食道を狭める影―治療方針を決めるのは「広がり」を測る検査
第113回医師国家試験 D問題 第38問
国試問題にチャレンジ
67歳の男性。嚥下困難と体重減少を主訴に来院した。1か月前から嚥下困難を自覚していた。自宅近くの医療機関で行った上部消化管内視鏡検査で異常を指摘されたため受診した。体重は1か月で3kg減少している。既往歴に特記すべきことはない。喫煙は20本/日を40年間。飲酒は焼酎2合/日を42年間。身長171cm,体重67kg。脈拍68/分,整。血圧124/62mmHg。血液所見:赤血球318万,Hb 10.5g/dL,Ht 31%,白血球8,300,血小板16万。上部消化管造影像(A)及び上部消化管内視鏡像(B)を別に示す。 治療方針を決定するために有用でないのはどれか。

- a.FDG-PET
- b.胸部造影CT
- c.食道内圧検査
- d.腹部超音波検査
- e.超音波内視鏡検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
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ドクターまとめ
喫煙・飲酒歴のある高齢男性に進行する嚥下困難と体重減少がみられ、造影で食道狭窄、内視鏡で潰瘍を伴う隆起性病変を認めれば、進行食道癌を考えます。食道癌の治療方針はTNM分類による病期と全身状態で決まり、深達度は超音波内視鏡、隣接臓器浸潤やリンパ節・肺転移は造影CT、遠隔転移はFDG-PETや腹部超音波で評価します。食道内圧検査はアカラシアなどの食道運動機能障害を調べる検査であり、腫瘍による器質的狭窄の病期診断には寄与しません。また、喫煙・飲酒を共通の危険因子とする頭頸部癌や胃癌との重複癌にも注意が必要です。各検査が「何を評価するためのものか」を整理しておくことは、癌診療全般で治療前評価を組み立てる力の基礎になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・67歳男性。1か月前からの嚥下困難と、1か月で3kgの体重減少。 ・喫煙20本/日×40年(喫煙指数800)、焼酎2合/日×42年の長期多量飲酒。喫煙と飲酒はいずれも食道扁平上皮癌の主要な危険因子であり、併存すると危険度は相乗的に高まる。 ・Hb 10.5g/dLの貧血。MCVは約97fLで正球性であり、腫瘍からの慢性出血や慢性炎症、栄養不良などが関与しうる(大量飲酒者では葉酸欠乏などによる大球性傾向が加わることもある)。 ・上部消化管造影で食道内腔の狭窄、内視鏡で亜全周性の潰瘍を伴う隆起性病変(周堤を伴い、境界が比較的不明瞭な潰瘍浸潤型=3型)を認める。
診断
高齢男性、喫煙・飲酒歴、進行性の嚥下困難と体重減少、画像所見から、進行食道癌(3型、潰瘍浸潤型)と診断できる。わが国の食道癌の約9割は扁平上皮癌である。確定には内視鏡下生検による組織診断を行う。
設問の考え方
食道癌の治療方針(内視鏡治療、手術、化学放射線療法、化学療法など)は、TNM分類による病期と全身状態で決まる。そのため治療前には次の評価が必要である。 ・T因子(壁深達度、隣接臓器への浸潤):超音波内視鏡、造影CT、MRI ・N因子(リンパ節転移):造影CT、超音波内視鏡、FDG-PET、頸部超音波 ・M因子(遠隔転移:肝、肺、骨、遠隔リンパ節など):造影CT、FDG-PET、腹部超音波 これらの評価に関係しない検査が「有用でない」ものである。食道内圧検査は食道の運動機能を調べる検査であり、病期診断には寄与しない。
選択肢考察
- ×a. FDG-PET
有用である。FDG-PETは、ブドウ糖類似物質であるFDG(18F-フルオロデオキシグルコース)が糖代謝の活発な癌細胞に集積する性質を利用した検査で、全身を一度に評価できる。食道癌ではCTで指摘しにくい遠隔リンパ節転移や骨・肝などの遠隔転移の検出に有用で、M因子の評価、ひいては手術適応の判断に役立つ。一方、表在癌の深達度診断や原発巣近傍の小さなリンパ節転移の検出は苦手であり、他の検査と組み合わせて用いる。
- ×b. 胸部造影CT
有用である。造影CTは食道癌の病期診断の基本となる検査である。進行癌では腫瘍の広がりと、気管・気管支、大動脈、心膜などの隣接臓器への浸潤(T4かどうか)を評価でき、これは切除可能性の判断に直結する。さらに縦隔・頸部・腹部のリンパ節腫大や肺・肝転移の有無も確認できる。通常は頸部から腹部まで撮影する。
- ○c. 食道内圧検査
有用でない(本問の正解)。食道内圧検査(食道マノメトリー。近年は高解像度内圧検査が普及)は、嚥下に伴う食道の蠕動波や下部食道括約筋(LES)の圧と弛緩を測定し、食道の運動機能を評価する検査である。食道アカラシア(LESの弛緩不全と蠕動消失)やびまん性食道けいれん症などの運動機能障害の診断に用いる。本症例の嚥下困難は腫瘍による器質的狭窄が原因であり、内圧検査では癌の深達度・リンパ節転移・遠隔転移はいずれも評価できないため、治療方針の決定には役立たない。また狭窄部にカテーテルを通す必要があり、患者の負担に見合う情報も得られない。
- ×d. 腹部超音波検査
有用である。腹部超音波検査は非侵襲的に肝転移や腹部(胃周囲・腹腔動脈周囲など)のリンパ節転移を検索できる。食道癌は腹部リンパ節や肝臓へ転移することがあり、M因子・N因子の評価の一部を担う。同様に、頸部超音波は頸部リンパ節転移の評価に用いられる。
- ×e. 超音波内視鏡検査
有用である。超音波内視鏡検査(EUS:endoscopic ultrasonography)は、内視鏡先端の超音波で食道壁の層構造(粘膜、粘膜下層、固有筋層、外膜)を描出でき、癌の壁深達度(T因子)を詳しく評価できる。食道周囲のリンパ節転移の診断にも有用である。特に表在癌では内視鏡治療の適応判断に重要である。ただし、本症例のように狭窄の強い進行癌ではスコープが通過できず、全体を観察できないことがある。
食道癌の概要
・好発:60〜70歳代の男性に多い。 ・危険因子:喫煙、飲酒(特に飲酒で顔が赤くなるALDH2〈アルデヒド脱水素酵素2〉の活性が低い体質の人の多量飲酒)、熱い飲食物、野菜・果物の摂取不足など。腺癌ではGERD(胃食道逆流症)とBarrett食道が危険因子となる。 ・組織型:わが国では約9割が扁平上皮癌。欧米では腺癌の割合が高い。 ・好発部位:胸部中部食道が最も多く(約半数)、次いで胸部下部食道。 ・特徴:食道には漿膜がないため周囲臓器に浸潤しやすく、リンパ流が豊富で早期からリンパ節転移を起こしやすい。頸部・胸部・腹部の広範囲にリンパ節転移しうる。 ・重複癌:同じ危険因子(喫煙・飲酒)を共有する頭頸部癌(咽頭・喉頭など)や胃癌を同時性・異時性に合併しやすく、治療前には頭頸部の観察も行う。
症状
早期にはほとんど無症状で、しみる感じなどにとどまる。進行すると嚥下困難(固形物から始まり徐々に流動物も通りにくくなる)、体重減少、胸痛・背部痛、反回神経浸潤による嗄声、気管浸潤による食道気管瘻と誤嚥性肺炎などが出現する。
食道癌の肉眼型(食道癌取扱い規約)
・0型:表在型(癌が粘膜下層までにとどまると推定されるもの) ・1型:隆起型 ・2型:潰瘍限局型 ・3型:潰瘍浸潤型 ・4型:びまん浸潤型 ・5型:分類不能型
治療方針の概略
・粘膜内にとどまる表在癌(リンパ節転移のリスクが低いもの):内視鏡的切除(ESD:内視鏡的粘膜下層剥離術など) ・切除可能な進行癌:術前化学療法の後に手術(食道切除術とリンパ節郭清)が標準。手術を希望しない例や耐術能の低い例では根治的化学放射線療法 ・隣接臓器浸潤(T4)や遠隔転移を伴う例:化学放射線療法、化学療法(免疫チェックポイント阻害薬を含む)など ・狭窄症状の緩和:食道ステント留置、放射線治療など
食道内圧検査の対象
食道アカラシア、びまん性食道けいれん症、ナッツクラッカー食道などの食道運動機能障害。強皮症に伴う食道蠕動低下の評価にも用いられる。
POINT
・食道癌の治療方針はTNM病期(深達度、リンパ節転移、遠隔転移)と全身状態で決まる ・深達度:超音波内視鏡(EUS)、隣接臓器浸潤・転移:造影CT、遠隔転移:FDG-PET・腹部超音波 ・食道内圧検査は食道運動機能障害(アカラシアなど)の検査で、食道癌の病期診断には用いない ・食道癌の危険因子は喫煙と飲酒。わが国では扁平上皮癌が約9割、胸部中部食道に最多 ・頭頸部癌・胃癌との重複癌に注意する
