「ぼけてしまった」と嘆く人は本当に認知症か―病識が分けるうつ病とAlzheimer型認知症
第111回医師国家試験 H問題 第1問
国試問題にチャレンジ
Alzheimer型認知症よりもうつ病でみられることが多いのはどれか。
- a.見当識障害
- b.遂行機能障害
- c.物盗られ妄想
- d.物忘れに対する深刻な悩み
- e.脳波における基礎波の徐波化
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
高齢者のうつ病では思考制止や集中力低下によって認知症のようにみえることがあり、うつ病性仮性認知症と呼ばれます。両者を見分ける最大の手がかりは病識で、うつ病では物忘れを強く自覚して深刻に悩み「わからない」と答えやすいのに対し、Alzheimer型認知症では病識に乏しく、取り繕いや振り返り徴候がみられます。見当識障害と遂行機能障害は認知症の中核症状、物盗られ妄想は行動・心理症状、脳波の基礎波の徐波化は認知症の進行を示す所見であり、うつ病の妄想は罪業・貧困・心気妄想といった微小妄想が典型です。うつ病は治療で認知機能が回復しうる一方、認知症との合併や認知症の前駆としてのうつ状態もあるため、継続的な経過観察が欠かせません。物忘れの訴え方に耳を傾ける姿勢は、高齢者診療で治療可能な病態を見逃さないための基本となります。
解答・解説
正解はdです
テーマ
高齢者のうつ病では、思考の停止(思考制止)や集中力低下のために記憶や判断がうまく働かず、一見すると認知症のようにみえることがある。このような状態は「うつ病性仮性認知症」と呼ばれ、治療によって認知機能が回復しうるため、Alzheimer型認知症との鑑別が臨床上重要である。
鑑別の着眼点
両者を見分けるうえで特に役立つのは、本人が自分の物忘れをどう受け止めているか(病識)と、発症の経過である。 ・うつ病:比較的急に発症し、発症時期がはっきりしていることが多い。本人は物忘れを強く自覚し、実際以上に深刻に訴える。質問には考えようとせず「わからない」と答えやすい。抑うつ気分や罪責感、睡眠障害、食欲低下などを伴う。 ・Alzheimer型認知症:いつからともなく緩徐に進行する。病識が乏しく、物忘れを指摘されても気にしない、あるいは否定する。答えられない質問に対しては、もっともらしい返答でその場を繕う「取り繕い」や、家族の方を振り返って答えを求める「振り返り徴候」がみられる。
解き方
各選択肢について、Alzheimer型認知症の中核症状(記憶障害、見当識障害、遂行機能障害など)、行動・心理症状(BPSD)、検査所見のいずれに当たるかを考える。認知症側の特徴に当てはまらず、うつ病の心理的特徴を表しているものが正解となる。
選択肢考察
- ×a. 見当識障害
見当識とは、今がいつか(時間)、ここがどこか(場所)、目の前の人が誰か(人物)を正しく把握する能力である。Alzheimer型認知症では記憶障害に続いて比較的早期から障害され、通常は時間、場所、人物の順に失われていく。認知症の中核症状の一つであり、うつ病では集中力低下により答えに詰まることはあっても、真の見当識障害は目立たない。
- ×b. 遂行機能障害
遂行機能(実行機能)とは、目標を立て、手順を計画し、状況に応じて修正しながら実行する能力で、主に前頭葉が担う。前頭側頭型認知症で目立つことで知られるが、Alzheimer型認知症でも病初期から障害され、料理の段取りや金銭管理、服薬管理ができなくなるといった形で現れる。認知症の中核症状に含まれ、うつ病に特徴的な所見ではない。
- ×c. 物盗られ妄想
物盗られ妄想は、財布や通帳などをしまった場所を忘れて見つけられないことを、「誰かに盗まれた」と被害的に解釈して確信してしまうものである。記憶障害を背景に生じ、Alzheimer型認知症の行動・心理症状(BPSD)として頻度が高い。身近で介護している家族が疑われやすい。うつ病でみられる妄想は、罪業妄想、貧困妄想、心気妄想といった自己を低く評価する微小妄想が典型で、物盗られ妄想とは性質が異なる。
- ○d. 物忘れに対する深刻な悩み
うつ病では、思考制止や集中力低下により記銘や想起がうまくいかず、物忘れを自覚する。さらに悲観的・自責的な認知のため、「自分はぼけてしまった」と物忘れを実際以上に深刻に受け止め、自ら繰り返し訴えることが多い。一方、Alzheimer型認知症では病識が乏しく、物忘れを気にしなかったり取り繕ったりするため、本人が深刻に悩むことは少ない。受診のきっかけも、うつ病では本人の訴え、認知症では家族の気づきであることが多い。したがって、物忘れに対する深刻な悩みはうつ病でより多くみられる。
- ×e. 脳波における基礎波の徐波化
Alzheimer型認知症では、大脳皮質の神経細胞が失われるにつれて脳波の基礎律動(後頭部優位のα波)の周波数が低下し、θ波・δ波などの徐波が増える。特異的な所見ではないが、病期の進行とともに目立つようになる。うつ病では通常、脳波に明らかな異常はみられず、基礎波の徐波化は認知症側を示唆する所見である。
うつ病(仮性認知症)とAlzheimer型認知症の比較
・発症:うつ病は比較的急で時期が特定しやすい/認知症は緩徐で時期がはっきりしない。 ・経過:うつ病は症状の進行が速いが、治療で改善しうる/認知症は持続的に進行する。 ・病識・訴え:うつ病は物忘れを強調し深刻に悩む/認知症は病識に乏しく、物忘れを否定・軽視する。 ・質問への態度:うつ病は「わからない」と即答し努力しない/認知症は取り繕い、振り返り徴候がみられる。 ・認知機能検査の成績:うつ病では日によって、また課題によってばらつきが大きい/認知症では一貫して低下する。 ・気分:うつ病は抑うつ気分、悲哀感、罪責感が目立ち、朝に症状が悪い日内変動がある/認知症では意欲低下(アパシー)が目立つが、悲哀感や罪責感は乏しい。 ・妄想:うつ病は罪業妄想・貧困妄想・心気妄想(微小妄想)/認知症は物盗られ妄想などの被害妄想。 ・画像・脳波:うつ病は明らかな異常に乏しい/認知症では海馬・側頭葉内側の萎縮、側頭頭頂葉や後部帯状回の血流・代謝低下、脳波の徐波化がみられる。
注意点
うつ病と認知症は合併することが少なくない。高齢発症のうつ病が認知症の前駆症状である場合や、認知症の経過中にうつ状態を呈する場合もある。認知症に伴ううつ症状では、悲哀感や罪責感などの典型的な症状よりもアパシーが前景に立ちやすい。仮性認知症と判断した場合でも、その後の経過観察が必要である。
Alzheimer型認知症の症状の整理
・中核症状:記憶障害(特に近時記憶)、見当識障害、遂行機能障害、失語・失行・失認、判断力低下。 ・行動・心理症状(BPSD):物盗られ妄想、徘徊、焦燥・興奮、抑うつ、アパシー、睡眠障害など。
POINT
・うつ病性仮性認知症は、うつ病による思考制止・集中力低下で認知症のようにみえる状態で、治療により改善しうる。 ・うつ病では物忘れを自覚し深刻に悩み、「わからない」と答えやすい。 ・Alzheimer型認知症では病識が乏しく、取り繕いや振り返り徴候がみられる。 ・見当識障害・遂行機能障害(中核症状)、物盗られ妄想(BPSD)、脳波の徐波化は認知症側の所見。 ・うつ病の妄想は罪業・貧困・心気妄想(微小妄想)である。
