10か月続く嘔吐と伸びない体重―造影で横隔膜を越えた胃が語る食道裂孔ヘルニア
第118回医師国家試験 A問題 第28問
国試問題にチャレンジ
生後10か月の男児。嘔吐を主訴に両親に連れられて来院した。在胎39週,体重2,980gで出生した。離乳食を食べると嘔吐するという。体重6,840g。体温36.9℃。心拍数92/分。血圧90/56mmHg。呼吸数20/分。食道24時間pHモニタリング検査を行い,高度の胃食道逆流症を認めた。上部消化管造影の正面像(A)と側面像(B)を示す。 この患児の診断はどれか。

- a.胃軸捻転
- b.食道憩室
- c.食道アカラシア
- d.食道裂孔ヘルニア
- e.先天性横隔膜ヘルニア
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
乳児の溢乳は1歳頃までに自然に軽快するのが普通であり、持続する嘔吐に体重増加不良や高度の胃食道逆流を伴う場合は器質的異常を検索します。上部消化管造影で胃の一部が食道裂孔から縦隔内に脱出し、食道胃接合部が横隔膜より頭側にあれば滑脱型食道裂孔ヘルニアと診断でき、逆流防止機構の破綻がGERDの原因となります。食道憩室は食道側壁からの嚢状突出、アカラシアは食道拡張と下端の鳥のくちばし様狭窄、胃軸捻転は胃の回転像、先天性横隔膜ヘルニアは後外側欠損による新生児期の呼吸障害が特徴で、それぞれ区別できます。治療は授乳の工夫や薬物療法から始め、内科的治療抵抗例では裂孔縫縮と噴門形成術を行います。臓器と横隔膜の位置関係を造影で読み取る力は、小児の嘔吐の鑑別全般に役立つ基本技能です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・生後10か月の男児。主訴は嘔吐で、離乳食を食べると吐く。 ・在胎39週、出生体重2,980gで、正期産・正常出生体重児である。 ・現在の体重は6,840g。出生体重から約2.3倍にとどまり、10か月男児の標準(おおむね8.5〜9kg前後)を大きく下回る。慢性的な嘔吐による体重増加不良と考えられる。 ・バイタルサインはほぼ正常で、急性の脱水や循環不全を示す所見はない。 ・食道24時間pHモニタリング(食道下部にpHセンサーを留置し、胃酸の逆流時間を測定する検査)で高度の胃食道逆流が証明された。 ・上部消化管造影:正面像・側面像とも、造影剤は食道を下行し、横隔膜より上方(胸腔内・後縦隔)で袋状に拡がる胃の一部に流入したのち、横隔膜下の胃へと連続している。食道は脱出した胃の上端にそのまま移行しており、食道胃接合部(噴門)が横隔膜より頭側に引き上げられていると読める。
診断へのプロセス
乳児の嘔吐は、哺乳過多や生理的な胃食道逆流のように問題のないものから、肥厚性幽門狭窄症、腸回転異常症、胃軸捻転、腸重積、感染症、代謝疾患、頭蓋内病変まで原因が幅広い。乳児の生理的な逆流(溢乳)は生後数か月をピークに1歳頃までに自然軽快するのが普通であり、本例のように生後10か月でも嘔吐が続き、体重増加不良を伴い、pHモニタリングで高度の逆流が証明される場合は、逆流を起こしやすい器質的異常を検索する必要がある。 上部消化管造影で胃の一部が食道裂孔を通って縦隔内に脱出し、食道胃接合部が横隔膜より上にあることから、食道裂孔ヘルニア(滑脱型)と診断できる。食道裂孔ヘルニアでは下部食道括約筋(LES)と横隔膜脚による逆流防止機構が破綻し、His角(食道と胃底部のなす角)も鈍化するため、胃食道逆流症(GERD)をきたす。
選択肢考察
- ×a. 胃軸捻転
胃軸捻転は胃が異常に回転した状態で、噴門と幽門を結ぶ長軸を中心に回転する臓器軸性と、小弯と大弯の中点を結ぶ短軸を中心に回転する腸間膜軸性に分けられる。乳児では胃の固定靭帯の弛緩などにより起こり、嘔吐や腹部膨満をきたす。造影では大弯が上方に位置して胃が上下逆転したような像や、胃の途中でのねじれ・通過障害がみられる。本例の造影像では胃の向きは保たれており、捻転を示す所見はない。なお食道裂孔ヘルニアや横隔膜弛緩症に合併することはある。
- ×b. 食道憩室
食道憩室は食道壁の一部が外側に袋状に突出した状態で、咽頭食道移行部のZenker憩室(圧出性)、気管分岐部付近の牽引性憩室、横隔膜上憩室などがある。造影では食道壁から嚢状・半球状に突出する造影剤の貯留像として描出される。本例で横隔膜上にみられる造影剤の貯留は食道の側壁から突出したものではなく、食道がそのまま移行し、さらに横隔膜下の胃へ連続する胃の一部であるため、憩室ではない。また乳児にはまれである。
- ×c. 食道アカラシア
食道アカラシアは、食道壁内の神経叢(Auerbach神経叢)の変性によりLESが嚥下時に弛緩せず、食道体部の蠕動も消失する疾患である。造影では造影剤が胃へ流入しにくく、食道が拡張し、下端が先細りに狭小化する「鳥のくちばし(bird's beak)」様の像を示す。LESが緩まず閉じたままであるため、胃食道逆流はむしろ起こりにくく、嘔吐は胃内容ではなく食道内に停滞した未消化物の逆流となる。本例では造影剤が胃へ速やかに流入し、高度の胃食道逆流が証明されているため合致しない。小児での発症もまれである。
- ○d. 食道裂孔ヘルニア
食道裂孔ヘルニアは、横隔膜の食道裂孔を通って胃などの腹部臓器が縦隔内へ脱出した状態である。本例の上部消化管造影では、胃の一部が横隔膜より上の縦隔内に脱出し、食道が脱出胃の上端に直接移行して食道胃接合部が横隔膜より頭側にある。これは滑脱型の食道裂孔ヘルニアの所見である。逆流防止機構の破綻による高度の胃食道逆流、慢性の嘔吐、体重増加不良という臨床像とも一致する。
- ×e. 先天性横隔膜ヘルニア
一般に先天性横隔膜ヘルニアといえば、横隔膜の後外側の欠損(胸腹裂孔ヘルニア、Bochdalek孔ヘルニア)を指し、多くは左側に生じる。胎生期から腸管・胃・脾などが胸腔へ脱出するため肺低形成をきたし、出生直後からの呼吸障害で発症することが多い。胸部エックス線では患側胸腔内の腸管ガス像と縦隔の健側への偏位がみられる。本例は生後10か月まで呼吸症状がなく、造影で脱出しているのは食道裂孔を通った胃の上部で、食道胃接合部も横隔膜より上にあるため、食道裂孔ヘルニアと判断される。なお、食道裂孔のすぐ近くに別の欠損孔をもつ横隔膜傍裂孔ヘルニアは傍食道型食道裂孔ヘルニアと似た像を呈しうるが、その場合は食道胃接合部が正常の腹腔内の位置にとどまる点が鑑別になる。
食道裂孔ヘルニアの分類
・Ⅰ型 滑脱型:食道胃接合部が胃噴門部とともに縦隔内へ滑り上がる。最も多い。GERDの原因となる。 ・Ⅱ型 傍食道型:食道胃接合部は横隔膜下の正常位置にとどまり、胃底部が食道の横から縦隔内へ脱出する。逆流は起こりにくいが、脱出胃の捻転・嵌頓・虚血の危険がある。 ・Ⅲ型 混合型:滑脱型と傍食道型の合併。 ・Ⅳ型:胃以外の臓器(大腸、小腸、大網など)も脱出するもの。
小児の食道裂孔ヘルニア・胃食道逆流症
・小児では先天的な食道裂孔の開大や固定組織の脆弱性が原因となる。重症心身障害児(脳性麻痺など)では、筋緊張の異常、側弯、腹圧上昇などからGERD・食道裂孔ヘルニアの頻度が高い。 ・症状:嘔吐、体重増加不良、哺乳時の不機嫌、反復性の誤嚥性肺炎・喘鳴、逆流性食道炎による吐血・貧血など。 ・検査:上部消化管造影(形態の把握)、24時間食道pHモニタリング(逆流の定量。現在は非酸逆流も評価できる多チャンネル食道インピーダンス・pHモニタリングも用いられる)、上部消化管内視鏡(食道炎の評価)。 ・治療:軽症では授乳・食事の工夫(少量頻回、とろみ付け)、体位管理、酸分泌抑制薬などの内科的治療を行う。体重増加不良や反復する誤嚥性肺炎、食道炎・狭窄などがあり内科的治療に抵抗する場合は、脱出した胃を腹腔内に戻して食道裂孔を縫縮し、噴門形成術(Nissen手術などの逆流防止手術)を行う。腹腔鏡下手術が広く行われている。
乳児の嘔吐の主な鑑別
・肥厚性幽門狭窄症:生後2〜3週頃からの噴水状の非胆汁性嘔吐、低Cl性代謝性アルカローシス ・腸回転異常症(中腸軸捻転):胆汁性嘔吐、緊急手術を要する ・腸重積症:間欠的腹痛(不機嫌)、嘔吐、血便 ・胃軸捻転、食道裂孔ヘルニア、GERD など
POINT
・乳児の嘔吐でも、1歳近くまで持続し体重増加不良を伴う場合は器質的疾患を検索する。 ・食道裂孔ヘルニア(滑脱型):造影で胃の一部が横隔膜上の縦隔内に脱出し、食道胃接合部が横隔膜より頭側にある。GERDの原因となる。 ・傍食道型は食道胃接合部が正常位置で、嵌頓・捻転のリスクがある。 ・食道アカラシアの造影像は食道拡張と下端の鳥のくちばし様狭窄で、胃食道逆流はむしろ起こりにくい。 ・先天性横隔膜ヘルニア(Bochdalek孔ヘルニア)は後外側欠損で、新生児期の呼吸障害・肺低形成が主体。 ・内科的治療抵抗性の小児GERD・食道裂孔ヘルニアには裂孔縫縮+噴門形成術(Nissen手術など)。
