StudyMed医師国家試験

「だるい」の裏に隠れた心のSOS―主観と客観を分けて読む高齢者の評価

第119回医師国家試験 F問題 第58問

国試問題にチャレンジ

第119回 F問題 第58問

76歳の男性。倦怠感を主訴に来院した。2か月前から食事をとってもおいしくなく,倦怠感が出現した。趣味にしていた野球観戦をしなくなり,気分が落ち込んでいる。外出頻度が減り,1日のほとんどを自宅内で過ごしている。身長168cm,体重62kg。体温36.1℃。脈拍64/分,整。血圧138/88mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。四肢の筋力は保たれており,起立と歩行に異常を認めない。改訂長谷川式簡易知能評価スケールは30点(30点満点)。血液所見:Hb 14.2g/dL,白血球6,700。血液生化学所見:総蛋白6.9g/dL,アルブミン4.2g/dL,尿素窒素18mg/dL,クレアチニン0.9mg/dL。  この患者の状態で正しいのはどれか。2つ選べ。

  1. a.低栄養
  2. b.うつ状態
  3. c.閉じこもり
  4. d.認知機能低下
  5. e.ロコモティブシンドローム

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は倦怠感を訴える高齢男性の状態を評価する問題だ。ポイントは、本人の訴えという主観的な情報と、身体所見や検査値という客観的な情報をきちんと分けて考えること。選択肢には高齢者医療でよく使う概念が並んでいるから、それぞれの定義も確認していこう。
医学生医学生
倦怠感と食欲低下があって、高齢なので、まず低栄養を考えてしまいました。
ドクタードクター
自然な発想だね。でも低栄養かどうかは客観的な指標で判断する。BMIを計算するとどうなる?
医学生医学生
62を1.68の2乗で割って、約22です。標準範囲ですね。アルブミンも4.2g/dLで、3.5を下回っていません。
ドクタードクター
その通り。総蛋白もHbも正常で、体重減少の記載もない。「食べてもおいしくない」という訴えはあっても、現時点で低栄養とはいえないんだ。ただ、食欲低下が続けば今後低栄養に進む可能性はあるから、経過は見ていく必要がある。では、この食欲低下は何から来ていると思う?
医学生医学生
野球観戦をしなくなって、気分も落ち込んでいるので、うつでしょうか。
ドクタードクター
いい読みだ。抑うつ気分と、趣味への関心がなくなる興味・喜びの喪失。この2つはうつ病の中核症状なんだ。そこに食欲低下と倦怠感が加わって2か月続いている。しかも身体所見や血液検査には倦怠感を説明できる異常がない。だから「うつ状態」と捉えられる。
医学生医学生
精神科の講義で、DSM-5では9項目のうち5つ以上が必要と習いました。この症例だと足りない気がしますが。
ドクタードクター
鋭い指摘だね。問題文で確認できるのは抑うつ気分、興味の喪失、食欲の変化、疲労感の4つ。だから「うつ病」と確定するより「うつ状態」と表現するのが適切なんだ。確定診断には睡眠や希死念慮などの確認、それに甲状腺機能低下症などの身体疾患や薬剤性の除外が別に必要になる。
医学生医学生
高齢の方だと、気分より体の症状を訴えることが多いんでしょうか。
ドクタードクター
まさにそう。高齢者のうつは抑うつ気分の訴えが目立たず、倦怠感や食欲不振、頭痛、便秘などの身体症状が前面に出やすい。だから「だるい」と内科を受診することがとても多いんだ。では、もう一つの正解は?
医学生医学生
外出が減って一日中家にいるので、閉じこもりですね。でも、ひきこもりとは何が違うんですか。
ドクタードクター
大事な区別だ。閉じこもりは、寝たきりなど移動能力の障害がないのに、高齢者が1日の大半を家の中で過ごし、外出がほとんどない状態を指す。おおむね週1回未満が目安だ。一方、ひきこもりは主に若年〜壮年期の人が就学や就労などの社会参加を避け、原則6か月以上家庭にとどまる状態をいう。別の概念なんだよ。
医学生医学生
この方は筋力も歩行も問題ないので、体が動かないから出られないわけではないんですね。
ドクタードクター
その通り。閉じこもりには身体的、心理的、社会・環境的な要因があるけれど、この人の場合はうつ状態による意欲低下が主な原因と考えられる。ここで覚えておきたいのは悪循環だ。うつで外に出なくなり、閉じこもると活動量や人との交流が減って、さらにうつや廃用、フレイルが進んでしまう。
医学生医学生
地域医療実習で介護予防の基本チェックリストを見ました。外出の頻度を聞く項目があったのは、そういう理由だったんですね。
ドクタードクター
よく覚えていたね。では残りの選択肢。認知機能低下はどう判断する?
医学生医学生
改訂長谷川式が30点満点なので、否定できます。20点以下で認知症疑いでしたよね。
ドクタードクター
正解。ちなみに高齢者のうつでは、注意力や集中力の低下から一見認知症のように見える仮性認知症を呈することがある。逆に認知症の初期症状として抑うつが出ることもあるから、両者の鑑別はいつも意識しておきたい。最後にロコモティブシンドロームは?
医学生医学生
運動器の障害で立つ・歩くが難しくなる状態なので、起立も歩行も正常なこの方には当てはまりません。
ドクタードクター
その通り。外出しない理由は運動器ではなく意欲の問題だ。フレイルやサルコペニアとの違いも整理しておこう。フレイルは心身の予備能が落ちてストレスに弱くなった状態で、身体・精神心理・社会の側面を含む。サルコペニアは加齢に伴う筋肉量と筋力・身体機能の低下だ。臨床では、高齢者の「だるい」「食べられない」をすぐに年のせいにせず、うつのスクリーニングとしてGDSなども活用しながら、心の状態にも目を向けてほしい。

まとめ

抑うつ気分と興味・喜びの喪失はうつ病の中核症状であり、高齢者では倦怠感や食欲不振などの身体症状が主訴として前面に出やすいため、身体的な異常が見当たらない「だるさ」の背景にうつ状態を考えることが大切です。歩行能力が保たれているのに外出せず1日の大半を自宅で過ごす高齢者の状態は「閉じこもり」と呼ばれ、若年者のひきこもりとは区別されます。低栄養はBMIやアルブミン値、認知機能低下はHDS-R、ロコモティブシンドロームは運動器による移動機能の低下で判断し、主観的な訴えと客観的データを分けて評価する姿勢が求められます。うつ状態と閉じこもりは互いを悪化させ、フレイルや要介護状態につながりうるため、早期に気づいて介入することが高齢者の生活機能を守ることにつながります。

解答・解説

正解はb, cです

所見の整理

76歳の男性が倦怠感を訴えて受診している。病歴と診察・検査所見を、精神面・生活機能面・身体面に分けて整理すると次のようになる。 1. 精神症状 ・2か月前から食事をおいしく感じない(食欲低下) ・倦怠感(易疲労感) ・趣味の野球観戦をしなくなった(興味・喜びの喪失) ・気分が落ち込んでいる(抑うつ気分) 2. 生活機能 ・外出頻度が減り、1日の大半を自宅内で過ごしている(活動範囲の縮小) 3. 身体・認知機能 ・BMI=62÷(1.68×1.68)≒22.0で標準範囲。体温・脈拍・血圧、心肺腹部所見に特記すべき異常なし ・四肢筋力は保たれ、起立・歩行も正常 ・改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)30点(満点) ・Hb 14.2g/dL(貧血なし)、総蛋白6.9g/dL・アルブミン4.2g/dL(栄養状態良好)、尿素窒素・クレアチニン正常(腎機能・脱水の問題なし)

考え方

抑うつ気分と興味・喜びの喪失という、うつ病の中核となる2症状がそろい、さらに食欲低下と倦怠感を伴って2か月持続している。身体診察・血液検査で倦怠感を説明できる貧血・低栄養・腎障害などは見当たらず、認知機能も正常であることから、この患者の精神状態は「うつ状態」と捉えられる(うつ病の確定には、睡眠や希死念慮などほかの症状の確認や、甲状腺機能低下症などの身体疾患・薬剤性の除外が別途必要である)。 また、歩行能力に問題がないにもかかわらず外出が減って自宅にとどまる生活になっており、高齢者の「閉じこもり」に該当する。高齢者では、うつ状態が意欲低下を介して閉じこもりを生み、閉じこもりが活動量・社会的交流の低下を通じてうつ状態や心身機能の低下(廃用、フレイル)をさらに進めるという悪循環に陥りやすい。 一方、栄養指標・認知機能検査・運動機能はいずれも客観的に正常であり、低栄養・認知機能低下・ロコモティブシンドロームは否定される。本問は、主観的な訴え(食べてもおいしくない、外出しない)と客観的データ(BMI、アルブミン、HDS-R、筋力・歩行)を区別して評価できるかを問うている。

選択肢考察

  1. ×a.  低栄養

    食欲低下の訴えはあるが、栄養状態を示す客観的指標はすべて保たれている。BMIは約22.0で低体重(18.5未満)にあたらず、血清アルブミン4.2g/dL(低栄養の目安は3.5g/dL未満)、総蛋白6.9g/dLも正常範囲である。Hbも14.2g/dLで貧血はない。体重減少の記載もなく、現時点で低栄養とはいえない。ただし食欲低下が続けば今後低栄養に進む可能性はあるため、経過観察は必要である。

  2. ○b.  うつ状態

    気分の落ち込み(抑うつ気分)と、趣味の野球観戦への関心喪失(興味・喜びの喪失)といううつ病の中核2症状がそろい、食欲低下・倦怠感も伴って2か月続いている。身体所見や血液検査に倦怠感を説明する異常はなく、認知機能も正常であるため、これらの症状はうつ状態によるものと考えられる。高齢者のうつでは、気分の訴えよりも倦怠感・食欲不振などの身体症状が前面に出やすく、本例のように「だるさ」を主訴に内科を受診することが多い点に注意する。

  3. ○c.  閉じこもり

    閉じこもりとは、寝たきりなど移動能力の障害がないにもかかわらず、高齢者が1日の大半を家の中で過ごし、外出がほとんどない(おおむね週1回未満)状態をいう。本例は筋力・歩行が保たれているのに外出頻度が減り、ほぼ自宅内で生活しているため該当する。閉じこもりは身体的要因(運動機能低下)、心理的要因(意欲低下・抑うつ)、社会・環境的要因(交流の減少)が絡んで生じ、本例ではうつ状態による意欲低下が主因と考えられる。放置すると廃用による身体機能低下や要介護状態につながるため、介護予防の重要な対象である。

  4. ×d.  認知機能低下

    HDS-Rは30点満点中30点であり、認知機能低下は認められない。HDS-Rでは20点以下で認知症の疑いとされる。高齢者のうつ病では注意・集中力の低下から一見認知症のようにみえる「仮性認知症」を呈することがあるが、本例ではその所見もない。

  5. ×e.  ロコモティブシンドローム

    ロコモティブシンドローム(運動器症候群)は、骨・関節・筋肉・神経などの運動器の障害により、立つ・歩くといった移動機能が低下した状態である。本例は四肢の筋力が保たれ、起立・歩行にも異常がないため該当しない。外出しない理由は運動器の問題ではなく、意欲の低下にあると考えられる。

うつ病(大うつ病性障害)の診断の骨格

DSM-5では、①抑うつ気分、②興味・喜びの著しい減退、③体重・食欲の変化、④不眠または過眠、⑤精神運動焦燥または制止、⑥疲労感・気力の減退、⑦無価値感・過剰な罪責感、⑧思考力・集中力の減退や決断困難、⑨死についての反復思考・希死念慮、のうち5つ以上が2週間以上ほぼ毎日続き、そのうち少なくとも1つは①または②であることが求められる。症状によって社会的・職業的機能が障害され、物質や身体疾患によるものでないことも条件である。本例で明確に確認できるのは①②③⑥の4項目であり、問題文の情報だけではうつ病と確定するより「うつ状態」と表現するのが適切である。

高齢者のうつの特徴

・抑うつ気分の訴えが目立たず、倦怠感・食欲不振・頭痛・便秘などの身体症状が前景に立ちやすい ・不安・焦燥感、心気的訴えが強いことがある ・認知症との鑑別が問題となり、うつによる仮性認知症や、認知症の初期症状としての抑うつもある ・身体疾患(甲状腺機能低下症、悪性腫瘍、脳血管障害、パーキンソン病など)や薬剤(ステロイド、インターフェロンなど)による抑うつを除外する必要がある ・スクリーニングには高齢者用うつ尺度(GDS:Geriatric Depression Scale)などが用いられる

閉じこもりと引きこもりの違い

・閉じこもり:高齢者が、寝たきりではないのに1日の大半を家の中で過ごし、外出頻度が週1回未満程度に減った状態。介護予防で用いられる基本チェックリストにも「週に1回以上は外出していますか」「昨年と比べて外出の回数が減っていますか」という閉じこもりの項目がある。 ・ひきこもり:主に若年〜壮年期の人が、就学・就労などの社会参加を避け、家族以外との交流をほとんど持たずに、原則6か月以上家庭にとどまり続けている状態。

高齢者の生活機能評価で用いる概念

・フレイル:加齢に伴い心身の予備能が低下し、ストレスに対して脆弱になった状態。身体的・精神心理的・社会的な側面を含む。 ・サルコペニア:加齢に伴う筋肉量の減少と筋力・身体機能の低下。 ・ロコモティブシンドローム:運動器の障害による移動機能の低下。立ち上がりテスト、2ステップテスト、ロコモ25(質問票)などで評価する。 ・低栄養:BMI低値、体重減少、血清アルブミン低値(3.5g/dL未満が目安)などから評価する。

認知機能の評価

HDS-Rは30点満点で20点以下を認知症疑いとする。MMSE(Mini-Mental State Examination)も30点満点で、23点以下を認知症疑いとすることが多い。

POINT

・抑うつ気分と興味・喜びの喪失はうつ病の中核症状。高齢者では倦怠感・食欲不振など身体症状が主訴になりやすい。 ・歩けるのに外出せず、1日の大半を家で過ごす高齢者の状態を「閉じこもり」という(若年者の「ひきこもり」とは別概念)。 ・低栄養はBMI・体重減少・アルブミン値、認知機能低下はHDS-R・MMSE、ロコモティブシンドロームは運動器による移動機能低下で判断する。主観的訴えと客観的指標を分けて評価する。 ・うつ状態と閉じこもりは互いに悪化させ合い、フレイルや要介護状態につながる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。