空気が出ていけない胸の中―緊張性気胸はなぜ「血圧」を下げるのか
第117回医師国家試験 B問題 第16問
国試問題にチャレンジ
緊張性気胸で認める所見はどれか。
- a.ばち指
- b.奇異呼吸
- c.血圧低下
- d.縦隔動揺
- e.患側肋間腔狭小
対話形式の解説
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ドクターまとめ
緊張性気胸は、損傷部が一方弁として働き胸腔内に空気がたまり続けることで胸腔内圧が陽圧化し、縦隔偏位による大静脈の圧迫・屈曲から静脈還流が減少して、閉塞性ショックとして血圧低下をきたす病態です。頸静脈怒張、頻脈、気管の健側偏位、患側の鼓音・呼吸音消失、患側胸郭の膨隆と肋間腔開大が特徴的です。一方、縦隔動揺は開放性気胸、奇異呼吸はフレイルチェスト、肋間腔狭小は無気肺、ばち指は慢性疾患の所見として区別します。ショックを伴う場合は画像を待たずに臨床診断し、直ちに穿刺脱気から胸腔ドレナージへ進むことが救命の鍵であり、病態から所見を導く考え方は外傷・救急診療全般の基礎になります。
解答・解説
正解はcです
緊張性気胸とは
気胸は胸腔(壁側胸膜と臓側胸膜の間の空間)に空気がたまり、肺が虚脱した状態である。そのうち緊張性気胸は、肺・気管支や胸壁の損傷部が「一方弁(チェックバルブ)」としてはたらき、吸気のたびに空気が胸腔へ入り込む一方で出ていけないため、胸腔内圧が進行性に上昇して大気圧を超える状態をいう。
なぜショックになるか
胸腔内圧が陽圧になると、①患側肺が完全に虚脱する、②縦隔が健側へ押しやられ、上・下大静脈が圧迫・屈曲される、③右心房・右心室も外から圧迫される。その結果、心臓へ戻る血液(静脈還流)が減り、前負荷が低下して心拍出量が落ち、血圧が低下する。これは心臓そのものの収縮力ではなく血液の通り道が物理的に妨げられて起こるショックであり、「閉塞性ショック」に分類される(心タンポナーデや肺塞栓症と同じ群)。
考え方
本問は、緊張性気胸の病態(胸腔内の陽圧化と静脈還流障害)から直接導かれる所見を選ぶ問題である。ほかの選択肢は、慢性低酸素疾患(ばち指)、胸壁の支持性の破綻(奇異呼吸)、胸壁に開いた交通孔(縦隔動揺)、肺容積の減少(肋間腔狭小)など、別の病態に特徴的な所見であり、緊張性気胸の「胸腔内に空気が過剰にたまり内圧が上がる」状態とは結びつかない。 緊張性気胸は胸部X線写真を待たず、身体所見から臨床的に診断して直ちに脱気すべき病態である点も重要である。
選択肢考察
- ×a. ばち指
ばち指は、指趾末節の軟部組織が増殖して指先が太鼓のばちのように丸く膨らみ、爪の付け根の角度が消失(爪甲が隆起)する所見である。肺癌、間質性肺炎(特発性肺線維症など)、気管支拡張症、肺膿瘍、チアノーゼ性先天性心疾患、感染性心内膜炎、肝硬変、炎症性腸疾患などの慢性疾患でみられ、形成には数週〜数か月以上の経過を要する。緊張性気胸は急性に発症し短時間で生命を脅かす病態であり、ばち指は緊張性気胸の所見ではない。
- ×b. 奇異呼吸
奇異呼吸とは、正常とは逆向きの胸郭・腹壁の動きを示す呼吸である。代表はフレイルチェスト(胸郭動揺:連続する複数の肋骨がそれぞれ2か所以上で骨折するなどして、胸壁の一部が周囲から遊離した状態)で、遊離した部分が吸気時に陥凹し呼気時に膨隆する。また頸髄損傷や横隔膜麻痺、上気道閉塞などで胸部と腹部の動きが逆転する奇異呼吸(シーソー呼吸)がみられる。緊張性気胸は胸壁の支持性が保たれたまま胸腔内に空気がたまる病態であり、奇異呼吸は典型的な所見ではない(外傷で多発肋骨骨折を合併していれば併存しうるが、緊張性気胸そのものの所見ではない)。
- ○c. 血圧低下
一方弁機序で胸腔内に空気がたまり続けると胸腔内圧が陽圧となり、縦隔が健側へ偏位して大静脈が圧迫・屈曲され、右心系も外から圧迫される。そのため静脈還流が減少して心拍出量が低下し、閉塞性ショックとして血圧低下をきたす。同時に、心臓へ戻れない血液がうっ滞するため頸静脈怒張(中心静脈圧上昇)を伴い、代償として頻脈・頻呼吸となる。血圧低下は緊張性気胸を「単なる気胸」と区別し、緊急脱気を要すると判断する根拠となる重要な所見である。
- ×d. 縦隔動揺
縦隔動揺とは、呼吸に伴って縦隔が左右に振り子のように動く現象である。典型例は開放性気胸(胸壁の創が胸腔と外界を交通させている状態)で、吸気時には健側の胸腔内圧が下がって縦隔が健側へ引き寄せられ、呼気時には患側へ戻る。フレイルチェストでも胸壁の奇異運動に伴ってみられることがある。緊張性気胸では患側胸腔内圧が呼吸周期を通じて高く保たれるため、縦隔は健側へ偏位した位置に固定的に押しやられる(縦隔偏位)のであって、呼吸ごとに揺れ動く縦隔動揺ではない。
- ×e. 患側肋間腔狭小
肋間腔の狭小化は、患側胸郭の容積が減少したときにみられる所見で、無気肺(気管支閉塞などで肺胞内の空気が失われ肺がしぼむ状態)や肺切除後、広範な胸膜癒着・線維化などが代表である。緊張性気胸では肺は虚脱するものの、その分を上回る空気が胸腔にたまり内圧が上がるため、患側胸郭はむしろ膨隆し、肋間腔は開大し、横隔膜は下方へ押し下げられる。したがって肋間腔狭小は緊張性気胸とは逆向きの所見である。
緊張性気胸の原因
・外傷(肋骨骨折による肺損傷、気管・気管支損傷、胸壁の創が弁状になった開放性気胸の悪化) ・自然気胸の進行 ・医原性(陽圧換気中の気胸、中心静脈カテーテル挿入時の肺損傷など)。特に人工呼吸中は陽圧で空気が送り込まれるため緊張性気胸に移行しやすい。
症状・身体所見
・症状:急激な呼吸困難、胸痛、不穏 ・バイタルサイン:血圧低下(ショック)、頻脈、頻呼吸、SpO2低下 ・視診:患側胸郭の膨隆と呼吸運動の低下、頸静脈怒張、チアノーゼ、皮下気腫 ・触診:気管の健側への偏位(頸部で触れる)、皮下気腫の握雪感 ・打診:患側の鼓音 ・聴診:患側呼吸音の減弱〜消失 ※出血性ショックを合併していると頸静脈怒張が目立たないことがある。
画像所見(撮影できた場合)
患側肺の虚脱、縦隔・気管の健側偏位、患側横隔膜の低下・平坦化、肋間腔の開大。ただしショックを伴う緊張性気胸では画像確認を待たずに処置を優先する。
治療
・緊急脱気:太い留置針による胸腔穿刺(needle decompression)。穿刺部位は伝統的に第2肋間鎖骨中線であるが、成人では胸壁が厚く針が胸腔に届かないことがあるため、第4〜5肋間の中腋窩線付近を選択する方法も推奨されている。 ・根治的処置:胸腔ドレーン挿入(第4〜5肋間、中腋窩線〜前腋窩線付近の「安全三角」から挿入)。穿刺脱気は一時しのぎであり、続けてドレナージを行う。
閉塞性ショックの代表疾患
緊張性気胸、心タンポナーデ、肺血栓塞栓症。いずれも頸静脈怒張を伴うショックで、循環血液量減少性ショック(頸静脈は虚脱)との鑑別点となる。
POINT
・緊張性気胸=一方弁機序で胸腔内圧が陽圧化し、静脈還流が減少して閉塞性ショック(血圧低下)をきたす。 ・特徴的所見:血圧低下、頻脈、頸静脈怒張、気管・縦隔の健側偏位、患側の鼓音・呼吸音消失、患側胸郭膨隆、皮下気腫。 ・縦隔「偏位」は緊張性気胸、縦隔「動揺」は開放性気胸(やフレイルチェスト)。 ・奇異呼吸はフレイルチェスト、肋間腔狭小は無気肺、ばち指は慢性低酸素性疾患・肺癌など。 ・画像を待たずに臨床診断し、直ちに穿刺脱気→胸腔ドレナージ。
