痛む収縮・少ない出血・厚い胎盤―常位胎盤早期剝離で「いつ・どう出すか」を決める
第119回医師国家試験 A問題 第66問
国試問題にチャレンジ
38歳の初産婦(1妊0産)。妊娠35週5日,2時間前から痛みを伴う持続的な子宮収縮を自覚し,来院した。意識は清明。体温36.8℃。脈拍92/分,整。血圧148/92mmHg。呼吸数20/分。来院時の内診で子宮口は4cm開大,児頭下降度はSP-2cm,腟鏡診で少量の出血を認めた。腹部超音波検査では胎児は頭位,推定体重2,100gで胎盤の肥厚像を認めた。胎児心拍数陣痛図を下に示す。 適切な対応はどれか。

- a.吸引分娩
- b.経過観察
- c.子宮収縮薬投与
- d.帝王切開
- e.ベタメタゾン投与
対話形式の解説
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ドクターまとめ
妊娠後期に、痛みを伴う持続的な子宮収縮、少量の性器出血、高血圧、超音波での胎盤肥厚像がそろえば常位胎盤早期剝離を考えます。外出血は剝離の程度に比べて少ないことが多く、胎児心拍数陣痛図での細変動減少や反復する一過性徐脈が胎児機能不全を示します。胎児が生存し機能不全がある場合は急速遂娩が原則で、子宮口全開大・児頭下降が十分でなければ吸引分娩はできず、緊急帝王切開を選びます。子宮収縮薬は低酸素を悪化させ、ベタメタゾンは34週未満が主な対象で効果発現にも時間がかかるため、この場面では選びません。早剝はDICや弛緩出血を合併しやすく、凝固系の評価と輸血準備を並行することが母体を守るうえで欠かせません。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・38歳の初産婦(1妊0産)、妊娠35週5日(後期早産の時期)。 ・2時間前から、痛みを伴う持続的な子宮収縮がある。 ・血圧148/92mmHgと高血圧(収縮期140mmHg以上または拡張期90mmHg以上)を認め、妊娠高血圧症候群(HDP)が疑われる。脈拍92/分とやや速い。 ・内診で子宮口4cm開大、児頭下降度SP−2cm(坐骨棘より2cm上で、まだ高い位置)。腟鏡診で少量の性器出血。 ・超音波で頭位、推定体重2,100g(35週としてはやや小さめ)、胎盤の肥厚像あり。 ・胎児心拍数陣痛図(CTG):心拍数基線は160bpm前後と頻脈傾向で、基線細変動は減少している。子宮収縮は不規則で頻回に起こり、収縮に遅れて始まる軽い一過性徐脈が繰り返す。さらに記録の後半では、基線から約80bpm低下して最下点が80bpm前後(120bpmラインを大きく下回る)に達し、1分程度続く高度の一過性徐脈がみられる。胎児の低酸素状態を強く示唆する異常波形であり、産婦人科診療ガイドラインの胎児心拍数波形分類でレベル4以上(異常波形・中等度以上)に相当する。
診断へのプロセス
妊娠後期に痛みを伴う持続的な子宮収縮と性器出血がみられた場合、常位胎盤早期剝離、切迫早産(早産期の陣痛発来)、前置胎盤、子宮破裂などを鑑別する。 ・前置胎盤は痛みを伴わない出血が典型で、超音波で胎盤が子宮口を覆うことで診断される。本例は痛みがあり、胎盤の肥厚像があるので考えにくい。 ・子宮破裂は帝王切開や子宮筋腫核出術の既往がある子宮に起こりやすく、初産婦の本例では考えにくい。 ・切迫早産だけでは、胎盤の肥厚像や高度の胎児機能不全は説明しにくい。 高血圧(HDPは早剝の重要な危険因子)、持続的な腹痛を伴う子宮収縮、外出血が少ないこと(出血の多くが胎盤の後ろにたまる)、胎盤の肥厚像(胎盤後血腫を反映)、胎児機能不全を示すCTG所見から、常位胎盤早期剝離(早剝)と診断する。
設問の考え方
早剝で胎児が生存しており、胎児機能不全がある場合は、胎児死亡と母体の播種性血管内凝固(DIC)を防ぐため、ただちに児を娩出させる(急速遂娩)。急速遂娩の方法は、分娩の進み具合で決まる。子宮口が全開大し児頭が十分下降していれば吸引・鉗子分娩で経腟的に娩出できるが、本例は子宮口4cm開大、SP−2cmで経腟分娩までにはまだ時間がかかる。したがって、緊急帝王切開を行う。
選択肢考察
- ×a. 吸引分娩
吸引分娩は、子宮口が全開大し、破水していて、児頭が十分に下降している(一般にSP+2cm程度以上が目安)ことが前提となる急速遂娩法である。本例は子宮口4cm開大、児頭はSP−2cmと高い位置にあり、条件を満たさない。条件を満たさずに行うと娩出に失敗するだけでなく、児の頭蓋内出血や帽状腱膜下血腫、母体の産道損傷の危険が高い。また、在胎34週未満では一般に吸引分娩は推奨されないことにも注意する。
- ×b. 経過観察
早剝は時間とともに剝離が広がり、胎児の低酸素が進行して胎児死亡に至ったり、母体が出血性ショックやDICに陥ったりする。CTGでは基線細変動の減少と高度の一過性徐脈がみられ、すでに胎児機能不全の状態である。経過観察は胎児と母体の双方を危険にさらすため不適切である。体位変換(左側臥位)、母体への酸素投与、輸液などの子宮内胎児蘇生の処置を行ったとしても、それは急速遂娩の準備と並行して行うものであり、待機の理由にはならない。
- ×c. 子宮収縮薬投与
オキシトシンなどの子宮収縮薬は、陣痛を強めて分娩を進めるための薬である。本例では子宮収縮はすでに頻回で、収縮に伴って胎盤への血流が途絶え、高度の一過性徐脈を生じている。ここで収縮をさらに強めれば胎児の低酸素が悪化するため、胎児機能不全がある状態での使用は禁忌に近い。また早剝では子宮筋の過緊張が起こりやすく、収縮薬の投与は剝離の進行を助長するおそれもある。
- ○d. 帝王切開
常位胎盤早期剝離に胎児機能不全を伴い、胎児は生存していて、経腟分娩がすぐには見込めない(子宮口4cm、SP−2cm)ため、緊急帝王切開で速やかに児を娩出させるのが適切である。娩出により胎児を低酸素状態から救い出すとともに、剝離した胎盤を除去して出血源を断ち、母体のDICの進行を食い止めることができる。早剝はDICを合併しやすいため、手術と並行して凝固機能(血小板数、フィブリノゲン、FDP・Dダイマーなど)を確認し、輸血(赤血球液、新鮮凍結血漿など)の準備を行う。娩出された児は早産児であり、新生児科医の立ち会いと新生児蘇生の準備も必要である。
- ×e. ベタメタゾン投与
母体へのベタメタゾン(副腎皮質ステロイド)投与は、胎児の肺サーファクタント産生を促して新生児呼吸窮迫症候群を減らし、脳室内出血や壊死性腸炎の発症も減らす目的で行われる。対象は、おおむね妊娠22週以降34週未満で、1週間以内に早産となることが予想される場合である。本例は35週を過ぎており、通常の適応から外れる。さらに、ベタメタゾンの効果が十分に得られるには投与から24〜48時間程度が必要であり、急速遂娩が必要な本例では投与を待って分娩を遅らせるべきではない。
常位胎盤早期剝離(早剝)
・定義:正常な位置(子宮体部)に付着している胎盤が、胎児娩出より前に子宮壁から剝がれること。 ・危険因子:妊娠高血圧症候群(最も重要)、早剝の既往、腹部外傷(交通事故など)、喫煙、コカイン使用、前期破水、絨毛膜羊膜炎、子宮内胎児発育不全、多胎妊娠や羊水過多での急激な子宮内圧低下など。 ・症状:持続的な腹痛(子宮の板状硬)、子宮の過強収縮・頻回な収縮、性器出血(外出血は剝離の程度に比べて少ないことが多い)、胎児機能不全。重症例では母体の出血性ショック、DIC、胎児死亡を起こす。 ・検査:超音波で胎盤の肥厚像や胎盤後血腫(胎盤と子宮壁の間の血液の貯留)がみられることがあるが、超音波で異常がなくても早剝は否定できない。CTGでは基線細変動の減少、遅発一過性徐脈の反復、頻回な子宮収縮(さざ波様の収縮)などが特徴的である。 ・合併症:胎盤後血腫から組織因子が母体血中に流入して消費性凝固障害を起こし、DIC(特にフィブリノゲン低下)をきたしやすい。また血液が子宮筋層に浸潤した子宮(Couvelaire子宮)では、分娩後に子宮が収縮しにくく弛緩出血を起こしやすい。
対応の原則
・胎児生存:原則として急速遂娩。子宮口全開大で児頭が十分下降していれば吸引・鉗子分娩による経腟分娩、そうでなければ緊急帝王切開。 ・胎児死亡:母体のDIC対策を最優先しながら、多くは経腟分娩を目指す(ただし母体の状態が不安定であれば帝王切開も選択される)。 ・いずれの場合も凝固系の検査、輸血の準備、DICの治療を並行して行う。
胎児心拍数波形の基本
・心拍数基線の正常範囲は110〜160bpm。 ・基線細変動の正常は振幅6〜25bpm。減少・消失は胎児の低酸素やアシドーシスを示唆する。 ・遅発一過性徐脈:子宮収縮の頂点より遅れて心拍数が最下点となる徐脈で、子宮胎盤循環不全による胎児の低酸素を示す。 ・胎児心拍数波形はレベル1(正常波形)〜レベル5(異常波形・高度)に分類され、レベルが上がるほど急速遂娩の準備や実施が求められる。
POINT
・妊娠高血圧症候群+持続的な腹痛を伴う子宮収縮+少量の性器出血+胎盤の肥厚像 → 常位胎盤早期剝離を考える。 ・早剝で胎児が生存し、胎児機能不全がある → ただちに急速遂娩。 ・子宮口全開大前(本例は4cm、SP−2cm)では吸引・鉗子分娩はできない → 緊急帝王切開。 ・早剝はDICを合併しやすい。凝固系の検査と輸血の準備を並行する。 ・胎児機能不全では子宮収縮薬は使わない。 ・ベタメタゾンによる胎児肺成熟促進の対象はおおむね妊娠34週未満の早産予測例。
