しぼんだ肺は急に膨らませるな―気胸ドレナージ後に潜む再膨張性肺水腫
第118回医師国家試験 D問題 第28問
国試問題にチャレンジ
19歳の男性。呼吸困難を主訴に来院した。一昨日から息切れを自覚した。本日から胸痛を伴う呼吸困難がみられるため受診した。意識は清明。体温37.2℃。脈拍104/分,整。血圧98/62 mmHg。呼吸数22/分。SpO2 90%(room air)。右呼吸音を聴取しない。胸部エックス線写真を示す。 胸腔ドレナージ後に起こる合併症で注意すべきなのはどれか。

- a.乳び胸
- b.肺水腫
- c.不整脈
- d.血栓塞栓症
- e.反回神経損傷
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
やせ型の若年男性に急に生じた胸痛・呼吸困難と片側の呼吸音消失は自然気胸を示し、縦隔偏位や頻脈・血圧低下を伴えば緊張性気胸として速やかな胸腔ドレナージが必要です。ドレナージ後に特に注意すべきは再膨張性肺水腫で、虚脱していた肺が急速に再膨張することで虚血・再灌流障害や機械的伸展により血管透過性が亢進し、主に患側肺に肺水腫が生じます。虚脱期間が長い、虚脱が高度、若年者、急速な陰圧吸引が危険因子であり、初期は水封で緩徐に再膨張させ、処置後の咳嗽・泡沫状痰・酸素化悪化を注意深く観察します。乳び胸、不整脈、反回神経損傷、血栓塞栓症は、解剖学的位置や背景因子から気胸ドレナージ後の主要な合併症とはいえません。治療が成功した後にも起こりうる合併症を予測して備える姿勢は、あらゆる処置に共通する臨床の基本です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・19歳男性。一昨日から息切れがあり、本日から胸痛を伴う呼吸困難が加わった(数日の経過で悪化する急性の呼吸器症状)。 ・脈拍104/分の頻脈、血圧98/62mmHgとやや低め、呼吸数22/分の頻呼吸、SpO2 90%(室内気)の低酸素血症がある。 ・右呼吸音が聴取できない。これは右肺に空気が入っていない、あるいは胸腔内の空気・液体で呼吸音が遮られていることを示し、気胸や大量胸水を考える所見である。 ・胸部エックス線写真では、右胸腔の肺紋理が消失して右肺が肺門側へ高度に虚脱し、縦隔が健側(左)へ偏位している。
診断
若年男性に突然〜急性に生じた胸痛と呼吸困難、片側の呼吸音消失、画像での肺虚脱から、右の自然気胸と診断する。自然気胸(原発性)は、肺尖部のブラ(気腫性嚢胞)が破れて起こり、やせ型・長身の若年男性に好発する。本例は縦隔偏位に加え頻脈・血圧低下傾向があり、胸腔内圧が上昇して静脈還流が妨げられる緊張性気胸へ移行しつつある状態と考えられ、速やかな胸腔ドレナージ(胸腔に管を入れて空気を外へ逃がす処置)が必要である。
設問の考え方
問われているのはドレナージ「後」に注意すべき合併症である。本例は症状出現から約2日が経過しており、高度に虚脱した肺がその間低換気・低灌流の状態にあった。この肺を急速に膨らませると、肺毛細血管の透過性が亢進して再膨張性肺水腫が起こりうる。したがって、ドレナージでは急激な陰圧吸引を避け、ドレナージ後も呼吸状態・咳・泡沫状痰・酸素化の悪化に注意して観察する必要がある。
選択肢考察
- ×a. 乳び胸
乳び胸は、胸管(腸管から吸収した脂肪を含むリンパ液=乳びを運ぶリンパ管)の損傷や閉塞により、胸腔内に乳び(白濁した中性脂肪に富む液)が貯留する状態である。原因は食道切除術や心臓・大血管手術などの術中損傷、悪性リンパ腫などの腫瘍による閉塞が多い。胸管は縦隔内を椎体の前方に沿って走行しており、側胸壁から挿入する胸腔ドレーンで損傷することはまれである。気胸のドレナージ後に特に注意すべき合併症ではない。
- ○b. 肺水腫
再膨張性肺水腫のことである。虚脱していた肺が急速に再膨張すると、虚血・再灌流による血管内皮障害や機械的な伸展ストレスにより肺毛細血管の透過性が亢進し、主に患側肺に肺水腫が生じる。再膨張後数時間以内(多くは1〜2時間以内)に、咳嗽、泡沫状痰、呼吸困難、低酸素血症の悪化として現れる。虚脱期間が長い(一般に3日以上が目安とされる)、虚脱の程度が高度、若年者、強い陰圧で急速に吸引した、などが危険因子である。本例は高度の虚脱が約2日続いており、ドレナージ後の注意すべき合併症として最も重要である。予防として、初期は持続陰圧吸引をかけず水封(ウォーターシール)で緩徐に脱気するなどの配慮を行う。
- ×c. 不整脈
不整脈は心臓に機械的刺激が加わる処置、例えば心嚢穿刺・心嚢ドレナージや中心静脈カテーテル・ペースメーカーリードの挿入、心臓手術の後などで問題になる。胸腔ドレナージは胸腔内の処置であり、適切な位置に挿入されていれば心臓に直接触れることはなく、不整脈との関連は乏しい。
- ×d. 血栓塞栓症
深部静脈血栓症とそれに続く肺血栓塞栓症などの血栓塞栓症は、長期臥床、大手術後、悪性腫瘍、肥満、経口避妊薬などが危険因子となる。胸腔ドレナージ自体が血栓形成を促すことはなく、19歳の若年男性で短期間の処置である本例では、特に注意すべき合併症とはいえない。
- ×e. 反回神経損傷
反回神経は迷走神経の枝で、右は鎖骨下動脈、左は大動脈弓の下をくぐって反転し、気管と食道の間の溝を上行して喉頭に分布する。損傷すると嗄声や誤嚥を来し、甲状腺手術、食道癌手術、大動脈弓部の手術などで問題となる。胸腔ドレーンは側胸壁(中腋窩線付近の第4〜5肋間など)から挿入するため、縦隔内や頸部を走行する反回神経を損傷することは通常ない。
自然気胸の概要
・原発性自然気胸:明らかな肺疾患のない人に、肺尖部のブラ・ブレブが破れて起こる。10〜20歳代のやせ型・長身の男性に多く、喫煙は危険因子となる。 ・続発性自然気胸:COPD(慢性閉塞性肺疾患)、間質性肺炎、肺癌、リンパ脈管筋腫症などの基礎疾患に伴う。女性では月経に伴う月経随伴性気胸(胸腔内子宮内膜症)もある。 ・症状:突然の胸痛(患側)、呼吸困難、乾性咳嗽。 ・身体所見:患側の呼吸音減弱・消失、打診での鼓音、声音振盪の減弱。 ・胸部エックス線:肺紋理の消失した透過性の高い領域と、虚脱した肺の辺縁(臓側胸膜線)。
重症度と治療
・軽度の虚脱:安静のみで経過観察。 ・中等度以上:胸腔穿刺による脱気や胸腔ドレナージ。 ・空気漏れの持続、再発例、両側例などでは胸腔鏡下手術(ブラ切除)を検討する。
緊張性気胸
・胸膜の破れ目が一方向弁のように働き、吸気ごとに胸腔内に空気がたまり胸腔内圧が上昇する。 ・縦隔が健側へ偏位し、静脈還流が障害されて頸静脈怒張、頻脈、低血圧からショックに至る(閉塞性ショック)。 ・診断が臨床的につけば画像を待たずに緊急脱気(胸腔穿刺)とドレナージを行う。
胸腔ドレナージの主な合併症
・再膨張性肺水腫 ・出血(肋間動静脈の損傷を避けるため肋骨上縁から挿入する) ・肺・横隔膜・肝臓・脾臓など臓器の損傷 ・皮下気腫 ・感染(膿胸) ・ドレーンの位置異常・閉塞
POINT
・若年やせ型男性の急な胸痛・呼吸困難+片側呼吸音消失 → 自然気胸。縦隔偏位と循環不全の徴候があれば緊張性気胸として緊急脱気。 ・胸腔ドレナージ後に注意すべきは再膨張性肺水腫。 ・危険因子:長時間(目安3日以上)の虚脱、高度の虚脱、若年者、急速な陰圧吸引。 ・予防:初期は陰圧をかけず水封で緩徐に再膨張させる。
