「自傷」か「他害」か―医療観察法と精神保健福祉法を取り違えないために
第115回医師国家試験 F問題 第22問
国試問題にチャレンジ
我が国の精神保健について誤っているのはどれか。
- a.精神科診療所の数は増加傾向にある。
- b.OECD諸国と比べて人口当たりの精神科病床数が多い。
- c.医療観察法は自殺念慮の強い場合の入院に関する法律である。
- d.精神科救急医療システムは都道府県や政令指定都市が取り組む。
- e.精神保健福祉センターでは精神障害者福祉手帳の障害等級の判定を行う。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
医療観察法は、心神喪失・心神耗弱の状態で重大な他害行為を行った人の医療と社会復帰を目的とする法律であり、自殺念慮のような自傷のおそれに対する入院を定めた法律ではありません。自傷のおそれがある患者の入院は、精神保健福祉法に基づく任意入院・医療保護入院・措置入院などで行われます。日本は人口当たりの精神科病床数がOECD諸国で突出して多く平均在院日数も長い一方、精神科診療所は増加しており、入院中心から地域生活中心への転換が進められています。精神科救急医療体制の整備は都道府県・指定都市の役割であり、精神障害者保健福祉手帳の等級判定は精神保健福祉センターが担います。法律の対象(自傷か他害か)と行政機関の役割を整理しておくことは、国試対策だけでなく、精神科の入院判断や患者・家族への説明といった臨床実務の基礎になります。
解答・解説
正解はcです
我が国の精神保健医療の現状と、それを支える法制度・行政機関の役割を幅広く問う問題である。「誤っているのはどれか」なので、事実と異なる記述を一つ選ぶ。 押さえておくべき枠組みは次のとおりである。 ・医療提供体制の現状:日本は歴史的に民間の精神科病院を中心に入院医療が発展してきたため、人口当たりの精神科病床数が国際的にみて非常に多く、平均在院日数も長い。国は「入院医療中心から地域生活中心へ」という方針を掲げ、外来・地域医療を担う精神科診療所は増え続けている。 ・主な法律:精神科の入院形態(任意入院、医療保護入院、措置入院など)や手帳制度、精神保健福祉センター、精神科救急医療体制などは「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)」が定める。これとは別に、心神喪失・心神耗弱の状態で重大な他害行為を行った人の処遇を定めるのが「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)」である。 ・行政機関の役割:精神保健福祉センターは都道府県・指定都市に置かれる技術的中枢機関であり、保健所や市町村は地域の相談・支援の窓口となる。精神科救急医療体制の整備は都道府県・指定都市が担う。 医療観察法は「他害行為」を対象とした法律であり、自殺念慮のような「自傷」のおそれに対する入院を定めた法律ではない。この点が本問の誤りである。
選択肢考察
- ×a. 精神科診療所の数は増加傾向にある。
記述は正しい。精神科・心療内科を標榜する診療所は長期的に増加している。背景には、うつ病や不安症などの気分・ストレス関連の疾患で外来受診する患者の増加、通院しやすいクリニックへの受診行動の変化、そして国が進める入院中心から地域生活中心への政策転換がある。なお診療所全体では有床診療所が減少する一方、無床診療所が大きく増えており、精神科も外来中心の無床診療所が増加の主体である。
- ×b. OECD諸国と比べて人口当たりの精神科病床数が多い。
記述は正しい。日本の精神科病床は約30万床あり、人口1,000人当たりおよそ2.6床と、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で突出して多い。例えば米国や英国は人口1,000人当たり0.3〜0.4床程度、ドイツは1床強、フランスは1床未満、イタリアは脱施設化を進めて0.1床程度である。また日本は精神科入院の平均在院日数も諸外国に比べて非常に長い。これらは長期入院患者の地域移行が課題とされる根拠となっている。
- ○c. 医療観察法は自殺念慮の強い場合の入院に関する法律である。
記述は誤りであり、これが正解である。医療観察法(心神喪失者等医療観察法)は、心神喪失または心神耗弱の状態で殺人・放火・強盗・不同意性交等・不同意わいせつ・傷害といった重大な他害行為を行い、不起訴や無罪などとなった人を対象に、継続的で適切な医療と観察を行って病状の改善と再他害行為の防止を図り、社会復帰を促進することを目的とした法律である。自殺念慮が強く自傷のおそれがある患者の入院は、精神保健福祉法に基づいて行われる。本人の同意があれば任意入院、同意が得られなければ家族等の同意による医療保護入院、精神保健指定医2名の診察で自傷他害のおそれがあると一致して判断された場合は都道府県知事(指定都市市長)の命令による措置入院となる。
- ×d. 精神科救急医療システムは都道府県や政令指定都市が取り組む。
記述は正しい。夜間・休日を含めて精神症状の急激な悪化に対応できるよう、精神科救急医療体制を整備することは、精神保健福祉法上、都道府県(指定都市を含む)の役割とされている。具体的には、精神科救急医療体制整備事業として、精神科救急情報センター(電話相談や受診先の調整を行う窓口)の設置、輪番制や常時対応型の精神科救急医療施設の確保、措置診察の体制整備などが、都道府県・指定都市を実施主体として行われている。
- ×e. 精神保健福祉センターでは精神障害者福祉手帳の障害等級の判定を行う。
記述は正しい。精神障害者保健福祉手帳(設問では「精神障害者福祉手帳」と表記)は、本人が市町村の窓口に申請し、精神保健福祉センターが診断書などをもとに障害の程度(1〜3級)を判定したうえで、都道府県知事または指定都市市長が交付する。有効期間は2年で、更新には再度の判定が必要である。精神保健福祉センターはこのほか、通院医療費の公費負担である自立支援医療(精神通院医療)の支給認定に関する判定、精神医療審査会の事務、保健所や市町村への技術指導・援助、複雑・困難な事例の相談、調査研究、普及啓発なども担っている。
精神保健福祉法による主な入院形態
・任意入院:本人の同意に基づく入院。 ・医療保護入院:精神保健指定医が入院の必要性を認めたが本人の同意が得られない場合に、家族等の同意で行う入院。 ・措置入院:自傷他害のおそれがあると精神保健指定医2名の診察結果が一致した場合に、都道府県知事(指定都市市長)の権限で行う入院。 ・緊急措置入院:急を要し、指定医1名の診察で行う措置入院(72時間以内)。 ・応急入院:急を要し家族等の同意が得られない場合に、応急入院指定病院で行う入院(72時間以内)。
医療観察制度の流れ
1. 対象:心神喪失・心神耗弱の状態で重大な他害行為(殺人、放火、強盗、不同意性交等、不同意わいせつ、傷害)を行い、不起訴処分や無罪・刑の減軽などとなった人。 2. 検察官が地方裁判所に申立てを行う。 3. 裁判官と精神保健審判員(精神科医)各1名からなる合議体が、鑑定入院の結果なども踏まえて審判を行い、入院・通院・不処遇を決定する。 4. 入院決定を受けた人は、厚生労働大臣が指定する指定入院医療機関で専門的な治療を受ける。 5. 通院決定や退院許可を受けた人は、保護観察所の社会復帰調整官が作成する処遇の実施計画に基づき、指定通院医療機関に原則3年間(延長あり)通院する。 ※2023年の刑法改正により、旧「強制性交等」「強制わいせつ」はそれぞれ「不同意性交等」「不同意わいせつ」に改められ、医療観察法の対象行為の表記もこれに合わせて改正された。
精神保健を担う主な機関
・精神保健福祉センター:都道府県・指定都市に設置。技術指導・援助、複雑困難事例の相談、手帳と自立支援医療の判定、精神医療審査会の事務、調査研究、教育研修、普及啓発。 ・保健所:地域精神保健の第一線機関として相談、訪問指導、措置入院関連業務などを行う。 ・市町村:身近な相談窓口、手帳や自立支援医療の申請受付、障害福祉サービスの提供。
我が国の精神医療の課題
人口当たりの精神科病床数が多く、平均在院日数が長いこと、長期入院患者の地域移行が進みにくいことが課題とされる。国は「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の構築を進め、医療・障害福祉・住まい・就労などを地域で一体的に提供する体制づくりを目指している。
POINT
・医療観察法は、心神喪失・心神耗弱の状態で重大な他害行為を行った人の医療と社会復帰のための法律であり、自殺念慮(自傷)に対する入院の法律ではない。 ・自傷のおそれがある患者の入院は精神保健福祉法に基づく(任意入院・医療保護入院・措置入院など)。 ・日本の人口当たり精神科病床数はOECD諸国で突出して多く、平均在院日数も長い。精神科診療所は増加傾向。 ・精神科救急医療体制の整備は都道府県・指定都市の役割。 ・精神障害者保健福祉手帳の等級判定は精神保健福祉センターが行い、交付は都道府県知事・指定都市市長。
