StudyMed医師国家試験

「否認」から「受容」へ―『死ぬ瞬間』が変えた終末期医療のまなざし

第112回医師国家試験 E問題 第7問

国試問題にチャレンジ

第112回 E問題 第7問

死にゆく人の心の動きを,否認,怒り,取引き,抑うつ,受容の5段階で表し,終末期ケアの在り方に影響を与えた“On death and dying”(死ぬ瞬間)の著者はどれか。

  1. a.William Osler〈ウィリアム・オスラー〉
  2. b.Helen Adams Keller〈ヘレン・アダムス・ケラー〉
  3. c.Albert Schweitzer〈アルベルト・シュバイツァー〉
  4. d.Florence Nightingale〈フロレンス・ナイチンゲール〉
  5. e.Elisabeth Kübler-Ross〈エリザベス・キュブラー=ロス〉

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医療史と終末期医療を結びつける知識問題だ。死にゆく人の心の動きを5段階で示した有名な著作の著者を問うている。人物名を暗記するだけでなく、その人が医療に何をもたらしたかとセットで覚えるのがコツだよ。
医学生医学生
5段階というと、否認・怒り・取引き・抑うつ・受容ですよね。医療倫理の講義で聞いた気がしますが、誰が提唱したかまではうろ覚えです。
ドクタードクター
内容を覚えているなら半分はクリアだ。この5段階を示したのは、スイス生まれで米国で活動した精神科医、エリザベス・キュブラー=ロスだ。1969年の『死ぬ瞬間』は、約200人の末期患者への面接をもとに書かれている。
医学生医学生
精神科医だったんですね。てっきり看護師さんかと思っていました。ナイチンゲールと迷いそうです。
ドクタードクター
看護の歴史と混同しやすいところだね。ナイチンゲールは近代看護の創始者で、クリミア戦争の野戦病院で換気や清潔といった衛生環境を整え、傷病兵の死亡率を大きく下げた人だ。統計を使って死亡原因を図示した鶏頭図でも知られている。終末期患者の心理研究とは別の領域だよ。
医学生医学生
オスラーは、Osler結節の名前で覚えています。循環器内科の講義で感染性心内膜炎のところに出てきました。
ドクタードクター
そう、内科医オスラーだ。彼の最大の功績は医学教育にあって、患者のベッドサイドで学ぶ臨床実習や、卒後のレジデント制度の確立に貢献した。今みんなが病棟で実習しているスタイルの源流ともいえる人だね。
医学生医学生
シュバイツァーはアフリカで医療をした人、というイメージです。
ドクタードクター
その通り。神学者・哲学者でありオルガン奏者でもあったが、30歳を過ぎてから医学を学び、ガボンのランバレネに病院を開いた。「生命への畏敬」という倫理思想を唱え、ノーベル平和賞も受けている。ヘレン・ケラーは医師ではなく、幼少期に視覚と聴覚を失いながら教育を受け、障害者の福祉向上に尽くした著述家・社会活動家だ。
医学生医学生
人物と業績をセットにすると、正解はキュブラー=ロスしかないとはっきりしますね。
ドクタードクター
そういうこと。ここからが臨床で大切な話だ。5段階はきれいな順番で進むとは限らない。行きつ戻りつしたり、怒りと抑うつが同時に出たり、ある段階にとどまる人もいる。そして全過程を通して「希望」が続くことも指摘されているんだ。
医学生医学生
なるほど。臨床実習で、告知を受けた患者さんが看護師さんに強く当たっている場面を見たことがあります。あれも怒りの段階だったのかもしれません。
ドクタードクター
そう理解できると、医療者が個人攻撃と受け取らずに済むよね。「なぜ自分が」という怒りは周囲に向かいやすい。大切なのは、段階を当てはめて決めつけることではなく、患者が今どんな心理状態にいるかを想像し、傾聴しながら寄り添うことだ。
医学生医学生
OSCEの医療面接でも共感的な応答を練習しました。こういう背景を知っていると、言葉の重みが変わりますね。
ドクタードクター
いい気づきだね。関連人物としては、英国で近代ホスピスの先駆けとなる聖クリストファー・ホスピスを1967年に設立したシシリー・ソンダースも押さえておこう。身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛をまとめた「全人的苦痛(トータルペイン)」の概念を提唱した人だ。キュブラー=ロスと並んで、緩和ケアの歴史に欠かせない存在だよ。
医学生医学生
キュブラー=ロスが死にゆく人の心理、ソンダースがホスピスとトータルペイン、と整理しておきます。

まとめ

“On death and dying”(『死ぬ瞬間』)は、精神科医エリザベス・キュブラー=ロスが1969年に著した作品で、死にゆく人の心理を否認・怒り・取引き・抑うつ・受容の5段階として示しました。ただし実際には段階が順番どおりに進むとは限らず、行きつ戻りつしたり重なったりし、全過程を通じて希望が保たれることもあります。ほかの人物は、オスラーが近代医学教育とベッドサイド教育、ナイチンゲールが近代看護と衛生統計、シュバイツァーがアフリカでの医療奉仕と「生命への畏敬」、ヘレン・ケラーが障害者福祉と、それぞれの業績とセットで区別できます。トータルペインを提唱したシシリー・ソンダースとあわせて覚えると、緩和ケア発展の流れが理解しやすくなります。患者の心理過程を知ることは、告知後の怒りや落ち込みを受け止め、その人に寄り添う終末期ケアの土台となります。

解答・解説

正解はeです

本問は、終末期医療(ターミナルケア)の分野で古典となっている著作とその著者を問う医療史・医療倫理の知識問題である。 “On death and dying”(邦題『死ぬ瞬間』、1969年刊)は、スイス出身で米国で活動した精神科医 Elisabeth Kübler-Ross(エリザベス・キュブラー=ロス)の著作である。彼女は約200人の末期患者への面接をもとに、死に直面した人が経験する心理的な変化を、①否認、②怒り、③取引き、④抑うつ、⑤受容の5段階として示した。この著作は、それまで医療現場で避けられがちだった「死にゆく患者の気持ち」に正面から向き合うことの重要性を広く知らしめ、ホスピス運動や緩和ケアの発展、病名告知や患者とのコミュニケーションの在り方に大きな影響を与えた。 他の選択肢も医学・看護・福祉の歴史に名を残した人物であり、それぞれの代表的な業績と結び付けて区別できるようにしておくことが求められる。

選択肢考察

  1. ×a.  William Osler〈ウィリアム・オスラー〉

    誤り。カナダ出身の内科医(1849〜1919年)で、米国Johns Hopkins大学などで活躍し、近代医学教育の基礎を築いた人物である。病棟で患者に接しながら学ぶベッドサイド教育(臨床実習)や卒後研修(レジデント制度)の確立に貢献し、「患者を診よ」という全人的医療の姿勢を説いた。著書に教科書『The Principles and Practice of Medicine(内科学の原理と実践)』や講演集『Aequanimitas(平静の心)』がある。感染性心内膜炎でみられる有痛性の結節であるOsler結節や、遺伝性出血性毛細血管拡張症の別名Osler-Weber-Rendu病に名を残す。『死ぬ瞬間』の著者ではない。

  2. ×b.  Helen Adams Keller〈ヘレン・アダムス・ケラー〉

    誤り。米国の著述家・社会福祉活動家(1880〜1968年)である。1歳7か月頃の熱性疾患(髄膜炎などが推定されている)により視覚と聴覚の両方を失った(盲ろう)。家庭教師Anne Sullivan(アン・サリヴァン)の教育により言葉を習得して大学を卒業し、その後は世界各地を訪れて障害者の教育・福祉の向上に尽力した。日本にも来訪している。医師ではなく、『死ぬ瞬間』の著者でもない。

  3. ×c.  Albert Schweitzer〈アルベルト・シュバイツァー〉

    誤り。アルザス地方(当時ドイツ領)出身の神学者・哲学者・オルガン奏者であり、30歳を過ぎてから医学を学んで医師となった人物(1875〜1965年)である。アフリカのガボン(当時フランス領赤道アフリカ)のランバレネに病院を開設し、生涯の大半を現地での医療奉仕に捧げたことから「密林の聖者」と呼ばれる。あらゆる生命を尊ぶ「生命への畏敬」の倫理思想を提唱し、核兵器反対など平和活動にも取り組み、1952年度のノーベル平和賞を受賞した。バッハ研究でも知られる。『死ぬ瞬間』の著者ではない。

  4. ×d.  Florence Nightingale〈フロレンス・ナイチンゲール〉

    誤り。英国の看護師(1820〜1910年)で、近代看護の創始者とされる。クリミア戦争(1853〜1856年)で看護団を率いて野戦病院に赴き、換気や清潔など衛生環境を改善することで傷病兵の死亡率を大きく低下させ、「クリミアの天使」と呼ばれた。帰国後は看護師養成学校を設立して看護教育の制度化を進め、『看護覚え書(Notes on Nursing)』を著した。また、死亡原因を視覚的に示す円グラフ状の図(鶏頭図、ローズダイアグラム)を考案するなど、統計を用いた医療・衛生改革の推進者としても知られる。『死ぬ瞬間』の著者ではない。

  5. ○e.  Elisabeth Kübler-Ross〈エリザベス・キュブラー=ロス〉

    正しい。スイス生まれの精神科医(1926〜2004年)で、米国に渡って終末期患者の心理研究に取り組んだ。1969年に“On death and dying”(『死ぬ瞬間』)を著し、死にゆく人の心理過程を否認・怒り・取引き・抑うつ・受容の5段階として示した。この業績はターミナルケア、緩和ケア、死生学(サナトロジー)の発展に大きな影響を与えた。

キュブラー=ロスの死の受容の5段階

① 否認:「そんなはずはない」と事実を受け入れられない段階。衝撃から心を守る一時的な防衛として働く。 ② 怒り:「なぜ自分が」という怒りや恨みが、家族や医療者など周囲に向けられる段階。 ③ 取引き:「〜するから助けてほしい」と、神や運命、医療者と交渉して死を先延ばしにしようとする段階。 ④ 抑うつ:病状の進行や喪失を自覚し、深い悲しみや無力感に沈む段階。 ⑤ 受容:死を避けられないものとして静かに受け入れる段階。 これらの段階は必ずしもこの順序どおりに一方向に進むわけではなく、行きつ戻りつしたり、複数の段階が同時に現れたり、ある段階にとどまったりすることもある。また、全過程を通じて「希望」が持続することも指摘されている。医療者は、患者が今どの心理状態にあるかを理解し、その段階に応じた支援や傾聴を行うことが大切である。

終末期医療・緩和ケアに関わる主な人物

・Cicely Saunders(シシリー・ソンダース):英国で近代ホスピスの先駆けとなる聖クリストファー・ホスピスを1967年に設立。身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛を合わせた「全人的苦痛(トータルペイン)」の概念を提唱した。 ・Elisabeth Kübler-Ross:死にゆく患者の心理過程(5段階)を提唱。

その他、医療史で問われやすい人物の例

・Hippocrates:「医学の父」。ヒポクラテスの誓い。 ・Florence Nightingale:近代看護の創始者、統計を用いた衛生改革。 ・William Osler:近代医学教育、ベッドサイド教育。 ・Albert Schweitzer:アフリカでの医療奉仕、「生命への畏敬」。

POINT

・“On death and dying”(死ぬ瞬間)の著者は精神科医 Elisabeth Kübler-Ross。 ・死の受容の5段階:否認 → 怒り → 取引き → 抑うつ → 受容(順序どおりに進むとは限らない)。 ・Osler=医学教育、Keller=盲ろう者・障害者福祉、Schweitzer=アフリカでの医療奉仕・生命への畏敬、Nightingale=近代看護・衛生統計。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。