イニシャルでも危ない?―症例報告で患者を守る「同意」と「匿名化」
第116回医師国家試験 B問題 第1問
国試問題にチャレンジ
担当した患者の症例報告を論文発表することにした。 適切なのはどれか。
- a.患者の国籍を記載する。
- b.経過の年月日を正確に記載する。
- c.顔全体が映った写真を掲載する。
- d.患者に発表に関する同意を取る。
- e.患者氏名をイニシャルに変換する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
症例報告は医学の進歩に貢献する一方で、患者の診療情報を診療目的以外に用いる行為であるため、「患者本人(または代諾者)から文書で同意を得る」ことと「個人を特定できないよう匿名化する」ことが二大原則です。匿名化では、氏名だけでなくイニシャルや呼び名も記載せず、日付は年月までにとどめて経過は「入院◯日目」のような相対表現で示し、顔写真は目を隠すなどの加工を行います。国籍、居住地、カルテ番号などは単独では特定できなくても、組み合わせることで本人の推測につながるため原則として記載しません。研修医になると学会発表や症例報告に携わる機会は多く、患者の信頼を守りながら知見を共有するための基本ルールとして身につけておくことが大切です。
解答・解説
正解はdです
症例報告とは、診療の中で経験した珍しい病態・経過・治療反応などを、学会発表や論文の形で医療者全体に共有するものである。医学の進歩に役立つ一方で、患者本人が意図しない形で個人情報が広まるおそれがある。そのため症例報告では、次の二つが基本原則になる。 【原則1】患者本人(本人が判断できない場合は代諾者)に、発表の目的・内容・個人情報の扱いを説明し、同意を得る。 【原則2】発表内容から患者個人を特定できないようにする(匿名化)。報告の学術的な価値に必要な情報だけを残し、それ以外の個人に結びつく情報は削るか、ぼかした形にする。 わが国では、外科関連学会協議会が作成した「症例報告を含む医学論文及び学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」が多くの学会で参照されている。この指針では、氏名・イニシャル・呼び名を記載しないこと、日付は特定につながらない範囲で年月までにとどめること、顔写真は目を隠すなどの加工をすること、などが定められている。また、多くの医学雑誌は国際医学雑誌編集者委員会(ICMJE)の勧告に沿って、投稿時に患者の同意書の取得を求めている。 本問では、選択肢のうち「同意を得る」という原則1に合致するものだけが適切であり、ほかはいずれも個人の特定につながる情報を掲載するものである。
選択肢考察
- ×a. 患者の国籍を記載する。
国籍は、出身地や居住地と同じく、患者の背景を絞り込み個人の特定につながりうる情報である。特に症例数の少ない疾患や地域では、国籍が加わるだけで本人が推測されることがある。症例報告では原則として記載しない。なお、遺伝的背景が病態の理解に不可欠な場合などは、個人が特定されない範囲で必要最小限にとどめ、同意の範囲内で扱うべきである。
- ×b. 経過の年月日を正確に記載する。
受診日・入院日・手術日などの具体的な日付は、病院の記録や周囲の人の記憶と照合することで個人の特定につながる。症例の学術的価値を伝えるうえで日単位の日付が必要になることはほとんどなく、経過は「入院3日目」「術後2週」のような相対的な表現で十分に示せる。指針でも、日付は個人が特定されないと判断される場合に年月までの記載にとどめるとされている。
- ×c. 顔全体が映った写真を掲載する。
顔全体の写真は、それだけで個人を同定できる最も直接的な情報であり、そのまま掲載してはならない。顔の所見を示す必要がある場合は、目の部分を隠す、所見のある部位だけを切り出すといった加工を行う。眼疾患で目を隠せない場合は、眼球部分のみを示すなど、顔全体がわからない形にする。加工しても特定のおそれが残る場合には、その旨を説明したうえで本人の同意を得る必要がある。
- ○d. 患者に発表に関する同意を取る。
症例報告は患者の診療情報を本来の診療目的以外に用いる行為であり、患者の自己決定権とプライバシーを尊重するため、発表の目的・方法・匿名化の方法などを十分に説明したうえで同意を得るのが原則である。同意は後の確認ができるよう文書で取得するのが望ましく、多くの学会・医学雑誌では投稿時に同意取得を条件としている。患者が未成年や意思表示困難な場合は代諾者から同意を得る。
- ×e. 患者氏名をイニシャルに変換する。
イニシャルは匿名化として不十分であり、年齢・性別・疾患・医療機関などの情報と組み合わせると容易に本人を推測できる。指針でも、氏名だけでなくイニシャルや呼び名も記載しないとされている。症例報告では「40歳代の男性」「患者」のように表記し、氏名に由来する情報は一切用いない。
症例報告における個人情報保護の主な留意点(外科関連学会協議会の指針の要旨)
・氏名、イニシャル、呼び名は記載しない。 ・住所は記載しない。疾患の発生場所が病態に関係する場合は、区域(都道府県や市町村)までにとどめる。 ・日付は、個人が特定されないと判断される場合に年月までとする。 ・他の医療機関の受診歴は、個人が特定されない範囲で記載する(施設名や所在地は原則として書かない)。 ・診療科名は、特定につながらない範囲で記載する。 ・顔写真は目を隠す。眼疾患の場合は顔全体がわからないよう眼球のみの写真とする。 ・症例番号(カルテ番号)、生年月日、本籍、職業の詳細などは記載しない。 ・以上の配慮をしても個人が特定される可能性がある場合は、患者本人(または代諾者)から発表に関する同意を得る。
同意取得の実際
近年は、特定の可能性の有無にかかわらず、症例報告では患者本人の同意を文書で得ることが一般的になっている。国際的にも、ICMJE(国際医学雑誌編集者委員会)の勧告により、識別可能性のある情報を含む報告では書面による同意が求められる。亡くなった患者の場合は遺族の同意を得るなどの対応をとる。
関連する考え方
個人情報保護法では、本人を識別できる情報(氏名、顔画像、生年月日など)に加え、他の情報と照合することで本人を識別できるものも個人情報に含まれる。症例報告では「単独では特定できなくても、組み合わせると特定できる」情報に注意することが重要である。
POINT
・症例報告の二大原則は「患者の同意を得る」と「個人を特定できないようにする」である。 ・氏名だけでなく、イニシャル・呼び名も記載しない。 ・日付は年月までにとどめ、経過は「入院◯日目」のような相対表現で示す。 ・顔写真は目を隠すなど加工し、顔全体をそのまま載せない。 ・国籍、出身地、居住地、カルテ番号なども特定につながるため原則記載しない。 ・同意は文書で取得し、本人が判断できない場合は代諾者から得る。
