採ったらすぐホルマリン―病理標本づくりは「固定」から始まる
第113回医師国家試験 B問題 第15問
国試問題にチャレンジ
内視鏡下生検により採取された検体でH-E染色による病理組織診断を行うために,検体を直ちに浸すのはどれか。
- a.蒸留水
- b.重曹水
- c.酢酸溶液
- d.パラフィン
- e.ホルマリン溶液
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
生体から切り離された組織は自己融解と腐敗によりすぐに形態が崩れるため、H-E染色による病理組織診断を行う生検検体は、採取後ただちに10%(中性緩衝)ホルマリンに浸して固定します。標本作製は固定、脱水、透徹、パラフィン包埋、薄切、染色の順に進み、パラフィンは固定後の包埋で使う材料です。蒸留水は低張で細胞を破壊し、重曹水や酢酸溶液は固定液として用いません。固定の遅れや過固定は免疫染色や遺伝子検査の精度にも影響するため、適切な固定時間を守ることが重要です。電子顕微鏡はグルタールアルデヒド、術中迅速診断は凍結切片、Papanicolaou染色はアルコール湿固定、培養検体は固定しないといった目的別の扱いを理解しておくことは、正確な診断につながる検体提出の基本となります。
解答・解説
正解はeです
病理組織標本ができるまでの流れ(検体処理)の最初のステップである「固定」について問う問題である。 生体から切り離された組織では、細胞自身の酵素による自己融解(autolysis)と細菌による腐敗がただちに始まり、時間とともに細胞の形態が崩れていく。そこで、採取直後に固定液に浸して組織中の蛋白質を変性・架橋させ、細胞や組織の構造を生きていたときに近い状態で安定化させる。これを固定という。ヘマトキシリン・エオジン(H-E)染色による通常の病理組織診断では、固定液として10%ホルマリン(実際には中性緩衝ホルマリンが推奨される)が標準的に用いられる。ホルマリンはホルムアルデヒドの水溶液で、蛋白質のアミノ基などの間にメチレン架橋をつくって組織構造を保持する。 ホルマリン固定後の標本作製は、おおむね次の順で進む。 1. 固定:10%ホルマリンに浸す(検体量の十分な倍量の固定液を用いる)。 2. 脱水:濃度を段階的に上げたアルコールで組織中の水分を除く。 3. 透徹:キシレンなどでアルコールを置き換え、パラフィンがしみ込みやすくする。 4. 包埋:溶かしたパラフィンを浸透させて固め、パラフィンブロックをつくる。 5. 薄切:ミクロトームで数μm(3〜4μm程度)の厚さに切る。 6. 脱パラフィン後に染色:H-E染色では、ヘマトキシリンが核を青紫色に、エオジンが細胞質や膠原線維を桃〜赤色に染める。 したがって、内視鏡下生検の検体を「直ちに浸す」べきものは、標本作製の第一段階である固定に用いるホルマリン溶液である。パラフィンは後の包埋の段階で用いる材料であり、採取直後に浸すものではない。
選択肢考察
- ×a. 蒸留水
蒸留水には固定作用がなく、組織の自己融解や腐敗を止められない。さらに蒸留水は細胞内に比べて著しく低張であるため、浸透圧差により水が細胞内に流入して細胞が膨化・破裂し、組織像が損なわれる。生検検体を蒸留水に浸してはならない。
- ×b. 重曹水
重曹水(炭酸水素ナトリウム水溶液)は弱アルカリ性の液体で、蛋白質を固定する作用はなく、病理組織検体の固定液としては用いられない。重曹は医療では制酸薬や代謝性アシドーシスの補正などに用いられるが、検体処理とは関係しない。
- ×c. 酢酸溶液
酢酸溶液は、検体をそのまま浸してH-E染色用の組織標本をつくるための固定液としては用いられない。酢酸は一部の混合固定液の成分として含まれることはあるが、単独では組織を膨化させるなど形態保持に適さない。臨床では、内視鏡検査で食道や胃の粘膜にまいて病変の境界を際立たせる色素内視鏡(酢酸撒布)や、コルポスコピー(腟拡大鏡診)での子宮頸部病変の観察などに使われる。
- ×d. パラフィン
パラフィンは常温で固体のろう状物質で、固定・脱水・透徹を終えた組織に融解した状態で浸透させ、固めて包埋するために用いる。これにより組織に均一な硬さが与えられ、ミクロトームで数μmの薄切が可能になる。標本作製の工程で必要な材料ではあるが、使用するのは固定後の段階であり、未固定の検体を採取直後に浸すものではない。
- ○e. ホルマリン溶液
H-E染色による病理組織診断を行う生検・手術検体は、採取後ただちに10%ホルマリン(中性緩衝ホルマリンが推奨)に浸して固定する。ホルマリンは組織への浸透がよく、蛋白質を架橋して自己融解と腐敗を止め、細胞・組織の形態を保持する。固定までの時間が遅れると(いわゆる阻血時間が長いと)組織の変性が進み、組織像だけでなく免疫組織化学染色や遺伝子検査の結果にも影響する。固定が不足しても過剰でも抗原性や核酸の質が損なわれるため、適切な固定時間(たとえば乳癌のHER2検査では6〜72時間が推奨)を守ることも重要である。
検査目的別の固定法の整理
・病理組織診断(H-E染色、免疫組織化学染色):10%(中性緩衝)ホルマリン固定 → パラフィン包埋。 ・電子顕微鏡検査:グルタールアルデヒド固定(必要に応じてオスミウム酸で後固定)。微細構造の保持に優れる。腎生検などで用いられる。 ・術中迅速診断:固定せずに凍結し、凍結切片を作製して短時間で診断する。脂肪染色(Sudan III、Oil red Oなど)を行う場合も、アルコールで脂肪が溶け出さないよう凍結切片を用いる。 ・細胞診(Papanicolaou染色):塗抹直後に95%エタノールなどに浸す湿固定。乾燥させると細胞が変性するため、塗抹後すぐに固定する。固定は通常10〜15分程度で完了する。 ・Giemsa染色(細胞診の一部、骨髄・末梢血塗抹標本):冷風などで速やかに乾燥させる乾燥固定のあとにメタノールで固定して染色する。 ・微生物の培養検査に提出する組織:固定せず、生理食塩水などで乾燥を防いで提出する(ホルマリンに入れると菌が死滅する)。
細胞診の対象となる検体
固形の組織として採取できない検体が対象である。子宮頸部などの擦過検体、胸水・腹水・尿などの液状検体、喀痰、乳腺腫瘤や甲状腺結節の穿刺吸引検体などがこれにあたる。
H-E染色の色調
ヘマトキシリン(塩基性色素として振る舞う)は核のクロマチンなど酸性構造を青紫色に、エオジン(酸性色素)は細胞質や膠原線維、赤血球などの塩基性構造を桃〜赤色に染める。
POINT
・病理組織診断用の検体は、採取後ただちに10%(中性緩衝)ホルマリンに浸して固定する。 ・標本作製の流れ:固定 → 脱水 → 透徹 → パラフィン包埋 → 薄切 → 染色。 ・パラフィンは固定後の包埋で使うもので、最初に浸すものではない。 ・電子顕微鏡はグルタールアルデヒド固定、術中迅速診断は凍結切片、Papanicolaou染色はアルコール湿固定、Giemsa染色は乾燥固定。 ・微生物培養用の検体はホルマリンに入れない。
