吸うと下がるしこり―呼吸性移動が教える腹部腫瘤の「住所」
第111回医師国家試験 C問題 第10問
国試問題にチャレンジ
腹部の触診で呼吸に応じて移動する腫瘤はどれか。
- a.膵嚢胞
- b.胆嚢癌
- c.腹部大動脈瘤
- d.腹膜偽粘液腫
- e.Krukenberg腫瘍
対話形式の解説
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ドクターまとめ
吸気で横隔膜が下降すると、その直下にあって固定のゆるい肝臓・胆嚢・脾臓・胃の腫瘤や、後腹膜臓器ながら横隔膜の動きを受ける腎臓の腫瘤は下方へ移動します。胆嚢は肝臓下面の胆嚢床に付着しているため、胆嚢癌は肝臓とともに呼吸性に移動する右季肋部腫瘤として触れます。一方、後腹膜に固定された膵臓の嚢胞や拍動性腫瘤として触れる腹部大動脈瘤、骨盤内のKrukenberg腫瘍は呼吸で動かず、腹膜偽粘液腫は腹部全体の膨隆として現れます。ただし本来動く臓器の腫瘤でも、周囲へ浸潤・固定されれば移動性は失われ、進行を示唆する所見となります。呼吸性移動を「腫瘤の住所」を示す手がかりとして理解しておくと、身体診察から由来臓器を推定する力が身につきます。
解答・解説
正解はbです
腹部腫瘤を触診するときは、大きさ・硬さ・表面の性状・圧痛・拍動の有無に加えて、呼吸に伴って移動するかどうかを確認する。呼吸性移動の有無は、腫瘤がどの臓器に由来するかを推定する重要な手がかりとなる。
呼吸性移動が起こる仕組み
吸気時には横隔膜が収縮して下降し、その直下にある臓器が尾側へ押し下げられる。横隔膜に接していて、かつ周囲への固定がゆるい臓器(肝臓、胆嚢、脾臓、胃など)に生じた腫瘤は、吸気で下方へ、呼気で上方へと動く。腎臓も後腹膜にありながら横隔膜の動きを受けて上下する。 一方、後腹膜に強く固定された膵臓や腹部大動脈、横隔膜から離れた骨盤内臓器(卵巣・子宮・膀胱など)の腫瘤は、呼吸によってほとんど動かない。
考え方
選択肢の病変がそれぞれどこに位置し、横隔膜の動きを受けるかを考える。胆嚢は肝臓下面の胆嚢窩(胆嚢床)に付着しており、肝臓と一体となって横隔膜の上下に追随する。このため、周囲の腹壁などへ浸潤固定していない胆嚢癌は呼吸性に移動する腫瘤として触れる。他の選択肢はいずれも後腹膜臓器・骨盤内臓器の病変、あるいは腹腔内にびまん性に広がる病態であり、呼吸性移動を示す腫瘤とはならない。
選択肢考察
- ×a. 膵嚢胞
膵臓は後腹膜臓器であり、後腹壁に固定されているため横隔膜の動きの影響をほとんど受けない。したがって膵嚢胞(膵仮性嚢胞や嚢胞性腫瘍など)が大きくなって上腹部に触れる場合でも、呼吸性の移動は乏しい。
- ○b. 胆嚢癌
胆嚢は肝臓下面の胆嚢床に付着しており、横隔膜の下降・上昇に伴って肝臓とともに上下する。そのため胆嚢癌の腫瘤は、腹壁など周囲組織へ浸潤して固定されていない限り、吸気時に下方へ移動する右季肋部の腫瘤として触知される。呼吸性移動を示す腫瘤として適切である。
- ×c. 腹部大動脈瘤
腹部大動脈は後腹膜腔で脊椎の前面を走行しており、位置がほぼ固定されている。腹部大動脈瘤は臍周囲に拍動性の腫瘤として触れるのが特徴であるが、呼吸に応じて移動することはない。
- ×d. 腹膜偽粘液腫
腹膜偽粘液腫は、虫垂などの粘液産生腫瘍から出たゼラチン状の粘液が腹腔内に広く貯留し、腹膜に多数の粘液性病変が散在する病態である。腹部全体の膨隆として現れ、境界の明瞭な一塊の腫瘤として触れることは少なく、呼吸性に移動する腫瘤とはならない。
- ×e. Krukenberg腫瘍
Krukenberg腫瘍は、主に胃癌(印環細胞癌)などの消化管癌が卵巣に転移した転移性卵巣腫瘍である。骨盤内に位置し横隔膜から遠いため、大きくなって下腹部に触れる場合でも呼吸による移動は示さない。
呼吸性移動の有無による腹部腫瘤の整理
・呼吸性移動あり:肝腫大・肝腫瘍、胆嚢腫大(胆嚢癌、閉塞性黄疸での胆嚢腫大〔Courvoisier徴候〕など)、脾腫、胃腫瘍、腎腫瘤(腎臓は後腹膜臓器だが横隔膜の動きで上下する)。 ・呼吸性移動に乏しい:膵臓の腫瘤・嚢胞、腹部大動脈瘤、後腹膜腫瘍、骨盤内腫瘤(卵巣腫瘍、子宮筋腫、膀胱など)。 ・ただし本来移動する臓器の腫瘤でも、腹壁や周囲臓器へ浸潤して癒着・固定されると呼吸性移動は失われる。移動性の消失は進行・浸潤を示唆する所見となる。
腹部腫瘤の触診で確認する項目
部位、大きさ、形状、硬さ(弾性軟・弾性硬・硬など)、表面の性状(平滑か凹凸か)、境界、圧痛、可動性(呼吸性移動・用手的な可動性)、拍動の有無。拍動性腫瘤は腹部大動脈瘤を疑う所見である。
各疾患の補足
・胆嚢癌:胆石の合併が多く、高齢女性に多い。進行すると右季肋部腫瘤、黄疸、体重減少をきたす。 ・腹膜偽粘液腫:原因の多くは虫垂の粘液性腫瘍で、卵巣由来もある。腹部膨満が主症状で、「jelly belly」と表現される。 ・Krukenberg腫瘍:両側性が多く、組織学的に印環細胞を認める。原発巣は胃が最多で、大腸、乳腺などもある。
POINT
・横隔膜直下で固定の緩い臓器(肝・胆嚢・脾・胃)や腎臓の腫瘤は呼吸性に移動する。 ・後腹膜に固定された膵臓・腹部大動脈の病変、骨盤内腫瘤は呼吸性移動を示さない。 ・胆嚢は肝臓に付着しているため、胆嚢癌は肝臓とともに呼吸性に移動する。 ・本来動く臓器の腫瘤でも、周囲への浸潤固定があれば移動性は失われる。
