元気そうでも待てない―食道に止まったリチウム電池が刻む「2時間」のタイムリミット
第113回医師国家試験 D問題 第45問
国試問題にチャレンジ
11か月の乳児。誤飲のため救急車で搬入された。17時30分にパッケージから出したばかりのリチウム電池を飲み込んだという。直ちに父親が救急車を要請した。搬入時には児の機嫌は良く,顔色は良好である。努力呼吸を認めず,呼吸音に異常を認めない。18時30分に撮影した胸腹部エックス線写真を別に示す。緊急で内視鏡的摘出術を行うこととした。 緊急で内視鏡的摘出を行う主な理由はどれか。

- a.不整脈の防止
- b.呼吸障害の回避
- c.食道穿孔の回避
- d.胃食道逆流の防止
- e.経口摂取の早期再開
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
食道に停留したボタン電池、とくに電圧が高く新品のリチウム電池は、粘膜を介した放電による電気分解で水酸化物イオンが生じ、アルカリによる融解壊死が急速に進みます。誤飲後2時間程度で重い粘膜障害が起こりうるため、無症状であっても食道穿孔とそれに続く縦隔炎、気管食道瘻、大動脈食道瘻を防ぐ目的で直ちに内視鏡的摘出を行います。エックス線の二重輪郭(halo sign)は硬貨との鑑別点で、胃に到達した電池は多くの場合経過観察が可能です。1歳未満では蜂蜜が禁忌である点や、摘出後の遅発性合併症への注意も重要です。「見た目が元気でも時間が勝負の異物がある」という感覚は、小児救急の現場判断に直結します。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・11か月の乳児が、パッケージから出したばかりの新品のリチウム電池(ボタン型・コイン型電池)を飲み込んだ。誤飲の時刻(17時30分)が保護者に目撃されており、経過時間が正確にわかる。 ・搬入時は機嫌・顔色ともに良好で、努力呼吸がなく呼吸音も正常である。気道異物を示す所見はなく、現時点で重篤な合併症も明らかでない。 ・誤飲から1時間後(18時30分)のエックス線写真で、頸部〜上胸部の正中に円形の金属陰影があり、気管がやや偏位していることからも、電池は食道(生理的狭窄部である食道入口部付近)に停留していると判断できる。
なぜ緊急摘出か
ボタン電池が食道粘膜に接したまま留まると、電池の両極間で粘膜を介して電流が流れ、電気分解によって負極側に水酸化物イオンが生じて局所が強いアルカリ性になる。アルカリによる組織障害は融解壊死であり、組織の深部へ急速に進むため、短時間で潰瘍・壊死が起こり、食道穿孔に至る。リチウム電池は電圧(約3V)が高く、とくに新品は電気量が十分に残っているため障害が速く強い。誤飲後わずか2時間程度で重い粘膜障害が起こりうるとされる。 したがって本例で緊急内視鏡的摘出を行う最大の目的は、食道の腐食・穿孔とそれに続く重篤な合併症を防ぐことである。現在無症状であることは、摘出を急がなくてよい理由にはならない。
選択肢考察
- ×a. 不整脈の防止
誤り。ボタン電池の誤飲で、電池から心臓へ直接電流が流れて不整脈が起こるわけではない。また本例は全身状態が安定しており、不整脈を起こす電解質異常や中毒を示す所見もない。緊急摘出の主目的として不整脈の防止は挙げられない。
- ×b. 呼吸障害の回避
誤り。本例は努力呼吸がなく呼吸音も正常で、電池は気道ではなく食道内にある。乳児では大きな食道異物が気管を圧迫して喘鳴などをきたすことはあるが、現時点で呼吸障害はない。食道の障害が進むと気管食道瘻を生じて呼吸器症状が出ることもあるが、それは食道壁の損傷の結果であり、緊急摘出で第一に防ぎたいのは食道の腐食・穿孔そのものである。
- ○c. 食道穿孔の回避
正しい。食道に留まったリチウム電池は、粘膜を通じた放電により電気分解で水酸化物を生じ、局所を強アルカリ性にして組織を融解壊死させる。新品で電気量が多く、電圧の高いリチウム電池では障害の進行が特に速く、短時間で深い潰瘍から食道穿孔に至りうる。穿孔すると縦隔炎、気管食道瘻、大動脈食道瘻による大出血など致死的な合併症につながるため、無症状であっても直ちに内視鏡で摘出する必要がある。
- ×d. 胃食道逆流の防止
誤り。食道内の異物を摘出しても胃食道逆流が防げるわけではなく、異物の停留と胃食道逆流は直接関係しない。緊急摘出の目的は、電池による食道壁の化学的・電気的な損傷とそれに続く穿孔を防ぐことにある。
- ×e. 経口摂取の早期再開
誤り。経口摂取の再開は摘出後に粘膜損傷の程度を評価してから判断する事項であり、緊急摘出の理由ではない。異物で単に通過障害が起きているだけで組織障害のおそれがない場合(例えば丸い硬貨で無症状のとき)は、経過観察や待機的な摘出を検討できる。本例が緊急となるのは、電池であるために短時間で組織が壊死するからである。
小児の異物誤飲の要点
・誤飲は生後6か月〜3歳頃に多い。乳児は手にした物を口に入れる時期であり、ボタン電池、硬貨、磁石、玩具の部品などが原因となる。 ・食道の生理的狭窄部(食道入口部、気管分岐部・大動脈弓の交差部、横隔膜貫通部)に停留しやすく、乳幼児では食道入口部が最も多い。 ・食道異物は前後方向のエックス線写真で円形、側面像で線状に見え、気管異物はその逆の見え方をする(気管軟骨が後壁で欠けるため)という典型像が知られる。
ボタン電池と硬貨の見分け
ボタン電池は正面像で縁が二重に見える二重輪郭(double ring または halo sign)、側面像で段差(step-off)を示すことが多く、硬貨との鑑別に役立つ。
ボタン電池誤飲による障害
・機序:放電に伴う電気分解で水酸化物イオンが生じ、アルカリによる融解壊死を起こす。電池内容物の漏出や圧迫による壊死も加わるが、主な機序は放電である。 ・障害は負極側の粘膜に強く出やすい。 ・合併症:食道潰瘍・穿孔、縦隔炎、気管食道瘻、大動脈食道瘻(致死的な大出血)、反回神経麻痺による声帯麻痺、食道狭窄など。摘出後数日〜数週経ってから瘻孔や出血が顕在化することもあり、摘出後の経過観察も重要である。 ・特に危険なのは、直径20mm程度のリチウムコイン電池、新品の電池、乳幼児、食道内停留の組み合わせである。
対応
・食道内のボタン電池は、症状の有無にかかわらず直ちに内視鏡的に摘出する。 ・胃に到達したボタン電池は、無症状で多くは自然排出が期待でき、経過観察や待機的対応が可能なことが多い(電池のサイズや年齢、磁石との同時誤飲などで判断)。 ・アルカリ電池などの腐食性物質の誤飲では、嘔吐させると食道粘膜の障害を増やすおそれがあるため、催吐は行わない。 ・1歳以上の小児では、摘出までの間に蜂蜜やスクラルファートを内服させて粘膜障害を軽減する方法が提案されている。1歳未満では乳児ボツリヌス症の危険があるため蜂蜜は与えない(本例の11か月児では不可)。
他の注意すべき異物
・複数の磁石の誤飲:腸管壁を挟んで引き合い、圧迫壊死・穿孔・瘻孔を起こすため早期の摘出を検討する。 ・鋭利な異物(針、押しピンなど):穿孔の危険があり摘出を考慮する。 ・高吸水性樹脂のビーズ:腸管内で膨張し閉塞を起こしうる。
POINT
・食道内に停留したボタン電池(特にリチウム電池)は、無症状でも緊急内視鏡的摘出の適応。 ・機序:放電→電気分解で水酸化物生成→アルカリによる融解壊死→短時間(約2時間)で重い粘膜障害、食道穿孔へ。 ・重大な合併症:縦隔炎、気管食道瘻、大動脈食道瘻。 ・エックス線で二重輪郭(halo sign)があればボタン電池を疑う。 ・胃内に到達した電池は多くの場合経過観察が可能。 ・1歳未満に蜂蜜は禁忌(乳児ボツリヌス症)。
