額は動く?音が響く?―顔面神経の走行で解くBell麻痺の症状
第119回医師国家試験 C問題 第23問
国試問題にチャレンジ
Bell麻痺の症状で誤っているのはどれか。
- a.口角の下垂
- b.前頭筋の麻痺
- c.聴覚過敏
- d.複視
- e.味覚障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
Bell麻痺は原因不明の急性片側性末梢性顔面神経麻痺で、単純ヘルペスウイルス1型の再活性化の関与が考えられています。表情筋麻痺による口角下垂や閉眼不全に加え、末梢性であるため前頭筋も麻痺して額のしわ寄せができず、これが中枢性麻痺との鑑別点になります。顔面神経は大錐体神経(涙分泌)、アブミ骨筋神経(聴覚過敏)、鼓索神経(舌前2/3の味覚)を分枝するため、障害部位に応じてこれらの症状が加わりますが、外眼筋は支配しないため複視は生じません。顔面神経麻痺に複視など他の脳神経症状を伴えば脳幹病変やFisher症候群などを、耳介の水疱やめまい・難聴があればRamsay Hunt症候群を考えます。神経の走行と症状を対応させる理解は、障害部位診断や早期ステロイド治療の判断にもつながる臨床の基本です。
解答・解説
正解はdです
問われていること
Bell麻痺でみられる症状として「誤っている」もの、つまり Bell麻痺では起こらない症状を選ぶ問題である。
Bell麻痺とは
Bell麻痺は、明らかな原因が見当たらない急性の一側性末梢性顔面神経麻痺として定義されてきた疾患で、末梢性顔面神経麻痺の原因として最も多い(6割前後を占める)。多くは膝神経節に潜伏していた単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の再活性化が関与すると考えられている。顔面神経が側頭骨内の狭い骨管(顔面神経管)の中で炎症・浮腫を起こし、圧迫されて障害される。
顔面神経の走行と症状の対応
顔面神経は表情筋を動かす運動線維のほか、次のような枝・線維を含み、側頭骨内で中枢側から順に分枝する。 ・大錐体神経(膝神経節から分岐):涙腺の分泌を担う→障害で涙分泌低下 ・アブミ骨筋神経:アブミ骨筋を支配する→障害で聴覚過敏 ・鼓索神経:舌の前2/3の味覚と、顎下腺・舌下腺の唾液分泌を担う→障害で味覚障害・唾液分泌低下 ・茎乳突孔を出た後の枝:前頭筋、眼輪筋、口輪筋など顔面の表情筋を支配する 障害部位が中枢寄りであるほど、これらの付随症状が多く加わる(障害部位診断)。
正解への道筋
口角下垂、前頭筋麻痺、聴覚過敏、味覚障害はいずれも顔面神経の障害で説明できる。一方、複視は眼球を動かす外眼筋やそれを支配する動眼神経・滑車神経・外転神経の障害で生じるもので、顔面神経はこれらに関与しない。したがって誤っているのは d である。
選択肢考察
- ×a. 口角の下垂
Bell麻痺でみられる。顔面神経が支配する口輪筋や大頬骨筋などの表情筋が麻痺するため、患側の口角が下がり、笑うと健側に引かれて口がゆがむ。口をすぼめられず、うがいや飲水の際に患側の口角から水がこぼれる、鼻唇溝が浅くなる、といった症状を伴う。
- ×b. 前頭筋の麻痺
Bell麻痺でみられる。Bell麻痺は末梢性(核下性)顔面神経麻痺であり、前頭筋を含む患側の顔面上部・下部の表情筋がすべて麻痺するため、患側の額にしわを寄せられない。顔面上部の表情筋を動かす神経核は両側の大脳皮質から支配を受けるので、脳梗塞などの中枢性(核上性)顔面神経麻痺では前額のしわ寄せが保たれることが多い。この「額のしわ寄せができるかどうか」が中枢性と末梢性を見分ける重要な所見である。眼輪筋の麻痺による閉眼困難(兎眼)もみられ、閉眼しようとすると眼球が上転して白目が見える(Bell現象)。
- ×c. 聴覚過敏
Bell麻痺でみられる。アブミ骨筋は顔面神経の枝であるアブミ骨筋神経に支配され、大きな音が入ると反射的に収縮してアブミ骨の動きを抑え、内耳へ伝わる音を弱める(アブミ骨筋反射)。顔面神経がアブミ骨筋神経の分岐部より中枢側で障害されると、この反射が低下・消失し、患側で音が響いたり大きく聞こえたりする聴覚過敏が生じる。アブミ骨筋反射の検査は障害部位の推定に用いられる。
- ○d. 複視
Bell麻痺では起こらないため、誤っている。複視は左右の眼球の向きがずれる(眼位の異常)ことで物が二重に見える症状であり、外眼筋を支配する動眼神経(Ⅲ)・滑車神経(Ⅳ)・外転神経(Ⅵ)の麻痺や、外眼筋自体の障害(重症筋無力症、甲状腺眼症など)、眼窩の病変で生じる。顔面神経は外眼筋を支配しないため、Bell麻痺の症状として複視は現れない。なお、Bell麻痺では閉眼不全による角膜の乾燥で視界がかすむことはあるが、これは複視とは異なる。顔面神経麻痺に複視や他の脳神経症状を伴う場合は、脳幹病変や Guillain-Barré症候群(Fisher症候群)など、Bell麻痺以外の疾患を考える必要がある。
- ×e. 味覚障害
Bell麻痺でみられる。舌の前2/3の味覚は、舌神経に合流して走る鼓索神経を経て顔面神経に入る。顔面神経が鼓索神経の分岐部より中枢側で障害されると、患側の舌前2/3の味覚が低下する。鼓索神経は顎下腺・舌下腺の唾液分泌も担うため、唾液分泌低下を伴うこともある。電気味覚検査は障害部位診断に用いられる。
末梢性顔面神経麻痺の主な原因
・Bell麻痺:最多。HSV-1 の再活性化の関与が考えられている。 ・Ramsay Hunt症候群:水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化による。顔面神経麻痺に加え、耳介・外耳道の帯状疱疹(水疱)、めまい・難聴などの第Ⅷ脳神経症状を伴う。Bell麻痺より予後が悪い。 ・その他:外傷(側頭骨骨折)、中耳炎・真珠腫、耳下腺腫瘍、聴神経腫瘍などの腫瘍、サルコイドーシス、Guillain-Barré症候群など。
中枢性と末梢性の顔面神経麻痺の違い
・末梢性:患側の顔面全体(額を含む)の表情筋が麻痺する。涙分泌低下、聴覚過敏、味覚障害を伴いうる。 ・中枢性(核上性):顔面下部の麻痺が主で、額のしわ寄せは保たれる。上下肢の片麻痺などを伴うことが多い。
障害部位診断(中枢側の障害ほど症状が加わる)
・膝神経節より中枢:表情筋麻痺+涙分泌低下+聴覚過敏+味覚障害 ・アブミ骨筋神経分岐部より中枢:表情筋麻痺+聴覚過敏+味覚障害(涙分泌は保たれる) ・鼓索神経分岐部より中枢:表情筋麻痺+味覚障害 ・茎乳突孔より末梢:表情筋麻痺のみ 検査としては Schirmer試験(涙分泌)、アブミ骨筋反射、電気味覚検査などが用いられる。
Bell麻痺の評価と治療
麻痺の程度は柳原法(40点法)や House-Brackmann法で評価し、予後判定には電気生理学的検査(ENoG:誘発筋電図)が用いられる。治療は発症早期の副腎皮質ステロイド投与が基本で、重症例では抗ウイルス薬を併用することがある。閉眼できない場合は点眼薬や眼軟膏、眼帯などで角膜を保護する。大部分は自然経過または治療により回復するが、高度の神経変性があると後遺症(病的共同運動、顔面拘縮、ワニの涙など)が残ることがある。
POINT
・Bell麻痺は末梢性顔面神経麻痺で、患側の額のしわ寄せもできない(中枢性との鑑別点)。 ・顔面神経の障害で、表情筋麻痺(口角下垂・閉眼不全)、涙分泌低下(大錐体神経)、聴覚過敏(アブミ骨筋神経)、味覚障害(鼓索神経:舌前2/3)が生じる。 ・複視は動眼・滑車・外転神経や外眼筋の障害で生じ、顔面神経麻痺では起こらない。 ・治療の基本は早期のステロイド投与。
