指腹・手掌・手背―「何を感じたいか」で使い分ける診察の手
第112回医師国家試験 E問題 第5問
国試問題にチャレンジ
身体診察と用いる手指の部位との組合せで適切なのはどれか。
- a.脾腫の触診 ―― 手背
- b.腹部の打診 ―― 母指の先端
- c.上顎洞の圧痛 ―― 手掌近位部
- d.声音振盪の触診 ―― 示指の先端
- e.鎖骨上リンパ節の触診 ―― 示指から環指までの指腹
対話形式の解説
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ドクターまとめ
身体診察では、感じ取りたい情報に合わせて手の部位を使い分けます。触覚の識別に優れる指腹はリンパ節・腫瘤・臓器の触診に、振動の感知に優れる手掌尺側縁やMP関節付近の手掌は声音振盪やスリルに、皮膚の薄い手背は皮膚温の評価に、母指の先端は副鼻腔の圧痛に用い、打診は中指による指々打診法で行います。鎖骨上リンパ節は頸部を軽く前屈させ、示指から環指の指腹で円を描くように触診し、左鎖骨上窩の腫大は胃癌などのVirchow転移を示唆する重要な所見です。声音振盪は浸潤影で増強し胸水や気胸で減弱すること、脾腫はTraube三角の濁音や右側臥位での触診も役立つことをあわせて押さえましょう。手の使い分けの理屈を理解することは、OSCEだけでなく臨床で所見を見逃さない診察の基盤になります。
解答・解説
正解はeです
触診や打診では、何を感じ取りたいかによって手のどの部分を使うかが決まっている。手の部位ごとに得意な感覚が異なるためである。 ・指腹(指先の腹側):触覚の受容器が密に分布し、最も細かな識別に優れる。腫瘤・リンパ節の大きさ、硬さ、表面の性状、可動性、圧痛などを調べるのに用いる。 ・手掌の尺側縁や中手指節関節(MP関節)付近の手掌:振動の感知に優れ、声音振盪や心雑音に伴う振戦(スリル)の触知に用いる。 ・手背:皮膚が薄く温度の感知に適しており、皮膚温の左右差や局所の熱感をみるのに用いる。 ・母指の先端:狭い範囲に集中して圧をかけるのに適し、副鼻腔の圧痛などを確認する。 ・打診:一方の手の中指を体表に密着させ(打診板)、もう一方の中指の先端(打診槌)で叩く指々打診法が基本である。 本問では、各診察の目的とそれに適した手の部位を対応させて考える。鎖骨上リンパ節の触診は、小さな結節の大きさ・硬さ・可動性を識別する必要があるため、示指から環指までの3本の指腹を用いるのが適切である。
選択肢考察
- ×a. 脾腫の触診 ―― 手背
不適切。脾臓の触診は手掌側の指先(示指から環指までの指先・指腹)で行う。患者を仰臥位にして診察者は右側に立ち、左手を患者の左背部の下部肋骨に当てて前方へ持ち上げ、右手の指先を左肋骨弓の下に置き、患者に深吸気をさせて下降してくる脾臓の下端を触知する。高度の脾腫では下端が臍より下まで及ぶことがあるため、右下腹部から肋骨弓に向かって触診を進める。手背は温度の感知に用いる部位であり、臓器の触診には適さない。
- ×b. 腹部の打診 ―― 母指の先端
不適切。腹部の打診は指々打診法で行う。利き手でない側の中指(主に中節から末節)を腹壁にぴったりと密着させ、その上を利き手の中指先端で、手首のスナップを利かせて垂直に素早く叩く。これにより鼓音(ガスを含む腸管)と濁音(実質臓器、腹水、腫瘤など)を判別する。母指の先端は用いない。
- ×c. 上顎洞の圧痛 ―― 手掌近位部
不適切。上顎洞は頬骨の下方、鼻の外側にある狭い領域であり、手掌近位部のような広い面では圧が分散して局所の圧痛を正確に評価できない。両手の母指の先端を左右の上顎洞の表面(頬部)に当て、左右同時に圧迫して圧痛の有無と左右差をみる。前頭洞も同様に眉の内側下方を母指で圧迫して評価する。
- ×d. 声音振盪の触診 ―― 示指の先端
不適切。声音振盪(音声振盪)は、患者が発声したときに声帯の振動が気道・肺を通って胸壁に伝わるのを手で感じ取る診察法である。振動の感知に優れる手掌の尺側縁(または握りこぶしの尺側)やMP関節付近の手掌を胸壁・背部に当て、患者に「ひと~つ」など低い声で発声させて、左右を比較しながら評価する。肺炎などの浸潤影(含気低下・充実化)では増強し、胸水・気胸・無気肺(気道閉塞を伴う場合)では減弱する。示指の先端のような小さな面積では振動を十分に感知できない。
- ○e. 鎖骨上リンパ節の触診 ―― 示指から環指までの指腹
適切。リンパ節の触診では、大きさ、硬さ、表面の性状、圧痛、周囲との癒着(可動性)を評価する必要があり、触覚の識別に優れる示指から環指までの指腹を用いて、皮膚の上から円を描くように動かして触知する。鎖骨上窩は、患者の頸部を軽く前屈させて胸鎖乳突筋を弛緩させると触れやすくなる。左鎖骨上窩のリンパ節腫大はVirchow(ウィルヒョウ)転移として胃癌など腹部悪性腫瘍の転移を示唆する重要な所見である。
手の部位と主な診察対象
・指腹(示指〜環指):リンパ節、甲状腺、乳房、腫瘤、肝・脾・腎の触診、脈拍(橈骨動脈、足背動脈など) ・手掌尺側縁・MP関節付近の手掌:声音振盪、振戦(スリル)、心尖拍動・胸壁拍動の触知 ・手背:皮膚温(関節炎の熱感、末梢循環の左右差など) ・母指先端:副鼻腔(前頭洞・上顎洞)の圧痛 ・中指(打診):指々打診法。打診板となる指は体表に密着させ、打診槌となる中指先端で垂直に叩く
声音振盪の変化
・増強:大葉性肺炎などの浸潤影(含気低下・充実化で音の伝導がよくなる) ・減弱・消失:胸水、気胸、胸膜肥厚、気道閉塞を伴う無気肺、肺気腫
鎖骨上リンパ節腫大の意義
・左鎖骨上窩:Virchow転移(胃癌、膵癌など腹部臓器癌が胸管経由で転移) ・右鎖骨上窩:肺癌、食道癌、縦隔腫瘍などの転移 鎖骨上リンパ節腫大は悪性疾患の可能性が高く、精査が必要な所見とされる。
脾臓の診察
正常の脾臓は通常触知しない。触診のほか、打診ではTraube(トラウベ)三角(左第6肋骨・左肋骨弓・左前腋窩線に囲まれた領域)の鼓音が消失して濁音になることが脾腫を示唆する。触診で触れにくい場合は、患者を右側臥位にすると脾臓が前下方に移動し触知しやすくなる。
POINT
・細かな識別(リンパ節、腫瘤、臓器)は指腹、振動(声音振盪、スリル)は手掌尺側、温度は手背、副鼻腔の圧痛は母指先端。 ・打診は指々打診法(中指を密着させ、反対側の中指先端で叩く)。 ・鎖骨上リンパ節は頸部を軽く前屈させ、示指〜環指の指腹で触診する。左鎖骨上窩はVirchow転移。
