StudyMed医師国家試験

膵島の発見から遺伝子組換えへ―インスリン150年史は「論理の順番」で解ける

第116回医師国家試験 B問題 第22問

国試問題にチャレンジ

第116回 B問題 第22問

インスリンに関する医学史で最も新しいのはどれか。

  1. a.膵臓ランゲルハンス島の発見
  2. b.動物膵臓から抽出されたインスリンの精製
  3. c.遺伝子工学によるヒトインスリン製剤の作製
  4. d.インスリンのアミノ酸配列および立体構造の解明
  5. e.膵臓除去犬が尿糖を含む多尿をきたすことの発見

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医学史の問題だ。インスリンにまつわる5つの出来事から最も新しいものを選ぶ。年号を丸暗記していなくても、「どの発見がどの発見の前提になっているか」を考えれば順番は決まる。そこに注目して進めよう。
医学生医学生
正直、年号はほとんど覚えていません……。生化学の講義でサンガーの名前が出てきたくらいです。
ドクタードクター
それで十分戦えるよ。まず、膵臓と糖尿病が結びついた最初のきっかけは何だと思う?
医学生医学生
膵臓を取った犬が糖尿病になった実験でしょうか。でもランゲルハンス島の発見のほうが先なのかな。
ドクタードクター
いい迷い方だね。実際は、1869年にランゲルハンスが学位論文で膵臓の外分泌腺の間に散らばる性質の違う細胞の集まりを報告したのが先。ただ本人はその働きまでは分かっていなかった。その20年後の1889年、ミンコフスキーとフォン・メーリングが消化における膵液の役割を調べようと犬の膵臓を摘出したところ、多尿と尿糖が出現した。これで「膵臓が糖代謝を調節している」ことが初めて実験的に示されたんだ。
医学生医学生
形態の発見が先で、機能の発見が後なんですね。組織学実習で膵島を見たとき、外分泌部の中にぽつんと薄く染まる島がある、と習ったのを思い出しました。
ドクタードクター
そう、その「島」が何をしているのかを突き止めるのが次の段階になる。膵臓に血糖を下げる何かがあると分かれば、次は何をしたくなる?
医学生医学生
その物質を取り出したくなります。それがバンティングとベストですか。
ドクタードクター
正解。1921年、トロント大学で彼らは膵臓抽出物を膵臓摘出犬に投与して血糖が下がることを示し、コリップが精製法を改良して、1922年には1型糖尿病の少年に投与され効果が確認された。ここまでが1920年代前半。では、純粋な物質が手に入ったら、次にできることは?
医学生医学生
構造を調べることですね。サンガーがアミノ酸配列を決めたと講義で習いました。
ドクタードクター
その通り。サンガーは1955年までにウシインスリンの全アミノ酸配列を決定し、インスリンは配列が決まった最初の蛋白質になった。立体構造はホジキンがX線結晶解析で1969年に明らかにしている。そして配列が分かったからこそ、それをコードするDNAを設計できるようになる。
医学生医学生
だから遺伝子工学によるヒトインスリン製剤の作製が最後、つまり最も新しいわけですね。
ドクタードクター
そう、これが正解だ。1978年にA鎖とB鎖のDNAを化学合成して大腸菌に作らせ、ジスルフィド結合でつないでヒトインスリンを得ることに成功し、1982年に遺伝子組換え医薬品の第一号として承認された。他の4つの出来事をすべて前提にして成り立っているから、論理的にも最後に来るしかないんだ。
医学生医学生
それまでのインスリンはウシやブタ由来だったんですよね。何か問題はあったんですか。
ドクタードクター
ブタはヒトとB鎖末端の1アミノ酸、ウシは3アミノ酸が違う。このわずかな違いや抽出物の不純物で、抗インスリン抗体の産生やアレルギー、注射部位の脂肪萎縮が問題になった。供給量も動物の膵臓の量に左右されていた。遺伝子組換えヒトインスリンはそれらを大きく改善したんだ。
医学生医学生
臨床実習の糖尿病内科では、超速効型や持効型のペンを患者さんが使い分けていました。あれもこの延長ですか。
ドクタードクター
まさに延長線上だね。1990年代以降、アミノ酸配列を一部改変して作用発現や持続時間を調整したインスリンアナログが登場した。構造が分かり、遺伝子工学で自由に作れるからこそ可能になった改良だ。関連して、インスリンは膵β細胞でプロインスリンとして作られ、C-ペプチドが切り離されて成熟する。両者は等モルで分泌されるから、インスリン注射中の患者でも血中C-ペプチドで内因性の分泌能を評価できる。
医学生医学生
C-ペプチドで1型か2型かの評価をする、というのもこの構造の知識につながっているんですね。
ドクタードクター
そういうこと。医学史の問題は単なる年号当てに見えるけれど、「形態→機能→物質の抽出→構造決定→人工合成」という科学の進み方を理解していれば、初見でも順序を組み立てられる。今の臨床がその積み重ねの上にあると意識しておくと、知識がつながって覚えやすくなるよ。

まとめ

インスリン研究は、ランゲルハンスによる膵島の発見(1869年)、ミンコフスキーらによる膵臓摘出犬での糖尿病の再現(1889年)、バンティングとベストによる抽出・精製(1921〜1922年)、サンガーによるアミノ酸配列決定(1955年)とホジキンによる立体構造解明(1969年)を経て、遺伝子組換えヒトインスリンの作製(1978年、1982年実用化)へと進みました。年号を覚えていなくても、「形態・機能の発見→物質の取り出し→構造決定→遺伝子工学による合成」という前提関係をたどれば、遺伝子工学による製剤化が最も新しいと判断できます。遺伝子組換えヒトインスリンは世界初の遺伝子組換え医薬品で、動物インスリンの抗体産生や供給の問題を改善し、のちのインスリンアナログ開発の土台となりました。プロインスリンからC-ペプチドが切り離される構造の知識は、内因性インスリン分泌能の評価にも直結します。医学史を科学の論理の流れとして理解することは、現在の治療がなぜその形になっているのかを知る手がかりになります。

解答・解説

正解はcです

本問は、インスリンにまつわる5つの出来事を年代順に並べ、最も新しいものを選ぶ医学史の問題である。

おおまかな年代の流れ

1. 膵臓に周囲の外分泌腺とは異なる細胞集団(のちのランゲルハンス島)が見つかる(1869年) 2. 膵臓を摘出した犬が糖尿を伴う多尿を示し、膵臓と糖尿病の関係が示される(1889年) 3. 膵臓抽出物から血糖降下物質(インスリン)が得られ、治療に使えるよう精製される(1921〜1922年) 4. インスリンのアミノ酸配列(一次構造)が決定され(1955年)、のちにX線結晶解析で立体構造も解明される(1969年) 5. 遺伝子組換え技術でヒトインスリンが作製され(1978年)、医薬品として実用化される(1982年)

年代を覚えていなくても解ける考え方

各出来事には「前のステップが済んでいないと次に進めない」という論理的な順序がある。 ・膵臓に何らかの内分泌組織があること(形態の発見)と、膵臓がなくなると糖尿病になること(機能の発見)が分かって初めて、膵臓から有効成分を取り出そうという発想が生まれる。 ・有効成分を純粋なかたちで取り出せて初めて、その化学構造(アミノ酸配列や立体構造)を調べられる。 ・アミノ酸配列が分かって初めて、それをコードするDNAを設計し、遺伝子工学で人工的に合成させることができる。 したがって、遺伝子工学によるヒトインスリン製剤の作製は、他のすべての出来事を前提として成り立つ最後の段階であり、最も新しい出来事と判断できる。

選択肢考察

  1. ×a.  膵臓ランゲルハンス島の発見

    1869年、ドイツの医学生パウル・ランゲルハンスが学位論文の中で、膵臓の外分泌腺組織の間に散在する、性質の異なる細胞の集まりを報告した。ただし本人はその働きを明らかにしていない。のちの1893年、フランスの組織学者ラゲッスがこの細胞集団を「ランゲルハンス島」と名付け、血糖の調節に関わる内分泌組織ではないかと推測した。5つの中では最も古い出来事であり、誤り。

  2. ×b.  動物膵臓から抽出されたインスリンの精製

    1921年、トロント大学でフレデリック・バンティング(外科医)と医学生チャールズ・ベストが、犬の膵臓抽出物を膵臓摘出で糖尿病にした犬に投与し、血糖が下がることを示した。その後、生化学者ジェームズ・コリップが抽出物の精製法を改良し、1922年には1型糖尿病の少年に投与されて臨床効果が確認された。1923年、バンティングと研究を主宰したジョン・マクラウドにノーベル生理学・医学賞が授与されている。1920年代の出来事であり、最も新しいものではないため誤り。

  3. ○c.  遺伝子工学によるヒトインスリン製剤の作製

    1978年、米国のバイオ企業ジェネンテック社などのグループが、ヒトインスリンのA鎖とB鎖をコードするDNAを化学合成して大腸菌のプラスミド(pBR322)に組み込み、それぞれの鎖を大腸菌に作らせたうえで、両者をジスルフィド(S-S)結合でつないでヒトインスリンを得ることに成功した。これをもとに、1982年に遺伝子組換え技術で製造された世界初の医薬品として、ヒトインスリン製剤が米国で承認・発売された。それ以前の製剤はウシやブタの膵臓から抽出したもので、ヒトと一部のアミノ酸が異なるため抗体産生などの問題があった。DNAの設計にはアミノ酸配列の知識が必要であり、選択肢dより後でなければ実現しえない。5つの中で最も新しい出来事であり、正しい。

  4. ×d.  インスリンのアミノ酸配列および立体構造の解明

    英国ケンブリッジ大学のフレデリック・サンガーは、1951年にB鎖、1953年にA鎖の配列を報告し、1955年までにウシインスリン全体のアミノ酸配列を決定した。インスリンはアミノ酸配列が決定された最初の蛋白質であり、蛋白質が決まった化学構造をもつことを示した業績として、サンガーは1958年にノーベル化学賞を受賞した。立体構造は、オックスフォード大学のX線結晶学者ドロシー・ホジキンが長年の研究の末、1969年に解明した(ホジキンは1964年にペニシリンやビタミンB12の構造解析でノーベル化学賞を受けているが、インスリンの構造決定はその後である)。1950〜60年代の出来事であり、遺伝子工学による製剤化(1978年)より前なので誤り。

  5. ×e.  膵臓除去犬が尿糖を含む多尿をきたすことの発見

    1889年、ドイツのオスカー・ミンコフスキーとヨーゼフ・フォン・メーリングは、膵液が消化に果たす役割を調べる目的で犬の膵臓を摘出した。すると犬は多尿となり、尿に糖が含まれていることが判明した。これにより、膵臓が糖代謝を調節しており、その欠如が糖尿病を引き起こすことが初めて実験的に示された。19世紀末の出来事であり誤り。

インスリン研究の主な年表

・1869年:ランゲルハンスが膵臓内の特殊な細胞集団を報告 ・1889年:ミンコフスキーとフォン・メーリングが膵臓摘出犬で糖尿病を再現 ・1893年:ラゲッスが「ランゲルハンス島」と命名し、内分泌機能を推定 ・1921年:バンティングとベストが膵臓抽出物の血糖降下作用を証明 ・1922年:コリップが精製法を改良、ヒトの糖尿病患者への初投与 ・1923年:バンティングとマクラウドがノーベル生理学・医学賞を受賞 ・1955年:サンガーがインスリンの全アミノ酸配列を決定(1958年ノーベル化学賞) ・1969年:ホジキンがX線結晶解析でインスリンの立体構造を解明 ・1978年:遺伝子組換えによるヒトインスリンの作製に成功 ・1982年:遺伝子組換えヒトインスリン製剤が承認(遺伝子組換え医薬品の第一号) ・1990年代以降:アミノ酸配列を一部改変し、作用発現や持続時間を調整したインスリンアナログ(超速効型・持効型など)が登場

インスリンの構造の要点

インスリンはA鎖(21アミノ酸)とB鎖(30アミノ酸)が2本のジスルフィド結合でつながったペプチドホルモンで、A鎖内にも1本のジスルフィド結合をもつ。膵β細胞内ではまず1本鎖のプロインスリンとして合成され、C-ペプチドが切り離されて成熟インスリンとなる。インスリンとC-ペプチドは等モルで分泌されるため、血中C-ペプチドは内因性インスリン分泌能の指標として用いられる。

動物インスリンとヒトインスリン

ブタインスリンはヒトとB鎖末端の1アミノ酸、ウシインスリンは3アミノ酸が異なる。このわずかな違いや抽出物中の不純物により、抗インスリン抗体の産生やアレルギー、注射部位の脂肪萎縮などが問題となったが、遺伝子組換えヒトインスリンの登場で大幅に改善され、供給量も動物の膵臓の量に左右されなくなった。

POINT

・インスリン史の流れ:膵島の発見(1869)→膵臓摘出犬で糖尿病(1889)→インスリンの抽出・精製(1921〜22)→アミノ酸配列決定(1955)・立体構造解明(1969)→遺伝子組換えヒトインスリン(1978作製、1982実用化) ・年代を知らなくても「形態・機能の発見→物質の取り出し→構造決定→遺伝子工学による合成」という論理的な順序で解ける ・遺伝子組換えヒトインスリンは世界初の遺伝子組換え医薬品である

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。