切れるか、切れないか―食道癌の手術を諦めさせる「たった一つの所見」
第120回医師国家試験 D問題 第64問
国試問題にチャレンジ
70歳の男性。嚥下困難を主訴に来院した。約2か月前から食事中のつかえ感を認めており,徐々に増悪してきたため受診した。①40年前に胃潰瘍で,胃切除術を受けている。喫煙は20本/日を50年間。飲酒は焼酎2合/日を40年間。意識は清明。身長168cm,体重55kg(2か月で5kg減少)。体温36.5℃。脈拍64/分,整。血圧120/56mmHg。呼吸数14/分。SpO2 96%(room air)。眼瞼結膜に貧血を認めない。頸部リンパ節の腫大を認めない。腹部は平坦,軟で,圧痛を認めず,腫瘤を触知しない。上部消化管内視鏡検査で胸部中部食道に高度狭窄を伴う全周性の腫瘍を認めた。生検の病理検査で扁平上皮癌と診断された。日常生活は制限なく行えており,心電図に異常はなく,血液生化学検査にて②SCC値は20.0ng/mL(基準1.5以下)であった。③胸部造影CTで腫瘍は胸部大動脈に接しているが浸潤所見は認めなかった。④右肺上葉に単発性の径1cmの転移を認めた。⑤FDG-PET/CTでは所属リンパ節に5個の集積を認めた。また,食道の腫瘍と肺の結節にも集積を認めた。治療として放射線治療と薬物による抗癌治療の併用が行われた。 下線部のうち,手術適応とならなかった理由はどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
食道癌の手術適応は、TNM分類による病期と全身状態で決まり、最初に確認すべきはM因子(遠隔転移)の有無です。肺・肝・骨などの遠隔臓器転移があればStage IVBとなり、たとえ小さな単発病変でも根治手術の適応外となって、全身薬物療法が治療の中心になります(狭窄症状の緩和目的で放射線治療を併用することもあります)。一方、周囲臓器に接しているだけで浸潤のない腫瘍、郭清可能な所属リンパ節転移、胃切除の既往(結腸・空腸で再建可能)、腫瘍マーカー高値は、いずれも手術を諦める理由にはなりません。大動脈・気管などへの浸潤(T4)や領域外リンパ節転移は切除困難や遠隔転移として扱われるため、似た表現の違いを正確に読み分けることが大切です。どの所見が治療方針を変えるのかを判断する力は、がん診療全般で求められる基本的な臨床推論です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・70歳男性。2か月前から食事中のつかえ感が出て次第に悪化している。進行性の嚥下困難であり、食道の器質的な狭窄をまず疑う経過である。 ・喫煙20本/日×50年(ブリンクマン指数1,000)、焼酎2合/日×40年。喫煙と飲酒は食道扁平上皮癌の代表的な危険因子で、両方そろうと危険性はさらに高まる。 ・2か月で5kgの体重減少(BMIは約19.5)。通過障害による摂取量低下と、悪性腫瘍による消耗が考えられる。 ・上部消化管内視鏡で胸部中部食道(日本の食道癌で最も多い部位)に全周性・高度狭窄を伴う腫瘍があり、生検で扁平上皮癌と確定した。 ・SCC(squamous cell carcinoma antigen、扁平上皮癌関連抗原)20.0ng/mLと上昇しており、扁平上皮癌として矛盾しない。
病期(TNM)の評価
食道癌の治療方針は、T因子(原発巣の深達度・周囲臓器への浸潤)、N因子(リンパ節転移)、M因子(遠隔転移)の組合せで決まる病期と、全身状態(PS、心肺機能など)によって決まる。 ・T因子:腫瘍は胸部大動脈に接しているが浸潤はない。大動脈・気管・椎体などへの浸潤(T4)があれば切除不能となるが、本例はそこまで至っていない。 ・N因子:FDG-PET/CTで所属リンパ節に5個の集積があり、所属リンパ節転移が疑われる。所属リンパ節転移は郭清の対象であり、それ自体で切除不能とはならない。 ・M因子:右肺上葉に1cmの単発転移があり、PETでも集積を認める。肺は遠隔臓器であり、M1、すなわちStage IV(IVB)である。 全身状態は良好で(日常生活に制限なし、心電図異常なし、バイタル安定)、肺転移がなければT3相当・リンパ節転移ありのStage III程度として、術前補助療法と根治手術を検討できる症例である。しかし遠隔臓器転移があるため、原発巣を切除しても根治は望めず、手術適応から外れる。
設問の考え方
下線部それぞれについて「手術を諦める理由になるか」を判断する。既往手術、腫瘍マーカー値、周囲臓器への接触(浸潤なし)、所属リンパ節転移はいずれも手術の可否を決める因子ではない。手術適応を失わせるのは遠隔臓器転移(④)である。本例では、遠隔転移を伴う進行癌に対し、狭窄による嚥下困難の改善も目的として化学放射線療法が選択された。
選択肢考察
- ×a. ①
胃切除の既往は食道切除の禁忌ではない。通常、食道切除後の再建には胃を細長く形成した胃管を用いるが、胃切除後で胃管が作れない場合は、結腸(回結腸・左結腸など)や空腸を挙上して再建する。手術は複雑になり侵襲も大きくなるが、手術適応そのものを否定する理由にはならない。
- ×b. ②
SCCは扁平上皮癌の腫瘍マーカーで、診断の補助、治療効果の判定、治療後の再発の監視に用いる。値が高いことは腫瘍量が多い可能性を示すものの、病期分類(TNM)の項目ではなく、値の大小で手術の可否は決まらない。
- ×c. ③
大動脈・気管・椎体など、切除が困難な周囲臓器へ腫瘍が浸潤していれば(T4)、切除不能と判断される。本例は大動脈に「接している」だけで浸潤所見はなく、原発巣は切除可能な範囲にとどまると判断できる。したがって手術適応外の理由にはならない。
- ○d. ④
肺は食道癌にとって遠隔臓器であり、肺転移は遠隔転移(M1)としてStage IV(IVB)に分類される。遠隔転移を伴う食道癌では、原発巣と所属リンパ節を切除しても全身に広がった病変は制御できないため、根治手術の適応とならない。治療は全身薬物療法(化学療法)が中心で、狭窄による嚥下困難など局所症状がある場合には放射線治療を組み合わせる。本例で化学放射線療法が選ばれたのはこのためである。
- ×e. ⑤
所属リンパ節への転移は、食道切除と同時に行うリンパ節郭清で切除できる範囲にある。転移リンパ節の個数が多いほど病期は進み(例:UICC分類では3~6個でN2)、予後も悪くなるが、全身状態が良ければ術前補助療法(術前化学療法など)を行ったうえで手術が選択される。したがって手術適応外の理由にはならない。なお、所属リンパ節以外(領域外)のリンパ節転移であれば遠隔転移として扱われる。
食道癌の危険因子
・扁平上皮癌:喫煙、飲酒(特に少量の飲酒で顔が赤くなるALDH2〈アルデヒド脱水素酵素2〉活性が低い人の飲酒)、熱い飲食物、頭頸部癌の既往など。喫煙と飲酒が重なると危険性は相乗的に高まる。日本の食道癌の約9割は扁平上皮癌で、胸部中部食道に最も多い。 ・腺癌:Barrett食道(胃食道逆流症による円柱上皮化生)、肥満など。欧米で多い。
病期と治療方針の概略(日本の食道癌診療ガイドラインに基づく)
・0期(粘膜内にとどまる):内視鏡的切除(EMR/ESD)が中心。 ・I期:手術、または化学放射線療法。 ・II・III期(切除可能):術前化学療法(シスプラチン+5-FU+ドセタキセルなど)の後に食道切除+リンパ節郭清が標準。手術を希望しない・耐えられない場合は根治的化学放射線療法。 ・IVA期(大動脈・気管などへの浸潤〈T4〉など切除困難な局所進行):根治的化学放射線療法が中心。 ・IVB期(肺・肝・骨などへの遠隔転移):全身薬物療法(化学療法、免疫チェックポイント阻害薬の併用など)が中心。嚥下困難などの症状緩和を目的に放射線治療やステント留置を組み合わせることがある。
食道切除後の再建
第一選択は胃管再建である。胃切除後など胃が使えない場合は結腸や空腸を用いる。再建経路には胸壁前、胸骨後、後縦隔の3つがある。
腫瘍マーカー
扁平上皮癌ではSCC、CYFRA(シフラ)21-1、腺癌ではCEAなどが用いられる。早期癌での陽性率は低く、スクリーニングや病期決定には使えない。治療効果の判定と再発の監視に用いる。
POINT
・手術適応を判断するときは、TNMのうちM因子(遠隔転移)の有無をまず確認する。遠隔臓器転移(肺・肝・骨など)があればStage IVBで、根治手術の適応外となる。 ・周囲臓器に「接している」だけで浸潤がなければ切除できる。大動脈・気管などへの浸潤(T4)があれば切除困難となる。 ・所属リンパ節転移は郭清で切除できるので、手術適応は失われない。 ・胃切除の既往があっても、結腸・空腸による再建で食道切除は可能である。 ・腫瘍マーカー値は手術の可否を決めない。
