸):アドレナリン吸入+デキサメタゾン全身投与。必要に応じて酸素投与。アドレナリン吸入後は、リバウンドの有無を確認するため2〜4時間程度経過観察する。 ・呼吸不全が切迫する場合:気管挿管・人工呼吸管理。 ・啼泣させると呼吸状態が悪化するため、児を安心させ、不必要な処置は控える。
吸気性喘鳴をきたす小児疾患の鑑別
・急性喉頭蓋炎:インフルエンザ菌b型(Hib)が代表的な原因(Hibワクチン導入後は激減)。高熱、強い咽頭痛、流涎、含み声、三脚位。頸部X線側面像で喉頭蓋の腫大(thumb sign)。舌圧子による咽頭の観察や仰臥位は窒息を誘発しうるため避け、気道確保の準備をする。 ・細菌性気管炎:クループ様症状に高熱・膿性分泌物を伴い、アドレナリン吸入やステロイドへの反応が乏しい。 ・気道異物:突然のむせこみ、発熱なし。 ・喉頭軟化症:新生児〜乳児期早期からの吸気性喘鳴。
呼気性喘鳴との違い
吸気性喘鳴は胸郭外の上気道(喉頭・声門下)の狭窄を、呼気性喘鳴は胸郭内の下気道(気管支)の狭窄を示す。気管支喘息や細気管支炎では呼気性喘鳴が主体となる。
POINT
・犬吠様咳嗽(オットセイ様の咳)+吸気性喘鳴+嗄声 → クループ症候群(主にパラインフルエンザウイルス)。 ・中等症以上(安静時の吸気性喘鳴・陥没呼吸)ではアドレナリン吸入(α1作用で声門下浮腫を改善)を行い、副腎皮質ステロイドを全身投与(デキサメタゾン内服など)で併用する。 ・アドレナリン吸入は効果が短く、リバウンドに注意して経過観察する。 ・β2刺激薬吸入は気管支喘息(呼気性喘鳴)、吸入ステロイドは喘息の長期管理の薬。 ・頸部X線正面像のsteeple sign(クループ)とthumb sign(急性喉頭蓋炎)を区別する。
