胃酸が少ないと食道は守られる?―逆流性食道炎の「誘因」を3つの機序で読み解く
第116回医師国家試験 A問題 第7問
国試問題にチャレンジ
逆流性食道炎の誘因とならないのはどれか。
- a.肥満
- b.高齢
- c.亀背
- d.萎縮性胃炎
- e.カルシウム拮抗薬
対話形式の解説
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ドクターまとめ
逆流性食道炎は胃酸を主体とする胃内容物の逆流によって食道粘膜が傷害される疾患で、誘因は「LES圧低下・逆流防止機構の破綻」「腹圧・胃内圧の上昇」「食道クリアランス低下」「胃酸分泌の多さ」で整理できます。肥満や亀背は腹圧上昇、高齢はLES機能や蠕動の低下と食道裂孔ヘルニアの増加、カルシウム拮抗薬は平滑筋弛緩によるLES圧低下を介して逆流を促します。一方、萎縮性胃炎では壁細胞が減って胃酸分泌が低下するため誘因とならず、むしろピロリ菌除菌後に胃酸分泌が回復してGERDが出現・増悪することがあります。治療はPPIやP-CABによる酸分泌抑制に加え、減量や就寝時の上半身挙上などの生活指導を併用します。機序の枠組みで誘因を理解しておくと、服薬歴や体型、生活習慣から患者ごとのリスクを読み取る臨床判断にもつながります。
解答・解説
正解はdです
逆流性食道炎は、胃酸を主体とする胃内容物が食道へ逆流し、食道粘膜にびらんや潰瘍などの傷害を生じる疾患である。胃食道逆流症(GERD: gastroesophageal reflux disease)の一病型であり、内視鏡で粘膜傷害を認めるものを逆流性食道炎(びらん性GERD)と呼ぶ。 発症に関わる要因は、大きく次の3つに整理すると理解しやすい。 【1. 逆流防止機構の破綻】下部食道括約筋(LES: lower esophageal sphincter)の圧低下、一過性LES弛緩の増加、食道裂孔ヘルニアなど。 【2. 胃側から食道へ押し上げる力の増大】腹圧・胃内圧の上昇(肥満、前屈姿勢、亀背、便秘・妊娠など)、胃排出遅延。 【3. 逆流物の攻撃性と食道側の防御・クリアランス】逆流物中の胃酸の量(酸分泌が多いほど傷害は強い)、食道蠕動による逆流物の排出能、唾液による中和。 設問は「誘因とならないもの」を問うている。各選択肢を上記のどの機序に当てはまるかで考えると、肥満・亀背は腹圧上昇、高齢はLES機能や食道運動の低下、カルシウム拮抗薬はLES弛緩によって、いずれも逆流を促進する。一方、萎縮性胃炎は胃底腺の壁細胞が減少して胃酸分泌が低下する状態であり、逆流物の攻撃性をむしろ弱める方向に働くため、逆流性食道炎の誘因とはならない。
選択肢考察
- ×a. 肥満
誘因となる。腹部の皮下脂肪や内臓脂肪が増えると腹腔内圧が高まり、胃が外から圧迫されて胃内圧が上昇する。その結果、胃と食道の圧較差が大きくなり、胃内容物が食道へ押し上げられやすくなる。肥満は食道裂孔ヘルニアの合併も増やす。減量はGERDの生活指導の柱の一つである。
- ×b. 高齢
誘因となる。加齢に伴う退行性変化により、LES圧の低下、食道蠕動運動の低下(逆流物を胃へ戻すクリアランス能の低下)、唾液分泌の減少、食道裂孔ヘルニアの増加などが起こる。さらに高齢者では亀背(円背)や多剤服用も重なりやすく、逆流性食道炎が生じやすい。
- ×c. 亀背
誘因となる。亀背は脊柱の後弯が強まった状態で、骨粗鬆症による椎体圧迫骨折に伴って高齢女性に多い。前かがみの姿勢が常態化することで腹部が圧迫され、腹腔内圧・胃内圧が上昇して胃内容物が逆流しやすくなる。食道裂孔ヘルニアの合併も多い。
- ○d. 萎縮性胃炎
誘因とならないため、これが正解である。萎縮性胃炎(多くはHelicobacter pylori〈ピロリ菌〉の長期感染による)では胃底腺が萎縮し、胃酸を分泌する壁細胞が減少するため、胃酸分泌は低下する。逆流性食道炎の粘膜傷害の主因は逆流物中の胃酸であるから、酸分泌が低下した状態は逆流性食道炎をむしろ起こしにくくする。実際、ピロリ菌除菌後に胃酸分泌が回復して逆流性食道炎が新たに出現・増悪することがあり、両者の関係を裏付けている。
- ×e. カルシウム拮抗薬
誘因となる。カルシウム拮抗薬は平滑筋細胞内へのCa2+流入を抑えて平滑筋を弛緩させる。下部食道括約筋も平滑筋であるため、LES圧が低下して逆流が起こりやすくなる。同様にLES圧を低下させる薬剤として、亜硝酸薬(硝酸薬)、抗コリン薬、テオフィリン、β刺激薬、ベンゾジアゼピン系薬などがある。
GERDの誘因の整理
・LES圧低下・一過性LES弛緩:高脂肪食、チョコレート、アルコール、喫煙、カフェイン、薬剤(カルシウム拮抗薬、亜硝酸薬、抗コリン薬、テオフィリンなど)、加齢、強皮症(全身性強皮症では食道平滑筋の萎縮・線維化によりLES圧が低下し、蠕動も消失する) ・解剖学的異常:食道裂孔ヘルニア、胃切除後(特に噴門側胃切除) ・腹圧・胃内圧上昇:肥満、亀背、前屈姿勢、きつい衣服・ベルト、妊娠、便秘、過食 ・食道クリアランス低下:加齢、強皮症、臥位(特に食後すぐの臥位) ・酸分泌の増加:ピロリ菌陰性(除菌後を含む)で胃粘膜萎縮がない胃
萎縮性胃炎と酸分泌
ピロリ菌の長期感染による萎縮性胃炎は、前庭部から体部へ萎縮が進展する(B型胃炎)。一方、自己免疫性胃炎(A型胃炎)は抗壁細胞抗体・抗内因子抗体により体部優位に萎縮が生じ、無酸症、高ガストリン血症、ビタミンB12吸収障害(悪性貧血)をきたす。いずれも酸分泌は低下する。日本ではピロリ菌感染率の低下と除菌の普及により胃酸分泌能の高い人が増え、食生活の欧米化・肥満の増加とあいまってGERDの有病率が増加している。
治療
第一選択はプロトンポンプ阻害薬(PPI)またはカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB: ボノプラザン)による酸分泌抑制である。ただし酸分泌抑制薬は逆流そのものを止めるわけではないため、減量、禁煙、節酒、就寝前の食事を避ける、就寝時の上半身挙上、前屈姿勢を避けるなどの生活習慣改善を併用する。
POINT
・逆流性食道炎の誘因は「LES圧低下」「腹圧・胃内圧上昇」「食道クリアランス低下」「胃酸分泌の多さ」で整理する。 ・肥満、亀背、前屈姿勢、妊娠は腹圧上昇を介して誘因となる。 ・高齢はLES機能・蠕動の低下、食道裂孔ヘルニア増加により誘因となる。 ・カルシウム拮抗薬、亜硝酸薬、抗コリン薬、テオフィリンなどはLES圧を下げる。 ・萎縮性胃炎は胃酸分泌が低下するため誘因にならない(ピロリ菌除菌後はむしろGERDが増えることがある)。
