耳の水疱と顔のゆがみ―内耳道の「隣人」が教えるRamsay Hunt症候群の随伴症状
第113回医師国家試験 A問題 第38問
国試問題にチャレンジ
62歳の男性。右顔面全体の動きにくさを主訴に来院した。3日前から右耳に痛みがあった。今朝,洗顔時に眼に水が入り,食事中に口から食べ物がこぼれることに気付いたため受診した。右耳介および外耳道内に小水疱を認める。口腔,咽頭には明らかな異常を認めない。発熱はなく,血液所見に異常を認めない。 随伴する可能性が高いのはどれか。
- a.嗄声
- b.嗅覚脱失
- c.視力低下
- d.伝音難聴
- e.平衡障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生まとめ
耳痛と耳介・外耳道の小水疱(耳性帯状疱疹)に、額を含む顔面全体の末梢性顔面神経麻痺が加わればRamsay Hunt症候群を考えます。膝神経節に潜伏していた水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化が原因で、内耳道で並走する内耳神経へ炎症が波及するため、めまい・平衡障害、耳鳴、感音難聴といった第Ⅷ脳神経症状が3徴の一つとして随伴しやすくなります。難聴は伝音性ではなく感音性であり、嗄声はまれ、嗅覚脱失や視力低下は通常直接には伴いませんが、閉眼不全による角膜障害には注意が必要です。治療はステロイドと高用量の抗ウイルス薬の併用で、Bell麻痺より後遺症が残りやすいため早期診断が重要です。「障害された神経の隣に何があるか」という解剖学的な視点は、随伴症状を予測する力を養ううえで役立ちます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・右顔面「全体」の動きにくさがある。洗顔時に眼に水が入る(閉眼が不十分=眼輪筋の麻痺)、食事中に口から食べ物がこぼれる(口輪筋の麻痺)という症状は、顔面神経(第Ⅶ脳神経)の麻痺を示す。額のしわ寄せを含む顔面の上下すべてが障害される「顔面全体」の麻痺は、顔面神経核またはそれより末梢での障害(末梢性顔面神経麻痺)を示唆する。中枢性(核上性)の麻痺では、前額部は両側の大脳皮質から支配を受けるため比較的保たれる。 ・麻痺に3日先行して右耳の痛みがあり、右の耳介と外耳道に小水疱を認める。これは耳介周囲に生じた帯状疱疹(耳性帯状疱疹)の所見である。 ・口腔・咽頭に異常はなく、発熱や血液検査の異常もない。
診断
耳性帯状疱疹と末梢性顔面神経麻痺がそろっており、Ramsay Hunt症候群(ハント症候群)と診断できる。水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)が、水痘に初感染した後に顔面神経の膝神経節に潜伏感染し、加齢や免疫低下を契機に再活性化して生じる。
設問の考え方
Ramsay Hunt症候群の古典的な3徴は、①耳介・外耳道の帯状疱疹、②末梢性顔面神経麻痺、③第Ⅷ脳神経(内耳神経)症状(耳鳴・感音難聴・めまい)である。顔面神経と内耳神経(蝸牛神経・前庭神経)は内耳道の中を並走しており、膝神経節で再活性化したウイルスによる炎症が隣の内耳神経や内耳へ波及しやすい。したがって、前庭神経の障害によるめまい・平衡障害、蝸牛神経・内耳の障害による感音難聴が随伴しやすい。
選択肢考察
- ×a. 嗄声
嗄声(声のかすれ)は、迷走神経(第Ⅹ脳神経)やその枝である反回神経の麻痺、声帯の病変などで生じる。Ramsay Hunt症候群でも、まれに舌咽神経・迷走神経まで障害が及ぶ多発脳神経炎の形をとることはあるが、頻度は極めて低い。本例では口腔・咽頭にも異常がなく、随伴する可能性が高い症状とはいえない。
- ×b. 嗅覚脱失
嗅覚脱失は、嗅神経(第Ⅰ脳神経)の障害、鼻腔の病変(慢性副鼻腔炎、鼻ポリープ)、ウイルス感染後、頭部外傷、神経変性疾患などで生じる。嗅神経は前頭蓋底に位置し、顔面神経・内耳神経とは解剖学的に離れているため、Ramsay Hunt症候群では生じない。
- ×c. 視力低下
視力低下は、視神経(第Ⅱ脳神経)や眼球そのものの障害で生じる。Ramsay Hunt症候群で視神経が障害されることは通常ない。なお、顔面神経麻痺で閉眼が不十分になると角膜が乾燥して兎眼性角膜炎を起こし、二次的に視力が低下することはあるため眼の保護は必要だが、疾患に直接随伴する症状として可能性が高いものではない。また、三叉神経第1枝領域の帯状疱疹(眼部帯状疱疹)では角膜炎・ぶどう膜炎による視力低下を起こすが、本例の病変は耳介・外耳道である。
- ×d. 伝音難聴
Ramsay Hunt症候群では難聴をしばしば合併するが、それは内耳(蝸牛)や蝸牛神経へ炎症が波及することによる感音難聴である。伝音難聴は外耳道・鼓膜・耳小骨など音を内耳へ伝える経路の障害(中耳炎、耳硬化症、耳垢栓塞など)で生じるもので、本症の難聴の性質とは異なる。
- ○e. 平衡障害
顔面神経と内耳神経は内耳道内で並走しており、膝神経節で再活性化したVZVによる炎症は内耳神経や内耳に波及しやすい。前庭神経・前庭器が障害されると、回転性めまい、眼振、ふらつきなどの平衡障害が出現する。めまい・耳鳴・感音難聴といった第Ⅷ脳神経症状は、Ramsay Hunt症候群の3徴の一つであり、随伴する可能性が高い。
Ramsay Hunt症候群の概要
・原因:顔面神経の膝神経節に潜伏感染していたVZVの再活性化。高齢者や免疫低下状態で起こりやすい。 ・3徴:耳介・外耳道の帯状疱疹(耳痛・小水疱)、末梢性顔面神経麻痺、第Ⅷ脳神経症状(耳鳴・感音難聴・めまい)。3徴がそろわない例(顔面神経麻痺が先行し水疱が遅れて出る例、水疱が出ない無疱疹性帯状疱疹〈zoster sine herpete〉)もあり、Bell麻痺と区別しにくいことがある。水疱は耳介以外に、口蓋や舌など口腔内にみられることもある。 ・顔面神経の枝の障害として、味覚障害(鼓索神経)、聴覚過敏(アブミ骨筋神経)、涙液分泌低下(大錐体神経)を伴うこともある。 ・診断の補助:VZVの血清抗体価の上昇、水疱内容物のウイルス検出など。
Bell麻痺との比較
・Bell麻痺は原因不明の末梢性顔面神経麻痺の総称で、多くは単純ヘルペスウイルス(HSV-1)の再活性化が関与すると考えられている。顔面神経麻痺の中で最も多い。 ・Ramsay Hunt症候群はBell麻痺に次いで多い末梢性顔面神経麻痺の原因である。神経の障害が強く、完全回復率はBell麻痺より低く、病的共同運動(例:口を動かすと目が閉じる)や顔面拘縮などの後遺症が残りやすい。
治療
・急性期には、副腎皮質ステロイドと抗ウイルス薬(バラシクロビル、アシクロビル、ファムシクロビル、アメナメビルなど)を併用する。Bell麻痺よりも高用量の抗ウイルス薬を用いる。 ・重症例では、ステロイド大量療法や顔面神経減荷術が検討されることがある。 ・閉眼不全には点眼薬や眼帯などで角膜を保護する。 ・顔面神経麻痺の重症度評価には柳原法(40点法)などが用いられ、予後判定には神経興奮性検査(NET)や誘発筋電図(ENoG)を用いる。
中枢性と末梢性顔面神経麻痺の区別
前額部(額のしわ寄せ)は左右両側の大脳皮質から支配を受けるため、片側の核上性(中枢性)障害では保たれる。一方、顔面神経核から末梢の障害では、前額部を含む片側顔面全体が麻痺する。
POINT
・耳介・外耳道の小水疱(耳性帯状疱疹)+末梢性顔面神経麻痺 → Ramsay Hunt症候群(VZVの再活性化)。 ・3徴は「耳の帯状疱疹・顔面神経麻痺・第Ⅷ脳神経症状(耳鳴・感音難聴・めまい)」。 ・難聴は伝音性ではなく感音性である。 ・Bell麻痺より重症で予後が悪い。治療はステロイド+抗ウイルス薬。 ・前額部まで麻痺していれば末梢性、前額部が保たれれば中枢性。
