落馬のあと尿が出ない―「管を入れない」勇気が守る尿道
第119回医師国家試験 D問題 第55問
国試問題にチャレンジ
44歳の男性。下腹部痛を主訴に来院した。昨日落馬して会陰部を打撲した後から排尿を認めない。意識は清明。体温36.4℃。脈拍88/分,整。血圧142/86mmHg。会陰部の皮下に出血斑を認める。血液所見:赤血球348万,Hb 11.4g/dL,Ht 33%,白血球8,800,血小板20万。血液生化学所見:総蛋白6.8g/dL,アルブミン3.6g/dL,尿素窒素22mg/dL,クレアチニン0.9mg/dL。CRP 0.4mg/dL。腹部超音波検査で多量の尿で拡張している膀胱を認める。逆行性尿道造影検査で膀胱は描出されなかった。 適切な対応はどれか。
- a.骨盤MRI
- b.膀胱鏡検査
- c.膀胱瘻造設
- d.NSAID投与
- e.膀胱カテーテル留置
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
会陰部を打ちつける騎乗型損傷では球部(前部)尿道、骨盤骨折では膜様部(後部)尿道が損傷されやすく、尿道口出血、尿閉、会陰部血腫などがあれば尿道損傷を疑います。その場合は経尿道的カテーテルを挿入する前に逆行性尿道造影を行い、造影剤が膀胱まで到達しなければ完全断裂を考えます。完全断裂による尿閉では、無理なカテーテル挿入は損傷の悪化や偽尿道形成、感染を招くため、恥骨上から膀胱を穿刺する膀胱瘻造設で尿路を確保します。尿道の修復は急性期を過ぎた約3か月後に待機的に行い、晩期合併症として尿道狭窄に注意が必要です。「外傷患者に安易に尿道カテーテルを入れない」という判断は、救急や泌尿器の現場で患者の予後を左右する重要な原則です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・44歳の男性。昨日、落馬して会陰部を打撲し、その後から自分で排尿できず、下腹部痛を訴えている。 ・意識清明でバイタルサインは安定している(脈拍88/分、血圧142/86mmHg)。 ・会陰部の皮下に出血斑がある。会陰部の打撲で生じた血腫や尿の漏出が、尿道の周囲(尿生殖隔膜より下の浅会陰隙)に広がったことを示す。 ・Hb 11.4g/dL、Ht 33%と軽度の貧血があり、外傷による出血の影響と考えられる。CRPの上昇はなく、感染徴候はない。BUN・クレアチニンは正常で、腎機能はまだ保たれている。 ・腹部超音波で膀胱は多量の尿で拡張しており、尿閉の状態である。膀胱自体は破裂していない。 ・逆行性尿道造影(外尿道口から造影剤を注入して尿道を描出する検査)で膀胱が描出されなかった。造影剤が尿道の途中で途絶しており、尿道の完全断裂が強く疑われる。
診断へのプロセス
会陰部を硬い物に打ちつける外傷(落馬、自転車のフレーム、鉄棒などへの騎乗型損傷〈straddle injury〉)では、恥骨の下で圧迫されやすい球部尿道(前部尿道)が損傷される。これに対し、骨盤骨折に伴う尿道損傷は膜様部尿道(後部尿道)に起こりやすい。本例は会陰部打撲と会陰部の皮下出血斑から、前部(球部)尿道損傷と考えられ、逆行性尿道造影で膀胱まで造影剤が到達しないことから完全断裂が疑われる。その結果、膀胱に尿がたまっても排出できず、尿閉となって下腹部痛を生じている。
対応の考え方
尿閉は放置すると膀胱の過伸展や腎後性腎不全をきたすため、速やかに尿を体外へ誘導(尿路変向)する必要がある。しかし尿道が断裂している場合、経尿道的にカテーテルを挿入しても膀胱に到達しないうえ、不完全断裂を完全断裂にしたり、偽尿道を作ったり、血腫に感染を起こしたりする危険がある。そのため尿道を経由しない経路、すなわち下腹部から直接膀胱に穿刺してカテーテルを留置する膀胱瘻造設を行う。膀胱が尿で十分に拡張しているため、超音波ガイド下の経皮的穿刺が安全に行える。尿道そのものの修復は、急性期を過ぎて血腫や浮腫が吸収された後(一般に約3か月後)に、尿道の状態を再評価して行う。
選択肢考察
- ×a. 骨盤MRI
MRIは後日、尿道の欠損範囲や周囲組織の瘢痕を評価して尿道形成術を計画する際に用いられることはあるが、尿閉で苦しんでいる患者の初期対応にはならない。本例の診断は会陰部打撲の病歴、身体所見、逆行性尿道造影ですでについており、まず優先すべきは尿の排出路の確保である。また骨盤骨折の合併を疑う外傷(後部尿道損傷が起こりやすい)であれば、骨盤の評価は撮影時間の短いCTやエックス線で行うのが一般的で、急性期にMRIを選ぶ理由は乏しい。
- ×b. 膀胱鏡検査
膀胱鏡(尿道膀胱鏡)は尿道を経由して挿入するため、断裂した尿道に操作を加えることになり、損傷の悪化や感染の危険がある。不完全断裂で尿道の連続性が残っている場合に、内視鏡で直視しながらガイドワイヤーとカテーテルを膀胱まで通す方法が選択されることはあるが、本例は逆行性尿道造影で膀胱が描出されず完全断裂が疑われる状態であり、最初に行う対応として適切でない。
- ○c. 膀胱瘻造設
尿道の完全断裂が疑われ、尿閉を伴っているため、尿道を通らずに尿を排出できる膀胱瘻を造設する。下腹部正中・恥骨上から、超音波ガイド下に拡張した膀胱を経皮的に穿刺してカテーテルを留置する方法が一般的である。これにより尿閉と下腹部痛が速やかに解消され、尿道に触れずに済むため損傷部の安静が保たれ、血腫の感染や尿道狭窄の悪化を防ぐことができる。急性期を過ぎ、血腫や浮腫が吸収された時点(一般に受傷後約3か月)で尿道の状態を評価し、必要に応じて尿道形成術(狭窄部切除と端々吻合など)を行う。
- ×d. NSAID投与
下腹部痛は尿閉による膀胱の過伸展が原因であり、尿を排出しなければ根本的に改善しない。鎮痛薬だけでは病態が進行し、膀胱の過伸展による排尿筋障害や、両側水腎症から腎後性腎不全をきたしうる。さらにNSAIDは腎血流を低下させて腎機能を悪化させるおそれや、出血を助長する可能性もある。対症療法のみでは不十分である。
- ×e. 膀胱カテーテル留置
通常の尿閉であれば経尿道的カテーテル留置が第一選択だが、尿道損傷が疑われる場合には、逆行性尿道造影で尿道の連続性を確認するまで盲目的な挿入は行わない。本例は造影で膀胱が描出されず完全断裂が疑われるため、カテーテルは膀胱に到達せず、無理な挿入は損傷部を広げ、偽尿道の形成や血腫の感染を招く。経尿道的な膀胱カテーテル留置は避けるべきである。
男性尿道の区分と損傷の特徴
男性の尿道は、尿生殖隔膜(外尿道括約筋)を境に、それより膀胱側の後部尿道(前立腺部・膜様部)と、外尿道口側の前部尿道(球部・振子部〈陰茎部〉)に分けられる。 ・前部尿道損傷:会陰部を打ちつける騎乗型損傷で、恥骨下縁と硬い物の間に挟まれた球部尿道が損傷される。会陰部の皮下出血・腫脹がみられ、Buck筋膜が破れると血液や尿がColles筋膜の範囲に広がって、陰嚢・会陰部・陰茎に蝶の羽状の血腫(butterfly hematoma)を形成することがある。 ・後部尿道損傷:骨盤骨折(特に恥骨骨折)に伴い、膜様部尿道が引き裂かれる。直腸診で前立腺が高位に浮いて触れる(high-riding prostate)ことがある。大量出血を伴う多発外傷の一部であることが多い。
尿道損傷を疑う徴候
・外尿道口からの出血(尿道口出血) ・排尿困難・尿閉 ・会陰部・陰嚢の血腫 ・骨盤骨折 これらがある場合は経尿道的カテーテル挿入の前に逆行性尿道造影を行い、尿道の連続性と造影剤の漏出を確認する。
治療の原則
・不完全断裂:経尿道的カテーテルが抵抗なく入れば留置し、数週間で抜去する。無理な挿入はしない。内視鏡下にガイドワイヤーを通して留置する方法もある。 ・完全断裂・挿入困難:膀胱瘻を造設して尿路を確保し、約3か月後に尿道の状態を評価して待機的に尿道形成術を行う。後部尿道損傷では、条件によって内視鏡を用いた早期の尿道再建(primary realignment)が行われることもある。 ・晩期合併症:尿道狭窄が最も多く、後部尿道損傷では勃起障害や尿失禁も問題となる。
膀胱損傷との違い
膀胱が破裂すれば超音波で膀胱は虚脱し、腹腔内や膀胱周囲に尿が漏れ出す。本例のように膀胱が尿で拡張していれば膀胱自体は保たれており、出口側(尿道)の閉塞・断裂による尿閉と判断できる。
POINT
・会陰部打撲(騎乗型損傷)では前部(球部)尿道損傷、骨盤骨折では後部(膜様部)尿道損傷を考える。 ・尿道損傷が疑われるときは、経尿道的カテーテル挿入の前に逆行性尿道造影で尿道の連続性を確認する。 ・尿道完全断裂による尿閉には、尿道を経由しない膀胱瘻造設で尿路を確保する。 ・経尿道的なカテーテルの無理な挿入は損傷の悪化や感染を招くため避ける。 ・尿道の修復は急性期を過ぎてから(約3か月後)待機的に行い、最も多い晩期合併症は尿道狭窄である。
