血痰と嗄声、喀痰に浮かぶオレンジの細胞―癌細胞は「どこから」来たのか
第115回医師国家試験 A問題 第71問
国試問題にチャレンジ
67歳の男性。血痰を主訴に来院した。2か月前から血痰,1か月前から嗄声を自覚するようになった。喫煙歴は20本/日を45年間で,2年前から禁煙している。身長164cm,体重52kg。血圧112/84mmHg。呼吸数20/分。血液所見:赤血球420万,Hb 14.8g/dL,Ht 40%,白血球6,800,血小板26万。喀痰細胞診のPapanicolaou染色標本に示すような細胞を認めた。 考えられる疾患はどれか。2つ選べ。

- a.肺癌
- b.咽頭炎
- c.喉頭癌
- d.気管支炎
- e.唾液腺癌
対話形式の解説
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医学生
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医学生まとめ
Papanicolaou染色で細胞質がオレンジG好性に染まり、N/C比が高く奇妙な形をとる異型細胞は角化型扁平上皮癌を示します。喀痰は肺から喉頭・咽頭・口腔を通って喀出されるため、癌細胞の由来は気道の通り道全体が候補となり、重喫煙歴と血痰からは中枢型の肺扁平上皮癌、嗄声からは大部分が扁平上皮癌である喉頭癌が考えられます。咽頭炎や気管支炎では悪性細胞は出現せず、唾液腺癌は腺系の組織型が中心で気道内腔にないため合致しません。細胞診だけでは原発部位を決められないため、胸部CT・気管支鏡・喉頭ファイバースコープで検索し、喫煙者では重複癌にも注意します。検体が「どこを通ってきたか」を考える視点は、細胞診の解釈全般に通じる大切な考え方です。
解答・解説
正解はa, cです
所見の整理
・67歳男性、喫煙指数(Brinkman指数=1日喫煙本数×喫煙年数)は20×45=900である。400以上で肺癌の高危険群、600以上(文献により800以上)は特に高リスクとされ、2年前に禁煙していてもリスクは十分に残る。喫煙は肺癌だけでなく喉頭癌の最大の危険因子でもある。 ・2か月続く血痰:気道のどこか(喉頭〜気管〜気管支〜肺)からの出血を示す。慢性に続く血痰では、肺癌、肺結核、気管支拡張症などをまず考える。 ・1か月前からの嗄声(声がれ):声帯そのものの病変(喉頭癌、声帯ポリープなど)か、声帯を動かす反回神経の麻痺を示唆する。反回神経麻痺は、肺癌の縦隔リンパ節転移や大動脈弓周囲への浸潤(特に左側)でも起こる。 ・BMIは約19.3とやや痩せ型。血算はHb 14.8 g/dLで貧血なく、白血球・血小板も正常で、感染や血液疾患を積極的に示す所見はない。
喀痰細胞診の読み方
Papanicolaou(パパニコロウ)染色標本では、核/細胞質比(N/C比)が高く、核が濃染して大小不同を示す異型細胞がみられ、細胞質がオレンジG好性(オレンジ〜赤橙色)に染まっている。細胞質のオレンジ色は角化を反映し、紡錘形・オタマジャクシ形・ヘビ形などの奇妙な形の細胞が出現するのは角化型扁平上皮癌の典型像である。つまり喀痰中に扁平上皮癌細胞が出ていると判断できる。
設問の考え方
喀痰は下気道から喉頭・咽頭・口腔を通って喀出されるため、喀痰中の癌細胞はこの経路のどこから剥がれ落ちたものでもありうる。したがって問われているのは「扁平上皮癌細胞が喀痰に混じりうる、かつ本症例の臨床像に合う疾患はどれか」である。重喫煙歴・慢性血痰は中枢型の肺扁平上皮癌に典型的であり、嗄声と喫煙歴は喉頭癌(大部分が扁平上皮癌)に合致する。炎症性疾患では悪性細胞は出現せず、唾液腺癌は組織型・発生部位の点で合わない。以上から、肺癌と喉頭癌の2つが考えられる。
選択肢考察
- ○a. 肺癌
肺癌の組織型のうち扁平上皮癌は喫煙との関連が非常に強く、太い気管支(中枢側)に発生しやすい。気管支内腔に腫瘍が露出するため血痰を来しやすく、癌細胞が喀痰中に剥がれ落ちるので喀痰細胞診で検出されやすい。また肺癌が縦隔リンパ節転移などで反回神経を障害すれば嗄声も説明できる。Brinkman指数900の重喫煙歴、慢性の血痰、喀痰中の扁平上皮癌細胞はいずれも本疾患に合致する。
- ×b. 咽頭炎
咽頭炎は咽頭粘膜の炎症(多くはウイルスや細菌の感染)であり、喀痰中に悪性の異型細胞が出現することはない。経過も通常は数日〜数週間で、2か月に及ぶ血痰と嗄声の説明にはならない。悪性細胞が確認された時点で、良性の炎症性疾患は答えとして不適当である。
- ○c. 喉頭癌
喉頭癌の90%以上は扁平上皮癌であり、喫煙が最大の危険因子で、高齢男性に多い。最も頻度の高い声門癌では早期から嗄声が出現し、腫瘍表面からの出血で血痰も来しうる。腫瘍は気道内腔に面しているため、剥離した癌細胞が喀痰に混じって検出されうる。嗄声・血痰・重喫煙歴・扁平上皮癌細胞の所見のすべてに合致する。
- ×d. 気管支炎
気管支炎は気管支粘膜の炎症で、喀痰細胞診では好中球などの炎症細胞や反応性の上皮細胞はみられても、悪性細胞は出現しない。また気管支炎では声帯や反回神経は障害されないため、嗄声も説明できない。
- ×e. 唾液腺癌
唾液腺癌は耳下腺・顎下腺・舌下腺・小唾液腺の腺組織から発生し、粘表皮癌、腺様嚢胞癌、腺房細胞癌、唾液腺導管癌など腺系の組織型が中心である。典型的な角化型扁平上皮癌の像とは異なり、腫瘍の主座も気道内腔ではないため、喀痰中に癌細胞が出ることは通常ない。耳前部・顎下部の腫瘤や顔面神経麻痺が主な症状であり、血痰・嗄声という本症例の臨床像にも合わない。
喀痰細胞診
・喀痰に含まれる細胞をPapanicolaou染色して観察する検査で、侵襲がなく繰り返し行える。中枢型(肺門型)肺癌、特に扁平上皮癌の検出に有用で、末梢型の腺癌では陽性率が低い。 ・肺癌検診では、50歳以上で喫煙指数600以上(過去喫煙を含む)の高危険群に対して、胸部X線検査に加えて喀痰細胞診が行われる。 ・Papanicolaou染色では、角化した細胞質がオレンジG好性(オレンジ色)、非角化の細胞質はライトグリーン好性(青緑色)に染まる。扁平上皮癌ではオレンジ色の細胞質をもつ異型細胞や、オタマジャクシ形・線維状などの奇妙な形の細胞が特徴的である。 ・喀痰に悪性細胞が出ていても、それが肺由来か上気道(喉頭・咽頭・口腔)由来かは細胞診だけでは決められない。気管支鏡、喉頭ファイバースコープ、胸部CTなどで原発巣を検索する必要がある。
肺癌の組織型と特徴
・扁平上皮癌:喫煙と強く関連、中枢型が多い、血痰・無気肺・閉塞性肺炎を来しやすい、空洞形成、高カルシウム血症(PTHrP産生)、腫瘍マーカーSCC・CYFRA。 ・腺癌:最多の組織型、末梢型、非喫煙者・女性にも多い、EGFR遺伝子変異などのドライバー変異、CEA。 ・小細胞癌:喫煙と強く関連、中枢型、増殖が速く早期に転移、SIADH・Lambert-Eaton症候群、NSE・ProGRP。
嗄声の鑑別
・声帯の病変:喉頭癌、声帯ポリープ、声帯結節、ポリープ様声帯(Reinke浮腫:喫煙者に多い)、喉頭炎。 ・反回神経麻痺:肺癌・食道癌・甲状腺癌、縦隔リンパ節腫大、胸部大動脈瘤、甲状腺・心臓大血管手術後。左反回神経は大動脈弓を回って上行するため経路が長く、右より障害されやすい。
喉頭癌
・頭頸部癌の中で頻度が高く、高齢男性に多い。危険因子は喫煙と飲酒。組織型の大部分が扁平上皮癌。 ・発生部位により声門上癌、声門癌、声門下癌に分けられ、声門癌が最多。声門癌は早期から嗄声を呈し、頸部リンパ節転移が少なく予後が比較的良い。声門上癌は咽喉頭異常感や嚥下時痛で発症し、頸部リンパ節転移を来しやすい。 ・喫煙者は肺・喉頭・咽頭・食道などに重複癌を生じやすい(フィールド癌化)点にも注意する。
POINT
・Papanicolaou染色で細胞質がオレンジ色(角化)、N/C比の高い異型細胞→扁平上皮癌。 ・喀痰中の扁平上皮癌細胞の由来は、肺(中枢型肺癌)だけでなく喉頭・咽頭など上気道の癌も考える。 ・重喫煙歴+血痰→中枢型肺扁平上皮癌、重喫煙歴+嗄声→喉頭癌(声門癌)を想起する。 ・嗄声は声帯病変のほか、肺癌などによる反回神経麻痺(左に多い)でも生じる。 ・炎症性疾患(咽頭炎・気管支炎)では悪性細胞は出ない。唾液腺癌は腺系の組織型が中心で、気道内腔にない。
