StudyMed医師国家試験

吸うと下がるしこり―呼吸性移動が教える腹部腫瘤の「住所」

第111回医師国家試験 C問題 第10問

国試問題にチャレンジ

第111回 C問題 第10問

腹部の触診で呼吸に応じて移動する腫瘤はどれか。

  1. a.膵嚢胞
  2. b.胆嚢癌
  3. c.腹部大動脈瘤
  4. d.腹膜偽粘液腫
  5. e.Krukenberg腫瘍

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は腹部の触診の問題だ。腫瘤を触れたとき、大きさや硬さと並んで確認したいのが「呼吸で動くかどうか」。これは腫瘤がどの臓器から出ているかを推定する大事な手がかりなんだ。まず、なぜ呼吸で腫瘤が動くのか、仕組みから考えてみよう。
医学生医学生
息を吸うと横隔膜が下がるので、そのすぐ下にある臓器が押し下げられる、ということでしょうか。
ドクタードクター
その通り。横隔膜は吸気で収縮して下降する。だから横隔膜に接していて、しかも周囲への固定がゆるい臓器――肝臓、胆嚢、脾臓、胃など――の腫瘤は、吸気で下へ、呼気で上へと動く。逆に、後腹膜にしっかり固定された臓器や、横隔膜から遠い骨盤内の臓器はほとんど動かない。
医学生医学生
OSCEの腹部診察の練習で、肝臓の触診は「患者さんに深呼吸してもらって、下りてくる肝縁を指先で迎える」と習いました。あれも呼吸性移動を利用しているんですね。
ドクタードクター
まさにそう。肝臓の触診そのものが呼吸性移動を前提にしているんだ。では選択肢を見ていこう。呼吸で動く腫瘤はどれだと思う?
医学生医学生
胆嚢は肝臓の下面にくっついているので、胆嚢癌なら肝臓と一緒に動きそうです。
ドクタードクター
正解。胆嚢は肝臓下面の胆嚢床に付着しているから、肝臓と一体になって横隔膜の上下に追随する。周囲の腹壁などに浸潤して固定されていなければ、胆嚢癌は吸気時に下がる右季肋部の腫瘤として触れるんだ。では膵嚢胞はどうかな。
医学生医学生
膵臓も上腹部で胃の裏あたりにあるので、少しは動くような気もします。
ドクタードクター
位置は上腹部だけど、膵臓は後腹膜臓器で後腹壁に固定されている。だから膵嚢胞が大きくなって上腹部に触れても、呼吸性移動は乏しいんだ。「上腹部にある」ことと「横隔膜と一緒に動く」ことは別の話だと考えよう。
医学生医学生
腹部大動脈瘤も後腹膜で脊椎の前を走っているから、動かないですね。特徴はむしろ拍動でしょうか。
ドクタードクター
そう。臍周囲の拍動性腫瘤が腹部大動脈瘤の典型的な所見で、呼吸では動かない。拍動性腫瘤を見つけたら、強く押したりせずに画像で確認するのが安全だね。残りの2つはどうだろう。
医学生医学生
腹膜偽粘液腫は、病理の講義で「jelly belly」と習いました。腹腔に粘液がたまる病気なので、一塊の腫瘤とは違う気がします。
ドクタードクター
いい理解だ。虫垂などの粘液産生腫瘍から出たゼラチン状の粘液が腹腔内に広く貯留する病態で、腹部全体の膨隆として現れる。境界のはっきりした腫瘤として触れることは少なく、呼吸性移動を示す腫瘤とはならない。最後のKrukenberg腫瘍は?
医学生医学生
胃癌の印環細胞癌が卵巣に転移したものなので、骨盤内にあって横隔膜からは遠いです。だから動かない。
ドクタードクター
その通り。両側性が多く、大きくなれば下腹部に触れるけれど、呼吸による移動はない。こうして「どこにあって、横隔膜の動きを受けるか」で整理すれば迷わないよ。
医学生医学生
腎臓は後腹膜臓器ですが、呼吸で動くんでしたっけ?膵臓と同じく動かないと思っていました。
ドクタードクター
そこはよく混同されるポイントだね。腎臓は後腹膜臓器だけれど横隔膜の動きを受けて上下するので、腎腫瘤は呼吸性に移動する。双手診で腎臓を挟むように触れる手技も、吸気で下がってくる腎臓を捉えるものなんだ。脾臓は腹腔内臓器で、脾腫も呼吸で動く。
医学生医学生
では、本来動く臓器の腫瘤なのに呼吸で動かない場合は、どう考えればいいですか。
ドクタードクター
鋭い質問だ。腹壁や周囲臓器へ浸潤して癒着・固定されると、呼吸性移動は失われる。つまり「本来動くはずの腫瘤が動かない」のは進行・浸潤を示唆する所見になる。胆嚢癌は胆石を合併しやすく高齢女性に多い癌で、進行すると右季肋部腫瘤、黄疸、体重減少をきたすけれど、触診で固定されていたら周囲への浸潤も念頭に置こう。
医学生医学生
呼吸性移動の有無で由来臓器を、移動性の消失で進行度を推測できるということですね。
ドクタードクター
そう。触診では部位、大きさ、硬さ、表面の性状、圧痛、拍動、そして可動性をセットで確認する習慣をつけておこう。画像検査の前に身体所見で鑑別を絞れると、検査の選び方もぐっと的確になるよ。

まとめ

吸気で横隔膜が下降すると、その直下にあって固定のゆるい肝臓・胆嚢・脾臓・胃の腫瘤や、後腹膜臓器ながら横隔膜の動きを受ける腎臓の腫瘤は下方へ移動します。胆嚢は肝臓下面の胆嚢床に付着しているため、胆嚢癌は肝臓とともに呼吸性に移動する右季肋部腫瘤として触れます。一方、後腹膜に固定された膵臓の嚢胞や拍動性腫瘤として触れる腹部大動脈瘤、骨盤内のKrukenberg腫瘍は呼吸で動かず、腹膜偽粘液腫は腹部全体の膨隆として現れます。ただし本来動く臓器の腫瘤でも、周囲へ浸潤・固定されれば移動性は失われ、進行を示唆する所見となります。呼吸性移動を「腫瘤の住所」を示す手がかりとして理解しておくと、身体診察から由来臓器を推定する力が身につきます。

解答・解説

正解はbです

腹部腫瘤を触診するときは、大きさ・硬さ・表面の性状・圧痛・拍動の有無に加えて、呼吸に伴って移動するかどうかを確認する。呼吸性移動の有無は、腫瘤がどの臓器に由来するかを推定する重要な手がかりとなる。

呼吸性移動が起こる仕組み

吸気時には横隔膜が収縮して下降し、その直下にある臓器が尾側へ押し下げられる。横隔膜に接していて、かつ周囲への固定がゆるい臓器(肝臓、胆嚢、脾臓、胃など)に生じた腫瘤は、吸気で下方へ、呼気で上方へと動く。腎臓も後腹膜にありながら横隔膜の動きを受けて上下する。 一方、後腹膜に強く固定された膵臓や腹部大動脈、横隔膜から離れた骨盤内臓器(卵巣・子宮・膀胱など)の腫瘤は、呼吸によってほとんど動かない。

考え方

選択肢の病変がそれぞれどこに位置し、横隔膜の動きを受けるかを考える。胆嚢は肝臓下面の胆嚢窩(胆嚢床)に付着しており、肝臓と一体となって横隔膜の上下に追随する。このため、周囲の腹壁などへ浸潤固定していない胆嚢癌は呼吸性に移動する腫瘤として触れる。他の選択肢はいずれも後腹膜臓器・骨盤内臓器の病変、あるいは腹腔内にびまん性に広がる病態であり、呼吸性移動を示す腫瘤とはならない。

選択肢考察

  1. ×a.  膵嚢胞

    膵臓は後腹膜臓器であり、後腹壁に固定されているため横隔膜の動きの影響をほとんど受けない。したがって膵嚢胞(膵仮性嚢胞や嚢胞性腫瘍など)が大きくなって上腹部に触れる場合でも、呼吸性の移動は乏しい。

  2. ○b.  胆嚢癌

    胆嚢は肝臓下面の胆嚢床に付着しており、横隔膜の下降・上昇に伴って肝臓とともに上下する。そのため胆嚢癌の腫瘤は、腹壁など周囲組織へ浸潤して固定されていない限り、吸気時に下方へ移動する右季肋部の腫瘤として触知される。呼吸性移動を示す腫瘤として適切である。

  3. ×c.  腹部大動脈瘤

    腹部大動脈は後腹膜腔で脊椎の前面を走行しており、位置がほぼ固定されている。腹部大動脈瘤は臍周囲に拍動性の腫瘤として触れるのが特徴であるが、呼吸に応じて移動することはない。

  4. ×d.  腹膜偽粘液腫

    腹膜偽粘液腫は、虫垂などの粘液産生腫瘍から出たゼラチン状の粘液が腹腔内に広く貯留し、腹膜に多数の粘液性病変が散在する病態である。腹部全体の膨隆として現れ、境界の明瞭な一塊の腫瘤として触れることは少なく、呼吸性に移動する腫瘤とはならない。

  5. ×e.  Krukenberg腫瘍

    Krukenberg腫瘍は、主に胃癌(印環細胞癌)などの消化管癌が卵巣に転移した転移性卵巣腫瘍である。骨盤内に位置し横隔膜から遠いため、大きくなって下腹部に触れる場合でも呼吸による移動は示さない。

呼吸性移動の有無による腹部腫瘤の整理

・呼吸性移動あり:肝腫大・肝腫瘍、胆嚢腫大(胆嚢癌、閉塞性黄疸での胆嚢腫大〔Courvoisier徴候〕など)、脾腫、胃腫瘍、腎腫瘤(腎臓は後腹膜臓器だが横隔膜の動きで上下する)。 ・呼吸性移動に乏しい:膵臓の腫瘤・嚢胞、腹部大動脈瘤、後腹膜腫瘍、骨盤内腫瘤(卵巣腫瘍、子宮筋腫、膀胱など)。 ・ただし本来移動する臓器の腫瘤でも、腹壁や周囲臓器へ浸潤して癒着・固定されると呼吸性移動は失われる。移動性の消失は進行・浸潤を示唆する所見となる。

腹部腫瘤の触診で確認する項目

部位、大きさ、形状、硬さ(弾性軟・弾性硬・硬など)、表面の性状(平滑か凹凸か)、境界、圧痛、可動性(呼吸性移動・用手的な可動性)、拍動の有無。拍動性腫瘤は腹部大動脈瘤を疑う所見である。

各疾患の補足

・胆嚢癌:胆石の合併が多く、高齢女性に多い。進行すると右季肋部腫瘤、黄疸、体重減少をきたす。 ・腹膜偽粘液腫:原因の多くは虫垂の粘液性腫瘍で、卵巣由来もある。腹部膨満が主症状で、「jelly belly」と表現される。 ・Krukenberg腫瘍:両側性が多く、組織学的に印環細胞を認める。原発巣は胃が最多で、大腸、乳腺などもある。

POINT

・横隔膜直下で固定の緩い臓器(肝・胆嚢・脾・胃)や腎臓の腫瘤は呼吸性に移動する。 ・後腹膜に固定された膵臓・腹部大動脈の病変、骨盤内腫瘤は呼吸性移動を示さない。 ・胆嚢は肝臓に付着しているため、胆嚢癌は肝臓とともに呼吸性に移動する。 ・本来動く臓器の腫瘤でも、周囲への浸潤固定があれば移動性は失われる。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。