躁状態でも「今日が何日か」はわかっている―気分の病と意識の病を分ける一線
第117回医師国家試験 F問題 第32問
国試問題にチャレンジ
躁状態でみられないのはどれか。
- a.多弁
- b.浪費
- c.易怒性
- d.見当識障害
- e.睡眠欲求の減少
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生まとめ
躁状態は、爽快気分や易怒性といった気分の障害に、観念奔逸・誇大的な考え、多弁・行為心迫・浪費などの行動の亢進、睡眠欲求の減少といった身体面の変化が加わった状態です。易怒性も中核症状であること、睡眠欲求の減少は「眠れない」不眠とは異なり「眠らなくても平気」な状態であることは押さえておきたいポイントです。一方、躁状態は気分障害であるため典型例では意識は清明で、見当識は保たれます。見当識障害はせん妄などの意識障害や認知症でみられる所見であり、躁状態様の患者に見当識障害を認めた場合は、甲状腺機能亢進症や薬剤・物質、脳炎などの身体因・器質因をまず除外する必要があります。症状を「気分の障害」と「意識・認知の障害」に分けて考える視点は、精神症状の評価や救急での鑑別にも直結する基本です。
解答・解説
正解はdです
躁状態とは、気分が異常に高揚する、あるいは怒りっぽくなる(易怒的になる)とともに、活動性やエネルギーが持続的に亢進している状態をいう。双極性障害(双極症)の躁病エピソードとして現れるのが代表的である。 躁状態の症状は、①気分の障害(爽快気分・高揚感、易怒性)、②思考の障害(観念奔逸、誇大的な考え・誇大妄想)、③意欲・行動の障害(多弁、行為心迫、浪費や性的逸脱などの逸脱行動)、④身体面の変化(睡眠欲求の減少、食欲・性欲の亢進)に分けて整理すると覚えやすい。いずれも「精神機能が亢進・脱抑制している」という方向性で共通している。 一方で、躁状態は気分(感情)の障害であり、意識や認知機能そのものは基本的に保たれている。つまり、時間・場所・人物がわからなくなる見当識障害は、躁状態の典型的な症状には含まれない。見当識障害がみられる場合は、意識障害(せん妄など)や認知症といった、気分障害とは別の病態をまず考える。 本問は「みられないもの」を選ぶ問題であり、躁状態の症状群のなかで性質の異なる「意識・認知の障害」に当たる選択肢を探せばよい。
選択肢考察
- ×a. 多弁
躁状態でみられる。躁状態では、次々に考えが浮かぶ観念奔逸を背景に、話したい気持ちが抑えられず、早口でとめどなく喋り続ける(談話心迫)。話題は連想によって次々と移り変わり、周囲が口を挟む隙がないほどになる。DSM-5の躁病エピソードの診断基準にも「普段より多弁、または喋り続けようとする切迫感」が含まれる。なお、多弁は躁状態に特有ではなく、幻覚妄想状態などでもみられることがある。
- ×b. 浪費
躁状態でみられる。気分の高揚と誇大的な考え、判断力の低下、衝動性の亢進により、高額な買い物や無計画な投資、借金などを重ね、後で深刻な結果を招くことがある。DSM-5では「困った結果につながる可能性が高い活動への熱中(抑制のきかない買いあさり、性的無分別、ばかげた事業への投資など)」として挙げられている。注意欠如・多動症(ADHD)でも衝動買いはみられるが、ADHDでは幼少期から持続する特性であるのに対し、躁状態ではエピソードの期間に限って普段のその人とは異なる形で現れる点が鑑別の手がかりとなる。
- ×c. 易怒性
躁状態でみられる。躁状態の気分は必ずしも爽快とは限らず、自分の考えや行動を制止されたり思い通りにならなかったりすると、すぐに怒り出し、攻撃的・暴力的になることがある。DSM-5でも、躁病エピソードの気分の障害は「異常かつ持続的に高揚した、開放的な、または易怒的な気分」と定義されており、易怒性は中核症状の一つである。もともとの性格として怒りっぽいのではなく、エピソード中に普段とは異なって易怒的になる点が重要である。
- ○d. 見当識障害
躁状態では通常みられないため、これが正解である。見当識とは、自分が置かれている時間・場所・周囲の人物などを正しく認識する能力であり、その障害は意識障害(せん妄など)や認知症などの器質的な脳機能障害でみられる。躁状態は気分障害であり、典型例では意識は清明で、見当識も保たれている。したがって、躁状態のようにみえる患者に見当識障害がある場合は、せん妄や薬物中毒、脳炎、甲状腺機能亢進症などの身体疾患・器質性疾患による精神症状を鑑別する必要がある。
- ×e. 睡眠欲求の減少
躁状態でみられる。躁状態では、例えば2~3時間しか眠らなくても疲れを感じず、「寝る必要がない」「寝るのがもったいない」と感じて活動し続ける。これは、眠りたいのに眠れない「不眠」とは異なり、本人が眠る必要性を感じていないという点が特徴である。DSM-5の診断基準にも含まれ、躁病エピソードの初期徴候として現れることも多く、再発の早期発見の手がかりとなる。もともと短時間睡眠で足りる人ではなく、エピソード中に普段と比べて睡眠欲求が減っていることが重要である。
DSM-5による躁病エピソードの概要
A.異常かつ持続的に高揚した、開放的な、または易怒的な気分と、異常かつ持続的に亢進した活動性またはエネルギーが、少なくとも1週間、ほぼ毎日、1日の大半において持続する(入院を要する場合は期間を問わない)。 B.その期間中に、以下のうち3つ以上(気分が易怒性のみの場合は4つ以上)がみられる。 ①自尊心の肥大、または誇大 ②睡眠欲求の減少 ③普段より多弁、または喋り続けようとする切迫感 ④観念奔逸、またはいくつもの考えが競い合っているという主観的体験 ⑤注意散漫 ⑥目標指向性の活動の増加、または精神運動焦燥 ⑦困った結果につながる可能性が高い活動への熱中(浪費、性的無分別、無謀な投資など) C.社会的・職業的機能に著しい障害を引き起こしている、入院が必要である、または精神病性の特徴を伴う。 D.物質や他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。 同様の症状が少なくとも4日間続くが、機能障害が著しくない場合は軽躁病エピソードとする。
躁状態とうつ状態の対比
・気分:爽快・易怒的 ⇔ 抑うつ ・思考:観念奔逸・誇大妄想 ⇔ 思考制止・微小妄想(罪業・貧困・心気妄想) ・意欲・行動:行為心迫・多弁・浪費 ⇔ 精神運動制止・意欲低下 ・睡眠:睡眠欲求の減少 ⇔ 不眠(特に早朝覚醒)、ときに過眠 いずれも気分障害であり、意識は清明で見当識は保たれるのが原則である。
見当識障害がみられる代表的な病態
・意識障害:せん妄(急性発症、注意障害、日内変動が特徴) ・認知症:アルツハイマー型認知症など(時間→場所→人物の順に障害されやすい) ・その他:Wernicke脳症、Korsakoff症候群、頭部外傷、中毒など
躁状態の鑑別
躁状態に似た症状は、甲状腺機能亢進症、ステロイドなどの薬剤、覚醒剤などの精神作用物質、脳腫瘍・脳炎などの器質性疾患でも生じる。見当識障害や意識の変容を伴う場合は、これらの身体因・器質因をまず除外する。
POINT
・躁状態の症状:爽快気分・易怒性、観念奔逸、誇大的な考え、多弁、行為心迫、注意散漫、浪費・逸脱行動、睡眠欲求の減少。 ・睡眠欲求の減少は「眠れない(不眠)」ではなく「眠らなくても平気」な状態。 ・躁状態は気分障害であり、意識は清明で見当識は保たれる。 ・見当識障害は意識障害(せん妄)や認知症でみられる。躁状態に見当識障害を伴う場合は器質的・身体的原因を疑う。
