StudyMed医師国家試験

採血管の取り違えに気付いたら―隠さず報告する「インシデントレポート」の本当の意味

第117回医師国家試験 B問題 第34問

国試問題にチャレンジ

第117回 B問題 第34問

ある病棟で研修医Aが担当患者数名の採血のために,1つのトレイで全員分の採血管を運び採血を行った。しかし,指導医がそのうち2名の患者の検査結果がそれぞれの病状経過に沿わないことに気付き,研修医Aに再検査(2回目の採血)を指示した。結果として,研修医Aが1回目の採血の際に2名の患者の採血管を取り違えたことが明らかとなった。  研修医Aが次に行う対応として適切なのはどれか。

  1. a.所轄の警察署に届け出る。
  2. b.検査結果の削除依頼をする。
  3. c.2名の患者に3回目の採血を行う。
  4. d.院外の事故調査委員会に調査を依頼する。
  5. e.医療安全部門にインシデントレポートを提出する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、医療現場で起きたミスにどう向き合うかを問う医療安全の問題だ。着眼点は2つ。ひとつは、この出来事が患者さんにどの程度の影響を与えたのか、つまり「事象の重さ」をどう位置づけるか。もうひとつは、当事者である研修医が「最初に」何をすべきかという順序だ。
医学生医学生
取り違えてしまった以上、まず何とかして間違った結果を消さないといけない気がします。
ドクタードクター
その気持ちはよく分かる。でも、そこが一番の落とし穴なんだ。まずは事象の分類から考えよう。誤った検体で検査はされたけれど、その結果で治療が変わったわけではなく、再採血で正しい値も出ている。患者さんの不利益は、余分な針刺し1回にとどまっているね。
医学生医学生
医療安全の講義で習った区分でいうと、重大な被害が出る前に見つかったので、インシデント、いわゆるヒヤリ・ハットに当たりますか。
ドクタードクター
その通り。患者さんに何らかの被害が生じたものはアクシデント、つまり医療事故と呼び、重大な影響が出る前に見つかったものや影響が軽微なものはインシデントとして扱う。多くの病院では「レベル0(実施前に発見)」から「レベル5(死亡)」までの影響度分類を使っているよ。では、インシデントを起こした当事者が最初にすべきことは何だと思う?
医学生医学生
医療安全部門にインシデントレポートを出すことですね。でも正直、レポートって「始末書」みたいで、怒られるために書くものだと思っていました。
ドクタードクター
多くの学生がそう誤解しているね。インシデントレポートの目的は、個人の責任追及ではなく、起きたことを組織で共有して原因を分析し、再発を防ぐことにあるんだ。今回なら「1つのトレイで複数患者の採血管を運んだ」「採血時の患者確認が甘かった」といった仕組みの問題が見えてくる。だから正解は、医療安全部門へのインシデントレポートの提出だ。
医学生医学生
個人の不注意ではなく、取り違えが起こりやすい手順そのものを直すわけですね。では、間違った検査結果の削除を依頼するのはなぜだめなんですか。患者さんのカルテに誤った値が残るほうが危ない気がします。
ドクタードクター
鋭い疑問だね。ただ、一度記録された事実を消してしまうと、診療記録の改ざんや隠蔽と受け取られかねない。診療録の訂正は、元の内容が読める形で残し、誰がいつ何の理由で直したかが分かるようにするのが原則なんだ。正しいやり方は、削除ではなく「検体取り違えによる誤った値」と明記して、正しい結果と区別できるようにすることだよ。
医学生医学生
念のため、2人にもう一度採血して確かめるのはどうでしょう。
ドクタードクター
2回目の採血で取り違えはすでに判明していて、正しい検体による結果も得られている。さらに採血する医学的な必要性はなく、患者さんに不要な穿刺を重ねるだけになってしまうね。
医学生医学生
警察への届け出は、法医学の講義で出てきた医師法21条の話ですよね。
ドクタードクター
そう。医師法21条は、死体を検案して異状があると認めたときに24時間以内に所轄警察署へ届け出る義務を定めたものだ。今回は患者さんが亡くなっているわけでも、犯罪が疑われるわけでもないから、警察に届け出る場面ではない。
医学生医学生
院外の事故調査委員会に調査を頼むのも、規模が大きすぎる感じがします。
ドクタードクター
いい感覚だ。2015年に始まった医療事故調査制度の対象は、医療に起因する、または起因が疑われる予期しない死亡・死産で、病院の管理者が医療事故調査・支援センターへ報告して院内調査を行う仕組みだ。重大な被害のないインシデントは院内の医療安全部門で分析すれば足りるし、そもそも外部への調査依頼は管理者が判断することで、研修医が直接頼むものではないんだ。
医学生医学生
つまり、事象の重さに応じて報告先が変わって、軽いものほど院内で丁寧に拾い上げるということですね。
ドクタードクター
まさにそう。ここで覚えておきたいのがハインリッヒの法則だ。1件の重大事故の背景には29件の軽微な事故と300件のヒヤリ・ハットがあるという経験則で、小さな事例をたくさん集めて分析することが、重大事故を防ぐ近道になる。だからこそ、報告者を罰しない非懲罰的な文化がないと報告は集まらないんだ。
医学生医学生
内科の臨床実習で、採血前に患者さんにフルネームと生年月日を名乗ってもらって、リストバンドと照合していたのはこのためだったんですね。
ドクタードクター
その通り。患者誤認を防ぐ基本は、本人に名乗ってもらうこと、1患者ずつ採血管を準備してトレイに複数人分を混在させないこと、そしてバーコードなどによる電子的な照合だ。あわせて、指導医と相談しながら、対象の患者さんには事実を説明して謝罪することも誠実な対応として大切だよ。ミスをゼロにはできないけれど、隠さず報告して仕組みを直すことが、次の患者さんを守ることにつながるんだ。

まとめ

検体の取り違えのように誤った医療行為が起きても、患者に重大な影響が出る前に発見されたものはインシデントに分類され、当事者がまず行うべきは医療安全部門へのインシデントレポートの提出です。その目的は個人の責任追及ではなく、組織として原因を分析し、1患者1トレイの徹底や本人確認の強化といった再発防止策につなげることにあります。誤った結果の削除は記録の改ざん・隠蔽にあたるおそれがあり、訂正は履歴が残る形で行うのが原則です。警察への届出は死体を検案して異状を認めた場合、医療事故調査制度の対象は予期しない死亡・死産であり、本例のようなインシデントには当てはまりません。ハインリッヒの法則が示すように、小さな事例を隠さず報告する文化こそが重大事故を防ぐ土台であり、研修医になる前から身につけておきたい姿勢です。

解答・解説

正解はeです

状況の整理

・研修医Aは複数の患者の採血管を1つのトレイにまとめて運び、順に採血した。複数患者の検体を同時に扱うこの手順そのものが、取り違えを起こしやすい要因である。 ・指導医が2名の検査結果が経過と合わないことに気付き、再採血を指示した。その結果、1回目の採血で2名の採血管が入れ替わっていたことが判明した。 ・誤った検査結果に基づいて治療が変更されるなどの事態には至っておらず、再採血によって正しい結果も得られている。患者が受けた不利益は、余分な穿刺1回にとどまる。

事象の位置づけ

誤った医療行為(検体の取り違え)が実際に起きたが、患者の健康に重大な影響を及ぼす前に発見されたので、インシデント(ヒヤリ・ハット)に分類される。死亡や重い後遺障害を生じた医療事故ではない。

求められる対応の考え方

医療安全の基本は、個人の責任追及ではなく、起きた事象を組織として共有し、原因を分析して再発防止策を講じることにある。そのため、当事者がまず行うべきなのは、事実をありのままに医療安全部門(医療安全管理室など)へ報告することである。報告を受けた医療安全部門は、「1つのトレイで複数患者分を運ぶ」「採血時の患者確認が不十分」といったシステム上の要因を分析し、1患者1トレイの徹底、氏名とID(あるいはリストバンドのバーコード)による照合、採血管ラベルの患者確認などの対策につなげる。並行して、指導医と相談のうえ、対象患者へ事実を説明して謝罪し、誤った検査結果には取り違えであった旨を記録として残すことも誠実な対応として求められる。

選択肢考察

  1. ×a.  所轄の警察署に届け出る。

    医師法第21条は、医師が死体を検案して異状があると認めたときに24時間以内に所轄警察署へ届け出ることを義務づけている。本例では患者は死亡しておらず、故意による傷害など犯罪の疑いもない。検体取り違えというインシデントを警察に届け出る必要はない。

  2. ×b.  検査結果の削除依頼をする。

    誤った検査結果であっても、それが一度記録された事実を消し去ることは、診療記録の改ざんや事実の隠蔽にあたるおそれがある。診療録の訂正では、訂正前の内容が読める形で残し、誰がいつ何を理由に訂正したかが分かるようにするのが原則である(電子カルテでは更新履歴が保存される)。正しい対応は、結果を削除するのではなく「検体取り違えによる誤った値」であることを明記し、正しい結果と区別できるようにすることである。

  3. ×c.  2名の患者に3回目の採血を行う。

    取り違えは2回目の採血で判明しており、その時点で正しい検体による結果が得られている。さらに採血を行う医学的必要性はなく、患者に不要な穿刺の負担を重ねることになる。

  4. ×d.  院外の事故調査委員会に調査を依頼する。

    2015年に始まった医療事故調査制度は、医療に起因する(または起因が疑われる)予期しない死亡・死産を対象とし、医療機関の管理者が医療事故調査・支援センターへ報告して院内調査を行う仕組みである。重大な医療事故で外部委員を含む調査が行われることもあるが、患者に重大な被害のない本例のようなインシデントは、院内の医療安全部門で分析・対策を行えば足りる。そもそも外部調査の判断は病院の管理者が行うものであり、当事者の研修医が直接依頼するものでもない。

  5. ○e.  医療安全部門にインシデントレポートを提出する。

    検体取り違えは誤った医療行為であるが、患者に重大な影響が生じる前に発見されており、インシデントに該当する。当事者が速やかに事実をインシデントレポートとして医療安全部門へ報告することで、病院全体で情報が共有され、採血手順の見直し(1患者ごとに採血管を準備する、採血時に患者本人に氏名を名乗ってもらいIDと照合するなど)といった再発防止策につながる。インシデントレポートは個人の責任追及や懲罰のためではなく、システムの改善を目的とするものである。

インシデントとアクシデント

・インシデント(ヒヤリ・ハット):誤った医療行為が患者に実施される前に発見されたもの、または実施されたが結果として患者に影響を及ぼさなかった(あるいは軽微な影響にとどまった)もの。 ・アクシデント(医療事故):医療の全過程で生じた人身事故で、患者に何らかの被害が生じたもの。過失の有無は問わない。医療行為と直接関係のない事故(病棟での転倒・転落など)や、医療従事者自身が被害を受けた場合(針刺し事故など)も含まれる。 ・多くの病院では、患者への影響の程度に応じて「レベル0(実施前に発見)」から「レベル5(死亡)」までの影響度分類を用い、レベルの低いものをインシデント、高いものをアクシデントとして扱っている。

インシデントレポートの意義

・ハインリッヒの法則(1件の重大事故の背景には29件の軽微な事故と300件のヒヤリ・ハットがあるとする経験則)が示すように、軽微な事例を数多く集めて分析することが重大事故の予防につながる。 ・報告は当事者や発見者が速やかに行う。報告者を罰しない文化(非懲罰的な報告制度)がなければ報告は集まらない。 ・集まった報告は医療安全管理室(医療安全部門)や医療安全管理委員会で分析され、根本原因分析(RCA)などを用いて対策が立てられる。

医療事故調査制度(2015年10月施行)

・対象:医療に起因し、または起因すると疑われる死亡・死産で、管理者がその発生を予期しなかったもの。 ・流れ:病院の管理者が医療事故調査・支援センター(日本医療安全調査機構)へ報告し、院内調査を実施して結果を遺族とセンターに報告する。遺族または医療機関はセンターに調査を依頼することもできる。 ・目的は責任追及ではなく、原因究明と再発防止である。

患者誤認・検体取り違えの防止策

・患者本人にフルネーム(必要に応じて生年月日)を名乗ってもらい、リストバンドや採血管ラベルと照合する。 ・1患者ごとに採血管を準備し、トレイに複数患者分を混在させない。 ・バーコードなどを用いた電子的照合システムを導入する。

POINT

・患者に重大な被害が生じる前に発見された誤り(検体取り違え)はインシデントである。 ・当事者はまず事実を医療安全部門へインシデントレポートとして報告する。目的は原因分析と再発防止であり、責任追及ではない。 ・誤った記録を削除するのは改ざん・隠蔽にあたり不適切。訂正は履歴が残る形で行う。 ・警察への届出(医師法21条)は死体を検案して異状を認めた場合、医療事故調査制度の対象は予期しない死亡・死産である。 ・患者誤認防止の基本は、本人に名乗ってもらうことと、1患者ずつ準備することである。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。