転移なしの浸潤性乳管癌―「いま何をすべきか」は病期が教えてくれる
第114回医師国家試験 E問題 第35問
国試問題にチャレンジ
A 42-year-old woman came to your clinic, anxious about a mass in her left breast. On physical examination, the mass was hard and fixed neither to skin nor to muscle. No axillary lymph nodes were palpated on either side. Mammography showed a 2.5-cm lesion with spiculae. Histo-pathological findings from the biopsy showed an invasive ductal carcinoma. No metastases were detected on chest/abdominal CT or on bone scintigraphy. What is the most appropriate plan at present?
- a.Breast surgery
- b.Estrogen administration
- c.NSAID administration
- d.Observation
- e.Whole body irradiation
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
硬くスピキュラを伴う乳房腫瘤は浸潤癌を強く疑う所見で、本例は生検で浸潤性乳管癌と確定し、腫瘍径2.5cm(T2)、腋窩リンパ節触知なし(N0)、遠隔転移なし(M0)からⅡA期と判断されます。遠隔転移のないⅠ〜Ⅱ期の乳癌では手術による原発巣切除が根治を目指す治療の中心で、腋窩はセンチネルリンパ節生検で評価し、術後は病理所見とサブタイプに応じて放射線療法や内分泌療法・化学療法・抗HER2療法を加えます。乳癌の多くはエストロゲン依存性であるためエストロゲン投与は禁忌であり、内分泌療法はエストロゲン作用を抑える方向の治療です。また乳癌の放射線療法は局所照射であり、全身照射は造血幹細胞移植の前処置として行うものです。TNM分類で病期を確定し、その病期に応じて治療戦略を選ぶという流れは、乳癌に限らず固形癌診療全般に通じる基本的な考え方です。
解答・解説
正解はaです
問題文の要旨
42歳の女性が左乳房のしこりを心配して受診した。腫瘤は硬いが、皮膚にも筋肉(大胸筋)にも固定されていない。両側とも腋窩リンパ節は触れない。マンモグラフィでは辺縁にスピキュラ(spiculae:腫瘤から放射状に伸びる棘状の突起)を伴う2.5cmの病変を認め、生検で浸潤性乳管癌と確定した。胸腹部CTと骨シンチグラフィで転移はみられない。現時点で最も適切な方針を問う英語の臨床問題である。
所見の整理
・年齢:40歳代は日本人女性の乳癌罹患のピークにあたる。 ・硬い腫瘤:癌を疑う触診所見である。ただし皮膚や胸壁への固定がないことは、局所での広がりが限られていることを示す。 ・スピキュラを伴う腫瘤:周囲組織へ浸潤しながら発育する癌に特徴的なマンモグラフィ所見であり、悪性を強く疑う。 ・病理:浸潤性乳管癌(乳癌で最も頻度の高い組織型)で診断は確定している。 ・腋窩リンパ節を触知しない:臨床的にリンパ節転移なし(cN0)と判断する。 ・CT・骨シンチグラフィで転移なし:乳癌の遠隔転移の好発部位である肺・肝・骨に転移がなく、M0である。
病期の判断
腫瘍径2.5cmは「2cmを超え5cm以下」でT2に該当し、皮膚・胸壁への浸潤もない。cN0、M0と合わせると臨床病期はⅡA期となる。遠隔転移のない早期の浸潤癌である。
方針の考え方
Ⅰ~Ⅱ期のように局所にとどまる乳癌では、根治を目指して手術で原発巣を切除することが治療の中心となる。術式(乳房部分切除術か乳房全切除術か)、腋窩の扱い(センチネルリンパ節生検)、術後の放射線療法・薬物療法(内分泌療法、化学療法、抗HER2療法)は、腫瘍の広がりやサブタイプ(ホルモン受容体・HER2の発現状況)に応じて決める。なお、腫瘍を縮小させたい場合やHER2陽性・トリプルネガティブなどでは術前化学療法を先行することもあるが、選択肢の中で根治的治療につながるのは手術のみである。
選択肢考察
- ○a. Breast surgery
乳房の手術である。本例は腫瘍径2.5cm(T2)、臨床的リンパ節転移なし(N0)、遠隔転移なし(M0)のⅡA期浸潤性乳管癌であり、局所療法である手術による原発巣切除が根治をめざす治療の基本となる。腫瘍径と乳房の大きさの比によっては乳房部分切除術(乳房温存手術)も選択でき、その場合は術後に残存乳房への放射線照射を行う。腋窩はリンパ節を触知しないため、まずセンチネルリンパ節生検で転移の有無を評価するのが標準的である。
- ×b. Estrogen administration
エストロゲンの投与である。乳癌の多く(約7割)はエストロゲン受容体陽性で、エストロゲンが増殖を促進するため、エストロゲン投与は病勢を悪化させるおそれがあり禁忌である。乳癌の内分泌療法はむしろエストロゲンの作用を抑える治療で、抗エストロゲン薬(タモキシフェン)、アロマターゼ阻害薬(閉経後女性で末梢でのエストロゲン産生を抑える)、LH-RHアゴニスト(閉経前女性で卵巣機能を抑える)などを用いる。しかも内分泌療法はホルモン受容体陽性例に対して主に術後補助療法として行うもので、現時点の第一選択ではない。
- ×c. NSAID administration
非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の投与である。NSAIDは疼痛や炎症に対する対症療法であり、癌そのものに対する治療効果はない。本例に痛みの訴えはなく、投与の必要はない。乳腺領域でNSAIDを使うのは、例えば急性化膿性乳腺炎で抗菌薬と併用して疼痛・発熱を和らげる場合や、癌性疼痛の緩和などである。
- ×d. Observation
経過観察である。生検で浸潤癌と確定しており、治療せずに経過をみればリンパ節転移や遠隔転移をきたし、根治の機会を失う。経過観察が選択されうるのは、線維腺腫などの良性腫瘤の場合である。
- ×e. Whole body irradiation
全身照射である。全身照射は主に造血幹細胞移植の前処置として、白血病などの造血器腫瘍に対して行われるもので、固形腫瘍である乳癌の治療には用いない。乳癌で行う放射線療法は局所照射であり、乳房部分切除術後の残存乳房への照射(温存乳房内再発を減らす)、リンパ節転移の多い例での乳房全切除術後の胸壁・領域リンパ節への照射、骨転移や脳転移に対する緩和照射などがある。いずれも遠隔転移のない本例で現時点の第一選択となる治療ではない。
乳癌のTNM分類(要点)
・T1:腫瘍径2cm以下 ・T2:2cmを超え5cm以下 ・T3:5cmを超える ・T4:大きさを問わず、胸壁への固定または皮膚の浮腫・潰瘍・衛星皮膚結節を伴うもの(炎症性乳癌を含む) ・N:同側腋窩・胸骨傍・鎖骨上下のリンパ節転移の程度で分類 ・M:遠隔転移の有無
病期と治療の大まかな流れ
・0期(非浸潤癌)、Ⅰ期、Ⅱ期:手術が治療の中心。術後に病理所見とサブタイプに応じて放射線療法・薬物療法を加える。 ・Ⅲ期(局所進行乳癌):術前化学療法などの薬物療法を先行し、腫瘍を縮小させてから手術・放射線療法を行う集学的治療が一般的である。 ・Ⅳ期(遠隔転移あり):全身病であり、薬物療法(内分泌療法・化学療法・分子標的治療)による延命とQOL維持が中心となる。手術は原則として第一選択ではない。
サブタイプと薬物療法
・ホルモン受容体陽性:内分泌療法(タモキシフェン、アロマターゼ阻害薬、LH-RHアゴニストなど) ・HER2陽性:抗HER2薬(トラスツズマブなど)+化学療法 ・トリプルネガティブ(ER・PgR・HER2すべて陰性):化学療法が中心
マンモグラフィの悪性所見
スピキュラを伴う腫瘤、微細で多形性の石灰化(線状・分枝状など)、構築の乱れなどは悪性を疑う所見である。境界明瞭で平滑な腫瘤や粗大な石灰化は良性を示唆する。
POINT
・腫瘍径2cm超5cm以下はT2。リンパ節転移・遠隔転移がなければⅡA期である。 ・遠隔転移のないⅠ~Ⅱ期の乳癌は手術が治療の中心であり、術後にサブタイプに応じた補助療法を加える。 ・乳癌にエストロゲンを投与してはならない。内分泌療法はエストロゲン作用を抑える方向の治療である。 ・乳癌の放射線療法は局所照射であり、全身照射は造血幹細胞移植の前処置である。 ・スピキュラを伴う腫瘤は浸潤癌を強く疑うマンモグラフィ所見である。
