話が止まらない、手が止まらない―症例の言葉を「観念奔逸」と「行為心迫」に置き換える
第114回医師国家試験 C問題 第57問
国試問題にチャレンジ
43歳の男性。自営業。すぐに機嫌を損ねて怒鳴るようになったため,妻と母親に説得されて来院した。3か月前に父親が急逝してからしばらくの間,元気がなく,家族と話さなくなった。1か月前から店で必要以上にたくさん仕入れをするようになり,従業員に対して大声で怒鳴りつけるようになった。商品陳列の場所を何度も変え,始終移動させているようになった。元来ほとんど飲酒をしなかったが,毎晩飲酒をするようになったという。多弁で,感情の動きが激しく表出され,話題が際限なく広がる。本人は受診について不満であり,精神的なストレスで悲観的な考えに陥っている家族の方に治療を受けさせたいと述べている。これまでに発達上の問題はなかった。血液検査,頭部MRI及び脳波検査に異常を認めない。 この患者にみられる症状はどれか。2つ選べ。
- a.感覚失語
- b.観念奔逸
- c.行為心迫
- d.連合弛緩
- e.小動物幻視
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
抑うつ的な時期に続いて、易怒性、多弁、浪費、飲酒の増加、活動性の亢進、病識の欠如がそろう場合は躁病エピソードを考え、双極性障害として整理します。「多弁で話題が際限なく広がる」は思考過程の障害である観念奔逸、「次々と行動して一つをやり遂げない」は意欲・行動の障害である行為心迫で、いずれも躁状態の代表的症状です。連合弛緩は統合失調症、小動物幻視はアルコール離脱せん妄やLewy小体型認知症、感覚失語は優位半球上側頭回後部の病変でみられるもので、本例には当てはまりません。躁状態の気分は爽快とは限らず易怒性が目立つこともあり、身体疾患・器質性疾患・発達障害の除外も欠かせません。症例の言動を正確な症状用語に置き換える力は、精神科の診察記録や他職種との情報共有の基礎になります。
解答・解説
正解はb, cです
所見の整理
・43歳男性。3か月前の父親の急死後、しばらく元気がなく家族とも話さない時期があった → 抑うつ状態(うつ病エピソード)を思わせる経過である。 ・1か月前から、必要以上の仕入れ(浪費・誇大的な判断)、従業員への怒鳴りつけ(易怒性)、商品陳列を何度も変えて動き回る(活動性の亢進)、もともと飲まなかった酒を毎晩飲む(快楽的・抑制を欠いた行動)がみられる。 ・診察時には多弁で感情表出が激しく、話題が次々と広がっていく。 ・受診に不満で「治療が必要なのは悲観的になっている家族の方だ」と述べる → 病識の欠如。 ・発達上の問題はなく、血液検査・頭部MRI・脳波に異常はない → 発達障害、器質性・症状性の精神障害、てんかんなどは考えにくい。
診断へのプロセス
1か月にわたる気分の変化(易怒的・高揚的)と活動性の亢進に、多弁、観念奔逸、浪費、快楽的行動、病識の欠如がそろっており、躁病エピソードと判断できる。その前に抑うつ的な時期もあり、全体として双極性障害(双極症)と考えられる。 鑑別として、注意欠如・多動症(ADHD)は小児期から症状がみられるはずであり、発達上の問題がなかった本例では否定的である。統合失調症は、明らかな幻覚・妄想や思考の解体がないため考えにくい。飲酒が増えているが、症状は飲酒より先行しており、物質使用による精神障害とも考えにくい。甲状腺機能亢進症や脳腫瘍・脳炎などの身体疾患による躁状態は、血液検査・画像・脳波が正常であることから否定的である。
設問の考え方
本問は診断名ではなく、症例の記述を精神症状学の用語に置き換えられるかを問うている。「話題が際限なく広がる」は思考過程の障害である観念奔逸、「陳列場所を何度も変えて始終動き回る」は意欲・行動面の障害である行為心迫にあたる。いずれも躁状態の代表的な症状である。
選択肢考察
- ×a. 感覚失語
感覚失語(Wernicke失語)は、優位半球(通常は左)の上側頭回後部を中心とする病変で起こる失語である。発話は流暢だが錯語(言い間違い)が多く、言語理解と復唱が強く障害される。本例は多弁であるが、話の内容は理解可能で会話も成立しており、頭部MRIにも異常がないため、失語は考えにくい。
- ○b. 観念奔逸
観念奔逸は、考えが次々と湧き出し、連想が速く、ささいな刺激や言葉の響きに引かれて話題が移り変わっていく思考過程の障害である。個々の観念どうしのつながりはたどれるが、話が本来の目的に戻らず、全体としてまとまりを欠く。躁状態に特徴的な症状であり、本例の「多弁で、話題が際限なく広がる」という所見がこれにあたる。
- ○c. 行為心迫
行為心迫は、何かをしたいという欲動が高まり、次々と行動を起こすが、一つのことをやり遂げずに別の行為に移ってしまう状態である。意欲・行動の亢進を示す躁状態の代表的な症状である。本例の「商品陳列の場所を何度も変え、始終移動させている」という行動はこれにあたり、過剰な仕入れも同じ活動性亢進の表れとみることができる。
- ×d. 連合弛緩
連合弛緩は、観念と観念のつながりが緩み、話の筋道がたどりにくくなる思考過程の障害で、統合失調症に特徴的である。程度が強くなると、文同士のつながりが失われた支離滅裂(滅裂思考)や、単語の羅列(言葉のサラダ)に至る。観念奔逸では連想の速さが主体で観念間の関連はある程度追えるのに対し、連合弛緩では関連そのものが緩む点が異なる。本例は話題が広がるものの、個々の連想のつながりは理解可能であり、統合失調症を示す他の所見もない。
- ×e. 小動物幻視
小動物幻視は、虫や小動物が多数うごめいて見える幻視で、アルコール離脱せん妄(振戦せん妄)に典型的である。Lewy小体型認知症でも人物や小動物などの具体的で生々しい幻視がみられる。本例は飲酒量が増えているものの、意識障害や離脱症状(振戦、発汗、頻脈など)はなく、幻覚の訴えもない。
躁病エピソードの診断(DSM-5の要点)
・気分が異常かつ持続的に高揚・開放的または易怒的で、活動性や活力も異常に持続して亢進している期間が、少なくとも1週間ほぼ毎日、1日の大半にわたって続く(入院を要する場合は期間を問わない)。 ・その期間に以下のうち3つ以上(気分が易怒性のみなら4つ以上)を認める:①自尊心の肥大・誇大性、②睡眠欲求の減少、③多弁・しゃべり続けようとする心迫、④観念奔逸または考えが競い合う主観的体験、⑤注意散漫、⑥目標指向性の活動の増加または精神運動焦燥、⑦困った結果につながる可能性の高い活動への熱中(浪費、性的逸脱、無分別な投資など)。 ・社会的・職業的機能の著しい障害を伴う、入院が必要、または精神病性の特徴を伴う。 ・物質や他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。 躁病エピソードが1回でもあれば双極I型障害と診断される。軽躁病エピソード(4日以上、機能障害は著しくない)とうつ病エピソードを持つものは双極II型障害である。
躁状態の症状の整理
・気分:爽快気分、高揚気分のほか、易怒性も多い。思い通りにならないと激しく怒る。 ・思考:観念奔逸、誇大的な考え(誇大妄想に至ることもある)。 ・意欲・行動:行為心迫、多弁、浪費、性的逸脱、飲酒の増加、睡眠時間が短くても疲れを感じない。 ・病識:乏しいことが多く、本人は受診を拒みやすい。
思考過程の障害の対比
・観念奔逸:躁状態。連想が速く、話題が次々飛ぶ。 ・思考制止:うつ状態。考えが進まず、言葉が出にくい。 ・連合弛緩・滅裂思考:統合失調症。観念のつながりが緩む・失われる。 ・思考途絶:統合失調症。思考が突然中断する。 ・迂遠:てんかん性性格変化や認知症など。細部にこだわり回りくどいが、最終的には目的にたどり着く。
治療の概略
躁状態には気分安定薬(炭酸リチウム、バルプロ酸など)や第二世代抗精神病薬(オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールなど)を用いる。抗うつ薬の単剤使用は躁転を招くおそれがあるため避ける。
POINT
・「話題が際限なく広がる」=観念奔逸、「次々と行動して落ち着かない」=行為心迫。いずれも躁状態の症状。 ・躁状態の気分は爽快とは限らず、易怒性が前景に立つこともある。浪費・飲酒増加・病識欠如も躁状態を示唆する。 ・連合弛緩は統合失調症、小動物幻視はアルコール離脱せん妄(Lewy小体型認知症でも幻視)、感覚失語はWernicke野の病変。 ・発達歴、血液検査、画像、脳波で、ADHD・器質性疾患・身体疾患による精神症状を除外する視点も重要。
