空気ではなく「体の中」を測る―生物学的モニタリングが活きる職業性曝露とは
第120回医師国家試験 F問題 第16問
国試問題にチャレンジ
労働衛生管理の手法で生物学的モニタリングが用いられるのはどれか。
- a.過重労働
- b.気分障害
- c.筋骨格系障害
- d.有機溶剤中毒
- e.電離放射線障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
生物学的モニタリングとは、労働者の血液・尿・呼気などの生体試料中の有害物質やその代謝物を測定し、呼吸量・保護具・経皮吸収などの個人差を含めた実際の曝露量を評価する手法で、作業場の空気を測る作業環境測定とは区別されます。対象は体内に吸収される化学物質であり、有機溶剤ではトルエン→尿中馬尿酸、キシレン→尿中メチル馬尿酸、スチレン→尿中マンデル酸、n-ヘキサン→尿中2,5-ヘキサンジオン、金属では鉛→血中鉛・尿中δ-ALAなどが特殊健康診断で測定されます。過重労働は労働時間管理と面接指導、メンタルヘルス不調はストレスチェック、筋骨格系障害は作業管理や腰痛健診、電離放射線は個人線量計で管理し、いずれも生物学的モニタリングの対象ではありません。代謝物の半減期が短いため採尿時期が規定され、食事など職業外の要因の影響も受ける点に注意が必要です。健康障害の原因に応じて適切な評価手法を選ぶ考え方は、産業医学の実践の基礎となります。
解答・解説
正解はdです
問われているテーマ
生物学的モニタリング(biological monitoring)とは、労働者の血液・尿・呼気などの生体試料中に含まれる有害化学物質そのもの、またはその代謝物の濃度を測定し、その労働者が実際に体内に取り込んだ量(曝露量)を評価する手法である。本問は、この手法がどのような職業性健康障害の管理に使われるかを問うている。
考え方
生物学的モニタリングが成り立つためには、①原因が体内に吸収される化学物質であること、②その物質や代謝物を生体試料中で定量でき、その濃度が曝露量とよく相関すること、が必要である。 作業環境測定は「作業場の空気中にどれだけ有害物質があるか」をみる方法だが、実際の体内への取り込み量は、呼吸量、保護具の着用状況、皮膚からの吸収などによって個人ごとに異なる。生物学的モニタリングはこれらをすべて含めた個人ごとの総曝露量を反映する点に意義がある。 この条件を満たすのは化学物質による障害、すなわち有機溶剤や鉛などの金属による中毒である。わが国では有機溶剤中毒予防規則・鉛中毒予防規則などに基づく特殊健康診断の中で、尿中代謝物や血中濃度の測定が法定項目として実施されている。 一方、過重労働・メンタルヘルス不調・作業姿勢による障害・放射線被ばくは、原因が体内に取り込まれる化学物質ではなく、生体試料中の濃度で曝露を評価する方法は日常の労働衛生管理には用いられない。
選択肢考察
- ×a. 過重労働
誤り。過重労働による健康障害(脳・心臓疾患など)の予防は、労働時間の把握と、時間外・休日労働が月80時間を超え疲労の蓄積が認められる労働者からの申出に基づく医師による面接指導などによって行う(労働安全衛生法)。過重労働の程度を示す生体試料中の物質は存在せず、生物学的モニタリングの対象ではない。
- ×b. 気分障害
誤り。うつ病などの気分障害を含むメンタルヘルス不調への対策は、ストレスチェック制度(常時50人以上の事業場で年1回の実施義務)、面接指導、職場環境の改善、産業医・産業保健スタッフによる相談対応などによって行う。生体試料中の化学物質濃度で評価するものではない。
- ×c. 筋骨格系障害
誤り。腰痛や頸肩腕障害などの筋骨格系障害は、作業姿勢・重量物の取扱い・反復作業などの負荷によって生じる。対策は作業管理(作業方法や作業時間の改善、休憩)、作業環境の人間工学的改善、腰痛健康診断などであり、生物学的モニタリングは用いない。
- ○d. 有機溶剤中毒
正しい。有機溶剤は呼吸器や皮膚から吸収され、体内で代謝されて尿中に排泄されるため、尿中代謝物の濃度から曝露量を推定できる。有機溶剤中毒予防規則に基づく特殊健康診断では、トルエン→尿中馬尿酸、キシレン→尿中メチル馬尿酸、スチレン→尿中マンデル酸、ノルマルヘキサン→尿中2,5-ヘキサンジオン、N,N-ジメチルホルムアミド→尿中N-メチルホルムアミド、などの測定が定められている。
- ×e. 電離放射線障害
誤り。電離放射線の外部被ばくは、ガラスバッジや光刺激ルミネセンス(OSL)線量計などの個人線量計を体に着けて測定する(個人モニタリング)。これは生体試料を分析するものではない。電離放射線障害防止規則に基づく管理は、線量限度の遵守、被ばく線量の測定・記録、電離放射線健康診断(血液検査、皮膚・眼の検査など)によって行われる。なお、事故などで大量被ばくした際に末梢リンパ球の染色体異常から線量を推定する方法(生物学的線量評価)はあるが、日常の労働衛生管理で用いる手法ではない。
労働衛生の3管理
・作業環境管理:作業環境中の有害因子を把握し除去・低減する(作業環境測定、局所排気装置の設置など)。 ・作業管理:作業方法・作業時間・保護具の使用などを管理し、有害因子の影響を減らす。 ・健康管理:健康診断や面接指導で労働者の健康状態を把握し、異常の早期発見と事後措置を行う。生物学的モニタリングは主に健康管理(特殊健康診断)の中で行われ、曝露の程度を通して作業環境管理・作業管理が適切かを評価する材料にもなる。 これに労働衛生教育と総括管理を加えて「5管理」と呼ぶこともある。
主な生物学的モニタリング項目
・トルエン:尿中馬尿酸 ・キシレン:尿中メチル馬尿酸 ・スチレン:尿中マンデル酸(およびフェニルグリオキシル酸) ・ノルマルヘキサン:尿中2,5-ヘキサンジオン ・N,N-ジメチルホルムアミド:尿中N-メチルホルムアミド ・1,1,1-トリクロロエタン:尿中トリクロロ酢酸または総三塩化物 ・トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン:尿中トリクロロ酢酸または総三塩化物(現在は特定化学物質障害予防規則の対象) ・鉛:血中鉛、尿中δ-アミノレブリン酸(δ-ALA)
生物学的モニタリングの特徴
・利点:経気道・経皮・経口など全経路からの吸収を合わせた個人ごとの総曝露量を評価できる。保護具の効果や個人差も反映される。 ・注意点:代謝物の多くは半減期が短いため、採尿時期(作業終了時、週の後半など)が規定されている。飲食物や喫煙、飲酒など職業以外の要因の影響を受けることがある(例:馬尿酸は安息香酸を含む食品の摂取でも上昇する)。 ・結果は分布1〜3に区分して評価され、作業環境改善の要否の判断に用いられる。
POINT
・生物学的モニタリング=血液・尿などの生体試料中の有害物質や代謝物を測定し、個人の曝露量を評価する手法。 ・対象は体内に吸収される化学物質(有機溶剤、鉛などの金属)。 ・代表例:トルエン→尿中馬尿酸、キシレン→尿中メチル馬尿酸、スチレン→尿中マンデル酸、n-ヘキサン→尿中2,5-ヘキサンジオン、鉛→血中鉛・尿中δ-ALA。 ・電離放射線は個人線量計、過重労働は労働時間管理と面接指導、メンタルヘルスはストレスチェックで管理する。
