片麻痺で工場に戻るとき―産業医が真っ先に守るべきものは何か
第118回医師国家試験 C問題 第48問
国試問題にチャレンジ
53歳の男性。住宅ユニット製造工場の従事者。6か月前に脳血管疾患に罹患した。退院後の外来リハビリテーションを終えて片麻痺の後遺症がある状態で,職場復帰について検討することになった。 職場復帰するために産業医が考慮すべきことはどれか。
- a.出張の制限
- b.夜勤の制限
- c.業務時間の制限
- d.高所作業の制限
- e.接客業務の制限
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
産業医が復職を判定する際は、労働者の健康状態と実際の作業内容を照らし合わせ、本人や周囲の安全を損なう作業がないかを評価します。片麻痺では立位バランスが不安定で転倒しやすく、足場や脚立での作業が想定される製造現場では転落・墜落による重大な労働災害につながるため、高所作業の制限が最優先の配慮となります。勤務時間短縮や夜勤・出張の制限は一般的な配慮ですが本例の後遺症と職場から直接導かれるものではなく、接客業務への影響は失語症や高次脳機能障害がある場合に問題となります。後遺症の種類ごとに制限すべき業務が異なること、そして主治医の意見と産業医の意見を踏まえて事業者が就業上の措置を決める両立支援の流れを理解しておくことは、臨床医として患者の社会復帰を支えるうえで欠かせません。
解答・解説
正解はdです
状況の整理
・53歳男性、住宅ユニット製造工場で働いている → 部材の組立てや運搬、足場・脚立・ユニット上での作業など、身体を使う現場作業が想定される職場である ・6か月前に脳血管疾患(脳卒中)を発症し、外来リハビリテーションを終えた時点で片麻痺が残っている ・本人の職場復帰について産業医が検討する場面である
考え方
産業医が復職を判定するときは、「その人の健康状態」と「職場で求められる作業」の両方を照らし合わせ、本人や周囲の安全を損なう作業がないか、病状を悪化させる働き方がないかを評価し、必要な就業上の配慮(作業の制限や転換、勤務時間の調整など)を事業者に意見する。 片麻痺は一側の上下肢の筋力低下や運動の協調性の障害をきたし、立位でのバランスが悪くなり、転倒しやすくなる。手すりにしっかりつかまる、両手で体を支えるといった動作も難しい。製造現場でこうした状態の人が足場や屋根、脚立の上など高い場所で作業すると、ふらつきから転落・墜落し、重大な労働災害(重傷や死亡)につながるおそれがある。したがって、片麻痺という後遺症と製造工場という職場の組合せから、最優先で考慮すべきなのは高所作業の制限である。 他の選択肢(出張、夜勤、勤務時間、接客)は、脳卒中後の復職で一般的に検討されることはあっても、本例の情報(片麻痺と工場での現場作業)から直接導かれる配慮ではない。
選択肢考察
- ×a. 出張の制限
脳卒中後の体力の低下や合併症の程度によっては、移動の負担が大きい出張を控えることもある。しかし、本例の業務に出張があるという情報はなく、片麻痺があるという理由だけで出張が一律に不可能になるわけでもない。本例で最も考慮すべき事項とはいえない。
- ×b. 夜勤の制限
夜勤や交替制勤務は睡眠リズムを乱し、血圧管理などにも影響しうるため、病状によっては復職直後に配慮されることがある。しかし、本例に夜勤があるかどうかは記載されておらず、片麻痺という後遺症が夜勤の可否に直接関わるわけでもない。最も考慮すべき事項ではない。
- ×c. 業務時間の制限
復職直後は疲労がたまりやすいため、短時間勤務から始めて段階的に延ばす、時間外労働を控えるといった配慮が行われることは多い。ただしこれは多くの疾患の復職に共通する一般的な配慮であり、片麻痺と現場作業という本例特有の危険に対応するものではない。片麻痺の人が高所で作業する危険は勤務時間を短くしても解消されないため、最も考慮すべき事項とはいえない。
- ○d. 高所作業の制限
片麻痺では麻痺側の筋力低下によって立位のバランスが不安定になり、とっさに体を支えることも難しいため、転倒しやすい。住宅ユニット製造工場では足場や脚立、組み立てたユニットの上など高い場所での作業が想定され、そこでふらつけば転落・墜落による重大な労働災害につながる。墜落・転落は労働災害による死亡の原因として常に上位を占める。労働者本人の安全を守るため、産業医は高所作業を制限し、地上で安全に行える作業への配置転換などを事業者に意見する必要がある。
- ×e. 接客業務の制限
本例は製造工場の従事者であり、接客業務に就いている状況は想定しにくい。また、失語症や高次脳機能障害(注意障害・記憶障害など)があれば対人業務への影響を考える必要があるが、本例で問題となっているのは片麻痺という運動障害であり、接客を制限する根拠はない。
産業医と復職支援
産業医は、常時50人以上の労働者を使用する事業場で選任が義務づけられている医師であり、健康診断や面接指導の結果に基づく就業上の措置、作業環境・作業の管理、健康教育などを担う。病気で休業した労働者の復職にあたっては、主治医の意見を参考にしつつ、職場の実情(作業内容、作業環境、通勤など)を踏まえて就業の可否と必要な配慮を判断し、事業者に意見を述べる。主治医は病状の回復を中心に判断するのに対し、産業医は実際の職場で安全に働けるかという視点から判断する点が異なる。
治療と仕事の両立支援
厚生労働省は、がん、脳卒中、心疾患、肝疾患などを抱える労働者が治療を続けながら働けるよう、事業場向けのガイドラインを示している。その流れは、①労働者が主治医に業務内容を伝え、②主治医が就業上の配慮について意見を出し、③事業者が産業医などの意見を聴いて就業上の措置(作業の転換、勤務時間の短縮、通院への配慮など)を決め、両立支援プランを作成する、というものである。
脳卒中後の復職で考慮される点
・運動障害(片麻痺など):高所作業、重量物の取扱い、危険な機械の操作、車両の運転などの安全性 ・言語障害(失語症)や高次脳機能障害(注意・記憶・遂行機能の障害):対人業務、判断を要する業務、事務作業への影響 ・症候性てんかん:発作時の危険を伴う作業や運転の可否 ・再発予防:高血圧・糖尿病・脂質異常症などの危険因子の管理、通院や服薬の継続、過重労働の回避 ・通勤手段の安全性 脳卒中を発症した就労世代の復職率は、報告によりおおむね40〜60%程度とされる。
高所作業と墜落防止
労働安全衛生規則では、高さ2m以上の場所での作業で墜落のおそれがあるときは、作業床の設置や手すりの設置、墜落制止用器具(安全帯)の使用などの措置を講じることが事業者に義務づけられている。墜落・転落は労働災害による死亡の主要な原因である。
POINT
・産業医は「労働者の健康状態」と「作業内容」を照らし合わせて就業上の配慮を判断する ・片麻痺ではバランス障害・転倒リスクがあるため、製造現場では高所作業を制限する(転落・墜落防止) ・勤務時間の短縮や夜勤・出張の制限は一般的な配慮であるが、本例の後遺症と職場から直接導かれるものではない ・失語症や高次脳機能障害がある場合は対人業務などへの影響も考える ・治療と仕事の両立支援では、主治医の意見と産業医の意見を踏まえて事業者が就業上の措置を決める
