「自分の不注意」でも労災になる?―勤務中のけがと保険制度の使い分け
第119回医師国家試験 B問題 第33問
国試問題にチャレンジ
70歳の男性。小規模の鉄工所に勤務している。勤務中に自分の不注意で機械に手を挟まれて,大きなけがを負ったため病院を受診した。勤務先の鉄工所は安全教育を定期的に行っていた。 正しいのはどれか。
- a.全額自己負担となる。
- b.医療扶助の給付対象となる。
- c.健康保険の給付対象となる。
- d.後期高齢者医療制度の給付対象となる。
- e.労働者災害補償保険の給付対象となる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
勤務中や通勤中に起きたけが・病気は労働災害として労働者災害補償保険(労災保険)の対象となり、業務外の傷病を扱う健康保険は使いません。労災保険は労働者を1人でも雇う事業所に強制適用され、保険料は事業主が全額負担し、年齢・雇用形態・事業所規模・本人の過失の有無を問わず給付されます。業務災害の療養補償給付には自己負担がなく、休業4日目からは休業補償給付も受けられます。後期高齢者医療制度は原則75歳以上、医療扶助は生活保護受給者が対象で他制度が優先されるため、本例には当てはまりません。傷病の原因によって制度を使い分ける考え方を身につけておくと、受診時の保険の確認や患者さんへの適切な案内に直結します。
解答・解説
正解はeです
状況の整理
・70歳の男性で、小規模の鉄工所に雇われて働いている(事業主に雇用される労働者である)。 ・勤務中に、機械に手を挟まれて大けがをした。仕事をしている最中に、仕事に使う機械によって起きたけがである。 ・本人の不注意が原因で、事業所は定期的に安全教育を行っていた。つまり事業主側に落ち度はないことになる。
考え方
公的な医療保障の中で、どの制度が使われるかは「けがや病気がどのような理由で起きたか」で決まる。仕事中(業務上)または通勤中に起きたけがや病気は労働災害(労災)とされ、労働者災害補償保険(労災保険)の対象になる。業務と関係のない、私生活でのけがや病気は、健康保険などの医療保険の対象になる。 業務上のけがと認められるには、「業務遂行性」(事業主の指揮・管理の下で働いていた)と「業務起因性」(業務とけがとの間に因果関係がある)の2つが目安になる。本例は勤務中に業務で使う機械で負傷しており、両方を満たす典型的な業務災害である。 労災保険は、労働者を一人でも雇う事業所は原則として加入が義務付けられ、雇用形態(正社員・パート・アルバイト)や年齢に関係なく、雇われて働くすべての労働者が対象になる。また、本人の過失の有無も問わない(無過失責任主義)。したがって、70歳という年齢、小規模な事業所であること、本人の不注意であること、事業所が安全教育をしていたことは、いずれも労災保険の適用を妨げない。これらは受験者を迷わせるための情報である。
選択肢考察
- ×a. 全額自己負担となる。
業務災害は労災保険の療養補償給付の対象であり、治療費は労災保険から支払われるため、患者の自己負担は原則としてない。労災指定医療機関で受診すれば、窓口で支払う必要もない。本人の不注意によるけがでも、労災保険の給付は受けられる。
- ×b. 医療扶助の給付対象となる。
医療扶助は、生活保護法に基づく扶助の一つで、生活保護を受けている人の医療費を賄うものである。生活保護には「補足性の原理」があり、ほかに使える制度があればそちらが優先される。本例は働いて収入があり、生活保護を受けているという情報もない。さらに労災保険という優先される制度もあるため、医療扶助の対象にはならない。
- ×c. 健康保険の給付対象となる。
70歳で働いているので、勤務先の健康保険(被用者保険)に加入していると考えられる。しかし健康保険は業務外の病気やけがを対象とする制度で、業務上の負傷は給付の対象から外れている(健康保険法第1条)。労災による治療に健康保険証を使うのは誤りで、後で健康保険の給付分を返還して労災保険へ請求し直す手続きが必要になる。
- ×d. 後期高齢者医療制度の給付対象となる。
後期高齢者医療制度の対象は、原則として75歳以上の人(または65〜74歳で一定の障害があると認定された人)である。70歳の本例は前期高齢者(65〜74歳)にあたり、制度の対象外である。また、仮に対象年齢であっても、業務上のけがは労災保険で扱われる。
- ○e. 労働者災害補償保険の給付対象となる。
勤務中に業務で使う機械で負ったけがであり、業務遂行性と業務起因性を満たす業務災害である。労災保険は年齢や雇用形態、事業所の規模を問わず、雇われている労働者すべてに適用される。また、本人の過失の有無や事業主の安全対策の有無も問わない。そのため、本例の治療は労災保険の療養補償給付(療養の給付)の対象となり、仕事を休んだ場合は休業補償給付も受けられる。
労働者災害補償保険(労災保険)の概要
・根拠法:労働者災害補償保険法。運営は政府(国)で、窓口は労働基準監督署である。 ・保険料:事業主が全額を負担する(労働者の負担はない)。 ・適用:労働者を1人でも雇う事業は原則として強制適用である(一部の小規模な農林水産業などに暫定的な任意適用がある)。正社員・パート・アルバイト、年齢にかかわらず、雇われている労働者すべてが対象になる。事業主や自営業者は原則として対象外だが、特別加入の制度がある。 ・対象となる災害:業務災害(業務上の負傷・疾病・障害・死亡)と通勤災害。 ・主な給付:療養(補償)給付、休業(補償)給付(休業4日目から支給され、最初の3日間は事業主が労働基準法に基づいて休業補償を行う)、障害(補償)給付、遺族(補償)給付、葬祭料、傷病(補償)年金、介護(補償)給付など。 ・業務災害の療養補償給付では、患者の自己負担はない。通勤災害の療養給付では、初回に少額(原則200円)の一部負担金がある。 ・労働者に故意がある場合は給付されない。故意の犯罪行為や重大な過失がある場合は、休業補償給付などが一部制限されることがあるが、単なる不注意で療養の給付が受けられなくなることはない。
医療保障制度の使い分け
・業務上・通勤途上のけがや病気:労災保険 ・業務外のけがや病気:医療保険(健康保険などの被用者保険、国民健康保険、後期高齢者医療制度) ・生活保護受給者:医療扶助(ほかの制度が優先される)
高齢者の医療保険と自己負担割合
・70〜74歳(前期高齢者):加入している医療保険(被用者保険または国民健康保険)から給付を受ける。自己負担は原則2割(現役並み所得者は3割)。 ・75歳以上:後期高齢者医療制度に加入する。自己負担は原則1割(一定以上の所得がある人は2割、現役並み所得者は3割)。
POINT
・業務上や通勤途上のけが・病気は労災保険の対象になり、健康保険は使わない。 ・労災保険は年齢・雇用形態・事業所規模・本人の過失の有無を問わない。保険料は事業主が全額負担する。 ・業務災害の療養補償給付には自己負担がない。 ・後期高齢者医療制度は原則75歳以上が対象。医療扶助は生活保護受給者が対象で、ほかの制度が優先される。
