「どうしていいかわからない」に何と返すか―余命告知後の患者に寄り添う一言
第113回医師国家試験 B問題 第46問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,46と47の問いに答えよ。 72歳の男性。膵癌手術後に通院中である。 現病歴:6か月前に膵癌の手術を受けた。術後6か月検査の結果,他臓器に転移が見つかり,余命3か月との告知を受けた。 既往歴:60歳から高血圧症,62歳から脂質異常症で内服治療中。 生活歴:喫煙は20歳から20本/日。飲酒は機会飲酒。息子夫婦と同居している。 家族歴:父が高血圧症,心筋梗塞。 現症:意識は清明。身長165cm,体重48kg。体温36.8℃。脈拍72/分,整。血圧134/74mmHg。呼吸数20/分。SpO2 98%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。腹部正中に手術痕を認める。
患者は主治医に「先生,もうこれからどうしていいかわからないよ」と訴えた。 医師の応答として適切なのはどれか。
- a.「私もわからないですよ」
- b.「現実を受け止めてください」
- c.「もう少ししっかりしてください」
- d.「ご近所の医療機関に変わってください」
- e.「そうですね。今後のことは一緒に考えましょう」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
余命告知直後の患者が示す不安や動揺は自然な心理反応であり、医師はまずその感情を否定せず受け止め(受容・共感)、傾聴しながら不安の中身を具体化していくことが求められます。突き放す、叱咤する、現実の受容を迫る、他院へ回すといった応答は患者の孤立感を深めるため不適切で、「そうですね。今後のことは一緒に考えましょう」のように共感と継続的な支援の姿勢を同時に示す応答が最も適切です。終末期の苦痛は身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな全人的苦痛としてとらえ、Kübler-Rossの受容過程、悪い知らせを伝える手順であるSPIKESやSHARE、アドバンス・ケア・プランニングと合わせて理解しておくと実践に役立ちます。こうしたコミュニケーションの基本は、緩和ケアに限らずあらゆる診療場面で患者との信頼関係を築く土台になります。
解答・解説
正解はeです
状況の整理
患者は72歳の男性で、半年前に膵癌の切除術を受けたが、術後6か月の検査で他臓器への転移が判明し、余命3か月と告げられている。身長165cm・体重48kgでBMI(体格指数)は約17.6と低体重であるが、バイタルサインや身体所見に急を要する異常はない。つまり本問で問われているのは身体的な問題への対処ではなく、悪い知らせ(bad news)を受けた直後の患者の心理状態と、それに対する医師のコミュニケーションである。
患者の訴えの意味
「先生,もうこれからどうしていいかわからないよ」という言葉には、死への恐怖、病状への不安、今後の治療や療養場所への迷い、家族への気がかりなど、さまざまな苦痛(全人的苦痛)が含まれている可能性がある。余命告知直後の患者は、衝撃・否認・怒り・抑うつなどの心理的反応を示すのが自然であり、医師がまず行うべきは、その感情を否定・評価せずに受け止めることである。
望ましい応答の考え方
医師の応答に求められる要素は次のとおりである。 ・受容:患者の気持ちを良し悪しで判断せず、そのまま受け止める。 ・共感:「つらいですね」「そう感じるのは当然です」のように、患者の感情を理解していることを言葉で伝える。 ・傾聴:話をさえぎらず、患者の言葉を繰り返したり言い換えたりしながら聴く。 ・明確化:「どんなことが一番気がかりですか」などと問いかけ、漠然とした不安の中身を具体化する。 ・継続性の保証:「見捨てない」「これからも一緒に考える」というメッセージを伝え、患者のペースに合わせて支援を続ける。 これらに照らして、突き放す、叱咤する、現実の受け入れを迫る、他院に回すといった応答は不適切であり、共感を示したうえで今後を共に考える姿勢を示す応答が最も適切である。
選択肢考察
- ×a. 「私もわからないですよ」
患者の不安をそのまま投げ返しており、専門家として支える立場を放棄した応答である。頼るべき主治医からこう言われると、患者は突き放されたと感じ、孤立感や絶望感がかえって強まる。医師は答えをすぐに示せなくても、一緒に考え続ける姿勢を示すべきである。
- ×b. 「現実を受け止めてください」
告知直後の患者が事実を受け入れられないのは自然な心理反応であり、それを医師の側から一方的に求めるのは患者の感情を否定することになる。受容は患者自身のペースで進むものであり、医師が迫るものではない。患者にとって非常に酷な言葉であり不適切である。
- ×c. 「もう少ししっかりしてください」
患者の弱音を「しっかりしていない」と評価・叱咤する言葉であり、医師の価値観を押し付けている。患者を焦らせ、「弱音を吐いてはいけない」と感じさせて本音を語りにくくさせるため、不適切である。
- ×d. 「ご近所の医療機関に変わってください」
訴えに向き合わず、他の医療機関へ回そうとする応答で、患者は見捨てられたと受け取る。終末期の療養先として地域の医療機関や在宅医療との連携を検討すること自体は重要だが、それは患者の意向を確認しながら共に決めていくものであり、不安を訴えた場面でいきなり転院を促すのは不適切である。
- ○e. 「そうですね。今後のことは一緒に考えましょう」
前半の「そうですね」で、どうしていいかわからないという患者の気持ちを否定せずに受け止め、共感を示している。後半の「一緒に考えましょう」で、医師が今後も伴走し見放さないこと(継続的な支援)を伝えている。この応答をきっかけに、何が一番不安なのか、どこでどう過ごしたいのかといった具体的な話し合い(不安の明確化や意思決定支援)へ進めることができる。最も適切な応答である。
Kübler-Rossの死の受容過程
死が近いことを知った患者の心理は、否認 → 怒り → 取り引き → 抑うつ → 受容 の5段階をたどるとされる。ただし全員がこの順序で進むわけではなく、段階を行き来したり、複数が同時にみられたりする。医師はどの段階にあっても患者の反応を否定せずに支えることが求められる。
悪い知らせの伝え方:SPIKES
悪い知らせを伝える際の代表的な手順である。 S(Setting):静かでプライバシーの保たれた場を整える。 P(Perception):患者が病状をどう理解しているかを確認する。 I(Invitation):どこまで知りたいかを尋ねる。 K(Knowledge):わかりやすい言葉で情報を伝える。 E(Emotions/Empathy):患者の感情に気づき、共感的に対応する。 S(Strategy/Summary):今後の方針を一緒に立て、話をまとめる。 日本ではこれを基にした SHARE(支持的な場の設定、悪い知らせの伝え方、付加的情報、安心感と情緒的サポート)も用いられる。本問の場面はEとSに相当し、感情への対応と今後の方針を共に考える姿勢が要となる。
全人的苦痛(トータルペイン)
終末期患者の苦痛は、身体的苦痛(痛み・倦怠感など)、精神的苦痛(不安・抑うつなど)、社会的苦痛(仕事・経済・家族の問題など)、スピリチュアルな苦痛(生きる意味や死への恐れなど)の4側面からとらえる。「どうしていいかわからない」という訴えの背景にもこれらが複合していることが多く、緩和ケアチームや医療ソーシャルワーカーなど多職種での支援が有用である。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)
今後の治療・療養について、患者・家族・医療者が前もって繰り返し話し合い、患者の価値観に沿った意思決定を支援するプロセスである。「今後のことは一緒に考えましょう」という応答は、ACPの入り口にもなる。
POINT
・余命告知直後の患者の不安・動揺は自然な反応であり、まず否定せず受け止める(受容・共感)。 ・傾聴し、漠然とした不安の中身を具体的に明らかにしていく(明確化)。 ・「見捨てない」「一緒に考える」という継続的な支援の姿勢を示す。 ・突き放す、叱咤する、受容を迫る、他院へ回す応答は不適切である。
