「動かないしこり」が語るもの―触診で見抜く乳癌のサイン
第114回医師国家試験 B問題 第9問
国試問題にチャレンジ
女性の乳房腫瘤で乳癌を最も示唆するのはどれか。
- a.随伴する疼痛
- b.乳頭部の熱感
- c.平滑な腫瘤表面
- d.白色の乳頭分泌物
- e.大胸筋前面での可動性低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
乳癌の典型的な触診所見は、無痛性で硬く、形状不整・表面凹凸、境界不明瞭で、皮膚や大胸筋に固定されて可動性に乏しい腫瘤です。大胸筋前面での可動性低下は癌の浸潤性増殖を直接反映するため最も乳癌を示唆し、腰に手を当てて大胸筋を収縮させると判定しやすくなります。一方、疼痛は乳腺症、熱感は乳腺炎、表面平滑で可動性良好なら線維腺腫、白色分泌は生理的変化や高プロラクチン血症を考え、乳癌で注意すべき分泌物は血性です。えくぼ症状や乳頭陥凹、橙皮様皮膚も癌の浸潤で説明でき、疑ったら画像検査を経て針生検で確定します。「癌は周囲に浸潤する」という本質から所見を理解しておくと、乳房診察での判断が確かなものになります。
解答・解説
正解はeです
乳房腫瘤を診察するときに、良性か悪性かを見分ける手がかりとなる身体所見を問う問題である。
乳房診察の流れ
乳房の診察は視診から始め、次に触診を行う。視診では乳房の左右差、皮膚の発赤・腫脹・浮腫(橙皮様皮膚)、えくぼ症状(dimpling sign:腫瘤直上の皮膚が引き込まれてくぼむ所見)、乳頭の陥凹やびらん、乳頭分泌物の有無を確認する。触診では腫瘤の大きさ、形、硬さ、表面の性状、境界、可動性、圧痛の有無を評価し、さらに腋窩・鎖骨上窩のリンパ節も触れる。
乳癌を示唆する触診所見
乳癌の典型像は、無痛性で、硬く(弾性硬〜石様硬)、形が不整で表面に凹凸があり、周囲との境界がはっきりしない腫瘤である。癌は周囲組織へ浸潤しながら増殖するため、皮膚や深部の筋膜・筋肉と癒着しやすく、腫瘤を指でつまんで動かそうとしても動きにくくなる(可動性の低下・固定)。一方、良性腫瘍の代表である線維腺腫は、表面平滑・境界明瞭で、指の下でよく動く腫瘤として触れるのが特徴である。
設問への考え方
選択肢を「炎症を示す所見」「良性腫瘍を示す所見」「生理的な所見」「浸潤性の増殖を示す所見」に分けて考えるとよい。周囲への浸潤によって腫瘤が大胸筋側に固定される所見こそが、悪性腫瘍の性質を最もよく反映している。
選択肢考察
- ×a. 随伴する疼痛
乳癌は原則として痛みを伴わない腫瘤(無痛性腫瘤)として自覚されることが多く、患者が入浴時などに偶然しこりに気付いて受診する例が典型的である。痛みや圧痛を伴う腫瘤や乳房の張りは、乳腺症(月経周期に伴って症状が変動しやすい)、乳腺炎、嚢胞などの良性疾患でよくみられる。したがって疼痛の存在は、むしろ良性疾患を考える手がかりとなる。ただし痛みがあるから癌ではないと言い切ることはできない点には注意する。
- ×b. 乳頭部の熱感
熱感は炎症を示す所見であり、まず急性化膿性乳腺炎(授乳期に乳汁うっ滞へ細菌感染が加わって起こることが多い)や乳輪下膿瘍を考える。これらでは乳頭・乳輪を含む乳房の発赤、腫脹、熱感、疼痛がみられ、発熱を伴うこともある。乳癌の一般的な所見ではない。なお、炎症性乳癌は乳房皮膚の広範な発赤・浮腫・熱感を呈するため乳腺炎との鑑別が問題になるが、これは癌細胞が皮膚のリンパ管を塞ぐことによる特殊な病型であり、乳頭部の熱感が乳癌を最も示唆する所見とはいえない。
- ×c. 平滑な腫瘤表面
表面が平滑で境界明瞭、よく動く腫瘤は線維腺腫の典型的な所見であり、良性を示唆する。線維腺腫は10〜30歳代の若年女性に多い良性腫瘍で、ゴムのような弾性をもち、指で押すと逃げるように動く。乳癌では浸潤性に増殖するため、表面は凹凸不整で形がいびつになり、境界も不明瞭となるのが典型である。
- ×d. 白色の乳頭分泌物
白色(乳汁様)の分泌物は、授乳期や断乳後に生理的にみられるほか、高プロラクチン血症(プロラクチン産生下垂体腺腫や、ドパミン拮抗作用をもつ抗精神病薬・制吐薬などの薬剤性)でもみられ、乳癌を示唆する所見ではない。乳癌で注意すべきは血性(赤〜茶褐色)の分泌物、とくに片側の単一乳管からの分泌である。ただし血性分泌物は乳管内乳頭腫などの良性疾患でもみられるため、細胞診や画像検査で鑑別を進める。
- ○e. 大胸筋前面での可動性低下
乳癌は周囲組織へ浸潤しながら増殖するため、腫瘤が深部にある大胸筋の筋膜や筋肉に癒着すると、大胸筋の前面で腫瘤を動かそうとしても動きにくくなる。このような可動性の低下(固定)は浸潤性の増殖を直接反映しており、良性腫瘍ではみられにくいため、選択肢の中で最も乳癌を示唆する所見である。診察では、患者に腰に手を当てて力を入れてもらい大胸筋を収縮させた状態で腫瘤の可動性を比べると、筋への固定の有無を判定しやすい。弾性硬で可動性に乏しい腫瘤は乳癌を強く疑う。
乳房腫瘤の主な鑑別
・乳癌:40〜60歳代に多い。無痛性、硬い(弾性硬〜石様硬)、形状不整、表面凹凸、境界不明瞭、可動性不良。えくぼ症状、乳頭陥凹、橙皮様皮膚、血性乳頭分泌、腋窩リンパ節腫大を伴うことがある。 ・線維腺腫:10〜30歳代に多い。無痛性、弾性硬、表面平滑、境界明瞭、可動性良好。 ・乳腺症:30〜40歳代に多い。月経周期に関連した疼痛・圧痛、境界不明瞭な硬結。多くは両側性。 ・急性化膿性乳腺炎:授乳期に多い。発赤、腫脹、熱感、疼痛、発熱。 ・乳管内乳頭腫:血性乳頭分泌が特徴。乳癌との鑑別が必要。 ・葉状腫瘍:短期間で急速に増大する腫瘤。良性〜悪性まである。
乳癌の皮膚・乳頭所見
・えくぼ症状(dimpling sign):癌がクーパー靱帯(乳腺と皮膚をつなぐ線維性の支持組織)に浸潤し、靱帯が短縮して皮膚が引き込まれる。 ・乳頭陥凹:乳管が癌により引き込まれる。 ・橙皮様皮膚(peau d'orange):皮膚リンパ管が癌で塞がれ、皮膚が浮腫状になり毛穴が目立つ。炎症性乳癌で顕著。 ・Paget病:乳頭・乳輪の湿疹様のびらんとして現れる乳癌の特殊型。
画像検査の所見
マンモグラフィでは、辺縁にスピキュラ(棘状の突起)を伴う腫瘤、構築の乱れ、微細で多形性・線状分枝状の石灰化が悪性を示唆する。 超音波検査で悪性を示唆する所見は、形状不整、辺縁の不明瞭・微細分葉状・スピキュラ状、縦横比(腫瘤の縦径/横径)が大きい(皮膚面に対して非平行に縦長に発育する)、内部の低エコーで不均一なエコー、後方エコーの減弱(後方陰影)、乳腺前方境界線の断裂などである。また浸潤癌では、腫瘤の周囲を不整な厚い帯状に取り巻く高エコー域(境界部高エコー像、いわゆるhalo)がみられることがあり、癌が周囲の脂肪組織へ浸潤した部分を反映する悪性所見である。これに対し、線維腺腫などの良性腫瘍は楕円形で境界明瞭平滑、皮膚面に平行(横長)で、薄く均一な被膜様の高エコー線に縁取られることがあり、両者を混同しないよう注意する。 確定診断は針生検などによる病理診断で行う。
POINT
・乳癌の典型的触診所見:無痛性、硬い、形状不整、表面凹凸不整、境界不明瞭、可動性不良(皮膚や大胸筋への固定)。 ・表面平滑で可動性良好な腫瘤は線維腺腫を考える。 ・疼痛・圧痛は乳腺症、熱感・発赤は乳腺炎を考える(炎症性乳癌は例外として覚える)。 ・乳頭分泌物は白色(乳汁様)なら生理的または高プロラクチン血症、血性なら乳癌や乳管内乳頭腫を考える。
