内視鏡が通らない食道でも「食べる」を取り戻す―悪性食道狭窄に対する食道ステントという選択
第119回医師国家試験 D問題 第27問
国試問題にチャレンジ
87歳の男性。嘔吐と体重減少を主訴に来院した。1か月前から食物の飲み込みにくさや悪心を自覚するようになった。徐々に食事摂取が困難となり,最近では1日に何度も嘔吐し,体重は1か月で4kg減少したため受診した。喫煙は20本/日を60年間。飲酒は焼酎2合/日を50年間。意識は清明。身長170cm,体重48kg。体温36.4℃。脈拍80/分,整。血圧124/62mmHg。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。食道造影では水溶性造影剤の通過が遅延し,食道中部に高度の不整狭窄像を認めた。上部消化管内視鏡検査で胸部中部食道癌と診断したが,狭窄部は内視鏡での通過が不可能であった。 経口摂取を可能とするための適切な対応はどれか。
- a.口腔ケア
- b.食道ステント留置術
- c.内視鏡的筋層切開術
- d.嚥下リハビリテーション
- e.経皮内視鏡的胃瘻造設術
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
喫煙・飲酒歴のある高齢者の進行性嚥下困難と体重減少は食道癌を強く疑わせ、わが国では扁平上皮癌が多く胸部中部食道に好発します。腫瘍による器質的な狭窄で経口摂取ができない場合、狭窄部に自己拡張型金属ステントを留置して内腔を確保する食道ステント留置術が低侵襲で効果発現も早く、内視鏡が通過しなくてもガイドワイヤーが通れば施行可能です。内視鏡的筋層切開術はアカラシアなど機能的通過障害の治療、嚥下リハビリテーションや口腔ケアは機能的嚥下障害や誤嚥予防への対応であり、胃瘻は栄養経路の確保にとどまるうえ内視鏡が胃に届かなければ経皮的造設は困難です。通過障害の原因が機能的か器質的か、そして治療の目的が根治か症状緩和かを見極めることは、終末期を含む消化器診療で患者さんの生活の質を守るための基本となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・87歳男性。1か月前からの嚥下困難(つかえ感)と悪心が次第に悪化し、食事がとれず、1日に何度も嘔吐している。1か月で4kgの体重減少があり、身長170cm・体重48kgでBMIは約16.6とやせが目立つ。 ・喫煙20本/日×60年、焼酎2合/日×50年。喫煙と飲酒はいずれも食道扁平上皮癌の主要な危険因子である。 ・食道造影:水溶性造影剤の通過が遅れ、食道中部に高度の不整な狭窄像。上部消化管内視鏡で胸部中部食道癌と診断されたが、狭窄部を内視鏡が通過できない。
病態の考え方
高度の喫煙・飲酒歴をもつ高齢男性に進行性の嚥下困難と体重減少が生じ、造影で不整な狭窄を認めたことから、進行食道癌による食道の高度狭窄(悪性食道狭窄)である。食道癌は胸部中部食道に最も多い。嚥下困難は、癌が食道内腔をかなり占拠するまで自覚されにくいため、症状が出た時点で進行していることが多い。嘔吐は、狭窄部より口側に食物や唾液がたまり逆流するために生じている。
設問の考え方
問われているのは根治治療ではなく、「経口摂取を可能にする」ための対応である。経口摂取ができない原因は嚥下機能そのものの障害ではなく、腫瘍による物理的な通過障害であるため、狭窄部の内腔を確保することが必要である。超高齢で全身状態が低下した患者でも行える低侵襲な方法として、狭窄部に自己拡張型金属ステントを留置して内腔を広げる食道ステント留置術が適切である。内視鏡本体が通過できなくても、ガイドワイヤーを狭窄部の先まで通すことができればステントは留置可能である。
選択肢考察
- ×a. 口腔ケア
口腔内を清潔に保つことで口腔内細菌を減らし、誤嚥性肺炎の予防や口腔機能の維持に役立つ。高齢者や経口摂取が乏しい患者、狭窄部の口側に唾液や食物がたまって誤嚥しやすい本例のような患者にも重要な支持療法である。しかし腫瘍による食道の物理的な狭窄を解除する効果はなく、経口摂取を可能にする手段にはならない。
- ○b. 食道ステント留置術
悪性腫瘍による食道狭窄に対し、狭窄部に自己拡張型金属ステント(self-expandable metallic stent:SEMS)を留置して内腔を押し広げる方法である。透視下・内視鏡下にガイドワイヤーを狭窄部の肛門側まで通し、それに沿ってステントを留置するため、内視鏡そのものが通過できない高度狭窄でも施行できる。全身麻酔や開胸・開腹が不要で低侵襲であり、留置後早期に嚥下困難が改善して経口摂取が可能となるため、超高齢で根治治療が難しい本例の症状緩和に最も適している。食道気管瘻(食道気管支瘻)を合併した場合にも、被覆型ステントで瘻孔を閉鎖する目的で用いられる。合併症として胸痛、出血、穿孔、ステントの逸脱・移動、腫瘍の内部増殖による再狭窄などがあり、放射線治療の前後に留置すると重篤な合併症が増えるとされるため、適応は慎重に判断する。
- ×c. 内視鏡的筋層切開術
経口内視鏡的筋層切開術(peroral endoscopic myotomy:POEM)は、食道粘膜下にトンネルを作り、下部食道括約筋を含む内輪筋を切開する治療で、食道アカラシアなどの食道運動障害に用いられる。下部食道括約筋の弛緩不全による機能的な通過障害を解除するものであり、腫瘍による器質的な狭窄には効果がない。悪性腫瘍には適応がなく、本例には不適切である。
- ×d. 嚥下リハビリテーション
脳血管障害、神経筋疾患、加齢などによる口腔期・咽頭期の嚥下機能障害に対し、嚥下に関わる筋の訓練や食形態・姿勢の調整を行い、安全な経口摂取と誤嚥性肺炎の予防を図るものである。本例の嚥下困難は食道の腫瘍性狭窄という器質的原因によるもので、嚥下運動の機能自体が障害されているわけではないため、リハビリテーションでは通過障害は改善しない。
- ×e. 経皮内視鏡的胃瘻造設術
経皮内視鏡的胃瘻造設術(percutaneous endoscopic gastrostomy:PEG)は、胃にチューブを留置して経腸栄養を行うための方法であり、栄養経路を確保できても経口摂取を可能にするものではないため、設問の目的に合わない。さらにPEGでは、内視鏡で胃内に送気して胃壁を腹壁に密着させ、内視鏡の光で穿刺部位を確認し、胃内から穿刺針やカテーテルの誘導を行うため、内視鏡を胃まで進める必要がある。本例は内視鏡が狭窄部を通過できないため、PEGの施行自体が困難であり、胃瘻が必要な場合は外科的(開腹・腹腔鏡下)胃瘻造設などを選択することになる。
食道癌の概要
・わが国では組織型の大部分が扁平上皮癌で、好発部位は胸部中部食道、次いで胸部下部食道である。男性に多く、60〜70歳代に好発する。 ・危険因子:喫煙、飲酒(特に少量の飲酒で顔が赤くなるアルデヒド脱水素酵素2〈ALDH2〉の活性が低い人)、熱い飲食物、野菜・果物の摂取不足など。欧米に多い腺癌はBarrett食道を背景に下部食道に生じる。 ・症状:早期は無症状が多い。進行するとつかえ感・嚥下困難、体重減少、胸背部痛、反回神経麻痺による嗄声、食道気管瘻による咳嗽・肺炎などが出現する。 ・食道には漿膜がないため周囲臓器へ浸潤しやすく、リンパ節転移も頸部から腹部まで広範に起こりやすい。
進行食道癌の治療の概要
・切除可能な場合:術前化学療法(または化学放射線療法)のあと食道切除術・再建術、あるいは根治的化学放射線療法など。 ・切除不能・高齢・全身状態不良の場合:化学療法、放射線療法、緩和的治療。
悪性食道狭窄に対する経口摂取・栄養確保の手段
・食道ステント留置術:低侵襲で効果発現が速い。予後が限られる症例の嚥下困難の緩和に適する。 ・放射線療法(外照射・腔内照射):効果発現まで時間がかかるが、腫瘍縮小による長期的な通過改善が期待できる。 ・バルーン拡張術:悪性狭窄では効果が一時的で、穿孔のリスクがある。 ・経管栄養:経鼻胃管(狭窄部を通過できる場合)、胃瘻(PEG、または内視鏡が通過できない場合は外科的胃瘻)、腸瘻。これらは栄養経路の確保であり、経口摂取を可能にするものではない。 ・静脈栄養(中心静脈栄養など)。
食道アカラシアとの鑑別
アカラシアは下部食道括約筋の弛緩不全と食道体部の蠕動障害による機能性疾患で、食道造影では下部食道が平滑に先細りする「鳥のくちばし状(bird beak)」の狭窄と口側食道の拡張を示す。不整な狭窄を示す食道癌とは画像所見が異なる。治療はPOEM、バルーン拡張術、腹腔鏡下Heller筋層切開術などである。
POINT
・喫煙・飲酒歴のある高齢男性の進行性嚥下困難と体重減少 → 食道癌(扁平上皮癌、胸部中部食道に最多)。 ・悪性食道狭窄で経口摂取を可能にするには、狭窄部の内腔を確保する食道ステント留置術(自己拡張型金属ステント)が低侵襲で有効。 ・内視鏡が通過できなくても、ガイドワイヤーが通過すればステント留置は可能。 ・胃瘻は栄養経路の確保であって経口摂取を可能にするものではない。PEGは内視鏡が胃内に到達できないと施行困難。 ・POEM(内視鏡的筋層切開術)は食道アカラシアの治療で、悪性狭窄には適応がない。 ・嚥下リハビリテーションや口腔ケアは機能的嚥下障害・誤嚥予防への対応で、器質的狭窄は解除できない。
