中耳の中を横切る味の神経―手術後に舌の片側前方だけ味がしない理由
第108回医師国家試験 D問題 第10問
国試問題にチャレンジ
味覚検査で異常を示した領域(①~⑤)を別に示す。 左中耳手術後に味覚障害を生じた患者でみられるのはどれか。

- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
舌の味覚は前2/3を顔面神経の枝である鼓索神経が、後1/3を舌咽神経が伝えます。鼓索神経は鼓室内でツチ骨とキヌタ骨の間を露出して走行するため、鼓室形成術などの中耳手術で損傷されやすく、手術した側の舌前2/3に限局した味覚障害を生じます。口腔内を正面から見た図では図の右側が患者の左側にあたるため、左中耳手術後には図の右側前方のみに異常が現れます。顔面神経の各枝の機能(涙腺分泌、アブミ骨筋、味覚・唾液分泌、表情筋)を走行順に理解しておくと、顔面神経麻痺の部位診断にも応用できます。神経の走行と支配領域を結びつけて考える力は、手術合併症の説明や神経障害の局在診断に直結します。
解答・解説
正解はdです
本問は、舌の味覚を伝える神経の支配領域と、中耳手術で損傷されやすい神経の関係を問う問題である。
舌の味覚の神経支配
・舌の前2/3:顔面神経の枝である鼓索神経が味覚を伝える(一般感覚は三叉神経第3枝の舌神経)。 ・舌の後1/3:舌咽神経が味覚と一般感覚の両方を伝える。 ・喉頭蓋周辺:迷走神経(上喉頭神経)。
鼓索神経と中耳の関係
鼓索神経は、顔面神経が側頭骨内の顔面神経管(乳突部)を下行する途中で分かれ、鼓室(中耳腔)に入って鼓膜の内側、ツチ骨柄とキヌタ骨長脚の間を前方へ横切り、錐体鼓室裂から頭蓋外へ出て舌神経に合流する。鼓室の中を露出した状態で走るため、鼓膜の挙上や耳小骨の操作を伴う中耳手術(鼓室形成術・アブミ骨手術など)で引き伸ばされたり切断されたりしやすい。その結果、手術した側の舌前2/3の味覚障害が生じる。これは中耳手術の代表的な合併症であり、多くは術後の説明事項にも含まれる。
図の読み方
図は患者と向かい合って口の中を見た図であるため、図の右側が患者の左側にあたる。点線は舌の前2/3と後1/3の境界(分界溝付近)を示している。本問の患者は左中耳手術後なので、患者の左側(図の右側)の舌前2/3だけに異常が現れている図を選べばよい。これに当てはまるのは④である。
選択肢考察
- ×a. ①
①は左右両側の舌の後1/3に異常がある図である。舌後1/3の味覚は舌咽神経が伝えるため、両側の舌咽神経障害でみられる分布であり、片側の中耳手術で生じるものではない。
- ×b. ②
②は図の右側、すなわち患者の左側の舌の後1/3に異常がある図である。これは左舌咽神経の障害でみられる分布である。舌咽神経は中耳を通らないため(その枝である鼓室神経は鼓室に分布するが、舌の味覚は伝えない)、中耳手術後の味覚障害の分布とは合わない。
- ×c. ③
③は患者の左側の舌の前2/3と後1/3の両方、つまり左半側全体に異常がある図である。左の鼓索神経と左の舌咽神経が同時に障害された場合の分布であり、中耳手術で障害されるのは鼓索神経のみであるから合致しない。
- ○d. ④
④は図の右側、すなわち患者の左側の舌の前2/3に限局して異常がある図である。舌前2/3の味覚を伝える鼓索神経は鼓室内を走行するため、左中耳手術で損傷されると左舌前2/3の味覚障害をきたす。本問の患者の病態に一致する。
- ×e. ⑤
⑤は左右両側の舌の前2/3に異常がある図で、両側の鼓索神経(あるいは顔面神経)の障害でみられる分布である。片側(左)の中耳手術では、手術した側のみに障害が起こるため合致しない。
顔面神経の枝と障害部位診断
顔面神経は内耳道から側頭骨内に入り、膝神経節を経て鼓室の内側壁(水平部)、さらに乳突部を下行して茎乳突孔から頭蓋外へ出る。途中で次の枝を出す。 ・大錐体神経(膝神経節から):涙腺分泌 ・アブミ骨筋神経:アブミ骨筋を支配し、強い音に対して耳小骨の動きを抑える(アブミ骨筋反射) ・鼓索神経:舌前2/3の味覚、顎下腺・舌下腺の唾液分泌 ・茎乳突孔を出た後:表情筋を支配 このため、顔面神経麻痺では涙液分泌検査(Schirmer試験)、アブミ骨筋反射、味覚検査、唾液分泌検査を組み合わせることで、障害部位を推定できる(部位診断)。例えば、鼓索神経より末梢の障害では味覚は保たれ、鼓索神経分岐部より中枢の障害では同側舌前2/3の味覚障害を伴う。
味覚検査
・電気味覚検査:舌の各部位を微弱な直流電流で刺激し、金属味を感じる閾値を左右・部位別に測定する。神経ごとの支配領域を調べるのに適しており、鼓索神経・舌咽神経・大錐体神経(軟口蓋)領域を評価する。 ・濾紙ディスク法:甘味・塩味・酸味・苦味の溶液をしみ込ませた濾紙を舌の各部位に置き、味質ごとの認知閾値を調べる。
鼓索神経障害の特徴
中耳手術後の鼓索神経障害では、舌のしびれ感や金属味、味がわかりにくいなどの訴えが出る。片側のみの障害であれば、反対側や舌後部で代償されるため、時間とともに自覚症状が軽くなることが多い。慢性中耳炎や真珠腫性中耳炎の進展でも鼓索神経が障害されることがある。
味覚障害のその他の原因
亜鉛欠乏(高齢者、薬剤性など)、薬剤、COVID-19などのウイルス感染、心因性、糖尿病などの全身疾患がある。中枢性の味覚伝導路は孤束核を経て視床、大脳皮質味覚野へ至る。
POINT
・舌の味覚:前2/3は顔面神経(鼓索神経)、後1/3は舌咽神経が伝える。 ・鼓索神経は鼓室内をツチ骨とキヌタ骨の間を通って走行するため、中耳手術で損傷されやすい。 ・中耳手術後の味覚障害は、手術した側の舌前2/3に限局する。 ・口腔内を正面から見た図では、図の右側が患者の左側である。 ・顔面神経麻痺の部位診断には、涙液分泌、アブミ骨筋反射、味覚、唾液分泌の各検査を用いる。
