トンネルの出口で分かれる枝―手根管症候群で弱るのは母指球のどの筋か
第111回医師国家試験 D問題 第7問
国試問題にチャレンジ
手根管症候群で筋力低下がみられるのはどれか。
- a.方形回内筋
- b.母指内転筋
- c.短母指伸筋
- d.短母指外転筋
- e.第一背側骨間筋
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
手根管症候群は手根管内で正中神経が圧迫される絞扼性神経障害で、障害されるのは手根管より遠位で正中神経が支配する筋、すなわち反回枝支配の短母指外転筋・母指対立筋・短母指屈筋浅頭と第1・第2虫様筋です。方形回内筋は正中神経由来の前骨間神経支配ですが、前腕で分岐するため障害されず、母指内転筋と第一背側骨間筋は尺骨神経、短母指伸筋は橈骨神経の支配です。臨床的には母指〜環指橈側のしびれが夜間に増悪し、Phalenテスト陽性、神経伝導検査での遠位潜時延長、進行すると母指球萎縮(猿手)がみられ、萎縮例では手根管開放術を検討します。「どの神経か」に加えて「障害部位より遠位か近位か」を考える視点は、あらゆる末梢神経障害の局在診断に応用できる基本です。
解答・解説
正解はdです
問われていること
手根管症候群は、手関節掌側の手根管(手根骨と横手根靱帯〔屈筋支帯〕に囲まれたトンネル)の中で正中神経が圧迫される絞扼性神経障害である。障害されるのは「手根管より遠位で正中神経が支配する筋」に限られる、という点が解答の鍵となる。
考え方
各選択肢の筋について、(1) どの神経が支配しているか、(2) 正中神経支配なら、その枝が手根管の手前(近位)で出るのか、手根管を通過した後(遠位)で出るのか、を順に確認すればよい。 正中神経は手根管を通過した直後に反回枝(運動枝)を出し、母指球筋のうち短母指外転筋・母指対立筋・短母指屈筋浅頭を支配する。さらに第1・第2虫様筋にも枝を送る。これらが手根管症候群で筋力低下・萎縮を来す筋である。前腕の筋(方形回内筋など)は手根管より近位で枝が分かれるため障害されない。また尺骨神経や橈骨神経支配の筋は当然影響を受けない。
選択肢考察
- ×a. 方形回内筋
方形回内筋は正中神経の枝である前骨間神経が支配する前腕遠位の筋で、前腕を回内させる。正中神経支配ではあるが、枝は前腕で分岐しており手根管より近位であるため、手根管症候群では障害されない。前骨間神経麻痺では長母指屈筋・示指深指屈筋とともに障害され、母指と示指で丸(OKサイン)が作れなくなる(tear drop sign)。
- ×b. 母指内転筋
母指内転筋は尺骨神経深枝の支配で、母指を示指側へ引き寄せる(内転)。尺骨神経麻痺では母指と示指で紙をつまむ際に母指IP関節が屈曲して代償するFroment徴候が陽性となる。正中神経障害である手根管症候群では筋力低下を来さない。
- ×c. 短母指伸筋
短母指伸筋は橈骨神経(後骨間神経)の支配で、母指MP関節を伸展させる前腕伸筋群の一つである。手根管とは無関係であり、手根管症候群では障害されない。長母指外転筋とともに第1伸筋腱区画を通り、de Quervain病(狭窄性腱鞘炎)の病変部位として知られる。
- ○d. 短母指外転筋
短母指外転筋は、正中神経が手根管を通過した後に出す反回枝(運動枝)の支配を受ける母指球筋で、母指を手掌面から垂直方向に持ち上げる(掌側外転)。手根管症候群では最も障害されやすい筋の一つであり、母指球の外側部の萎縮や、母指の掌側外転・対立運動の低下として現れる。母指と示指・中指で丸を作らせると、きれいな円にならない(perfect O不能)ことがある。
- ×e. 第一背側骨間筋
第一背側骨間筋は尺骨神経深枝の支配で、示指を橈側へ外転させる。尺骨神経障害(肘部管症候群、Guyon管症候群など)では第1指間背側の萎縮が目立つが、手根管症候群では障害されない。
手根管症候群の概要
・中年以降の女性に多く、妊娠・出産期、更年期、透析患者(アミロイド沈着)、関節リウマチ、甲状腺機能低下症、先端巨大症、糖尿病、橈骨遠位端骨折後などで生じやすい。 ・症状:母指・示指・中指と環指橈側半分のしびれ・感覚障害。夜間や明け方に増悪し、手を振ると軽快することが多い。進行すると母指球筋の萎縮(猿手)と対立運動障害を来す。 ・誘発テスト:Phalen テスト(手関節を掌屈位で保持するとしびれが増悪)、Tinel 様徴候(手根管部の叩打で指先に放散痛)。 ・検査:神経伝導検査で正中神経の遠位潜時の延長が特徴的である。 ・治療:安静・夜間装具固定、ステロイド局所注射などの保存療法。無効例や筋萎縮例では横手根靱帯を切離する手根管開放術を行う。
正中神経の主な支配筋(近位から)
・前腕(手根管より近位):円回内筋、橈側手根屈筋、長掌筋、浅指屈筋、深指屈筋(示指・中指)、長母指屈筋、方形回内筋(後3者は前骨間神経)。 ・手(手根管より遠位):短母指外転筋、母指対立筋、短母指屈筋浅頭、第1・第2虫様筋。
母指周囲の筋と支配神経の整理
・正中神経:短母指外転筋、母指対立筋、短母指屈筋浅頭、長母指屈筋。 ・尺骨神経:母指内転筋、短母指屈筋深頭、骨間筋。 ・橈骨神経:長母指外転筋、短母指伸筋、長母指伸筋。
手の変形と神経麻痺
・猿手:正中神経麻痺(母指球萎縮)。 ・鷲手(かぎ爪変形):尺骨神経麻痺。 ・下垂手:橈骨神経麻痺。
POINT
・手根管症候群で障害されるのは、手根管より遠位の正中神経支配筋(短母指外転筋、母指対立筋、短母指屈筋浅頭、第1・第2虫様筋)。 ・方形回内筋は正中神経(前骨間神経)支配だが手根管より近位で分岐するため障害されない。 ・母指内転筋と骨間筋は尺骨神経、短母指伸筋は橈骨神経支配。 ・母指球萎縮(猿手)、Phalen テスト陽性、夜間のしびれが手根管症候群の特徴。
