治ったあとが本番―多発性硬化症の再発を防ぐ「疾患修飾薬」の選び方
第112回医師国家試験 C問題 第65問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
35歳の女性。左上下肢の脱力のため夫に連れられて来院した。 現病歴:3年前に複視を自覚したが,疲れ目と考え様子をみたところ,数日で自然軽快した。1年前に右眼のかすみを自覚して自宅近くの眼科診療所を受診したが,眼底検査に異常なく約2週間で軽快した。2日前に左下肢,引き続いて左上肢の脱力を自覚した。本日,歩行も困難になったため受診した。 既往歴:特記すべきことはない。 生活歴:事務職。会社員の夫と2人暮らしで子どもはいない。喫煙歴と飲酒歴はない。 家族歴:特記すべきことはない。 現症:意識は清明。身長156cm,体重50kg。体温36.5℃。脈拍64/分,整。血圧126/68mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。視力は右0.4(0.8×-1.5 D),左0.6(1.2×-1.0 D)。他の脳神経に異常を認めない。四肢筋力は,右側は正常,左側は徒手筋力テストで3~4の筋力低下を認める。腱反射は左上下肢で亢進し,左Babinski徴候が陽性である。自覚的に左半身のしびれ感を訴えるが,温痛覚,振動覚および関節位置覚は左右差を認めない。 検査所見:尿所見:蛋白(-),糖(-),潜血(-)。血液所見:赤血球468万,Hb 13.9g/dL,Ht 42%,白血球5,300,血小板21万,PT-INR 1.0(基準0.9~1.1),APTT 31.4秒(基準対照32.2)。血液生化学所見:総蛋白7.5g/dL,アルブミン3.9g/dL,IgG 1,424mg/dL(基準960~1,960),総ビリルビン0.9mg/dL,直接ビリルビン0.2mg/dL,AST 28U/L,ALT 16U/L,LD 177U/L(基準176~353),ALP 233U/L(基準115~359),γ-GTP 32U/L(基準8~50),CK 72U/L(基準30~140),尿素窒素12mg/dL,クレアチニン0.6mg/dL,血糖98mg/dL,Na 140mEq/L,K 4.4mEq/L,Cl 97mEq/L。免疫血清学所見:CRP 0.3mg/dL。抗核抗体,抗DNA抗体,抗カルジオリピン抗体,抗アクアポリン4抗体およびMPO-ANCAは陰性。脳脊髄液所見:初圧80mmH2O(基準70~170),細胞数1/mm3(基準0~2),蛋白60mg/dL(基準15~45),糖60mg/dL(基準50~75)。頭部MRIのFLAIR像を別に示す。
治療は奏効し,症状は軽快した。 再発予防に用いるのはどれか。

- a.アスピリン
- b.ワルファリン
- c.シクロスポリン
- d.インターフェロンβ
- e.副腎皮質ステロイド
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
多発性硬化症は寛解後も再発を繰り返し障害が蓄積しうるため、急性期治療とは別に疾患修飾薬による長期の再発予防を行い、その代表がインターフェロンβです。インターフェロンβは自己注射で用い、再発頻度やMRI上の新規病変を減らしますが、インフルエンザ様症状、注射部位反応、肝障害、抑うつなどの副作用に注意します。ステロイドの長期内服は多発性硬化症の再発予防には用いず、シクロスポリンも標準治療ではなく、アスピリンやワルファリンは脳梗塞・血栓症の予防薬で脱髄疾患には適応がありません。インターフェロンβなど一部の疾患修飾薬は視神経脊髄炎スペクトラム障害を悪化させうるため、抗アクアポリン4抗体による鑑別が治療開始前に欠かせません。急性期治療と再発予防を区別し、診断に応じて薬を選ぶ考え方は、慢性に経過する神経免疫疾患の診療に共通する基本です。
解答・解説
正解はdです
症例の整理と診断
35歳女性が、2日かけて進行する左上下肢の脱力で受診した。左側に筋力低下、腱反射亢進、Babinski徴候陽性があり、錐体路障害である。3年前の複視(脳幹の症状と考えられる)、1年前の眼底正常な右眼の視力障害(球後視神経炎が疑われる)はいずれも自然寛解しており、中枢神経の異なる部位に時期を変えて病変が生じている(空間的・時間的多発)。頭部MRIのFLAIR像では側脳室周囲の白質に卵円形の高信号域が多発し、脳脊髄液は細胞数正常で蛋白が軽度上昇している。各種自己抗体と抗アクアポリン4(AQP4)抗体が陰性であることから、SLEなどの膠原病、血管炎、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)は否定的で、再発寛解型多発性硬化症(MS)と診断できる。今回の急性増悪は治療(ステロイドパルス療法)で軽快した。
設問の考え方
急性期治療で症状が改善しても、MSは再発を繰り返し、再発のたびに障害が積み重なるおそれがある。さらに、症状の出ない病変も進行しうる。そこで寛解期には、再発の頻度を減らし、MRI上の新規病変や障害の進行を抑える目的で疾患修飾薬(disease modifying drug:DMD)を長期に使う。本問ではこの疾患修飾薬に当たるものを選ぶ。なお、NMOSDではMSの疾患修飾薬の一部がかえって病状を悪化させるため、再発予防の開始前にAQP4抗体陰性を確認しておくことが重要である。本例はその条件を満たしている。
選択肢考察
- ×a. アスピリン
アスピリンは血小板のシクロオキシゲナーゼを阻害する抗血小板薬で、非心原性脳梗塞(アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞)や冠動脈疾患の再発予防に用いる。MSは血管障害ではなく自己免疫性の脱髄疾患であり、再発予防の効果はない。
- ×b. ワルファリン
ワルファリンはビタミンK依存性凝固因子の産生を妨げる抗凝固薬で、心房細動などによる心原性脳塞栓症の予防、深部静脈血栓症・肺塞栓症、脳静脈洞血栓症、抗リン脂質抗体症候群の血栓予防などに使われる。本例は抗カルジオリピン抗体陰性で、塞栓症や血栓症の所見もなく、MSの再発予防には用いない。
- ×c. シクロスポリン
シクロスポリンはカルシニューリン阻害によりT細胞の活性化を抑える免疫抑制薬で、臓器移植後の拒絶反応の予防、ネフローゼ症候群、再生不良性貧血、Behçet病のぶどう膜炎などに使われる。MSの再発予防には有効性と安全性が確立した疾患修飾薬を用いるのが標準であり、シクロスポリンは用いない。
- ○d. インターフェロンβ
インターフェロンβはMSの疾患修飾薬の代表で、最も早くから使われ、長期の使用経験とエビデンスが豊富である。自己反応性T細胞の活性化や炎症性サイトカインの産生を抑え、免疫細胞が血液脳関門を越えて中枢神経に入り込むのを減らすことで、再発頻度を約3割減らし、MRI上の新規病変も抑える。自己注射(皮下注または筋注)で投与する。副作用として、注射後の発熱・倦怠感などのインフルエンザ様症状、注射部位反応、肝機能障害、白血球減少、抑うつなどがある。なお、NMOSDには無効で悪化させることがあるため、AQP4抗体陰性であることを確認して使う。
- ×e. 副腎皮質ステロイド
副腎皮質ステロイドはMSの急性増悪を短期間で改善させる目的ではパルス療法として使うが、長期に内服を続けても再発予防の効果は示されておらず、骨粗鬆症、糖尿病、感染症、大腿骨頭壊死などの副作用の不利益が大きいため、MSの再発予防には用いない。一方、NMOSDでは少量の経口ステロイドが再発予防に使われることがあり、両疾患の違いとして押さえておく。
MSの疾患修飾薬(DMD)
日本で使われる主な薬剤と特徴を整理する。 ・インターフェロンβ(1a、1b):自己注射。最も使用経験が長い。インフルエンザ様症状、注射部位反応、抑うつに注意。 ・グラチラマー酢酸塩:ミエリン塩基性蛋白に似せたアミノ酸重合体で、皮下注射。妊娠を考える患者でも選ばれることがある。 ・フマル酸ジメチル:経口薬。潮紅や消化器症状、リンパ球減少に注意。 ・フィンゴリモド:経口のスフィンゴシン1リン酸受容体調節薬で、リンパ球をリンパ節にとどめる。初回投与時の徐脈、黄斑浮腫、感染症に注意。 ・ナタリズマブ:α4インテグリンに対するモノクローナル抗体で、リンパ球が中枢神経へ入り込むのを阻止する。効果は強いが、JCウイルスによる進行性多巣性白質脳症(PML)の危険がある。 ・オファツムマブ:B細胞表面のCD20に対するモノクローナル抗体で、皮下注射。
MSとNMOSDの再発予防の違い
・MS:上記の疾患修飾薬を用いる。長期のステロイド内服は行わない。 ・NMOSD:少量の経口ステロイド、アザチオプリンなどの免疫抑制薬に加え、補体C5阻害薬(エクリズマブなど)、IL-6受容体阻害薬(サトラリズマブ)、CD19に対する抗体(イネビリズマブ)などの生物学的製剤が用いられる。インターフェロンβ、フィンゴリモド、ナタリズマブなどMSの一部の薬はNMOSDを悪化させうる。 このため、再発予防の選択の前にAQP4抗体でMSとNMOSDを鑑別することが極めて重要である。
MSと妊娠
MSは若年女性に多いため、妊娠との関係も問われる。妊娠中、特に後期は再発が減り、出産後3か月ほどは再発が増える傾向がある。薬剤ごとに妊娠中の扱いが異なり、妊娠を希望する時期には薬剤選択を相談する。
POINT
・MSの再発予防には疾患修飾薬を用い、代表がインターフェロンβである(ほかにグラチラマー酢酸塩、フマル酸ジメチル、フィンゴリモド、ナタリズマブなど)。 ・インターフェロンβの副作用はインフルエンザ様症状、注射部位反応、肝障害、抑うつなど。 ・長期のステロイド内服はMSの再発予防には用いない(急性期のパルス療法とは区別する)。 ・インターフェロンβなどはNMOSDを悪化させうるため、AQP4抗体で鑑別してから使う。 ・アスピリン、ワルファリンは脳梗塞・血栓症の予防薬であり、脱髄疾患には用いない。
