水晶体を取ると眼はどうなる?―屈折と調節から読み解く白内障手術
第112回医師国家試験 D問題 第1問
国試問題にチャレンジ
白内障手術について正しいのはどれか。
- a.水晶体摘出には冷凍凝固装置が用いられる。
- b.眼内レンズを挿入すると調節力が回復する。
- c.水晶体を摘出すると正視の場合には遠視になる。
- d.眼内レンズは劣化のため入れ替える必要がある。
- e.眼内レンズは虹彩に固定するタイプが用いられる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
白内障手術の標準は、超音波水晶体乳化吸引術で核と皮質を除去し、温存した水晶体囊の中に眼内レンズを固定する方法です。水晶体は約20Dの屈折力をもつ凸レンズであるため、摘出した無水晶体眼では正視眼が強度の遠視となり、現在は術前計算した度数の眼内レンズでこれを補います。一方、調節は水晶体の弾性による形状変化で生じるため、眼内レンズ(多焦点レンズを含む)を入れても調節力は回復しません。眼内レンズは劣化せず原則交換不要で、冷凍凝固装置を用いる囊内摘出術は旧来の術式です。術後の後発白内障はYAGレーザーで治療でき、眼内炎などの重篤な合併症とあわせて理解しておくことが、患者説明や術後管理に直結します。
解答・解説
正解はcです
テーマ
白内障は水晶体が混濁する疾患であり、根本的な治療は手術のみである。現在の標準術式は、水晶体を包む袋(水晶体囊)の前面を円形に切開し(連続円形切囊、CCC)、中身の核と皮質を超音波で砕いて吸い取り(超音波水晶体乳化吸引術、PEA)、残した水晶体囊の中に眼内レンズ(IOL)を挿入する方法である。数mm程度の小切開で行えるため、術後の乱視や合併症が少ない。
正解を導く考え方
本問は、手術の方法(何を使って摘出し、IOLをどこに固定するか)と、術後の眼の光学的な性質(屈折と調節)を理解しているかを問うている。 ・屈折:水晶体は角膜に次ぐ凸レンズで、眼内で約20ディオプトリー(D)の屈折力を担う。これを取り除くと眼全体の屈折力が大きく不足し、像は網膜より後方に結ぶ。すなわち、もともと正視の眼は強い遠視になる。 ・調節:近くを見るときは毛様体筋が収縮してチン小帯(毛様小帯)がゆるみ、弾性をもつ水晶体が自らの弾力でふくらんで屈折力を増す。人工の眼内レンズは形を変えられないので、挿入しても調節力は戻らない。 この二点を押さえれば、正しい記述を一つに絞り込める。
選択肢考察
- ×a. 水晶体摘出には冷凍凝固装置が用いられる。
現在の水晶体摘出は超音波乳化吸引装置を用いるのが標準である。冷凍凝固プローブ(クライオ)で水晶体を凍らせて付着させ、水晶体囊ごと引き抜く水晶体囊内摘出術(ICCE)はかつての術式で、大きな切開が必要であり、水晶体囊が残らないため囊内にIOLを固定できない。チン小帯が広く断裂した例などごく特殊な状況で例外的に用いられることはあるが、一般的な白内障手術の説明としては誤りである。
- ×b. 眼内レンズを挿入すると調節力が回復する。
調節は、毛様体筋の収縮によりチン小帯がゆるみ、弾性に富む水晶体が厚みを増すことで生じる。眼内レンズはアクリルなどでできた硬さの一定したレンズで厚みが変わらないため、術後の眼には調節力がない(偽水晶体眼)。単焦点IOLでは焦点の合う距離が一点に決まるので、それ以外の距離を見るには眼鏡が必要になる。多焦点IOLは複数の距離に焦点を分配する光学的工夫で近方と遠方の両方を見やすくするが、調節力そのものが回復するわけではない。
- ○c. 水晶体を摘出すると正視の場合には遠視になる。
水晶体は眼内で約20Dの屈折力をもつ凸レンズである。これを除去した無水晶体眼では屈折力が大きく不足して像が網膜の後方に結ばれるため、術前に正視だった眼は強度の遠視(矯正には約+10D程度の眼鏡が必要)となる。眼内レンズが普及する前は、厚い凸レンズの眼鏡(いわゆる白内障眼鏡)やコンタクトレンズで矯正していた。現在は、眼軸長と角膜曲率から計算した度数の眼内レンズを挿入してこの屈折不足を補う。
- ×d. 眼内レンズは劣化のため入れ替える必要がある。
眼内レンズの素材(アクリル、シリコーンなど)は眼内で安定しており、生涯にわたって使用できる耐久性をもつため、定期的に入れ替える必要はない。ただし、レンズの位置ずれ・脱臼、度数のずれ、ごくまれなレンズ自体の混濁などで見え方に問題が生じた場合には、摘出や交換を行うことがある。なお、術後に水晶体囊の後面が濁る後発白内障はレンズの劣化ではなく、残った水晶体上皮細胞の増殖によるもので、YAGレーザーで囊を切開して治療する。
- ×e. 眼内レンズは虹彩に固定するタイプが用いられる。
現在の白内障手術では、温存した水晶体囊の中にIOLを挿入して固定する(後房レンズの囊内固定)のが標準であり、これが光学的にも組織への負担の面でも最も安定している。眼内レンズは支持部位により前房支持型、虹彩支持型、後房支持型などに分類されるが、虹彩に固定するタイプは標準ではない。水晶体囊やチン小帯の支持が不十分な場合には、毛様溝固定や強膜内固定・縫着などが選択される。
白内障の概要
・水晶体の混濁により、視力低下、かすみ、まぶしさ(羞明)などをきたす。原因は加齢が最多で、そのほか糖尿病、ステロイド使用、外傷、アトピー性皮膚炎、ぶどう膜炎、先天性(風疹など)がある。 ・薬物(点眼)で進行を遅らせる試みはあるが、混濁を取り除く治療は手術のみである。
白内障手術の術式
・超音波水晶体乳化吸引術(PEA)+眼内レンズ挿入術:現在の標準。小切開で行い、水晶体囊を残してIOLを囊内に固定する。 ・水晶体囊外摘出術(ECCE):水晶体核を砕かずにそのまま娩出する方法。核が非常に硬い場合などに用いられる。 ・水晶体囊内摘出術(ICCE):冷凍凝固プローブなどで水晶体を囊ごと摘出する旧来の方法。現在はほとんど行われない。
主な術後合併症
・後発白内障:残存した水晶体上皮細胞の増殖による後囊の混濁。YAGレーザー後囊切開術で治療する。 ・術後眼内炎:重篤な感染症で、早期の診断・治療が必要である。 ・その他:嚢胞様黄斑浮腫、眼内レンズの偏位・脱臼、眼圧上昇、網膜剝離など。
屈折と調節の整理
・眼の主な屈折要素は角膜(約40D強)と水晶体(約20D)である。 ・無水晶体眼:強度の遠視となり、調節力はない。 ・偽水晶体眼(IOL挿入眼):IOL度数により屈折は補正されるが、調節力はない。 ・老視は、加齢により水晶体の弾性が低下して調節力が衰える状態である。
POINT
・白内障手術の標準は超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズの水晶体囊内固定である。 ・水晶体は約20Dの凸レンズであり、摘出すると(無水晶体眼)正視眼は強度の遠視になる。 ・調節は水晶体の弾性による形状変化で生じるため、眼内レンズを入れても調節力は戻らない(多焦点IOLも調節力を回復させるものではない)。 ・眼内レンズは劣化せず、原則として交換不要である。 ・冷凍凝固装置を用いるICCEは旧来の術式である。
