挿管14日目の決断―長引く人工呼吸には「気管切開」という次の一手
第118回医師国家試験 C問題 第61問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
78歳の男性。嗄声を主訴に来院した。 現病歴:1か月前に嗄声が出現した。2週間前から飲水時に咳嗽が出現するようになり自宅近くの診療所で鎮咳薬を処方された。咳嗽は改善せず,3日前から喀痰に血液が混じるようになった。 既往歴:3年前に原発性肺癌のために右肺下葉切除術が施行され経過観察となっていた。1年前から自己判断で定期的な受診を中断していた。 生活歴:65歳までは会社員。妻と2人暮らし。喫煙は70歳まで20本/日を50年間。飲酒はビール350mL/日。 家族歴:弟が70歳台で胃癌。 現症:意識は清明。身長162cm,体重54kg。体温36.2℃。脈拍72/分,整。血圧124/72mmHg。呼吸数16/分。SpO2 98%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸静脈の怒張は認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。 検査所見:尿所見:蛋白(-),糖(-),潜血(-)。血液所見:赤血球380万,Hb 13.8g/dL,Ht 35%,白血球7,600,血小板24万。血液生化学所見:総蛋白6.0g/dL,アルブミン3.0g/dL,総ビリルビン0.7mg/dL,AST 25U/L,ALT 19U/L,LD 343U/L(基準124~222),尿素窒素24 mg/dL,クレアチニン0.8mg/dL。胸部エックス線写真で右第1弓の突出を認める。胸部造影CTで縦隔リンパ節腫大を認めた。腹部造影CTと骨シンチグラフィで異常を認めなかった。腫大した縦隔リンパ節に対して超音波内視鏡下に穿刺生検を施行し,肺腺癌術後のリンパ節再発と診断された。
縦隔リンパ節の局所再発に対して化学放射線療法を施行した。その後,薬剤性肺障害による呼吸不全をきたし,気管挿管による人工呼吸療法となった。薬剤性肺障害に対して治療を継続したが,呼吸状態の改善がみられない。14日経過後も長期間の人工呼吸療法が必要な状態である。 この時点での呼吸管理で適切な処置はどれか。
- a.気管切開術
- b.ECMO導入
- c.声門上器具挿入
- d.経鼻エアウェイ挿入
- e.非侵襲的陽圧換気〈NPPV〉導入
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
気管挿管による人工呼吸が長期化すると、喉頭・声門の損傷、カフ圧による気管狭窄、人工呼吸器関連肺炎、鎮静薬の増量などの合併症が増えるため、おおむね2週間前後以上の人工呼吸が見込まれる場合や離脱困難例では気管切開術に切り替えます。気管切開により死腔と呼吸仕事量が減り、吸引や口腔ケアが容易になって、苦痛の軽減とウィーニングの促進が期待できます。ECMOは回復可能な重症呼吸不全への一時的な橋渡しであり、長期人工呼吸後や予後不良の悪性腫瘍では適応外となりやすく、声門上器具・経鼻エアウェイ・NPPVは侵襲的人工呼吸の代わりにはなりません。「確実な気道を維持しつつ長期挿管の弊害を減らす」という視点は、集中治療で人工呼吸管理を考えるうえでの基本となります。
解答・解説
正解はaです
経過の整理
肺腺癌術後の縦隔リンパ節再発(嗄声・飲水時のむせは縦隔リンパ節による反回神経麻痺と考えられた)に対し、遠隔転移がないことを確認したうえで局所再発として化学放射線療法が行われた。その後、薬剤性肺障害(抗癌薬などによる間質性肺炎など)で呼吸不全となり、気管挿管・人工呼吸管理が開始された。治療を続けても改善せず、挿管から14日を経過した時点でなお長期間の人工呼吸が必要と見込まれている。化学放射線療法後であるため、放射線肺臓炎の合併にも注意が必要な状況である。
設問の考え方
問われているのは、侵襲的人工呼吸をさらに長く続けなければならない患者で、気道をどう確保し直すかである。経口(経喉頭)の気管挿管を長く続けると、喉頭・声門の損傷、カフ圧による気管粘膜の虚血・潰瘍とその後の気管狭窄、副鼻腔炎、人工呼吸器関連肺炎(VAP)などの合併症が増える。また患者の苦痛が大きく、鎮静薬を多く必要とし、口腔ケアや痰の吸引もしにくい。 このため、挿管が長期(おおむね2週間前後以上)に及ぶ見込みの場合や人工呼吸器からの離脱が難しい場合には、気管切開に切り替えて人工呼吸を継続するのが標準的な対応である。人工呼吸を継続できる確実な気道を保ちつつ挿管の弊害を減らせる方法を選ぶ、という視点で選択肢を検討する。
選択肢考察
- ○a. 気管切開術
頸部から気管に直接カニューレを留置する方法で、長期の人工呼吸管理が必要な場合や人工呼吸器からの離脱が困難な場合の代表的な適応である。本例は挿管後14日を経ても改善がなく、さらに長期の人工呼吸が見込まれる。気管切開により、喉頭・声門の損傷や気管狭窄など長期挿管による合併症を避けられ、死腔と気道抵抗が減って呼吸仕事量が軽くなる。口腔内にチューブがないため苦痛が少なく鎮静薬を減らしやすく、痰の吸引や口腔ケアも容易になり、段階的な離脱(ウィーニング)を進めやすい。気管切開によりVAPの発生が減るとする報告もある。したがって、この時点の呼吸管理として適切である。
- ×b. ECMO導入
ECMO(体外式膜型人工肺)は、血液を体外に導いて人工肺で酸素化・二酸化炭素除去を行う装置であり、通常の人工呼吸では救命できない重症呼吸不全で、原疾患が回復するまでの橋渡しとして一時的に用いる。回復の見込みがあることが前提であり、長期間(おおむね7日以上)高い設定で人工呼吸を続けた後の導入や、予後不良の悪性腫瘍の存在は、成績が悪く適応外と判断されることが多い(相対的禁忌)。本例は再発肺癌を有し、すでに14日間の人工呼吸でも改善しておらず、ECMOは適切でない。また、本問で問われている長期人工呼吸のための気道管理の方法でもない。
- ×c. 声門上器具挿入
声門上器具(ラリンジアルマスクなど)は、声門の上に留置して換気を行う器具であり、短時間の全身麻酔や、挿管困難時の一時的な気道確保・救急蘇生などに用いられる。気管内にカフがないため誤嚥を防げず、位置もずれやすいうえ、高い気道内圧を要する重症の肺障害では十分な換気ができない。長期の人工呼吸には適さず、確実な気道である気管挿管から切り替える対象にはならない。
- ×d. 経鼻エアウェイ挿入
経鼻エアウェイは鼻から咽頭まで挿入する管で、舌根沈下などによる上気道の閉塞を解除するために、自発呼吸のある患者で用いられる。陽圧換気を行う器具ではなく、誤嚥防止の効果もない。肺障害による呼吸不全で人工呼吸が必要な本例の気道管理にはならない。
- ×e. 非侵襲的陽圧換気〈NPPV〉導入
NPPVは鼻や顔に密着させたマスクを通じて陽圧換気を行う方法で、気管挿管を避けたい場面や抜管後の呼吸補助として、COPD増悪、心原性肺水腫などに用いられる。意識が保たれ、自力で痰を出せ、呼吸状態がある程度安定していることが条件である。本例は気管挿管による人工呼吸をしても改善がみられない重症呼吸不全であり、侵襲的人工呼吸をマスク換気に置き換えることはできない。
気管切開の主な適応
・長期の人工呼吸管理が必要な場合、人工呼吸器からの離脱が困難な場合 ・上気道の閉塞(腫瘍、喉頭浮腫、両側声帯麻痺など) ・気道分泌物が多く、自力で喀出できない場合(頻回の吸引が必要) ・誤嚥の防止(意識障害や嚥下障害を伴う場合)
長期気管挿管の主な合併症
・喉頭・声帯の損傷(肉芽形成、声帯麻痺、声門下狭窄) ・カフ圧による気管粘膜の虚血・潰瘍、気管狭窄、気管軟化症 ・人工呼吸器関連肺炎(VAP)、副鼻腔炎 ・口唇・口腔の損傷、患者の苦痛と鎮静薬の増量
気管切開の時期
長期挿管が見込まれる場合、挿管後おおむね2週間前後を目安に気管切開が検討される。より早期(挿管後10日以内など)に気管切開を行う方針については、鎮静薬の減量やVAPの減少を示す報告がある一方、死亡率を明らかに改善するという根拠は乏しく、個々の患者で判断する。
ECMOの考え方
重症の低酸素性呼吸不全で、死亡の危険性が50%以上と見込まれる場合に導入を考慮し、80%以上なら適応とする目安が用いられる。一方、高い設定での人工呼吸が長期間(7日以上)続いた後、予後不良の悪性腫瘍、不可逆的な臓器障害などは相対的禁忌とされる。ECMOは病気を治す治療ではなく、原疾患の回復を待つための時間稼ぎの手段である。
薬剤性肺障害
抗癌薬(殺細胞性薬、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬、免疫チェックポイント阻害薬など)で起こりうる。原因薬の中止とステロイド投与が治療の基本で、重症例ではステロイドパルス療法を行う。化学放射線療法後は放射線肺臓炎との鑑別・合併にも注意する。
POINT
・長期の人工呼吸が必要、または人工呼吸器からの離脱が困難 → 気管切開術に切り替える。 ・気管切開の利点:長期挿管合併症の回避、死腔・呼吸仕事量の減少、吸引・口腔ケアが容易、鎮静薬の減量、離脱を進めやすい。 ・ECMOは回復可能な重症呼吸不全への一時的な橋渡しであり、長期人工呼吸後や予後不良の悪性腫瘍では適応外となりやすい。 ・声門上器具・経鼻エアウェイ・NPPVは長期の侵襲的人工呼吸の代わりにはならない。
