StudyMed医師国家試験

一直線に歩けない理由―アルコールが削る小脳虫部と所見の責任病巣

第112回医師国家試験 E問題 第12問

国試問題にチャレンジ

第112回 E問題 第12問

アルコール依存症でみられる神経学的所見のうち,小脳失調の所見はどれか。

  1. a.外眼筋麻痺
  2. b.記銘力障害
  3. c.つぎ足歩行不能
  4. d.Romberg徴候陽性
  5. e.手袋靴下型感覚障害

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、アルコール依存症でみられる多彩な神経所見のなかから、小脳失調にあたるものを選ぶ問題だ。カギは「その所見が神経系のどこの障害を反映しているか」を一つずつ対応させること。アルコールは中枢から末梢まで広く傷つけるから、所見ごとに責任病巣を考える練習にぴったりなんだ。
医学生医学生
アルコールで神経が傷むのは、エタノールそのものの毒性のせいですか。
ドクタードクター
それに加えて、偏った食事や吸収障害によるビタミンB1をはじめとしたビタミンB群の欠乏が大きい。この2つが重なって、脳幹、記憶回路、小脳、末梢神経とあちこちに障害が出るんだ。
医学生医学生
選択肢を見ると、どれもアルコール依存症で起こりそうなものばかりで迷います。
ドクタードクター
そう、全部ありうる所見なのがこの問題のミソ。だから「アルコールで起こるか」ではなく「小脳の所見か」で考える。正解はつぎ足歩行不能だ。一側の踵を反対側のつま先につけて一直線上を歩く検査で、体幹と下肢の協調運動とバランスを鋭敏にみられる。
医学生医学生
神経内科の実習で、患者さんに綱渡りのように歩いてもらう診察を見ました。あれですね。
ドクタードクター
それそれ。アルコール性小脳変性症では、小脳虫部、とくに前上部が選択的に萎縮する。虫部は体幹のバランスを担う部分だから、上肢より体幹・下肢に強い失調が出て、足を広げて歩く失調性歩行やつぎ足歩行の不能が典型になるんだ。
医学生医学生
小脳失調というと指鼻試験の測定障害を思い浮かべていましたが、アルコールでは上肢の症状は目立たないんですね。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。小脳半球の障害なら同側上肢の測定障害や変換運動障害が目立つけれど、虫部が中心なら体幹失調が主役。構音障害や眼振も比較的軽いことが多い。では、Romberg徴候陽性はどうだろう。
医学生医学生
Romberg徴候もふらつきの検査なので、小脳失調で陽性になると思っていました。
ドクタードクター
そこはよくある誤解なんだ。Romberg徴候は、両足をそろえて立ってもらい、開眼時より閉眼時に動揺が著しく増す現象。目からの情報で補っていた位置覚が、閉眼で使えなくなって崩れるということだから、深部感覚の障害、つまり脊髄後索や末梢感覚神経による感覚性失調の所見なんだ。小脳性失調では目を開けていても不安定で、閉眼による増悪は目立たないから、原則として陰性になる。
医学生医学生
なるほど、つぎ足歩行の不能だけだと感覚性失調でも起こりうるので、Romberg試験で両者を区別するわけですね。
ドクタードクター
その通り。アルコール依存症では末梢神経障害や後索障害から、腱反射消失や深部感覚障害、Romberg徴候陽性という、脊髄癆に似た病像を示すこともある。次は外眼筋麻痺と記銘力障害だ。
医学生医学生
外眼筋麻痺はWernicke脳症、記銘力障害はKorsakoff症候群でしょうか。CBTの問題で何度も見ました。
ドクタードクター
正解。Wernicke脳症はビタミンB1欠乏による急性脳症で、意識障害、眼球運動障害、失調性歩行が古典的三徴。眼球運動障害は外転神経麻痺や眼振、注視麻痺として現れ、中脳水道周囲や第四脳室底の病変による。失調性歩行は小脳虫部の障害を反映するけれど、外眼筋麻痺そのものは脳幹の所見だ。Korsakoff症候群は多くがWernicke脳症に続いて起こり、新しいことを覚えられない前向性健忘に、見当識障害や作話を伴う。こちらは乳頭体や視床内側を含む記憶回路の障害だね。
医学生医学生
手袋靴下型感覚障害は、末梢神経の長いものから傷むからでしたね。
ドクタードクター
そう、長さ依存性の多発ニューロパチーの典型だ。アルコール性ニューロパチーは下肢遠位のしびれや灼熱痛、感覚低下から始まり、アキレス腱反射の低下も伴う。末梢神経の所見であって、小脳ではない。
医学生医学生
所見を病巣に置き換えると、脳幹、記憶回路、小脳、後索・末梢神経、末梢神経と見事に分かれますね。
ドクタードクター
その整理が一番大事だ。臨床での注意点も押さえておこう。Wernicke脳症を疑ったら、ためらわずにすぐビタミンB1を投与する。三徴がそろう例はむしろ少ないから、低栄養の飲酒者がふらついていたり、ぼんやりしていたら疑ってかかること。そして糖液を先に入れるとB1の消費が増えて悪化しうるから、B1を先に、が原則だ。
医学生医学生
救急外来に酔って運ばれてきた人に、とりあえずブドウ糖入りの点滴をつなぐのは危ないということですね。
ドクタードクター
その通り。ほかにも離脱症候群での振戦やけいれん、振戦せん妄、低Na血症を急いで補正したときの浸透圧性脱髄症候群、脳梁が傷むMarchiafava-Bignami病など、アルコール関連の神経障害は幅広い。一人の患者さんに複数が重なっていることも多いから、所見を一つずつ病巣に結びつける習慣が武器になるよ。

まとめ

アルコール依存症では、エタノールの直接毒性とビタミンB1などの欠乏により、中枢から末梢まで多彩な神経障害が生じます。アルコール性小脳変性症は小脳虫部前上部が萎縮するため、体幹・下肢優位の失調をきたし、つぎ足歩行不能や失調性歩行が典型的な小脳失調の所見となります。Romberg徴候陽性は深部感覚障害による感覚性失調の所見で、小脳性失調では原則陰性である点が重要な鑑別点です。外眼筋麻痺はWernicke脳症(脳幹病変)、記銘力障害はKorsakoff症候群(記憶回路)、手袋靴下型感覚障害は長さ依存性の多発ニューロパチーに対応し、Wernicke脳症を疑えば糖より先にビタミンB1を投与します。所見から責任病巣を対応させる習慣は、神経診察全般の理解と臨床判断の土台になります。

解答・解説

正解はcです

問われていること

アルコール依存症では、エタノールそのものの神経毒性と、偏った食事・吸収障害によるビタミンB1(チアミン)をはじめとするビタミンB群の欠乏が重なり、中枢神経から末梢神経まで多彩な障害が起こる。本問は、そうした神経学的所見を並べたなかから「小脳失調」を表す所見を選ばせる問題である。

考え方

各所見が神経系のどこの障害を反映するのか(責任病巣)を対応させればよい。 ・外眼筋麻痺 → 眼球運動にかかわる脳神経核や脳幹(Wernicke脳症など) ・記銘力障害 → 海馬・乳頭体・視床内側核などの記憶回路(Korsakoff症候群など) ・つぎ足歩行不能 → 小脳(とくに虫部)による体幹・下肢の協調運動の障害 ・Romberg徴候陽性 → 脊髄後索・末梢神経の深部感覚(位置覚)障害 ・手袋靴下型感覚障害 → 長さ依存性の多発ニューロパチー アルコール性小脳変性症は小脳虫部の前上部が選択的に萎縮するのが特徴で、上肢よりも体幹・下肢に強い失調が出る。そのため、歩隔を広げた失調性歩行や、一直線上を踵とつま先をつけて歩くつぎ足歩行(tandem gait)ができなくなることが典型的な所見となる。 なお、つぎ足歩行の不能は小脳性失調に限らず、深部感覚障害による感覚性失調でもみられうる。両者を区別するのがRomberg試験で、閉眼により動揺が著明に増悪する(Romberg徴候陽性)のは感覚性失調であり、小脳性失調では開眼時から不安定で、閉眼による増悪は目立たない。

選択肢考察

  1. ×a.  外眼筋麻痺

    外眼筋麻痺は、動眼神経(III)・滑車神経(IV)・外転神経(VI)やその神経核、脳幹の障害で生じる。アルコール依存症ではWernicke脳症(チアミン欠乏による急性脳症)で、外転神経麻痺や眼振、注視麻痺などの眼球運動障害として出現する。これは中脳水道周囲・第三脳室・第四脳室底の病変によるもので、小脳失調の所見ではない。

  2. ×b.  記銘力障害

    記銘力障害(新しいことを覚えられない前向性健忘)は、海馬や乳頭体・視床背内側核を含む記憶回路の障害でみられる。アルコール依存症ではKorsakoff症候群(記銘力障害、見当識障害、作話、逆向性健忘が特徴)として現れ、多くはWernicke脳症に続いて起こる。小脳失調の所見ではない。

  3. ○c.  つぎ足歩行不能

    つぎ足歩行は、一側の踵を他側のつま先につけて一直線上を歩かせる検査で、体幹・下肢の協調運動とバランスを鋭敏に評価できる。アルコール性小脳変性症では小脳虫部(とくに前上部)が萎縮し、体幹失調・下肢優位の失調が生じるため、立位や歩行時のふらつきが目立ち、つぎ足歩行ができなくなる。Wernicke脳症でみられる失調性歩行も小脳虫部の障害を反映する。したがって、本問で小脳失調の所見に当たるのはこれである。

  4. ×d.  Romberg徴候陽性

    Romberg徴候は、両足をそろえて立たせ、開眼時に比べ閉眼時に動揺が著しく増悪し倒れそうになる現象である。視覚による代償がなくなると立位を保てないことを意味し、深部感覚(位置覚)の障害、すなわち脊髄後索や末梢感覚神経の障害による感覚性失調の所見である。アルコール依存症では、末梢神経障害や後索障害により腱反射消失・深部感覚障害・Romberg徴候陽性という、梅毒性脊髄癆に似た病像(アルコール性偽性脊髄癆)を呈することがある。小脳性失調では開眼時から不安定で、閉眼による増悪は乏しいため、Romberg徴候は原則として陰性である。

  5. ×e.  手袋靴下型感覚障害

    手袋靴下型感覚障害は、四肢の遠位ほど強く左右対称に分布する感覚障害で、長い神経線維ほど障害されやすい「長さ依存性」の多発ニューロパチーに典型的な所見である。アルコール依存症では、エタノールの直接毒性やビタミンB1などの欠乏によって、下肢遠位のしびれ・灼熱痛・感覚低下で始まる多発ニューロパチー(アルコール性ニューロパチー)が高頻度にみられる。末梢神経の所見であり、小脳失調の所見ではない。

アルコール依存症にみられる主な神経障害

・Wernicke脳症:ビタミンB1欠乏による急性脳症。意識障害(せん妄・無関心など)、眼球運動障害(眼振、外転神経麻痺、注視麻痺)、失調性歩行が古典的三徴だが、三徴がそろう例は少ない。病変は乳頭体、視床内側、中脳水道周囲、第四脳室底などに対称性に生じる。疑ったら直ちにビタミンB1を投与する。糖液を先に投与するとビタミンB1の消費が増え、症状を悪化させうる。 ・Korsakoff症候群:Wernicke脳症の後遺症として起こることが多い慢性の健忘症候群。前向性健忘(記銘力障害)、逆向性健忘、見当識障害、作話が特徴で、即時記憶や知能は比較的保たれる。 ・アルコール性小脳変性症:小脳虫部前上部の萎縮。体幹失調・下肢の失調が主体で、構音障害や上肢の失調、眼振は比較的軽い。 ・アルコール性ニューロパチー:左右対称・遠位優位の感覚優位の多発ニューロパチー。手袋靴下型の感覚障害、アキレス腱反射低下などを示す。 ・その他:アルコール離脱症候群(振戦、発汗、けいれん、振戦せん妄)、浸透圧性脱髄症候群(低Na血症の急速な補正による)、Marchiafava-Bignami病(脳梁の脱髄・壊死)、ペラグラ脳症(ナイアシン欠乏)、肝性脳症など。

失調の鑑別

・小脳性失調:開眼でも閉眼でも不安定、Romberg徴候陰性。測定障害、変換運動障害、企図振戦、断綴性言語、眼振などを伴いうる(虫部障害では体幹失調が中心)。 ・感覚性失調:深部感覚障害による。閉眼で著明に増悪し、Romberg徴候陽性。振動覚・位置覚低下、腱反射低下を伴う。 ・前庭性失調:一側への偏倚や回転性めまい、眼振を伴う。

POINT

・アルコール性小脳変性症は小脳虫部前上部の萎縮により、体幹・下肢優位の失調をきたす → つぎ足歩行不能、失調性歩行。 ・Romberg徴候陽性は深部感覚障害(感覚性失調)の所見であり、小脳性失調では陰性。 ・外眼筋麻痺はWernicke脳症、記銘力障害はKorsakoff症候群、手袋靴下型感覚障害は多発ニューロパチーに対応する。 ・所見から責任病巣を対応させる習慣をつけることが重要。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。