「蘇生しない」は「治療しない」ではない―DNAR指示の本当の範囲
第111回医師国家試験 C問題 第13問
国試問題にチャレンジ
DNAR指示について正しいのはどれか。
- a.胃瘻中止の指示である。
- b.積極的安楽死の一種である。
- c.リビングウィルの一種である。
- d.緩和的鎮静中止の指示である。
- e.心肺蘇生処置不要の指示である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
DNAR(do not attempt resuscitation)指示は、心停止・呼吸停止時に胸骨圧迫、人工呼吸・気管挿管、電気的除細動、蘇生薬投与といった心肺蘇生を試みないという医師の指示であり、本人や家族の意向を踏まえて事前に決められます。対象は心肺蘇生に限られ、胃瘻などの栄養療法、輸液、抗菌薬、緩和的鎮静を含む症状緩和は別に判断され、DNARを理由に差し控えてよいものではありません。また、医師が意図的に死期を早める積極的安楽死とは本質的に異なり、本人の意思表示文書であるリビングウィルとも同一ではありません。アドバンス・ケア・プランニングの過程で本人の意思を尊重しつつ、DNARの範囲を正確に理解して運用することが、終末期医療の質を保つうえで欠かせません。
解答・解説
正解はeです
DNAR は do not attempt resuscitation の略で、「心停止・呼吸停止が起きたときに心肺蘇生(CPR:cardiopulmonary resuscitation)を試みない」という医療上の指示を指す。対象となるのは胸骨圧迫、気管挿管・人工呼吸、電気的除細動、蘇生目的の薬剤(アドレナリンなど)投与といった心肺停止に対する蘇生処置に限られる。 本問では、DNAR 指示が「何を差し控える指示なのか」「どのような位置づけの指示なのか」を正確に理解しているかが問われている。DNAR はあくまで心肺停止時の蘇生処置を行わないという限定的な指示であり、栄養・輸液・鎮痛・鎮静などそれ以外の治療やケアの中止を意味するものではない。また、生命を意図的に短縮する安楽死とも、患者本人が事前に示す意思表示文書(リビングウィル)そのものとも異なる概念である。この範囲を押さえれば、正解は「心肺蘇生処置不要の指示」と判断できる。
選択肢考察
- ×a. 胃瘻中止の指示である。
胃瘻は腹壁から胃内へカテーテルを留置して経管栄養を行うための経路であり、その造設や中止は栄養療法に関する判断である。DNAR 指示は心肺停止時の蘇生処置のみを対象とし、経管栄養の継続・中止とは別個に検討される。DNAR が出ていても栄養管理は通常どおり続けられるため、誤りである。
- ×b. 積極的安楽死の一種である。
積極的安楽死とは、致死的な薬物投与などによって医師が意図的に患者の死期を早める行為であり、わが国では法的に認められていない。DNAR は心停止という自然経過に対して蘇生処置を「行わない」ことを事前に決めておくものであり、死をもたらす行為を積極的に行うものではない。両者は本質的に異なるため誤りである。
- ×c. リビングウィルの一種である。
リビングウィルは、判断能力が保たれているうちに、将来意思表示ができなくなった場合に受けたい医療・受けたくない医療を本人が表明しておく文書(事前指示書の一つ)である。DNAR 指示はリビングウィルや本人・家族との話し合い(アドバンス・ケア・プランニング)の内容を踏まえて医師が出す医療上の指示であり、リビングウィルが判断の根拠となることはあっても、両者は同一ではない。リビングウィルは本人の意思表示、DNAR は医療チームへの指示という点で性質が異なるため誤りである。
- ×d. 緩和的鎮静中止の指示である。
緩和的鎮静(苦痛緩和のための鎮静)は、他の方法では緩和できない耐えがたい苦痛に対し、鎮静薬で意識を低下させて苦痛を和らげる医療行為である。DNAR はこうした苦痛緩和の治療を中止するものではなく、むしろ DNAR の患者でも症状緩和は積極的に継続される。したがって誤りである。
- ○e. 心肺蘇生処置不要の指示である。
DNAR は心停止・呼吸停止時に胸骨圧迫、人工呼吸、除細動などの心肺蘇生を試みないことを、本人(または本人の意思を推定できる家族など)の意向を踏まえてあらかじめ決めておく医師の指示である。末期がんや老衰などで蘇生処置が本人の利益につながらない場合に、その意向に沿って心肺蘇生を行わないことが可能になる。定義そのものに合致するため正しい。
DNR と DNAR
かつては DNR(do not resuscitate:蘇生するな)という用語が用いられていた。しかし「蘇生できる患者を見捨てる」という印象を与えやすいこと、また蘇生処置を行っても必ず蘇生するわけではないことから、「蘇生を試みない」と表現する DNAR が現在はより一般的に用いられている。
DNAR 指示の適用範囲
DNAR が対象とするのは心停止時の心肺蘇生のみである。DNAR 指示があっても、酸素投与、輸液、栄養、抗菌薬投与、鎮痛・鎮静などの通常の治療やケアを差し控えてよいことにはならない。日本集中治療医学会は、DNAR 指示がそれ以外の治療の不開始・差し控えと混同されて運用されている現状を問題視し、DNAR は CPR 不開始の指示に限られることを勧告で明示している。
関連する概念
・リビングウィル:判断能力のあるうちに、終末期に望む医療・望まない医療を本人が表明しておく文書。 ・事前指示(advance directive):リビングウィルに加え、自分に代わって医療判断を行う代理人の指定などを含む。 ・アドバンス・ケア・プランニング(ACP、愛称「人生会議」):将来の医療・ケアについて、本人・家族・医療者が繰り返し話し合い、意思決定を支援するプロセス。DNAR の判断もこの過程の中で行われることが望ましい。 ・安楽死:積極的安楽死(薬物投与などで死期を早める)はわが国では法的に認められていない。延命治療の差し控え・中止(いわゆる消極的安楽死・尊厳死と呼ばれてきたもの)とは区別される。 ・緩和的鎮静:耐えがたい苦痛に対し、鎮静薬で意識を低下させて苦痛を緩和する医療行為。
POINT
・DNAR=do not attempt resuscitation。心停止時に心肺蘇生を試みないという医師の指示である。 ・対象は CPR(胸骨圧迫、人工呼吸・気管挿管、除細動、蘇生薬投与)に限られ、栄養・輸液・緩和ケアなど他の治療の中止を意味しない。 ・安楽死とは異なり、リビングウィル(本人の意思表示文書)とも同一ではない。 ・DNR より DNAR という用語が現在は一般的である。
